近藤真彦

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近藤真彦
Masahiko Kondo 2008 Super GT.jpg
SUPER GTで監督を務める近藤真彦(2008年)
基本情報
出生名 近藤真彦
別名 マッチ
生誕 1964年7月19日(52歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県大和市
職業 歌手俳優タレントレーシングドライバー、レーシングチーム監督、会社役員
活動期間 1977年 -
レーベル RVC(現・Ariola Japan
(1980年 - 1984年)
ソニー・ミュージックレコーズ
(1985年 - )
事務所 ジャニーズ事務所

近藤 真彦(こんどう まさひこ、1964年7月19日 午後1時35分- )は、日本実業家歌手俳優タレントレーシングドライバージャニーズ事務所取締役、所属。血液型O型。身長173cm[1]ニックネームマッチ〈MATCHY〉[2](名付け親は事務所の先輩・松原秀樹)。神奈川県大和市出身。

また、レーシングチーム「KONDO Racing」を運営する株式会社エムケイカンパニー代表取締役社長兼チーム監督としての顔も持つ。

来歴[編集]

タレント活動[編集]

1977年中学一年の時にジャニーズ事務所に入所。

1979年10月、TBSテレビドラマ3年B組金八先生』の生徒「星野清」役でデビュー。同じく生徒役だった田原俊彦野村義男とともに「たのきんトリオ」として活躍。

その後ソロ歌手デビューし、1980年代を代表する男性アイドルとして、『ザ・ベストテン』や『ザ・トップテン』などの歌番組を中心に活躍した。1981年1983年ブロマイド年間売上成績で第1位を獲得。1987年の『第29回日本レコード大賞』において「愚か者」で大賞を受賞した[3]

また、ファンによる数々の“親衛隊”も誕生(事務所では「応援グループ」という呼び名で統一。親衛隊という言い方はさせなかった)。ステージ用の応援コールとして「G・U・T・Sこんどーまさひこアダルトタッチのセクシーボーイ ま〜っさひ〜こ〜」というフレーズも作られた。男性アイドルとしては珍しく、同年代の男性ファンも多く獲得、歌手活動と並行してテレビドラマや映画などで俳優としても活躍した。

2005年末にデビュー25周年を迎え、ソロとしては7年7ヶ月ぶりに新曲「挑戦者」をリリース(楽曲提供ロクセンチ)し、ディナーショーも開催。歌手としては約7年ぶりにファンの前に姿を現した(鹿児島、東京公演では少年隊がゲスト出演)。同年以降のジャニーズ年越しライブにもスペシャルゲストとして参加している。

2007年5月9日に発売されたライブDVDについては、映像作品では1987年3月30日付にビデオ『OH! ROCK'A MONO』で獲得して以来、20年2か月ぶりの1位獲得となった。2006年9月1日放送のテレビドラマ『内田康夫旅情サスペンス 岡部警部シリーズ〜倉敷殺人事件〜』では『ドンウォリー!』以来のドラマ主演を務め、2007年8月31日に第2弾として『多摩湖畔殺人事件』、2008年9月5日に第3弾として『十三の墓標』が放送された。

2010年11月20日、『第52回日本レコード大賞』の最優秀歌唱賞に選ばれ、自筆のコメントを発表した[4]

2011年、『3年B組金八先生ファイナル』にて『3年B組金八先生』第4シリーズ第10話以来16年ぶりに「星野清」役として出演[5]

レース活動[編集]

ドライバー[編集]

1984年富士フレッシュマンレース第2戦に日産・マーチで参戦(35400人の観客を動員)したのを皮切りに、「日本一速い男」の称号を持つレーサーの星野一義のもとでレース活動を始め、1988年から1993年にかけては全日本F3選手権に参戦した。

1994年にはフランスル・マン24時間レースに初参戦、この年、全日本GT選手権(JGTC)GT1クラスに参戦し、初優勝をポール・トゥ・ウィンで飾る(1992年の全日本F3選手権チャンピオンのアンソニー・レイドとのコンビ)。1995年にも同じくGT1クラスで優勝したほか、その後もGT500やGT300クラスにおいて数々の表彰台獲得やポイントを獲得した。

