ステファン・サラザン

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ステファン・サラザン
Stephane Sarrazin 2007 Mil Milhas Brasil.jpg
基本情報
フルネーム ステファン・ジャン=マルク・サラザン
国籍 フランスの旗 フランス
出身地 同・ガール県バルジャック
生年月日 (1975-11-02) 1975年11月2日(42歳)
F1での経歴
活動時期 1999
過去の所属チーム '99 ミナルディ
出走回数 1
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1999年ブラジルGP
最終戦 1999年ブラジルGP
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ステファン・サラザン
基本情報
WRCでの経歴
活動時期 2004-2006,2015,2017
所属チーム '09-'11 スバル・ジュニアチーム
'11 ICE 1 Racing ,ACIチーム・イタリア,サラザン・モータースポーツ
出走回数 17
チャンピオン回数 0
優勝回数 0
表彰台回数 0
ステージ勝利数 0
通算獲得ポイント 20
初戦 2004年ラリー・ドイツ
最終戦 2017年ツール・ド・コルス
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ステファン・ジャン=マルク・サラザンStéphane Jean-Marc Sarrazin, 1975年(一部1974年の記述あり)11月2日 - )は、フランスガール県バルジャック出身のレーシングドライバー

F1WRCの参戦経験があり、現在はWECに参戦している。

ジュニア・フォーミュラ[編集]

1993年、フランス・フォーミュラ・ルノーに参戦、5位。翌年にはチャンピオンに輝く。1995年から1997年には、フランスF3に参戦し、それぞれ3位、9位、2位になった。1998年から2001年には国際F3000に参戦、6位、4位、4位、14位。

F1での経歴[編集]

1999年[編集]

1998年からはプロストGPのテストドライバー、1999年から2001年までは第3ドライバーとして起用されていたが、1999年ブラジルGPではルカ・バドエルの代役としてミナルディから出場。チームメイトのマルク・ジェネを上回る予選17位を記録したが、決勝では31周目にスピン、リタイアとなった。

2002年[編集]

2001年までプロストGPのサードドライバーを務めた後、トヨタのテストドライバーとして起用された。

ラリーでの経歴[編集]

2004年[編集]

2004年、フランス自動車協会(Equipe de France FFSA)の推薦で世界ラリー選手権(WRC)にスバル・インプレッサで参戦。ドイツ、フランス、スペインの3戦に出走し、8ポイントを得てランキング11位となった。

2005年[編集]

スバル時代(2005年モンテカルロ・ラリー)

2005年にはスバルワークス・チームプロドライブ)に加入、8戦に出走し6ポイント、17位。

2006年[編集]

2006年にもスバルのワークスチームから、ターマックを中心に4戦に出走し6ポイント、18位。

2009年[編集]

2009年、IRCプジョー・207 S2000でモンテカルロに出場。総合3位表彰台を獲得した。

2010年[編集]

2010年、プジョー・フランスからモンテカルロに参戦し4位入賞。更に第6戦イプルーにも急遽出場したがリタイアに終わる。

2011年[編集]

前年と同じ体制でモンテカルロに出場し2年連続で4位入賞を果たした。

2013年[編集]

ERCとして開催された地元コルシカにミニ・ジョンクーパー・ワークス S2000で出場。3位表彰台を獲得した。

2015年

ヒュンダイ・i20 R5のデビュー戦であるツール・ド・コルスにWRC2からスポット参戦した。また同年トヨタWRCの開発ドライバーとしても活動した。

2017年

オレカKCMGの支援を受けて自身のラリーチームであるサラザン・モータースポーツを創設。WRC2に自らマシンを駆ってスポット参戦した。またオレカの開発するR4キットカーのテストドライバーにも選ばれた[1]

ラリーGBからはヒュンダイのR5マシンによる若手育成プログラムを委託されることが決まった[2]

WEC世界耐久選手権[編集]

2012年に石浦宏明がマシンテスト中にクラッシュし背中を痛めたことから、トヨタ・モータースポーツ(TMG)が急遽石浦の代役としてサラザンを起用、FIA 世界耐久選手権(WEC)やル・マン24時間レースに出場するトヨタ・TS030 HYBRIDのドライバーを務めた。石浦が怪我から回復したあとも交代することはなく、2013年から2016年まで経験豊富なレギュラードライバーとして活躍。マイク・コンウェイや小林可夢偉らの引っ張り役となった。

