一志治夫
一志 治夫 | |
|---|---|
| 生誕 |
1956年6月10日 |
| 職業 | ノンフィクションライター |
| 活動期間 | 1981年 – |
| 代表作 |
『狂気の左サイドバック 日の丸サッカーはなぜ敗れたか』(1994年) 『魂の森を行け-3000万本の木を植えた男の物語』(2004年) 『失われゆく鮨をもとめて』(2006年) |
| 主な受賞歴 | 小学館ノンフィクション大賞(1994年) |
一志 治夫(いっし はるお、1956年6月10日 - )は、日本のノンフィクションライター。
来歴・人物
[編集]長野県松本市生まれ[1][2]。生後すぐの1957年より東京都三鷹市下連雀に転居し、三鷹市で育つ[1]。1975年東京都立豊多摩高等学校卒。1977年早稲田大学教育学部社会科学専修入学。1978年高校時代の同級生、大学の同級生、体育の授業で一緒になった先輩らに声をかけ、学内ミニコミ誌「マイルストーン」を立ち上げる[3]。その後、一志が声がけしたメンバーの友人らも参加し、同年創刊号を発刊[3]。創刊メンバーの中には藤原昭広(元プレジデント社社長)、坪内祐三(評論家)、佐藤章(湖池屋社長)もいた。
在学中より執筆活動を始め、『月刊現代』記者に。1989年3月『たった一度のポールポジション』(講談社)でノンフィクションライターとしてデビュー[1]。1989年夏から1990年夏にかけて1年間イタリア・フィレンツェに滞在、F1やサッカーなど欧州スポーツの取材、執筆を行う[4]。1990年5月には「ジロ・デ・イタリア」のスタート地点のバーリからゴール地点のミラノまでプレスとして全行程に同行。「激走! イタリア一周3463㌔」として『現代』に写真とともに発表した。Jリーグ開幕の1993年、『週刊文春』にて「三浦知良 疾走する青春」を6回にわたって連載。
1994年、いわゆる「ドーハの悲劇」を軸にサッカー選手都並敏史を描いた『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞を受賞[1][2]。2002年、指揮者の小澤征爾がボストン・シンフォニー・オーケストラからウィーン国立歌劇場音楽監督に就任するにあたり密着取材、「オブラ」にて記事を掲載。これを機に2004年にはヴァレンシア、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドン、ミラノ6都市をまわる18日間のツアーに同行。同年9月『小澤征爾 サイトウ・キネン・オーケストラ 欧州を行く』にまとめた。同じく2004年には植物生態学者宮脇昭の人生を描いた 『魂の森を行け-3000万本の木を植えた男の物語』を出版したが、後に宮脇昭が「3000万本の木を植えた男」と称されるようになったのは、この作品タイトルが由来とされている。同作品は『ダ・ヴィンチ』の「今月のこの本にひとめ惚れ」において、「満場一致で一等賞」(審査員のひとり糸井重里の言葉)と評され、「ひとめ惚れ大賞」を受賞[5]。
これまでに『週刊文春』、『週刊ポスト』、『週刊朝日』、『読売新聞』、『日経エンタテインメント!』、『Number』、『DIME』、『BE-PAL』、『ダ・ヴィンチ』、『BRIO』などで連載記事を執筆。その他、『文藝春秋』、『AERA』『サライ』『AERA STYLE MAGAZINE』等各紙誌にも人物インタビュー、人物論などを掲載している。
受賞歴
[編集]- 1994年 - 『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞[1]
著作
[編集]- 『たった一度のポールポジション』 講談社、1989年、のちに講談社文庫
- 『デッドヒートは終わらない』講談社、1992年
- 『足に魂こめました カズが語った「三浦知良」』文藝春秋、1993年、のちに文春文庫
- 『狂気の左サイドバック 日の丸サッカーはなぜ敗れたか』小学館、1994年、のちに小学館ライブラリーならびに新潮文庫
- 『前線からのクリスマスカード』幻冬舎、1996年、のちに『前へ、前へ』と改題のうえ幻冬舎文庫
- 『たったひとりのワールドカップ 三浦知良1700日の戦い』幻冬舎文庫、1998年(書き下ろし)
- 『総合商社プロフェッショナル。 15人の三菱商事マン、ビジネス最前線からのレポート』エスクァイア マガジン ジャパン、1999年
- 『僕の名前は。アルピニスト野口健の青春』講談社、2001年、のち講談社文庫
- 『魂の森を行け-3000万本の木を植えた男の物語』集英社インターナショナル、2004年、のちに新潮文庫、新版『宮脇昭、果てなき闘い 魂の森を行け-新版ー』集英社インターナショナル
