松田次生

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松田 次生(まつだ つぎお、1979年6月18日 - )は、日本レーシングドライバー三重県桑名市出身。

プロフィール[編集]

  • 身長:175cm
  • 体重:68kg
  • 血液型:RH+A
  • 愛車:スカイラインGT-Rを数台所有する他、エルグランド 、ステージア、フェアレディZ 、C33 ローレル(MT換装ドリフト仕様)も所有している。
  • 趣味:鉄道模型
    • 地元三重テレビでのレギュラー番組への出演時や鈴鹿でのレース時には桑名の実家へ戻りNゲージの自作レイアウトで車両を走らせる。この自作レイアウトは鉄道模型専門誌やレース雑誌にも度々紹介された。また東京の自宅に居る時はレンタルレイアウトへ足を運んで車両を走らせる。最近はHOゲージにも手を伸ばし始めている。またとあるイベントに参加した当日が、ブルートレイン富士はやぶさ」の最終運行当日であった為に、トークショーで悔しがっていたという根っからの鉄道ファンである。最近はSUPER BELL"Zの野月貴弘とF1解説者の小倉茂徳氏と三人で『Project R and R』としても活動している。

経歴[編集]

幼少時から大の車好きで、遊園地のゴーカート(特に鈴鹿サーキット)が大好きな少年だった。中学生時代は陸上競技に熱中したが、故障をきっかけに陸上競技を断念。その後、カートショップの門を叩いたことがレーシングドライバーへのきっかけとなる。

1993年にカート競技を開始。カート競技は1997年まで続け、それほど目立った成績は上げられなかったが、1996年に出場したCIK-FIAアジア・パシフィック・カート選手権・ICAクラスで優勝したことで注目された。このレースは、フォーミュラカーへの登竜門として注目され、世界各地から有力若手ドライバーが参集することでも有名なレースであった。

1997年には鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラクラス(SRS-F)に入校。同期生には、後にF1で活躍する佐藤琢磨や、ドイツF3選手権でシリーズチャンピオンに輝いた金石年弘らがおり、彼らは通称『華の3期生』と呼ばれている。このSRS-F時代に熱心にライバル達のドライビングを研究し切磋琢磨したことで、見事スカラシップ生の一人として選ばれた。

1998年には中嶋企画から全日本F3選手権に参戦し、ランキング4位でシーズンを終えた。また、同年には山西康司の代役としてフォーミュラ・ニッポン第5戦にスポット参戦し、地元鈴鹿サーキットで初戦ながら6位入賞を果たす。1999年にはマカオGPで4位に入賞するなどして、ホンダ期待の有望若手ドライバーとして業界での評価が高まっていった。

2000年より中嶋企画からフォーミュラ・ニッポンにフル参戦を果たすと共に、全日本GT選手権・GT500クラスにも第5戦よりチームテイクワンから参戦。以降は両シリーズを主戦場としている。この年のフォーミュラ・ニッポン第3戦美祢で初優勝を飾っているが、これは日本人による最年少初優勝記録となった。

その後、フォーミュラ・ニッポンでは2001年2002年は中嶋企画から参戦するも、チームメイトのラルフ・ファーマンの後塵を拝し低迷、2003年2004年セルモから参戦するもトップ争いには絡めず、2005年5ZIGENから参戦し、最終戦でポールポジションを獲得した。

また全日本GT選手権(現・SUPER GT)には2001年~2005年まで中嶋企画よりフル参戦。特に2002年は、ラルフ・ファーマンと共に、脇阪寿一飯田章組のエッソウルトラフロースープラとシリーズチャンピオンを最後まで争った。

2006年にホンダ陣営から日産系のホシノインパル及びNISMOに移籍。2005年のシーズン・オフからF1(テストドライバー契約)やGP2IRL等の海外移籍を含め様々な噂が流れる中で、国内有力のライバルチームへの移籍という選択を行った。この移籍劇は、フォーミュラ・ニッポンやGTにおいて時折優勝するものの、まだ一度もタイトルホルダーに輝いたことが無いことが影響しているものと思われた。フォーミュラ・ニッポンにおいては、第5戦オートポリスで久々に勝利し、ドライバーランキングもチームメイトのブノワ・トレルイエについで2位となり、チーム部門でのタイトル獲得に貢献するなど一定の成果を上げた。SUPER GTでも第8戦オートポリスで勝利しており、オートポリスは鈴鹿と伴に松田次生の得意とするサーキットの一つとなっている。