2017年はレギュラーからは外されたものの、三台体制となったトヨタでスパとル・マンに参戦することが決まっている。スパとル・マンともに3台目からの出走が予定されていたが、ルーキーのホセ・マリア・ロペスの未熟さから可夢偉とコンウェイの駆るエースカーに復帰している。

トヨタLMP1とジョイントしているオレカとの関係も続いており、オレカ05ではマシン開発も担当した。

その他[編集]

2006年7月27日・28日、スーパーGT300クラスのクスコチームのインプレッサのテストを行うため、ツインリンクもてぎの合同テストに参加。 27日のテスト終了後には、スバルの宇都宮工場を表敬訪問した。[3]

2014年より開催される新シリーズフォーミュラEにおいてヴェンチュリー・フォーミュラEチームより参戦[4]。第二期のロングビーチでは2位表彰台を獲得している。

レース戦績[編集]

フォーミュラ[編集]

国際F3000選手権[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
1998年 アポマトックス OSC
1
IMO
24
CAT
15
SIL
24
MON
4
PAU
Ret
A1R
8
HOC
Ret
HUN
2
SPA
Ret
PER
Ret
NÜR
19
6位 19
1999年 ゴロワーズ・ジュニア IMO
4
MON
14
CAT
5
MAG
5
SIL
7
A1R
6
HOC
3
HUN
1
SPA
Ret
NÜR
17
4位 22
2000年 MySap.com IMO
7
SIL
19
CAT
9
NÜR
5
MON
Ret
MAG
6
A1R
HOC
HUN
SPA
22位 3
2001年 F3000 プロスト・ジュニアチーム INT
IMO
CAT
A1R
MON
3
NÜR
MAG
SIL
HOC
HUN
SPA
MNZ
14位 4

F1[編集]

チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 WDC ポイント
1999年 ミナルディ M01 AUS
BRA
Ret
SMR
MON
ESP
CAN
FRA
GBR
AUT
GER
HUN
BEL
ITA
EUR
MAL
JPN
NC 0

フォーミュラE[編集]

チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
2014年-2015年 ヴェンチュリー・グランプリ スパーク-ルノー・SRT 01E BEI
9
PUT
12
PDE
Ret
BNA
10
MIA
Ret
LBH
10
MON
7
BER
6
MOS
14
LON
10
LON
15
14位 22
2015年-2016年 スパーク-ヴェンチュリー・VM200-FE-01 BEI
9
PUT
4
PDE
9+
BNA
4
MEX
9
LBH
2
PAR
5
BER
10+
LON
10
LON
5+
6位 70
2016年-2017年 スパーク-ヴェンチュリー・VM200-FE-02 HKG
10
MAR
12
BNA
12
MEX
15
MON
15+
PAR
10
10位 36
テチーター・フォーミュラEチーム スパーク-ルノー・Z.E 16 BER
11
BER
14
NYC
3
NYC
12
MTL
3
MTL
8
  • + : ファンブースト。

スポーツカー[編集]

ル・マン・シリーズ[編集]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 順位 ポイント
2007年 プジョー・スポール トタル プジョー・908 HDi FAP LMP1 MON
3
VAL
1
NÜR
1
SPA
1
SIL
NC
SAO
2
1位 40
2008年 CAT
8
MON
1
SPA
Ret
NÜR
1
SIL
11
7位 21
2010年 チーム・オレカ・マットムート CAS
4
SPA
2
ALG
1
HUN
4
SIL
2
1位 78
2011年 プジョー・スポール トタル プジョー・908 CAS
SPA
2
IMO
2
SIL
8
EST
NC 0
2012年 セバスチャン・ローブ・レーシング オレカ・03 LMP2 FRA
2
GBR
4
PET
6位 30

インターコンチネンタル・ル・マン・カップ[編集]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7
2010年 プジョー・スポール トタル プジョー・908 HDi FAP LMP1 SIL
2
PET
1
ZHU
1
2011年 プジョー・908 SEB
3
SPA
2
LMN
3
IMO
2
SIL
8
PET
1
ZHU
2