その後も、全日本F3000選手権/フォーミュラ・ニッポン、全日本GT選手権などの全日本格式の最高峰だけでなく、ル・マン24時間レースにも継続して参戦した。ル・マン24時間レースに於いては1995年に雨に祟られて荒れるレース展開の中、マクラーレン・F1フェラーリ・F40等600馬力を発揮するマシンが跋扈する同じGT1クラスの中で、450馬力と非力な日産GT-R LMで総合10位という殊勲を遂げている。また翌年には同じように雨の中のレースでフォーミュラ・ニッポンで入賞している。

全日本GT選手権[編集]
チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 順位 ポイント
1994年 TEAM TAISAN ポルシェ・962C GT1 FSW SEN FSW
1
SUG MIN
3
9位 32
1995年 フェラーリ・F40 GT1 SUZ
11
FSW 15位 16
ポルシェ・911 SEN
3
FSW
9
SUG
1
MIN
9
1996年 NISMO 日産・スカイラインGT-R GT500 SUZ
6
FSW
Ret
SEN
17
FSW
5
SUG
3
MIN
10
11位 27
1997年 GT500 SUZ
5
FSW
Ret
SEN
14
FSW
9
MIN
Ret
SUG
Ret
19位 10
1998年 Xanavi Racing with NISMO Jr. 日産・シルビア GT300 SUZ
4
FSW
C
SEN
2
FSW
Ret
TRM
14
MIN
Ret
SUG
4
6位 35
1999年 cdma One TOYOTA TEAM CERUMO with Key’s トヨタ・スープラ GT500 SUZ
8
FSW
6
SUG
8
MIN
Ret
FSW
Ret
TAI
11
TRM
15
16位 12
2000年 GT500 TRM
11
FSW
Ret
SUG
16
FSW
19
TAI
13
MIN
Ret
SUZ
10
23位 1
2001年 TOYOTA TEAM CERUMO WITH UKYO GT500 TAI
12
FSW
14
SUG
13
FSW
14
TRM
9
SUZ
Ret
MIN
13
24位 2
2002年 TOYOTA TEAM CERUMO GT500 TAI
15
FSW SUG
9
SEP
7
FSW
16
TRM
12
MIN
11
SUZ
13
21位 6
全日本F3000選手権,フォーミュラ・ニッポン[編集]
チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1995年 NAVI CONNECTION RACING TEAM SUZ FSW MIN SUZ
10
SUG
10
FSW
Ret
TOK
9
FSW
13
SUZ
12
NC 0
1996年 SUZ
Ret
MIN
9
FSW
16
TOK
14
SUZ
Ret
SUG
Ret
FUJ
14
MIN SUZ
Ret
FSW
6
17位 1
1997年 TEAM TMS SUZ
15
MIN
Ret
FSW
12
SUZ
14
SUG
8
FSW
14
MIN
Ret
TRM
13
FSW
11
SUZ
Ret
NC 0
1998年 SUZ
9
MIN
8
FSW
11
TRM
10
SUZ
7
SUG
8
FSW
C
MIN
7
FSW
7
SUZ
Ret
NC 0
1999年 MIRAI SUZ
Ret
TRM
13
MIN
Ret
FSW SUZ SUG FSW MIN TRM SUZ NC 0
2000年 Olympic KONDO Racing Team SUZ
7
TRM
14
MIN
Ret
FSW
13
SUZ
13
SUG
7
TRM
Ret
FSW
Ret
MIN
11
SUZ
10
NC 0

オーナー兼監督[編集]

2014年のSUPER GTに参戦している車両(日産・GT-R)

1998年に、当時所属していた「チームTMS」の協力により、若手ドライバー育成を目的に「KONDO MASAHIKO RACING PROJECT」を設立して全日本F3選手権に1年間監督として参戦し、レーシングチームの運営ノウハウを学んだ。そして2000年に自らのレーシングチーム「KONDO Racing」を設立し、フォーミュラ・ニッポンへの参戦を開始。 2006年からSUPER GTへの参戦も開始した。