2007年は引き続き、フォーミュラ・ニッポンにはホシノインパルから、SUPER GTはNISMOから参戦し、フォーミュラ・ニッポンでは未勝利ながら初のシリーズチャンピオンに輝いた[1]

2008年は、フォーミュラ・ニッポンのみならず、SUPER GTでもホシノインパルから参戦し、SUPER GTでは新規に投入されたGT-Rをドライブ。フォーミュラニッポンでは「0勝チャンピオン」と揶揄された前年から一転、開幕3連勝をふくめ圧倒的な速さでシリーズを支配した。そして最終戦前の第7戦富士史上初の2連覇を達成した。SUPER GTでも、第6戦インターナショナルPOKKA1000kmと最終戦富士300kmで優勝を飾った。

2009年も2008年同様にフォーミュラ・ニッポンとSUPER GTともにホシノインパルより参戦した。フォーミュラ・ニッポンはこの年は苦戦し、わずか11ポイントでシリーズ11位に終わり、SUPER GTも未勝利に終わり36ポイントでシリーズ11位となった。

2010年はホシノインパルの活動縮小のため、ついにフォーミュラ・ニッポンのシートを喪失した。しかしKONDO Racingのフォーミュラ・ニッポン復帰においてシートを獲得し、第4戦もてぎよりフォーミュラ・ニッポンの舞台に復帰し、第5戦菅生で久々のポイントを獲得した。SUPER GTでは第4戦マレーシアで08年最終戦富士300km以来の優勝を果たし、シリーズ5位となった。

2011年はスポンサー不足から再びシートを喪失、ついにポイントレースで1度も走ることが出来なかった。しかしJAFグランプリ(富士スプリントカップ)では欠場したアレキサンドレ・インペラトーリに代わりスポット参戦、決勝レースこそスタート直後の接触でフロントウイング交換を余儀なくされたことで完走した14台中最下位に終わるも、フリー走行でいきなり3番手をマークするなど地力を見せた。また同年より、NISMOが開発を進めている日産・リーフ(レース仕様車)の開発ドライバーに起用されている。

2012年は2009年以来3年ぶり(シリーズそのものは2年ぶり)にインパルからフォーミュラ・ニッポンにレギュラー参戦する。SUPER GTにも同じチームでGT500に参戦し, 第6戦の富士では独走で優勝を果たした(チームメイトはジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ)。

2013年は12年と同様にホシノインパルからオリベイラと組んでSUPER GTのGT500クラスに参戦、第3戦で優勝するもその後は表彰台獲得もなくランキング6位に終わる。

2014年は7年ぶりにNISMOへ復帰、ロニー・クインタレッリと組んで参戦。第3戦オートポリスでシーズン初優勝を飾ると、次戦のSUGOではノーポイントに終わるもののその後の富士・鈴鹿と2戦続けて2位表彰台を獲得。ランキング3位で迎えた最終戦もてぎはポールポジションからスタートし、1周目でタイトルを争うジェームズ・ロシタージョアオ・パオロ・デ・オリベイラが接触するという荒れたレースとなったが、2位の伊藤大輔に50秒もの大差をつけて圧勝。ランキングトップだったロシターが10位に終わったため2000年(当時の名称は全日本GT選手権)の参戦以来15年目にして悲願のSUPER GT初タイトルを獲得、涙を見せた。

レース戦績[編集]

