星野一樹

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星野 一樹(ほしの かずき、1977年10月13日 - )は、東京都出身のレーシングドライバー。元レーシングドライバーで、現・ホシノインパル代表、監督を務める星野一義の長男。

プロフィール[編集]

経歴[編集]

父の影響でレーサーになろうと決心するが、父の猛反対を受けたため、デビュー時期は同年代のレーサーに比べて遅かった。

1999年にカートレースを始め、同年に鈴鹿サーキットが運営するレーシングスクール「SRS-F」に入学。2000年にはイギリスに渡り、カーリン・モータースポーツからフォーミュラ・フォードフォーミュラ・ルノーなどに参戦した。

2002年に帰国し、全日本F3選手権に参戦。翌2003年から全日本GT選手権(現SUPER GT)のGT300クラスとスーパー耐久のクラス3に参戦を開始した。F3では然したる成績を残せなかったが、全日本GT選手権ではデビューイヤーながらもチャンピオン争いに加わった。2004年にはモバイルキャスト ADVAN Zでスーパー耐久・クラス3のシリーズチャンピオンを獲得している。2005年はSUPER GT 第5戦(ツインリンクもてぎ)で優勝するなど活躍し、チャンピオン争いに加わる活躍を見せた。

2006年は全日本選手権フォーミュラ・ニッポンにも参戦し、SUPER GTでは念願のGT500クラスへのステップアップを果たした。両カテゴリとも、父・一義のチームであるTeam IMPULで参戦し、フォーミュラ・ニッポンではなかなか結果を出せず、結局1年でシートを喪失することになったが、SUPER GTでは開幕戦の決勝スタート直後にコースアウトを喫したものの、第2戦では伊藤大輔に競り勝ち、第4戦でも安定した走りで3位表彰台に輝き、第6戦の鈴鹿1000kmでは優勝するなど健闘を見せた。また、この年の十勝24時間レース本山哲服部尚貴松田次生と共に日産自動車ドリームチームを結成し参戦、総合7位で完走しクラス優勝を果たしている。

2008年はSUPER GTでは再びGT300クラスに戦いの場を移し、シリーズチャンピオンを獲得した。十勝24時間レースでも影山正美田中哲也と共に、NISMOからGT-Rで参戦している。

2010年のGT300クラスにおいてシリーズチャンピオンを獲得する等、実績を積み重ねている。

レース戦績[編集]

  • 1999年 - SRS-F入校
  • 2000年
    • イギリス フォーミュラ・フォードJr(Carlin Motorsport)
    • イギリス フォーミュラ・ルノー(Carlin Motorsport)
  • 2001年 - イギリスF3選手権・スカラシップクラス(Carlin Motorsport #53/ダラーラF398・無限ホンダ)(シリーズ7位)
  • 2002年 - 全日本F3選手権(#11 ティグレ無限F302/ダラーラF302)(シリーズ11位)
  • 2003年
    • 全日本GT選手権・GT300クラス(TEAM DAISHIN #81 ダイシンADVAN シルビア/シルビア S15 SR20DET)( シリーズ6位)
    • スーパー耐久シリーズ・Class3(C-WEST LABS #23 C-WEST アドバン Z33/フェアレディZ Z33) (シリーズ5位)
  • 2004年
    • 全日本GT選手権・GT300クラス (TEAM DAISHIN #81 エンドレスダイシンアドバン Z/フェアレディZ Z33 VQ35DE)(シリーズ7位)
    • スーパー耐久シリーズ・Class3(RS中春 #245 モバイルキャスト アドバンZ/フェアレディZ Z33)(クラス優勝)
  • 2005年 - SUPER GT・GT300クラス(MOLA #46 Dream Cube's ADVAN Z/フェアレディZ Z33 VQ35DE)(シリーズ5位・1勝)
  • 2006年
    • フォーミュラ・ニッポン(arting RACING TEAM with IMPUL #2/ローラ FN06/51 TOYOTA RV8J)
    • SUPER GT・GT500クラス(TEAM IMPUL #12 カルソニック インパル Z/フェアレディZ Z33 VQ30DETT)(シリーズ8位・1勝)
    • 第13回十勝24時間レース・GTクラス(シフト #74 アラビアン・オアシスZ/フェアレディZ Z33)(総合7位・クラス優勝
  • 2007年
    • SUPER GT・GT500クラス(TEAM IMPUL #12 カルソニック インパル Z/フェアレディZ Z33 VK45DE)(シリーズ11位)
    • スーパー耐久・ST-Class1(C-WEST LABS #23 CAR-CHANNEL アドバンZ33/フェアレディZ Z33)
    • ニュルブルリンク24時間耐久レース・SP7クラス(MOLA #33 FALKEN フェアレディZ/Z33)(総合34位・クラス11位)
  • 2008年
    • SUPER GT・GT300クラス(MOLA #46 MOLA レオパレス Z/フェアレディZ Z33 VQ35DE)(シリーズチャンピオン・1勝)
    • スーパー耐久・ST-Class1<Rd.2〜3,5>(TEAM TETUSYA #10 Cenote ADVAN Z/フェアレディZ Z33)
    • 第15回十勝24時間レース・IP-4クラス(NISMO #35 MOTUL NISMO GT-R/GT-R R35)
  • 2009年 - SUPER GT・GT300クラス(MOLA #46 エスロード MOLA Z/フェアレディZ Z33 VQ35DE)(シリーズ7位・1勝)
  • 2010年 - SUPER GT・GT300クラス(HASEMI MOTOR SPORT #3 TOMICA Z/フェアレディZ Z33 VQ35DE)(シリーズチャンピオン・1勝)
  • 2011年 - SUPER GT・GT300クラス(A speed #66 triple a Vantage GT2/Aston Martin V8 Vantage GT2)(シリーズ8位・1勝)
  • 2012年 - SUPER GT・GT300クラス(A speed #66 triple a Vantage GT3/Aston Martin V12 Vantage GT3)(※開幕戦のみV8 Vantage GT2)(シリーズ3位・2勝)
  • 2013年 - SUPER GT・GT300クラス(NDDP RACING #3 S Road NDDP GT-R/GT-R NISMO GT3 VR38DETT)(シリーズ17位)
  • 2014年 - SUPER GT・GT300クラス(NDDP RACING #3 B-MAX NDDP GT-R/GT-R NISMO GT3 VR38DETT)(シリーズ4位・1勝)
  • 2015年 - SUPER GT・GT300クラス(NDDP RACING #3 B-MAX NDDP GT-R/GT-R NISMO GT3 VR38DETT)