2007年にはSUPER GT第4戦(マレーシアセパンサーキット)にて、KONDO Racingとしての初優勝を飾った。2008年もセパンサーキットで優勝し連覇を達成したのに続き、フォーミュラ・ニッポン第7戦(富士スピードウェイ)でも8年目にして初優勝を達成した。

2009年は世界的な景気後退の影響を受けてフォーミュラ・ニッポンへの参戦は休止するが、SUPER GTには引き続き参戦した。SUPER GT第1戦(岡山国際サーキット)にて、豪雨を制し国内初優勝を飾った。2010年もSUPER GT第1戦鈴鹿サーキットで優勝し、開幕戦2連覇を達成した。フォーミュラ・ニッポンには第5戦から松田次生を擁して復帰し、その後同選手権が「スーパーフォーミュラ」に改称された後も参戦した。

これ以降も参戦を続け、両カテゴリーの強豪チームの1つとして活躍し、2015年にSUPER GT第4戦(富士スピードウェイ)では自身にとって5年ぶりとなる優勝を飾った。なお公式ホームページには、肖像権がタレント活動とは別に管理されているためか、近藤の顔写真が掲載されている。

レース界での交友関係[編集]

30年を超える長いレース経験や、全日本格式のレースにおける複数回の優勝など、プロのレーシングドライバーに伍する成績を上げていることから、国内外のレース界では「歌手」ではなく、「元ドライバーのレース監督」として認識されており、レース界での広い交友関係を生かし、2006年から東京都お台場で行われているモータースポーツジャパンでは、イベント全体のスーパーバイザーを務めている。

F1中継[編集]

フジテレビF1中継(F1グランプリ)に1989年日本グランプリでピットレポーターとして初登場。その後、2003年から2011年までの地上波でF1中継のレギュラー解説者を務めた(2012年からは日本GPのBS中継のみ出演)。

トライアスロン・トレイルランニング大会[編集]

エピソード/ プライベート[編集]