  • 1993年 - カートでレースデビュー
  • 1994年
    • SL中日本FR-2クラス(シリーズ6位)
    • 鈴鹿カート選手権FR-2クラス(シリーズ6位)
  • 1995年 - 全日本カート選手権FSAクラス
  • 1996年
    • 鈴鹿カート選手権FSAクラス(シリーズ2位)
    • CIK-FIAアジア・パシフィック・カート選手権・ICAクラス(優勝)
    • 全日本カート選手権FSAクラス
  • 1997年
    • 全日本カート選手権FSAクラス(シリーズ11位)
    • SRS-Fに入校・スカラシップ獲得
  • 1998年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン<Rd.5スポット参戦>(PIAA NAKAJIMA RACING #64/レイナード97D MF308)(決勝6位)
    • 全日本F3選手権(#64 SRS-Fスカラシップ/ダラーラF397 MF204B)(シリーズ4位・1勝)
    • F3マカオGP(Nakajima Honda #64 ダラーラF397・無限ホンダ/ダラーラF397 MF204B)(決勝DNF)
    • 全日本カート選手権FSAクラス
  • 1999年
    • 全日本F3選手権(NAKAJIMA HONDA #64 PIAA DALLARA 無限/ダラーラF399 MF204B)(シリーズ5位)
    • F3マカオGP(NAKAJIMA HONDA #64 PIAA DALLARA 無限/ダラーラF399 MF204B)(決勝4位)
    • F3コリアGP(NAKAJIMA HONDA #64 PIAA DALLARA 無限/ダラーラF399 MF204B)(決勝DNF)
    • フォーミュラ・ドリーム<第6戦 ゲストドライバー>(#19 PIAA FD99/FD99 MF224)(決勝DNF)
  • 2000年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(PIAA NAKAJIMA RACING #2/レイナード99L MF308)(シリーズ4位・1勝)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス<Rd.5~7>(TEAM TAKE ONE #30 綜警 McLarenGTR/McLaren F-1 19R GTR)(シリーズ19位)
  • 2001年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(PIAA NAKAJIMA RACING #1/レイナード2KL MF308)(シリーズ10位)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(Mobil 1 NAKAJIMA RACING #64 Mobil 1 NSX/NSX NA2 C32B)(シリーズ8位・1勝)
    • スーパー耐久シリーズ<Rd.4 スポット参戦>(#94 FORWARD S2000ED/AP1)(総合7位)
  • 2002年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(PIAA NAKAJIMA RACING #1/レイナード01L MF308)(シリーズ5位)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(Mobil 1 NAKAJIMA RACING #64 Mobil 1 NSX/NSX NA2 C32B)(シリーズ2位・3勝)
  • 2003年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(COSMO OIL RACING TEAM CERUMO #11/ローラB351 MF308)(シリーズ11位)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(Mobil 1 NAKAJIMA RACING #64 Mobil 1 NSX/NSX NA2 C32B)(シリーズ11位)
  • 2004年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(COSMO OIL RACING TEAM CERUMO #11/ローラB351 MF308)(シリーズ11位)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(EPSON NAKAJIMA RACING #32 EPSON NSX/NSX NA2 C30A)(シリーズ8位・1勝)
  • 2005年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(TEAM 5ZIGEN #11/ローラB351 MF308)(シリーズ7位)
    • SUPER GT・GT500クラス(NAKAJIMA RACING #32 EPSON NSX/NSX NA2 C32B)(シリーズ9位)
  • 2006年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(mobilecast TEAM IMPUL #20/ローラB06/51 RV8J)(シリーズ2位・1勝)
    • SUPER GT・GT500クラス(NISMO #23 XANAVI NISMO Z/フェアレディZ Z33 VQ30DETT)(シリーズ6位・1勝)
    • 第13回十勝24時間レース・GTクラス(#74 アラビアンオアシスZ/フェアレディZ Z33)(総合7位・クラス優勝
  • 2007年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(mobilecast TEAM IMPUL #2/ローラB06/51 RV8J)(シリーズチャンピオン)
    • SUPER GT・GT500クラス(NISMO #22 MOTUL AUTECH Z/フェアレディZ Z33 VK45DE)(シリーズ5位)
    • 第14回十勝24時間レース・ST3クラス(KARURA RACING #113 カルラレーシング☆ings北海Z)(総合7位・クラス2位)
  • 2008年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(LAWSON TEAM IMPUL #1/ローラB06/51 RV8J)(シリーズチャンピオン・5勝)
    • SUPER GT・GT500クラス(TEAM IMPUL #12 カルソニックインパル GT-R/GT-R R35 VK45DE)(シリーズ5位・2勝)
  • 2009年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(LAWSON TEAM IMPUL #1/スウィフト017.n RV8K)(シリーズ11位)
    • SUPER GT・GT500クラス(TEAM IMPUL #12 IMPUL カルソニック GT-R/GT-R R35 VK45DE)(シリーズ11位)
  • 2010年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン<Rd.4~FSC>(KONDO RACING #3/スウィフト017.n RV8K)(シリーズ14位)
    • SUPER GT・GT500クラス(TEAM IMPUL #12 カルソニック IMPUL GT-R/GT-R R35 VRH34A)(シリーズ5位・1勝)

