オレカ

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オレカ
業種 レーシングチーム
レースカーコンストラクター
設立 1973年
創業者 ユーグ・ド・ショーナック
本社
ウェブサイト www.oreca.com/en/accueil-en/

オレカ (ORECA, Organisation Exploitation Competition Automobiles) は、フランスのレーシングチーム・コンストラクター。1973年AGSのマネージャーであったユーグ・ド・ショーナックが設立した。2015年時点で社員数110名の小さめの企業だが、ラリースポーツカーレースツーリングカーレースなど幅広いジャンルでメーカーのワークス活動を請け負った。これまでにBMWマツダダッジプジョートヨタセアトの名を背負ってFIA世界選手権にエントリーし、その全てで成功を収めてきた。

フォーミュラカーレース[編集]

1972年から1989年はフォーミュラを中心に活動し、ヨーロッパF2やF3ではルネ・アルヌーアラン・プロストジャック・ラフィットジャン・アレジといったドライバーが同チームから出走。ヨーロッパF2で2回、フランスF3選手権で11回ドライバーズタイトルを獲得した。

スポーツカーレース[編集]

90年代からスポーツカーレースGTカーレースに集中し、フランス・スーパーツーリング選手権にはBMWのワークスチームとして参戦した。

1991年のル・マン24時間レースにはマツダ・787Bで参戦。本番直前のテストウィークでマシンが大ダメージを受けたため、マツダが撤退しようとするのをショーナックが必死に説得。オレカは一週間で直して30時間のテストを敢行し、結果マツダとオレカはロータリーエンジン車唯一の総合優勝を勝ち取った[1]

のちにダッジのワークスチームとなって、バイパー GTS-Rで1997~1998年にFIA GT選手権GT2クラスタイトル、1999年にはFIA GTの総合タイトルを獲得。1998~2000年にル・マン24時間クラス優勝、2000年にデイトナ24時間に総合優勝、セブリング12時間でクラス優勝をするなど多くの成功を収めている。

2005年のル・マン24時間レースにはアウディ・フランスの支援を受けアウディ・R8で参戦した。その他にも2006年にはサリーン・S7Rでヨーロピアン・ル・マン・シリーズに参戦した。チームのサリーン・S7Rはスパ・フランコルシャンで優勝している。

オレカはダッジと共同でダッジ・バイパーの競技車両を開発し、2006年から2007年にかけてGT3カテゴリーで100以上のカスタマーが同車両を使用した。

長年レーシングチームとして成功を収める一方、ショーナックはコンストラクターとなる夢を叶えるために2007年にクラージュ・コンペティションを買収。

2008年には第一号となるオレカ・01を開発した。01はLMP1カテゴリー参戦のために開発され、デビュー戦の2009年のスパ1000kmレースに2台がエントリーした。

2009年にはフォーミュラ・ル・マン用にFLM09英語版を開発した。これはその名が意味するようにフォーミュラ・ル・マン・カップのみに使用される車両であったが、2010年にアメリカン・ル・マン・シリーズを含む他の3つの耐久シリーズへの参加も可能となり、LMPCクラスで参加することとなった。この考えは小規模チームが耐久レースに参加できる手頃なプラットフォームを入手できるようにするための物であった。

オレカはカスタマー仕様のプジョー・908 HDi FAPの供給を受け、セミワークスとして2010年のル・マン24時間レースにも参戦、また残りのル・マン・シリーズのレースにも参加し、アルガルヴェでは総合優勝、ファクトリーチームを抑えてタイトルを獲得した。

2011年、オレカは2010年仕様のプジョー・908で、最新型のプジョー・908を破りセブリング12時間レースで優勝した[2]。また、2011年の新レギュレーションに合わせた新型シャシー、オレカ・03を導入した。03はP1クラスに投入された01とは対照的に、P2クラスに投入された。

2012年からはトヨタの新型LMP1車両、トヨタ・TS030 HYBRIDの運用チームに選ばれ、TMGとのジョイントでFIA 世界耐久選手権(WEC)に参戦。レースのオペレーションをサポートするため20人ほどのスタッフを送り込み、、ショーナックもトヨタレーシングの一員としてWECに帯同している。ただしマツダの時とは異なり、マシン開発には寄与していない[3]。2014年にはアウディポルシェを打ち破って、WECのドライバーズ・マニュファクチャラーズの2冠に輝いた。