  • 1987年の『日本レコード大賞』受賞の際に、前年に事故死した母親の遺骨が墓から盗まれ、返してほしければ受賞を辞退するよう脅迫される事件が起きた。マスコミに発表したのは翌1988年の年初で、遺骨は未だ近藤の元に返ってきていない(2016年4月時点)。2010年3月26日に放送された『中居正広の金曜日のスマたちへ』の「波瀾万丈スペシャル」では遺骨盗難事件などについて語り、19.9%の視聴率(瞬間最高は29.8%)を記録した[9]
  • 1994年に一般人女性と結婚。その後、2007年10月8日に第一子となる男児が誕生。
  • 2004年8月4日の午前和歌山県白浜町の白良浜沖でゴムボートから転落して溺れていた当時小学2年生の男児を近藤が水上バイクで近づいて「大丈夫だ、お兄ちゃん(=近藤)が助けてやる」と海に飛び込み救助[10]。近藤は名前も言わずその場を去ったが、少年の父親は後で救助してくれた人物が近藤だったことを知った[11]。この事故を伝える朝日新聞記事の見出しは、自身の歌のタイトルを拝借した「人命救助さりげなく」であった。
  • 2010年、NHK教育テレビ『いないいないばあっ!』むけに「GOGO☆パンダ!」を作曲した[12]
  • 趣味は自転車ミニカー収集である。また無類のメダカ好きでもある。
  • 自称「日本一の雨男」。特に花火大会を観に行こうとするとなぜか雨天中止になることが多いという。2010年8月に神宮外苑花火大会に出演した際も上空に雲が立ち込め開催が危ぶまれたほど(ただし雨は降らず、大会は無事開催された)[13]。また、2010年10月のF1日本グランプリの解説を務めるため、鈴鹿サーキットに赴いたが、豪雨によってレースの予選が中止になる[14]というハプニングに遭遇した(この時『すぽると!』の取材で現場にいた国分太一を「雨男」と言ったが、すぐに自分のことを「雨男」と訂正して周囲の笑いを誘った)。
  • 1994年おりも政夫と田原俊彦が事務所を退所して以降、ジャニーズ最年長の地位を20年近くにわたって維持している。2005年におりも退所時(40代まで事務所に在籍した最初のメンバーであった)の年齢を超え現在もジャニーズ最高齢記録を更新し続けている。2014年の誕生日で50代を迎えた初のジャニーズ所属者となった。
  • ジャニーズの後輩達に関しては、「本来は同じ芸能界で活動するライバルなので厳しくしなければならないが、自分が一番の年長者で歳も離れているので、慕ってくればつい優しくしてしまう」と発言している。なお、親しい間柄の後輩は東山紀之木村拓哉堂本光一と雑誌で語った。東山や光一はマッチの曲(「アンダルシアに憧れて」など)を踊り付きでカヴァーすることがよくある。
  • ジャニーズのタレントでは珍しく『NHK歌謡コンサート』や『NHKのど自慢』への出演経験がある。『NHKのど自慢』の出演は1997年4月13日石川県川北町の放送で出演した後、2010年11月21日の放送(開催地は愛媛県松山市)で13年ぶりに出演した。
  • 坂上忍とは『ニッポン親不孝物語』で共演して、演技上で近藤がうっかり坂上に本気で平手打ちしてしてしまい、謝罪しない近藤に対して怒った坂上がそのまま帰った逸話がある[15]
  • 黒柳徹子とはプライベートで月に1度は会い、10代の頃から徹子の部屋に出演し[16]、16回出演している。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. スニーカーぶる〜す(映画『スニーカーぶる〜す』主題歌)(1980年12月12日)※
  2. ヨコハマ・チーク1981年3月12日)
    • 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
    • 1981年度年間20位
  3. ブルージーンズメモリー(映画『ブルージーンズメモリー』主題歌)(1981年6月12日)※
    • 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
    • 1981年度年間11位
  4. ギンギラギンにさりげなく(1981年9月30日)※
  5. 情熱☆熱風☽せれなーで1982年1月7日)※
    • 作詞:伊達歩・作曲:筒美京平
    • 1982年度年間9位
  6. ふられてBANZAI(1982年3月31日)※
    • 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
    • 1982年度年間10位
  7. ハイティーン・ブギ(映画『ハイティーン・ブギ』主題歌)(1982年6月30日)※
    • 作詞:松本隆・作曲:山下達郎
    • 1982年度年間7位
  8. ホレたぜ!乾杯(1982年9月30日)※
  9. ミッドナイト・ステーション(1983年1月20日)※
    • 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
    • 1983年度年間23位
  10. 真夏の一秒1983年4月27日)※
    • 作詞:伊達歩・作曲:後藤次利
    • 1983年度年間29位
  11. ためいきロ・カ・ビ・リー(映画『嵐を呼ぶ男』主題歌)(1983年7月15日)※
  12. ロイヤル・ストレート・フラッシュ(1983年11月1日)※
    • 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
  13. 一番野郎1984年3月1日)※
    • 作詞:売野雅勇・作曲:筒美京平
    • 1984年度年間33位
  14. ケジメなさい(1984年6月6日)※
  15. 永遠に秘密さ(1984年9月13日)※
    • 作詞:松本隆・作曲:山下達郎
    • 1984年度年間49位
  16. ヨイショッ!1985年2月13日)※
  17. 夢絆(1985年6月5日)
  18. 大将(1985年10月21日)
  19. 夢絆(1985年12月1日)12インチ
  20. 純情物語(1986年2月26日)
  21. 青春(1986年7月4日)
  22. Baby Rose(1986年9月10日)
    • 作詞・作曲:織田哲郎
    • 織田哲郎の曲をカヴァー
  23. 愚か者1987年1月1日)
  24. さすらい(1987年6月11日)
    • 作詞:伊達歩・作曲:井上尭之
  25. 泣いてみりゃいいじゃん(1987年9月18日)※
  26. 1987 LIVE SINGLES(1987年12月9日)12インチ
    • 『愚か者』・『泣いてみりゃいいじゃん』・『さすらい』を収録。ジャニーズ事務所内の公式ディスコグラフィーでは「アルバム」としてカウントされている。オリコンチャートでは「愚か者(12インチ)」の表記でシングルとして扱われている。
  27. Made in Japan(1988年4月8日)
    • 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
  28. あぁ、グッと(1988年9月14日)
  29. 夕焼けの歌1989年2月3日)
  30. Just For You(1989年6月1日)
  31. いいかげん(1989年7月5日)
  32. アンダルシアに憧れて(1989年11月10日)
  33. 気ままにWALKIN'(1990年4月8日)
    • 作詞:森浩美・作曲:真野響一郎
  34. 気ままにWALKIN'-One Step At A Time-(1990年5月5日)
    • 作詞:森浩美・作曲:真野響一郎・英語詞:Linda Hennrick
  35. Ho Ho Ho・・・(1990年7月12日)
  36. 好き(1990年10月24日)
    • 作詞・作曲:BORO
  37. デスペラード-ならず者-(1991年7月19日)
    • 作詞:松本隆・作曲:MARK DAVIS
  38. 無頼派(1991年12月12日)
  39. 少年のこころ(1992年5月21日)
  40. 北街角1993年11月21日)
    • 作詞:原真弓・作曲:馬飼野康二
  41. 最後のラヴ・ソング1995年7月21日)
  42. ミッドナイト・シャッフル1996年2月21日)
  43. 愛はひとつ1997年2月21日)
  44. KING and QUEEN1998年5月20日)
  45. 挑戦者2005年12月14日)
  46. 上海慕情/情熱ナミダ2007年1月24日)
  47. BANKA 〜男たちの挽歌〜(2008年12月23日)
    • 作詞:伊集院静・作曲:Nenad Kokovic・Enver Memis
  48. -MOTTO-2009年12月13日)
  49. ざんばら2010年2月22日)
  50. Let's Go!2012年11月21日)
  51. 千年恋慕2014年2月26日)
  52. 大人の流儀2015年12月9日)
    • 作詞:伊集院静/作曲:馬飼野康二/編曲:船山基紀