主な成績[編集]

フォーミュラ・ニッポン,スーパーフォーミュラ[編集]

色の意味はこちらを参照→key

所属チーム Rd.1 Rd.2 Rd.3 Rd.4 Rd.5 Rd.6 Rd.7 Rd.8 Rd.9 Rd.10 順位 ポイント
1998 PIAA NAKAJIMA RACING SUZ MIN FSW TRM SUZ
6
SUG MIN FSW SUZ 15位 1
2000 PIAA NAKAJIMA RACING SUZ
12
TRM
3
MIN
1
FSW
16
SUZ
5
SUG
11
TRM
4
FSW
Ret
MIN
3
SUZ
3
4位 27
2001 PIAA NAKAJIMA RACING SUZ
Ret
TRM
3
MIN
8
FSW
Ret
SUZ
5
SUG
5
FSW
Ret
MIN
Ret
TRM
9
SUZ
9
8位 10
2002 PIAA NAKAJIMA RACING SUZ
3
FSW
10
MIN
2
SUZ
Ret
TRM
13
SUG
5
FSW
Ret
MIN
4
TRM
4
SUZ
6
5位 19
2003 COSMO OIL RACING TEAM CERUMO SUZ
5
FSW
9
MIN
Ret
TRM
Ret
SUZ
15
SUG
6
FSW
5
MIN
5
TRM
14
SUZ
Ret
11位 7
2004 COSMO OIL RACING TEAM CERUMO SUZ
4
SUG
Ret
TRM
12
SUZ
9
SUG
DSQ
MIN
12
SEP
4
TRM
5
SUZ
Ret
11位 7
2005 TEAM 5ZIGEN TRM
10
SUZ
2
SUG
Ret
FSW
3
SUZ
6
MIN
4
FSW
9
TRM
10
SUZ
8
7位 14
2006 mobilecast TEAM IMPUL FSW
2
SUZ
9
TRM
5
SUZ
2
AUT
1
FSW
7
SUG
3
TRM
2
SUZ
2
2位 37
2007 mobilecast TEAM IMPUL FSW
2
SUZ
2
TRM
3
OKA
3
SUZ
4
FSW
13
SUG
5
TRM
5
SUZ
4
1位 46
2008 LAWSON TEAM IMPUL FSW
1
SUZ
1
TRM
1
OKA
Ret
SUZ1
1
SUZ2
8
TRM1
2
TRM2
2
FSW1
4
FSW2
5
SUG
1
1位 93.5
2009 LAWSON TEAM IMPUL FSW
Ret
SUZ
Ret
TRM
6
FSW
Ret
SUZ
12
TRM
5
AUT
7
SUG
7
11位 11
2010 KONDO RACING SUZ TRM FSW TRM
Ret
SUG
8
AUT
Ret
SUZ1
14
SUZ2
9
15位 1
2012 TEAM IMPUL SUZ
8
TRM
6
AUT
4
FSW
5
TRM
7
SUG
Ret
SUZ1
2
SUZ2
Ret
8位 20
2013 Lenovo TEAM IMPUL SUZ
2
AUT
5
FSW
16
TRM
13
INJ
C
SUG
5
SUZ1
4
SUZ2
16
6位 18.5

