中嶋企画

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有限会社中嶋企画
Nakajima Planning Co., Ltd.
種類 有限会社
設立 1983年2月
業種 サービス業
事業内容 レーシングチーム運営 他
代表者 代表取締役社長 中嶋悟
外部リンク http://www.nakajimaracing.co.jp/
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NAKAJIMA RACING
EPSON NAKAJIMA RACINGのNSX CONCEPT-GT(2014年のSUPER GT)
EPSON NAKAJIMA RACINGのNSX CONCEPT-GT
2014年のSUPER GT
国籍 日本の旗 日本
本拠地 静岡県御殿場市
創設者 中嶋悟
チーム代表 中嶋悟
関係者 高木虎之介
松田次生
ロイック・デュバルほか
活動期間 1983年 - 現在
カテゴリ 全日本F2全日本F3000FNSF
JTCJTCCJGTCSUPER GT
チームズ
タイトル
FN 4(1999,2000,2002,2009
ドライバーズ
タイトル
全日本F2 3(1984,1985,1986
FN 4(1999,2000,2002,2009)
公式サイト NAKAJIMA RACING
備考 1984年 - 1988年ヒーローズレーシングと提携
2017年のスーパーフォーミュラ
エントリー名 TCS NAKAJIMA RACING
レーサー 64. 日本の旗 中嶋大祐
65. インドの旗 ナレイン・カーティケヤン
マシン TCS NAKAJIMA RACING SF14ホンダ
タイヤ 横浜ゴム
2017年のSUPER GT (GT500)
エントリー名 NAKAJIMA RACING
レーサー ベルギーの旗 ベルトラン・バゲット
日本の旗 松浦孝亮
マシン 64. Epson Modulo NSX-GT
タイヤ ダンロップ
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有限会社中嶋企画(なかじまきかく、英称:Nakajima Planning Co., Ltd.)は、元レーシングドライバー中嶋悟が代表を務める日本の企業。中嶋が監督を務めるレーシングチーム「NAKAJIMA RACING(ナカジマレーシング)」の運営母体である。

レース関係者の間では「中企(ナカキ)」の呼び名で親しまれる。

概要[編集]

1982年のシーズン終了後、それまで所属していた生沢徹のi&iレーシングを離れた中嶋悟が、自身の活動拠点として設立。愛知県岡崎市の自宅に事務所を置く典型的な個人事務所としてスタートした。本来の設立目的は、それまで幾度も挑戦したヨーロッパでのレース参戦が(主に資金的な理由で)思うようにならなかった経験から、独自のレーシングチームを持ち、且つスポンサーを確保し活動基盤を調え、再びヨーロッパに挑むことであった。

1983年のシーズンオフに自動車雑誌『LE VOLANT』(立風書房) の編集者だった福田直道をマネージャーに迎え入れ東京事務所を開設。また時を同じくして、中嶋の古巣であるヒーローズレーシングと当時としては例のない契約(マシンをヒーローズが提供し、資金を中嶋企画が賄う)を結び、翌1984年から1986年まで「ヒーローズレーシング with ナカジマ」の体制で全日本F2選手権に参戦。その3年間、中嶋は連続でチャンピオンを獲得した。

1987年から中嶋がロータスよりF1参戦を開始する一方で、国内では全日本F3000選手権全日本ツーリングカー選手権(JTC、Gr.A)に参戦。1989年からは全日本F3選手権にもサテライトチームを参戦させた。

1991年一杯で中嶋が現役を引退すると、翌1992年からは中嶋を正式にチーム監督に据え、自社メンテナンスも開始。全日本F3000選手権(現・スーパーフォーミュラ)、全日本ツーリングカー選手権(JTC及びJTCC)、全日本GT選手権(JGTC、現・SUPER GT)などに参戦。

若手ドライバーの育成や登用に積極的であり、1989 - 1990年は野田英樹、1991年は中野信治イギリスジュニア・フォーミュラに参戦。中嶋がチームを指揮するようになってからは一層その姿勢が前面に打ち出され、高木虎之介をはじめ山西康司松田次生アンドレ・ロッテラー小暮卓史ロイック・デュバル武藤英紀などを輩出している。