MATCHY with O.A.I 名義[編集]

  1. ヨイショ!'02 〜日本の皆さんホメていきまショー〜(2002年5月22日)

MATCHY with QUESTION? 名義[編集]

  1. 目覚めろ!野性(2008年1月23日)

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

  1. Thank 愛 You(1981年3月5日)
  2. ギンギラギンにさりげなく(1981年12月16日)
  3. BANZAI(1982年7月18日)
  4. RISING(1983年4月1日)
  5. 嵐を呼ぶ男(1983年8月4日)
  6. WINNING(1984年1月1日)
  7. Shining(1984年8月1日)
  8. SUMMER IN TEARS(1985年8月1日)
  9. 名場面(1986年4月10日)
  10. DREAM(1986年12月12日)
  11. FOR YOU 抱擁(1987年11月25日)
  12. SUMMER COLLECTION(1988年7月1日)
  13. JAPAN(1988年11月2日)
  14. 夏のエアメール(1989年7月19日)
  15. KICKS(1989年12月12日)
  16. うそのない言葉 -THE TRUTH-(1990年11月10日)
  17. 無頼派(1991年12月21日)
  18. 綺麗 KI・RE・I(1992年12月12日)
  19. 北街角(1993年12月12日)
  20. GET BACK(1997年7月1日)

ベストアルバム[編集]

  1. THE MATCHY best song for you(1985年4月4日)
  2. 近藤真彦 THE BEST(1987年6月4日)
  3. By Your Request(1990年12月12日)新録音ベスト
  4. THE ROCK BEST(1996年11月21日)新録音ベスト
  5. MATCHY★BEST(2006年2月8日)
  6. MATCHY★BEST II(2007年2月7日)
  7. 三十五周年 近藤真彦×伊集院静=二十四曲(2015年7月19日発売) 伊集院静が近藤に提供した曲全てのセルフカバーベスト。録音時のサポートミュージシャンとして元ジャニーズ事務所所属の野村義男(ギター)、曽我泰久(コーラス)、松原秀樹(ベース)、長谷部徹(ドラムス)がゲスト参加している。

ライブアルバム[編集]

  1. LIVE10th Anniversary' 90(1990年7月19日)

サウンドトラック/その他[編集]

  1. 17バースデー(1981年7月19日)7インチシングル2枚組
  2. ブルージーンズメモリー(1981年9月5日)

CD-BOX[編集]

  1. マッチ箱 〜25th Anniversary Complete Singles Edition〜(2006年1月1日)

トリビュート・アルバム[編集]