JGTC,SUPER GT[編集]

所属チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2000 TEAM TAKE ONE マクラーレン・F1GTR GT500 TRM FSW SUG FSW TAI
4
MIN
Ret
SUZ
Ret
19位 10
2001 Mobil 1 NAKAJIMA RACING ホンダ・NSX GT500 TAI
3
FSW
12
SUG
14
FSW
6
TRM
1
SUZ
Ret
MIN
Ret
8位 38
2002 Mobil 1 NAKAJIMA RACING ホンダ・NSX GT500 TAI
1
FSW
11
SUG
Ret
SEP
1
FSW
12
TRM
14
MIN
6
SUZ
1
2位 74
2003 Mobil 1 NAKAJIMA RACING ホンダ・NSX GT500 TAI
5
FSW
6
SUG
8
FSW
13
FSW
9
TRM
Ret
AUT
2
SUZ
12
11位 36
2004 EPSON NAKAJIMA RACING ホンダ・NSX GT500 TAI
10
SUG
4
SEP
9
TOK
6
TRM
1
AUT
12
SUZ
5
8位 42
2005 NAKAJIMA RACING ホンダ・NSX GT500 OKA
5
FSW
8
SEP
5
SUG
13
TRM
10
FSW
2
AUT
14
SUZ
10
9位 38
2006 NISMO 日産・フェアレディZ GT500 SUZ
2
OKA
Ret
FSW
4
SEP
5
SUG
2
SUZ
DSQ
TRM
14
AUT
1
FSW
11
6位 69
2007 NISMO 日産・フェアレディZ GT500 SUZ
5
OKA
3
FSW
2
SEP
10
SUG
Ret
SUZ
6
TRM
2
AUT
4
FSW
9
5位 63
2008 TEAM IMPUL 日産・GT-R GT500 SUZ
Ret
OKA
2
FSW
9
SEP
14
SUG SUZ
1
TRM
11
AUT
10
FSW
1
5位 61
2009 TEAM IMPUL 日産・GT-R GT500 OKA
4
SUZ
3
FSW
15
SEP
7
SUG
8
SUZ
5
FSW
15
AUT
Ret
TRM
7
11位 36
2010 TEAM IMPUL 日産・GT-R GT500 SUZ
Ret
OKA
4
FSW
6
SEP
1
SUG
4
SUZ
12
FSW
C
TRM
5
5位 47
2011 TEAM IMPUL 日産・GT-R GT500 OKA
1
FSW
14
SEP
15
SUG
13
SUZ
3
FSW
2
AUT
10
TRM
9
5位 49
2012 TEAM IMPUL 日産・GT-R GT500 OKA
10
FSW
5
SEP
5
SUG
Ret
SUZ
4
FSW
1
AUT
10
TRM
10
4位 45
2013 TEAM IMPUL 日産・GT-R GT500 OKA
6
FSW
5
SEP
1
SUG
Ret
SUZ
4
FSW
6
AUT
Ret
TRM
13
9位 46
2014 NISMO 日産・GT-R GT500 OKA
7
FSW
8
AUT
1
SUG
14
FSW
2
SUZ
2
BUR
10
TRM
1
1位 81

AsLMS[編集]

所属チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 順位 ポイント
2013 KCMG モーガン・LMP2 LMP2 INJ FUJ ZHU SEP
2
9位 19

WEC[編集]

所属チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 順位 ポイント
2013 KCMG モーガン・LMP2 LMP2 SIL SPA LMN SAO COA FSW
6
SHA BHR NC 0
2014 KCMG オレカ・03 LMP2 SIL
2
SPA
LMN
COA
1
FSW
SHA
BHR
SÃO
7位 43

ラジオ出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この年のフォーミュラ・ニッポンの最終戦鈴鹿ラウンドでは、NAKAJIMA RACING所属の小暮卓史が1位でチェッカーを受けたが、レギュレーション違反で失格となった。このため松田の順位が4位に繰り上がり、選手権ポイントで最上位となったため、未勝利ながらシリーズチャンピオンとなった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]