1997年には、かつて中嶋が在籍したF1のティレルと提携。中嶋自身はスポーティング・ディレクターに就任し、秘蔵っ子であった高木虎之介がテストドライバーに起用された。翌年、高木はレギュラードライバーとなるも、提携はクレイグ・ポロックによるティレル買収により終了することとなった。なお、買収に関してティレル側から中嶋へも打診はあったが、調整がつかず買収には至らなかった。

2011年に中嶋の次男・大祐がチームに加入。[1]

2012年よりフォーミュラ・ニッポン(翌年からはスーパーフォーミュラ)のマシンのカラーリングが、長年の白ベース(メインスポンサーであったPIAAのベースカラー)から、元々のチームカラーであるネイビーベースに変更して参戦。[2]

SUPER GTのマシンについては、毎シーズン開幕前にスポンサーのエプソン販売との共同企画でマシンのカラーリングを公募していて、最優秀作品が実際のマシンのカラーリングに採用される。

2016年シーズン後半より、株式会社グリーンテックが支援を拡大したためスーパーフォーミュラのカラーリングがネイビーからグリーン&レッドに変更、このシーズンからバンテリングリーンに変更になったトムスのカラーリングと似通っており、中嶋大祐の兄一貴がそちらに乗っているため、「中嶋兄弟で見分けがつきにくい」と話題を読んだ。

2017年にはスーパーフォーミュラにおいてはバゲットがGT専任となり、資金力に優れた、ナレイン・カーティケヤンを獲得、彼のバックに付くタタ・グループの関連会社日本タタ・コンサルタンシー・サービシズが2009年以来となるタイトルスポンサーに付き、カラーリングもネイビーベースに戻された[3]

主なマシン[編集]

国内GTシリーズ(JGTCおよびSUPER GT)にはGT500クラスに参戦している。タイヤはJGTC時代はブリヂストンPOTENZA)だったが、SUPER GTではダンロップを使用している。

NSX[編集]

JGTC時代から通算して、GT500クラスで最多勝を誇るマシン。2003年までは「Mobil 1 NSX」、2004年から2009年は「EPSON NSX」の車名で参戦。

カーナンバーは2003年まで“64”だった。これは監督の中嶋が1989年オーストラリアグランプリファステストラップを記録したのが64周目だったことにちなむ[2]。2004年に“32”に変更されたが、これはレースの公式プログラムなどでエントリーリストがカーナンバー順に作られる際に、自チームの掲載位置が後ろの方になるのを嫌がったためという[2]

HSV-010[編集]

EPSON HSV-010 GT(2011年度参戦マシン)

2010年から2013年の4シーズンはHSV-010に変更。「EPSON HSV-010」の車名で参戦したが、2010年および2013年シーズンはGT500クラス参戦マシンの中でまさかのシリーズポイント最下位という屈辱を味わった。それ以外の2シーズンもシリーズポイントで二桁順位に沈んでいる。

NSX-Concept GT[編集]

2014年シーズンからはSUPER GTの車両規則の変更に伴いNSXの発展モデル「NSX-Concept GT」で参戦。車名は「EPSON NSX-Concept GT」。翌2015年シーズン、「スタッフの変更等で心機一転の一年となるため」との理由からカーナンバーを従来の“32”から“64”に戻している[2]

参戦歴[編集]

全日本F2選手権[編集]

  • 1984年 (エントラントは「ヒーローズレーシング」)
EPSON 842 HONDAマーチ842、ホンダRA264E、BS) / #3 中嶋悟
  • 1985年 (エントラントは「HEROES RACING WITH NAKAJIMA」)
EPSON 85J HONDA (マーチ85J、ホンダRA264E & RA265E、BS) / #1 中嶋悟
  • 1986年 (エントラントは「HEROES RACING WITH NAKAJIMA」)
EPSON 86J HONDA (マーチ86J、ホンダRA266E、BS) / #1 中嶋悟

全日本F3000選手権[編集]