  1. MATCHY TRIBUTE 25th anniversary(2006年1月25日)
    1. ケジメなさい - 綾小路翔 loves DJ OZMA & XARAZOO
    2. 情熱☆熱風せれなーで - Low-Cuts(SHUN+SHUYA from SBK) feat. Lori Fine(COLDFEET) and GAKU-MC
    3. 夕焼けの歌 - 松岡充SOPHIA
    4. ブルージーンズメモリー - 玉置成実
    5. アンダルシアに憧れて - アンダルシアユニット東山紀之赤坂晃堂本光一今井翼
    6. ミッドナイトシャッフル - 高橋瞳
    7. スニーカーぶる〜す - スクービードゥー
    8. 愚か者 - ヘビメタサンダーズ (マーティ・フリードマンROLLY鮎貝健
    9. ハイティーン・ブギ - PUFFY
    10. ギンギラギンにさりげなく - グループ魂

DVD[編集]

  1. '07 Valentine's Day in 武道館[2枚組](2007年5月9日)
  2. 近藤真彦ライブ 07.12.26-08.02.14[2枚組](2008年7月19日)

主な出演作品[編集]

現在のレギュラー番組[編集]

ラジオ

過去の出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

音楽・バラエティ番組[編集]

他多数

映 画[編集]

舞 台[編集]

  • 「森の石松」(1985年、大阪新歌舞伎座)史上最年少座長
  • 「森の石松」再演(1986年、東京・明治座)
  • 「坊ちゃん」(1987年、大阪新歌舞伎座)
  • 「イダマンテ」(1988年、東京・中野サンプラザ、名古屋中日劇場)
  • 「イダマンテ」再演(1989年、東京・中野サンプラザ)
  • 「若親分」(1990年、大阪新歌舞伎座)
  • 「DREAM BOYS JET」(2013年、帝国劇場)特別出演

ラジオ[編集]

※すべて文化放送製作

  • マッチとデート(1980年10月 - 1984年9月)
  • 近藤真彦 ベストクルージングミュージック(1984年10月 - 1988年3月)
  • 近藤真彦 出逢いから物語へ(1988年4月 - 1990年3月)
  • 近藤真彦 SUNDAY MOTOR RADIO
  • 近藤真彦 くるまっち(2002年 - 2006年3月)

CM[編集]

NHK紅白歌合戦[編集]

年度 放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考 歌手別視聴率
1981年 第32回 1 ギンギラギンにさりげなく 1/44 河合奈保子 トップバッター
1982年 第33回 2 ホレたぜ!乾杯 5/44 あみん
1983年 第34回 3 ためいきロ・カ・ビ・リー 21/42 中森明菜
1984年 第35回 4 ケジメなさい 13/40 中森明菜
1985年 第36回 5 ヨイショッ! 31/40 島倉千代子
1986年 第37回 6 青春 19/40 河合奈保子
1987年 第38回 7 愚か者 15/40 小泉今日子
1988年 第39回 8 ああ、グっと 7/42 中森明菜
1996年 第47回 9 ミッドナイトシャッフル 9/50 TRF
2015年 第66回 10 ギンギラギンにさりげなく 51/52 松田聖子 トリ

FNS歌謡祭[編集]

FNS歌謡祭』(フジテレビ系列)には1981年に初出演していて、以降も多数出演している。

1991年1998年はデータ不明の為、1999年以降の出演データを記載。

年度 放送回 曲目 曲順 コラボレーション・ソロ
2005年 第34回 不明 スニーカーぶる〜す 13/35
愚か者 14/35
ミッドナイト・シャッフル 15/35
2010年 第39回 スニーカーぶる〜す 71/74 近藤真彦×堂本剛
ミッドナイト・シャッフル 72/74 近藤真彦×堂本光一
ざんばら 73/74
2012年 第41回 ハイティーン・ブギ 13/79 近藤真彦×綾小路翔
嵐を呼ぶ男 55/79 舘ひろし×近藤真彦
Let's Go! 77/79 近藤真彦×TOKIO×KinKi Kids×テゴマス
2014年 第43回 ギンギラギンにさりげなく 51/105 近藤真彦××KAT-TUN
スニーカーぶる〜す 52/105 近藤真彦×V6×ジャニーズWEST
ブルージーンズメモリー 53/105 近藤真彦×Sexy Zone×A.B.C-Z
ハイティーン・ブギ 54/105 近藤真彦×SMAP×Kis-My-Ft2
ケジメなさい 55/105 近藤真彦×NEWS×Hey! Say! JUMP
愚か者 56/105 近藤真彦×TOKIO×関ジャニ∞
千年恋慕 57/105 近藤真彦×KinKi Kids×滝沢秀明
2015年 第44回
(第1夜)
ハイティーン・ブギ 21/79 近藤真彦×綾小路翔
北街角 22/79 近藤真彦×横山剣
大人の流儀 23/79

