プジョー・908 HDi FAP

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
プジョー・908 HDi FAP
2008年のル・マンにて
2008年のル・マンにて
カテゴリー ル・マン・プロトタイプ LMP1
コンストラクター プジョー
デザイナー パオロ・カントーネ
先代 プジョー・905
後継 プジョー・908
主要諸元[1]
シャシー カーボンファイバー モノコック
全長 4,610 mm
全幅 2,000 mm
全高 1,030 mm
トレッド 2,000 mm (78.7 in)
ホイールベース 2,950 mm (116.1 in)
エンジン プジョー・HDi 5.5 リッター V12 ツインターボ, ミッドシップ, 縦置き
トランスミッション 6速 シーケンシャル・マニュアル
重量 Appr. 930 kg (2,050.3 lb)
燃料 トタル ディーゼル
タイヤ ミシュラン
主要成績
チーム フランスの旗 プジョー・スポール
フランスの旗 ペスカロロ・スポール
フランスの旗 チーム・オレカ
ドライバー フランスの旗 ニコラス・ミナシアン
カナダの旗 ジャック・ヴィルヌーヴ
スペインの旗 マルク・ジェネ
フランスの旗 ステファン・サラザン
ポルトガルの旗 ペドロ・ラミー
フランスの旗 セバスチャン・ボーデ
オーストリアの旗 アレクサンダー・ヴルツ
ブラジルの旗 リカルド・ゾンタ
オーストリアの旗 クリスチャン・クリエン
フランスの旗 フランク・モンタニー
フランスの旗 サイモン・パジェノ
イギリスの旗 アンソニー・デヴィッドソン
コンストラクターズ
タイトル
3 (2007年のル・マン・シリーズ, 2010年のル・マン・シリーズ, 2010年のインターコンチネンタル・ル・マン・カップ)
ドライバーズタイトル 2 (2007年のル・マン・シリーズ, 2010年のル・マン・シリーズ)
初戦 2007年のモンツァ1000km
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
30 20 23 20
テンプレートを表示

プジョー 908 HDi FAPプジョーが製作したプロトタイプレーシングカー(スポーツプロトタイプカー)。2005年より開発が開始され、2006年に一般公開された。

マシン概要[編集]

シャーシ[編集]

2006年にフランス西部自動車クラブ (ACO) より発表されたクローズドタイプのコックピットの開発を促進する規定により、それまでプロトタイプレーシングカーはアウディ・R8R10に代表されるようにオープンが主流だった中、クローズドボディが採用されている。その大きな理由は、クローズドタイプを採用した場合コックピット内の温度の規定があるためエアコンを装備することとなり、その分エアリストリクターを拡大できることが決め手である。

エンジン[編集]

エンジンはル・マンプロトタイプ規定で最大に許容された5.5リッターのディーゼルエンジン。エンジン形式はV型12気筒で、バンク角は100度、最大出力は公称700馬力、最大トルクは1,200N・mである。エンジンマネージメントシステムおよびインジェクションシステムはボッシュ製、燃料システム開発のパートナーはトタルギアボックスの設計および組み立てはリカルドである。最大出力に関しては実際は850-900馬力程度出ているといわれている。

参戦履歴[編集]