全日本GT選手権/SUPER GT[編集]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2003年 TEAM DAISHIN 日産・シルビア GT300 TAI
7
FSW
6
SUG
7
FSW
4
FSW
2
TRM
4
AUT
10
SUZ
4
6位 61
2004年 日産・フェアレディZ GT300 TAI
8
SUG
11
SEP
7
TOK
9
TRM
17
AUT
4
SUZ
6
7位 29
2005年 MOLA GT300 OKA
8
FSW
7
SEP
6
SUG
Ret
TRM
1
FSW
4
AUT
6
SUZ
4
5位 59
2006年 TEAM IMPUL GT500 SUZ
13
OKA
6
FSW
5
SEP
3
SUG
6
SUZ
1
TRM
13
AUT
4
FSW
12
8位 67
2007年 GT500 SUZ
11
OKA
8
FSW
10
SEP
3
SUG
7
SUZ
Ret
TRM
Ret
AUT
Ret
FSW
2
11位 34
2008年 MOLA GT300 SUZ
Ret
OKA
4
FSW
2
SEP
2
SUG
5
SUZ
1
TRM
7
AUT
4
FSW
6
1位 78
2009年 TEAM NISHIZAWA MOLA GT300 OKA
7
SUZ
3
FSW
6
SEP
4
SUG
6
SUZ
1
FSW
9
AUT
8
TRM
7
7位 62
2010年 HASEMI MOTOR SPORT GT300 SUZ
5
OKA
3
FSW
5
SEP
5
SUG
2
SUZ
Ret
FSW
C
TRM
1
1位 64
2011年 A speed アストンマーティン・ヴァンテージ GT2 GT300 OKA
1
FUJ
Ret
SEP
Ret
SUG
8
SUZ
12
FUJ
9
AUT
11
MOT
4
8位 33
2012年 GT300 OKA
11
3位 73
アストンマーティン・ヴァンテージ GT3 FSW
3
SEP
3
SUG
Ret
SUZ
1
FSW
Ret
AUT
1
TRM
5
2013年 NDDP RACING 日産・GT-R NISMO GT3 GT300 OKA
Ret
FSW
Ret
SEP
10
SUG
9
SUZ
9
FSW
5
AUT
Ret
TRM
9
17位 14
2014年 GT300 OKA
4
FSW
5
AUT
4
SUG
9
FSW
10
SUZ
19
CHA
1
TRM
8
4位 48
2015年 GT300 OKA
8
FSW
2
CHA
1
FSW
Ret
SUZ
14
SUG
8
AUT
1
TRM
Ret
4位 61
2016年 GT300 OKA
10
FSW
1
SUG
5
FSW
6
SUZ
10
CHA
2
TRM
13
TRM
6
4位 54
2017年 GT300 OKA
7
FSW
6
AUT
9
SUG
8
FSW
Ret
SUZ
CHA
TRM
13位* 14*

フォーミュラ・ニッポン[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2006年 arting RACING TEAM with IMPUL FSW
18
SUZ
14
TRM
Ret
SUZ
Ret
AUT
14
FSW
13
SUG
Ret
TRM
Ret
SUZ
14
NC 0

逸話[編集]

  • 少年時代は父・一義にカートを含めたレース活動を猛反対されており、「大学を出るまでは、親の言うことを聞け」とたしなめられていた。これには時間が経てば諦めるとの父・一義の狙いがあったが、約束通り大学を卒業して、レース活動を始めるべく英国へ渡る事を切り出し、「俺の人生だ。だからレーシングドライバーをやらせてくれ」と説得してついに父・一義が折れて了承した逸話がある。
  • 2006年はフォーミュラ・ニッポン・SUPER GTともに父のチームでの参戦となったが、実の息子と言えども父は厳しく、納得のいく結果を出せなかったことを理由にフォーミュラは1年で、GTは2年で放出される。ただしGTにおいては腕を磨いてGT300でこの経験を生かしてほしいという父の考えもあり本人も理解していたようである。この経験が生きたこともあり前述の通り放出された翌2008年にGT300でチャンピオンになった。
  • たいへん涙もろい人物であり、スーパーGTではGT300・GT500いずれの初優勝時にも人目をはばからず大泣きしていた。2008年にGT300のチャンピオンになった際は、王者決定の瞬間に父と抱き合い涙し、直後のインタビューの時にも当初は毅然と振舞っていたがインタビュアーが父の名前を出した瞬間に再び落涙している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]