飯田章

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プロフィール[編集]

経歴[編集]

日産時代[編集]

海外修行~ホンダ時代[編集]

  • ホンダとの関わりのきっかけとなったのは、日産ワークス時代であった1994年から1996年までの3年間に渡って行われた、高橋国光、土屋圭市と組んでチーム国光HONDA NSX GT2を駆ってのル・マン24時間レースへの参戦である。このうち1995年にはGT2クラス優勝の成績を残した。
  • 1996年は国際F3000選手権にフル参戦し、海外での活動が中心となった。
  • 1997年に国内復帰をすると、この年から土屋と入れ替わる形でGTでもチーム国光へ加入。高橋とRAYBRIG NSXで参戦した。この年のNSXは前年に走らせていたル・マンカーを改造したタイプでは無く、ホンダがJGTCに本格参戦するに当たって新たに開発したワークスマシンを駆り、第6戦菅生ラウンドでポールポジションを獲得し、NSXの将来性を示した。さらに1998年第6戦MINEラウンドで初優勝を飾っている。JTCCにも復帰し、HKSからオペル・ベクトラで参戦。1997年から1999年にはフォーミュラ・ニッポン にもフル参戦している。
  • 1999年をもってドライバーから引退した高橋の最後のチームメイトとなり、第2戦富士スピードウェイでコンビ最後の勝利を挙げた。
  • 2000年はアメリカ帰りの服部尚貴、2001年は新進気鋭の伊藤大輔とコンビを組んだが、勝利を挙げることはできなかった。

トヨタ・レクサス時代~現在[編集]

  • 2002年、トヨタのワークスチームである チーム・ルマンに移籍し、脇阪寿一とコンビを組み、エッソウルトラフロースープラを駆って移籍初年度にドライバーズチャンピオンに輝いた。その後も毎年チャンピオン戦線に加わり、名実ともに全日本GT選手権/SUPER GTのトップコンテンダーの一人となった。2006年は、脇阪がトヨタ内のトムスへの移籍に伴い、同チームのエースドライバーになり、片岡龍也とコンビを組む。開幕2戦は不調だったが、第3戦富士では終盤昨年のチームメイトの脇阪寿一に競り勝ち、2位表彰台に立つ。ただし、この年の成績は伸び悩みシリーズ12位に終わった。
  • 2005年の鈴鹿1000kmレースでは「焼きたて!!ジャぱんADVANポルシェ」を駆り、クラス優勝(総合8位)を果たしている。
  • 2007年はビデオオプションの企画第3回自動車サッカーでのロケット花火発射でGT500のシートを失い、GT300クラスで坂東正明が率いるRACING PROJECT BANDOHへと移籍、セリカを駆ることとなった。なお、第5戦菅生ラウンドにおいて優勝を果たし、セリカの最後の優勝を飾った。この年限りでドライバーとしての一線を退き、翌2008年は、SUPER GTのGT500クラスに参戦しているTOYOTA TEAM SARDの監督に就任し指揮を執ることとなった。しかし、Team LeMansのドライバー伊藤大輔の負傷により、同チームにて第5〜7戦で2年ぶりにGT500クラスに復帰した。しかし、あくまで復帰は一時的な物であったため、この年の最終戦での伊藤の復帰に伴い、GTドライバーからは再び退いた。
  • トヨタがレクサスブランドで開発したスポーツカー、レクサス・LFAの開発ドライバーの一人でもあり、2008年以降LFAでニュルブルクリンク24時間レースにも参戦、2010年にはクラス優勝を飾った。テストドライバーとしての腕は成瀬弘も高く評価し、成瀬の教えていた訓練生たちに「レーシングドライバーにはな、こういう奴もいるんだぞ」と言った(当時のトヨタ内部では、レーシングドライバーには量産車のことは分からないという偏見があった)[3]
  • 2011年には全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)の審査員に就任した。
  • 2011年8月31日にニュルブルクリンク北コーステストで実施された『LF-A ニュルブルクリンク パッケージ』の確認走行で、7分14秒64のラップタイムを記録。日産GT-Rの7分24­秒22、シボレー・コルベットの7分19秒63、ポルシェ911 GT2RSの7分18秒らを抑え、量産メーカーの市販車としては世界最速となるタイムを記録した。
  • 2012年はSUPER GTのGT500クラスに参戦する「KeePer Kraft SC430」のチーム監督を務める傍ら、マカオグランプリのGTカップにマクラーレン・MP4-12Cで参戦し4位入賞を果たしている。
  • 2014年には、GT300クラスの新規チームであるLM corsaチームのドライバーとして6年ぶりにGTへと復帰。BMW・Z4を駆って早速1勝を挙げた。
  • 2015年-2017年は、レクサス・RC FのGT3仕様を駆って引き続きLM Corsaからエントリー。2018年には宮田莉朋にシートを譲る形で同チームの監督となった。