世界耐久選手権[編集]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2012年 スターワークス・モータースポーツ HPD ARX-03b LMP2 SEB
1
SPA
8
SIL
2
SAO
1
BHR
3
FSW
2
SHA
2
15位 37.5
トヨタ・レーシング トヨタ・TS030 HYBRID LMP1 LMN
Ret
2013年 SIL
3
SPA
4
LMN
2
SAO
Ret
COA
2
FSW
27
SHA
Ret
BHR
1
3位 106.25
2014年 トヨタ・TS040 HYBRID LMP1 SIL
2
SPA
3
LMN
Ret
COA
6
FSW
2
SHA
2
BHR
1
SÃO
4
5位 116
2015年 LMP1 SIL
4
SPA
5
LMN
6
NÜR
6
COA
Ret
FSW
6
SHA
5
BHR
3
6位 79
2016年 トヨタ・ガズー・レーシング トヨタ・TS050 HYBRID LMP1 SIL
2
SPA
Ret
LMN
2
NÜR
6
MEX
3
COA
3
FSW
1
SHA
2
BHR
5
3位 145
2017年 LMP1 SIL
SPA
5
LMN
Ret
NÜR
MEX
COA
FSW
SHA
BHR
16位* 11*

ル・マン24時間レース[編集]

チーム コ・ドライバー クラス 周回 総合順位 クラス順位
2001年 フランスの旗 バイパー チーム・オレカ フランスの旗 ヤニック・ダルマス
フランスの旗 フランク・モンタニー
クライスラー・LMP LMP900 126 DNF DNF
2002年 フランスの旗 プレイステーション・チーム・オレカ フランスの旗 フランク・モンタニー
フランスの旗 ニコラ・ミナシアン
ダラーラ・SP1-ジャッド LMP900 359 6位 5位
2003年 フランスの旗 ペスカロロ・スポーツ フランスの旗 ジャン=クリストフ・ブイヨン
フランスの旗 フランク・ラゴルス
クラージュ・C60-プジョー LMP900 356 8位 6位
2005年 イギリスの旗 アストンマーティン・レーシング オーストラリアの旗 デビッド・ブラバム
イギリスの旗 ダレン・ターナー
アストンマーティン・DBR9 GT1 333 9位 3位
2006年 イギリスの旗 アストンマーティン・レーシング ポルトガルの旗 ペドロ・ラミー
モナコの旗 ステファン・オルテリ
アストンマーティン・DBR9 GT1 342 10位 5位
2007年 フランスの旗 プジョー・スポール トタル ポルトガルの旗 ペドロ・ラミー
フランスの旗 セバスチャン・ボーデ
プジョー・908 HDi FAP LMP1 359 2位 2位
2008年 フランスの旗 プジョー・スポール トタル ポルトガルの旗 ペドロ・ラミー
オーストリアの旗 アレクサンダー・ヴルツ
プジョー・908 HDi FAP LMP1 368 5位 5位
2009年 フランスの旗 プジョー・スポール トタル フランスの旗 フランク・モンタニー
フランスの旗 セバスチャン・ボーデ
プジョー・908 HDi FAP LMP1 381 2位 2位
2010年 フランスの旗 プジョー・スポール トタル フランスの旗 フランク・モンタニー
フランスの旗 ニコラ・ミナシアン
プジョー・908 HDi FAP LMP1 264 DNF DNF
2011年 フランスの旗 プジョー・スポール トタル フランスの旗 フランク・モンタニー
フランスの旗 ニコラ・ミナシアン
プジョー・908 LMP1 353 3位 3位
2012年 日本の旗 トヨタ・レーシング イギリスの旗 アンソニー・デビッドソン
スイスの旗 セバスチャン・ブエミ
トヨタ・TS030 HYBRID LMP1 82 DNF DNF
2013年 日本の旗 トヨタ・レーシング イギリスの旗 アンソニー・デビッドソン
スイスの旗 セバスチャン・ブエミ
トヨタ・TS030 HYBRID LMP1 347 2位 2位
2014年 日本の旗 トヨタ・レーシング オーストリアの旗 アレクサンダー・ヴルツ
日本の旗 中嶋一貴
トヨタ・TS040 HYBRID LMP1-H 219 DNF DNF
2015年 日本の旗 トヨタ・レーシング オーストリアの旗 アレクサンダー・ヴルツ
イギリスの旗 マイク・コンウェイ
トヨタ・TS040 HYBRID LMP1 387 6位 6位
2016年 日本の旗 トヨタ・ガズー・レーシング イギリスの旗 マイク・コンウェイ
日本の旗 小林可夢偉
トヨタ・TS050 HYBRID LMP1 381 2位 2位
2017年 日本の旗 トヨタ・ガズー・レーシング イギリスの旗 マイク・コンウェイ
日本の旗 小林可夢偉
トヨタ・TS050 HYBRID LMP1 154 DNF DNF

脚注[編集]

外部リンク[編集]