デビュー35周年スペシャルメドレー[編集]

2014年12月3日放送の『2014 FNS歌謡祭』では、自身のデビュー35周年を記念して、ジャニーズ事務所の後輩であるSMAPTOKIOKinKi KidsV6滝沢秀明[注 2]NEWS関ジャニ∞KAT-TUNHey! Say! JUMPKis-My-Ft2Sexy ZoneA.B.C-ZジャニーズWESTの14組70人とのそれぞれのコラボレーション(共演)でスペシャルメドレーを披露した(披露曲は上記参照)。

連載[編集]

  • 『Safari』 「近藤真彦のつれづれ遊び!」 (日之出出版)

主なレース活動[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 「ざんばら」のみ歌詞の権利関係上ジャニーズ・エンタテイメントから発売。
  2. ^ 当初はタッキー&翼として出演する予定だったが、メンバーの今井翼メニエール病で休養中だったため、出演を辞退した。

出典[編集]

  1. ^ PROFILE(近藤真彦)-Johnny's web”. Johnny's web. 2016年8月閲覧。
  2. ^ レッツゴーヤング』1982年7月4日放送回(2015年6月現在NHKアーカイブスの番組公開ライブラリーで視聴可能)時点でこの英語表記が使われている。
  3. ^ 過去の『レコード大賞』受賞者一覧”. TBS. 2012年3月5日閲覧。
  4. ^ “『日本レコード大賞』各賞発表 最優秀アルバム賞はいきものがかり”. ORICON STYLE. (2010年11月20日). http://www.oricon.co.jp/news/confidence/82257/full/ 2012年3月5日閲覧。 
  5. ^ ““金八”ファイナル、卒業生152人が集結〜マッチも13年ぶり登場”. ORICON STYLE. (2011年3月7日). http://www.oricon.co.jp/news/movie/85963/full/ 2012年3月5日閲覧。 
  6. ^ 佐渡国際トライアスロン大会
  7. ^ 全日本トライアスロン宮古島大会
  8. ^ IZU TRAIL Journey 伊豆松崎・修善寺間山岳競争大会
  9. ^ TBS (2010年3月29日). “中居正広の金スマ・近藤真彦波瀾万丈スペシャルが19.9%の高視聴率を記録!! 瞬間最高視聴率は何と脅威の29.8%!”. News2u.net. 2012年3月5日閲覧。
  10. ^ 47NEWSサイト内近藤真彦さんが人命救助 和歌山で小2男児を”. 2010年9月12日閲覧。
  11. ^ ZAKZAKサイト内あっぱれ!マッチ名乗らず、海で少年を救助”. 2010年9月12日閲覧。
  12. ^ 作曲:近藤真彦×作詞:武藤京が手がけた新曲「GOGO☆パンダ!」が放送されました!”. エム.シエロ (2010年5月1日). 2012年3月5日閲覧。
  13. ^ マッチ熱唱!1万2000発花火と真剣勝負 - asahi.com・2010年8月20日
  14. ^ 「変化する白子駅前」vol.10”. 鈴鹿F1日本グランプリ地域活性化協議会 協議会日誌 (2010年10月9日). 2012年3月5日閲覧。
  15. ^ 坂上忍、近藤真彦と30年ぶりに和解 - "ビンタ事件"の神対応に感謝と謝罪
  16. ^ 徹子の部屋40周年1万回大記録 マッチ&東山祝福

関連項目[編集]

外部リンク[編集]