- 『小澤征爾 サイトウ・キネン・オーケストラ 欧州を行く』撮影/ND CHOW、小学館
- 『豆腐道-嵯峩豆腐「森嘉」五代目森井源一』新潮社
- 『失われゆく鮨をもとめて』新潮社、2006年
- 『働きマン-仕事人に聞く』安野モヨコ画、講談社、2008年
- 『VENUS北京 篠山紀信北京オリンピック女子アスリート写真集』撮影/篠山紀信、小学館
- 『庄内パラディーゾ-アル・ケッチァーノと美味なる男たち』文藝春秋、2009年、のちに『奇跡のレストラン アル・ケッチァーノ 食と農の都・庄内パラディーゾ』と改題のうえ文春文庫
- 『40歳問題 年をとるのも悪くない』朝日新聞出版、2009年
- 『綾戸智恵、介護を学ぶ』講談社、2010年
- 『幸福な食堂車 - 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の「気」と「志」』プレジデント社、2012年
- 『アンデルセン物語 -食卓に志を運ぶ「パン屋」の誇り』新潮社、2013年
- 『「ななつ星」物語 - めぐり逢う旅と「豪華列車」誕生の秘話』小学館、2014年、のち文庫
- 『幸福な食堂車 - 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の物語』小学館セレクト、2016年
- 『旅する江戸前鮨 -「すし匠」中澤圭二の挑戦』文藝春秋、2018年
- 『美酒復権 - 秋田の若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦』プレジデント社、2018年
文庫解説
[編集]主なロングインタビュー記事
[編集]- AERA「現代の肖像」…篠塚健次郎(1992.7.28号)、奥田政行(2010.1.25号)、三浦友和(2011.2.28号)、中澤圭二 (2011.7.4号)、上田勝彦(2011.10.3号)、水戸岡鋭治(2013.6.10号)、鈴木敏夫(2013.8.26号)、伊東豊男(2014.3.17号)、笠原将弘(2014.9.29号)、佐渡島庸平(2014.12.1号)、佐藤祐輔(2015.2.2号)、遠山正道(2015.11.2号)、福里真一(2016.10.24号)、立川志の輔(2017.6.26号)、佐藤卓(2018.10.29号)、光石研(2019.3.4号)、森岡督行(2019.7.29号)、中島美嘉(2019.12.16号)、野村大輔(2021.5.17号)、小林圭(2021.7.26号)、岩松了(2021.10.25号)、喜熨斗勝史(2022.5.16号)、五十嵐衣里(2022.6.13号)、永崎勝利(2023.8.28号)、廣瀬俊朗(2023.9.18号)、小国士朗(2023.12.25号)
- 週刊文春「新 家の履歴書」…三浦知良(2007.1.4・11合併号)、小澤征爾(2009.5.7・14合併号)、大野和士(2009.10.29号)、秋川雅史(2009.11.9号)、神田川俊郎(2010.1.14号)、権藤博(2010.10.14号)、デヴィ・スカルノ(2010.12.30・2011.12.30合併号)高津臣吾(2011.3.3号)、清水宏保(2011.6.23号)、鈴木大地(2012.3.1号)、水戸岡鋭治(2012.8.30号)、こぐれひでこ(2013.4.18号)、カルーセル麻紀(2013.6.13号)、コシノヒロコ(2013.8.1号)、佐渡裕(2016.1.14号)、岩井俊二(2016.3.17号)、磯田道史(2016.5.26号)、桃井かおり(2016.8.11・18合併号)、片桐竜次(2016.11.3号)、中澤圭二(2018.8.30号)
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 “一志 治夫 プロフィール”. 文春オンライン. 2022年2月25日閲覧。
- 1 2 “一志 治夫 | 【公式】dancyu (ダンチュウ)”. 【公式】dancyu (ダンチュウ) | 「知る」は、おいしい。. プレジデント社. 2022年2月25日閲覧。
- 1 2 『湖池屋の流儀 老舗を再生させたブランディング戦略』中央公論新社、2023年12月25日、174頁。
- ↑ 渡邊信 (1994-12-6). “『狂気の左サイドバック』誕生秘話”. ダ・ヴィンチ (リクルート) 第1巻 (第8号通巻8号): 30.
- ↑ 『九千年の森をつくろう! 日本から世界へ』藤原書店、2022年4月30日、388頁。