2015年LMP1のレベリオン・R-Oneとモノコックの基本設計を共有するオレカ・05を投入。ル・マン24時間レースで、KCMGポール・トゥ・ウィンを飾っている。これはオレカのオリジナル開発のマシンとしては初めてのル・マンクラス優勝だった。またこの年から始まったLMP3のパッケージの販売もオレカが担当している。

2016年、シグナテックアルピーヌに『アルピーヌA460』名義でOEM供給していた05が圧倒的な速さを見せつけ、WEC年間王者とル・マンの両方を制覇した。

2017年にACOによってコンストラクターが4社(オレカ・オンロークダラーラライリー&マルチマティック連合)に絞られたWECのLMP2ではフル参戦の全チームがオレカ・07を選択しており、オレカへの信頼とサポートの厚さを伺わせる。また速さと信頼性を兼ね備えたオレカ・07はル・マンでも猛威を振るい、LMP1のエントラント減少とトラブル多発に助けられ、総合でもポルシェLMP1に次ぐ2位の好成績を収めた。このため、ACOは翌年のシャーシ開発を4社のうちオレカだけ禁止するに至った[4]。またこの年限りで北米のウェザーテック・スポーツカー選手権のLMPCクラスが廃止されたことで、FLM09は9年間の長きにわたる役割を終えた。

2018年にはウェザーテック・スポーツカー選手権でもアキュラと共同開発したDPiマシン、アキュラ・ARX-05を投入。またレベリオン・レーシングがオレカと共同開発したLMP1マシン、R13を採用してWECに参戦した。この年のル・マン24時間ではトヨタが初の総合優勝を果たし、オレカは2度目の日本メーカーのル・マン制覇に携わったことになった。

2021年は移行措置として参戦が認められたレベリオン・レーシングが用いていたLMP1マシンを使用し、アルピーヌがA480とリバッジしハイパーカークラスに参戦する。

なおオレカはプジョーとの提携で、2022年投入予定のハイパーカー(プジョー・9X8)の開発に関わる予定であったが、IMSAの新規定である、LMDhに集中するとして破談になっている[5]。またトヨタとの関係も、2021年のル・マン24時間をもって終了となった[6]。一方でアキュラとの関係は継続し、2023年からアキュラが投入予定のLMDhマシンであるARX-06の開発を担う[7]。またアルピーヌも、2024年よりオレカ製シャシーをベースとしたLMDhマシンを実戦投入する予定[8]

2021年11月、フェラーリとの提携を発表し、フェラーリ・488 GT3 Evoの後継となるフェラーリ・296GTBをベースにした新型GTカーの組立並びにカスタマーサポートを担うことになった[9]

ラリー[編集]

オレカはラリーにも積極的に参加しており、1990年にラーダのファラオ・ラリー総合優勝の支援をしている。また氷上レースのアンドロス・トロフィーにアラン・プロストがトヨタ・カローラで出場する際も支援をしていた。

2003年にはルノー・クリオ S1600でJWRCでドライバーズタイトルを獲得した。

現在はWRC2をメインに参戦しており、WRCに復帰する前のトヨタの育成ドライバーを走らせていたこともある。また、ステファン・サラザンがラリーチームを作る際も支援していた。

2017年にはR4キットカーの用の共通コンポーネント(エンジン、駆動系など)をFIAから委託を受けて開発市2018年から販売している[10]

この他シュコダシトロエングループRエンジン、世界ラリークロス選手権プジョーのエンジンも開発を担当している。

ツーリングカーレース[編集]

ポルシェ・カレラカップやルノー・クリオカップ、アウディのフランスでのカスタマープログラムを請け負っている。

世界ツーリングカー選手権(WTCC)にもセアトのオペレーションで参戦し、2008年にイヴァン・ミューラーと共にドライバーズタイトルを獲得した。セアトが撤退した後はラーダのTC1マシン設計・開発、エンジンの開発に携わった。なおラーダとはTCRでも提携をしている[11]

参照[編集]

  • AUTO SPORT(オートスポーツ) 臨時増刊 ル・マン24時間2015(三栄書房 2015年7月8日発刊)

外部リンク[編集]