  • 1987年 (エントラントは「Heroes Racing Corp」)
EPSON 87B HONDA (マーチ87B、ホンダRA387E、BS) / #3 鈴木利男
  • 1988年 (エントラントは「CABIN Racing Team with HEROES」)
CABIN 87B(& 88B・88D) MUGEN (マーチ87B & 88B・レイナード88D、無限MF308、BS) / #3 森本晃生
  • 1989年 (この年から1995年までエントラントは「NAKAJIMA PLANNING」)
CHERENA LOLA T88(& T89) (ローラT88/50 & T89/50、無限MF308、BS) / #2 中子修
PIAA LOLA T89 (ローラT89/50、無限MF308、BS) / #12 パオロ・バリッラ
  • 1990年
CHERENA LOLA T89 (& T90)(ローラT89/50 & T90/50、無限MF308、BS) / #2 中子修
PIAA REYNARD 90D (レイナード90D、無限MF308、BS) / #12 佐藤浩二
  • 1991年
CHERENA LOLA T90 (& T91)(ローラT90/50 & T90/50、無限MF308、BS) / #2 中子修
PIAA RALT RT23 (REYNARD 90D)(ラルトRT23・レイナード90D、無限MF308、BS) / #12 黒澤琢弥、佐藤浩二(第9戦)
  • 1992年
PIAA RALT RT24J (REYNARD 92D)(ラルトRT24J・レイナード92D、無限MF308、BS) / #12 中野信治
  • 1993年
PIAA REYNARD 93D (レイナード93D、無限MF308、BS) / #14 影山正彦、#15 桧井保孝
  • 1994年
PIAA REYNARD 94D (レイナード94D、無限MF308、BS) / #15 桧井保孝、#16 影山正彦
PIAA REYNARD 93D (レイナード93D、無限MF308、BS) / #36 高木虎之介(第7・8・10戦)、#65 中野信治(第10戦)
  • 1995年
PIAA REYNARD 94D (& 95D)(レイナード94D & 95D、無限MF308、BS) / #64 高木虎之介
PIAA REYNARD 95D (レイナード95D、無限MF308、BS) / #65 黒澤琢弥

全日本選手権フォーミュラ・ニッポン[編集]

※ 2008年まで「PIAA NAKAJIMA RACING」、2009年から「NAKAJIMA RACING」のチーム名で参戦

  • 1996年 レイナード96D、無限MF308、BS(#64 高木虎之介/#65 黒澤琢弥)
  • 1997年 レイナード97D、無限MF308(#64 高木虎之介/#65 山西康司)※1997年よりタイヤはBS(ブリヂストン)のワンメイク
  • 1998年 レイナード97D、無限MF308(#64 山西康司/#65 トム・コロネル
  • 1999年 レイナード99L、無限MF308(#64 トム・コロネル/#65 光貞秀俊
  • 2000年 レイナード2KL/99L、無限MF308(#0 高木虎之介/#2 松田次生)
  • 2001年 レイナード2KL/99L、無限MF308 (#1 松田次生/#2 ラルフ・ファーマン
  • 2002年 レイナード01L、無限MF308(#31 ラルフ・ファーマン/#32 松田次生)
  • 2003年 ローラB351、無限MF308(#1 小暮卓史/#2 アンドレ・ロッテラー)
  • 2004年 ローラB351、無限MF308(#31 小暮卓史/#32 アンドレ・ロッテラー)
  • 2005年 ローラB351、無限MF308(#31 アンドレ・ロッテラー/#32 小暮卓史)
  • 2006年 ローラB06/51ホンダHF386E(#31 ロイック・デュバル/#32 武藤英紀)
  • 2007年 ローラB06/51、ホンダHF386E(#31 ロイック・デュバル/#32 小暮卓史)
  • 2008年 ローラB06/51、ホンダHF386E(#31 ロイック・デュバル/#32 小暮卓史)
  • 2009年 スウィフト017.nホンダHR09E(#31 ロイック・デュバル/#32 小暮卓史)
  • 2010年 スウィフト017.n、ホンダHR10E(#31 山本尚貴/#32 小暮卓史)
  • 2011年 スウィフト017.n、ホンダHR10E(#31 中嶋大祐/#32 小暮卓史)
  • 2012年 スウィフト017.n、ホンダHR12E(#31 中嶋大祐/#32 小暮卓史)

全日本スーパーフォーミュラ選手権[編集]