2010年型のプジョー・908

プジョー・908のデビュー戦は2007年ル・マン・シリーズの開幕戦モンツァ1000kmレースである。 予選ではフロントローを独占、決勝でも1、3位を獲得し、いきなり908はデビューウィンを飾る。 第2戦でも優勝を果たしたプジョーは、ル・マンのテストデーで最大のライバルとなる王者アウディを押さえてトップタイムをマーク、ル・マン本戦への期待が高まるものとなった。 2007年のル・マン24時間レースでは予選で8号車を駆るステファン・サラザンが3分26秒344という ダンロッブブリッジ下のコーナーが改修されて以降の最速タイムを記録し、2日目が雨だったという事もあり8号車がポールポジションを獲得した。 迎えた決勝ではポールスタートの8号車がいきなり1コーナー先のS字でポールを飛ばしながらコースアウトし、2位スタートのアウディ2号車にトップを譲る事になる。その後もプジョー勢は不安定なハンドリングでペースが伸びず、他のアウディ勢にも交わされ順位を落としてしまう。レースは01年以来の大雨となり、明け方までにはアウディ勢の内2台がリタイアするなど波乱の展開となる中、2台のプジョーは7号車が2位、8号車が3位と表彰台圏内を走行する。しかし、残り1時間半で2位を走行する7号車がエンジントラブルによりリタイア、残った8号車も同様のトラブルを抱えており、レース終盤にはエンジンに負担を掛けないためフォードシケインでわざと停車し1位のアウディがゴールするまで待つ作戦が取られた。 結局アウディの1号車が優勝し、8号車が2位となりル・マンのデビューレースとしてはまずまずの結果に終わった。 しかし、アウディのレースペースに着いていけなかった事や2台に同様のトラブルが発生した事など課題が多く残った。

ル・マン参戦2年目となる2008年、プジョーはこの年を勝負の年とし、改良が加えられたマシンは前年の2台体制から3台体制となり、ドライバーも全員が元F1ドライバーや現役F1テストドライバーという強力な布陣となった。予選では8号車を駆るステファン・サラザンが3分18秒513という前年度のタイムを8秒近く上回り、ユノディーエールにシケインが出来て以来初となる10秒台に突入するという驚異的なタイムでポールポジションを獲得し、残りのプジョー2台もアウディ勢を大きく引き離してプジョー勢が予選1,2,3を独占した。 決勝レースでは大方の予想通り、プジョーの3台が編隊を組みながら驚異的なペースでアウディ以下を引き離す展開となる。 しかし、レーススタートして2時間後、本命とされていたプジョーの8号車がパドルシフトのトラブルにより長期のピットインを余儀なくされ、優勝争いから脱落。残された2台のプジョーが交互にトップを快走するも夜間に9号車に乗るクリスチャン・クリエンがトップ走行中にスピン、グラベルに捕まり大きく順位を落とす。さらにプジョー勢はマシンにオーバーヒートのトラブルを抱え、ピットイン毎にクーリングの処置を強いられタイムロスする事になる。その後レースはウェットコンディションとなり、これを目論んでいたかのようにアウディの2号車が1周5秒近く速い驚異的なペースで一位の7号車を猛追、3分近くあった差は一気に縮まり次の同時ピットストップでついに逆転、アウディにトップを明け渡す事となる。その後も2台は激しいデッドヒートとなり、レース終盤に逆転を狙ったプジョーが賭けに出るも作戦失敗、この年もアウディに優勝を奪われる形となる。最終結果では7号車が2位、9号車が3位、全車がル・マンを完走と前年を上回る結果となったが、圧倒的なポテンシャルを持ちながら、トラブルや雨に翻弄され、ピットでのドタバタ劇など性能では劣るマシンながら虎視眈々とレース全体を見据えて堅実な走りをしたアウディ勢に総合力で下回り、マシンだけでは勝てないル・マンの厳しさを目の当たりにする大きな敗北であった。

2009年のル・マン24時間レースで、5年連続優勝をしているアウディを破り、総合1-2フィニッシュを飾っている。なお、これは先代マシンである1993年プジョー・905以来の、非ドイツメーカーエンジン搭載車によるル・マン勝利である[2]2010年には改良型の908を投入。ワークス3台。プライベーター1台で参戦。予選で上位4位を独占し速さを見せつけたが決勝ではマシントラブルが相次ぎ、全車リタイアし、アウディ・R15 TDIに王座を明け渡す結果となった。


脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Michael J. Fuller. “2007-2009 Peugeot 908 HDi FAP”. mulsannescorner.com. Mulsanne's Corner. 2011年5月24日閲覧。
  2. ^ 1995年のマクラーレン・F1GTR及び2003年のベントレー・スピード8はともにイギリスメーカーのマシンであるが、搭載しているのはそれぞれBMWアウディ製のエンジンである

外部リンク[編集]