  • 2013年 スウィフト017.n、ホンダHR12E(#31 中嶋大祐/#32 小暮卓史)
  • 2014年 ダラーラSF14ホンダHR-414E(#31 中嶋大祐/#32 小暮卓史)
  • 2015年 ダラーラSF14・ホンダHR-414E(#64 中嶋大祐/#65 ベルトラン・バゲット
  • 2016年 ダラーラSF14・ホンダHR-414E(#64 中嶋大祐/#65 ベルトラン・バゲット)
  • 2017年 ダラーラSF14・ホンダHR-417E(#64 中嶋大祐/#65 ナレイン・カーティケヤン)

全日本ツーリングカー選手権[編集]

  • 1985年 無限 シビックSi、BS(#15 中嶋悟、中子修)
  • 1986年 無限 シビックSi、BS(#15 中子修、佐藤浩二)
  • 1987年 EPSON シビックSi、BS(#15 鈴木利男、佐藤浩二)
  • 1988年 オロナミンC シビック・BS(#15 鈴木利男、佐藤浩二)
  • 1989年 PIAA シビック、BS(#15 佐藤浩二、岡田秀樹
  • 1990年 PIAA シビック、BS(#15 佐藤浩二、服部尚貴中谷明彦
  • 1991年 PIAA シビック、BS(#15 佐藤浩二、五藤久豊
  • 1994年 PIAA シビックフェリオ VTEC、BS(#15 田中哲也
  • 1995年 PIAA シビックフェリオ VTEC、BS(#15 黒澤琢弥)
  • 1996年 PIAA アコード VTEC、BS(#15 黒澤琢弥)
  • 1997年 PIAA SN アコード、BS(#15 黒澤琢弥)

全日本GT選手権[編集]

  • 1998年 Mobil1 NSX、BS(#64 山西康司、トム・コロネル)
  • 1999年 Mobil1 NSX、BS(#64 山西康司⇒光貞秀俊、トム・コロネル)
  • 2000年 Mobil1 NSX、BS(#64 伊藤大輔ドミニク・シュワガー
  • 2001年 Mobil1 NSX、BS(#64 ドミニク・シュワガー、松田次生)
  • 2002年 Mobil1 NSX、BS(#64 松田次生、ラルフ・ファーマン)
  • 2003年 Mobil1 NSX、BS(#64 松田次生、小暮卓史、アンドレ・ロッテラー)
  • 2004年 EPSON NSX、BS (#32 松田次生、アンドレ・ロッテラー)

SUPER GT[編集]

  • 2005年 EPSON NSX、DL(#32 松田次生、アンドレ・ロッテラー)
  • 2006年 EPSON NSX、DL(#32 ロイック・デュバル、武藤英紀)
  • 2007年 EPSON NSX、DL(#32 ロイック・デュバル、ファビオ・カルボーン
  • 2008年 EPSON NSX、DL(#32 ロイック・デュバル、平中克幸
  • 2009年 EPSON NSX、DL(#32 ロイック・デュバル、中山友貴
  • 2010年 EPSON HSV-010、DL(#32 道上龍、中山友貴)
  • 2011年 EPSON HSV-010 GT、DL(#32 道上龍、中山友貴)
  • 2012年 EPSON HSV-010 GT、DL(#32 道上龍、中山友貴)
  • 2013年 EPSON HSV-010 GT、DL(#32 道上龍、中嶋大祐)
  • 2014年 EPSON NSX CONCEPT-GT、DL(#32 中嶋大祐、ベルトラン・バゲット)
  • 2015年 EPSON NSX CONCEPT-GT、DL(#64 中嶋大祐、ベルトラン・バゲット)
  • 2016年 EPSON NSX CONCEPT-GT、DL(#64 中嶋大祐、ベルトラン・バゲット)
  • 2017年 EPSON Modulo NSX-GT、DL(#64 ベルトラン・バゲット、松浦孝亮

N1耐久シリーズ[編集]

  • 1992年 PIAA プレリュード VTEC、BS(#6 佐藤浩二、五藤久豊)
  • 1993年 PIAA プレリュード VTEC、BS(#6 佐藤浩二、光貞秀俊)

※ドライバー名が強調文字になっているところはシリーズチャンピオン獲得。スポット参戦、サテライトチームなどは除く。

現在の主なスポンサー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ なお同年より長男の一貴も所属ドライバーとして扱われている。[1]
  2. ^ a b c なぜ? NAKAJIMA RACING『64』復活の理由 - オートスポーツ・2015年2月13日

外部リンク[編集]