レース戦績[編集]

  • 1989年 - 富士フレッシュマンレース・ファミリアクラス(#10 カフェトレド246ファミリア)
  • 1990年 - 富士フレッシュマンレース・AE86クラス(#2 トレド246COMTEXレビン)
  • 1991年
    • N1耐久シリーズ・クラス1<スポット参戦>(#9 LINEA SPORT TOMEI スカイラインGT-R/BNR32)
    • 富士フレッシュマンレース・シルビアクラス(#84 TM SPORTS シルビア)
    • 富士フレッシュマンレース・AE86クラス<Rd.1のみ>(#2 トレド246COMTEXレビン)(決勝2位)
    • SCCN筑波モータースポーツフェスティバル・ザウルスレース(#84 アートビューティーザウルス)(決勝DNF)
    • SCCN筑波モータースポーツフェスティバル・シルビアレース(#84 TM SPORTS シルビア)(決勝6位)
  • 1992年
    • フォーミュラ・トヨタシリーズ(#18 ART BEAUTY・FT)
    • N1耐久シリーズ・クラス1(#3 Castrol RB GT-R/スカイラインGT-R BNR32)(シリーズ3位・2勝)
    • 92'チェッカーグレート30レース(#6 ユーノスロードスター)(決勝8位)
  • 1993年
    • 全日本ツーリングカー選手権・DIVISSION1(日鉱共石SKYLINE GP-1プラス/スカイラインGT-R BNR32)(シリーズ4位・1勝)
    • N1耐久シリーズ・クラス2(#7 コカコーラ プレリュード)(シリーズ3位・1勝)
    • '93 IMSA GT チャレンジ・シルビアレース(#83 シルビア)(優勝)
  • 1994年
    • 全日本F3000選手権<Rd.9&10スポット参戦>(NOVA with AFP[4] #55 JACCS LOLA T94/ローラT94-50・MF308)
    • 全日本GT選手権・GT1クラス(Johnson NISMO #10 ジョンソンスカイライン/スカイラインGT-R BNR32)(シリーズ13位)
    • 全日本ツーリングカー選手権<rd 11="11" 18="18">(NISMO #31 ザナヴィ・サニー/B14)(シリーズ15位)
    • ル・マン24時間レース・GT2クラス(総合18位)
    • JAFトロフィー インターナショナル ポッカ1000km耐久レース・GT2クラス(Team KUNIMITSU #100 ADVAN NSX)(総合2位・クラス優勝
  • 1995年
    • 全日本F3000選手権<Rd.3欠場>(SHIONOGI TEAM NOVA #10 SHIONOGI LOLA/ローラT95-50 MF308)
    • 全日本GT選手権・クラス1(#55 JOMO R33/スカイラインGT-R BNR33)(シリーズ9位)
    • 全日本ツーリングカー選手権(#31 ザナヴィ・サニー/B14)(1勝・シリーズ6位)
    • N1耐久シリーズ<スポット参戦Rd.1> #10 ロックタイトGT-R/スカイラインGT-R BNCR33)
    • ル・マン24時間レース・GT2クラス(総合8位・クラス優勝
    • NICOS CUP 第2回十勝24時間レース(Team KUNIMITSU #100 HONDA NSX)(総合優勝)
    • POKKAインターナショナル1000km耐久レース(Team KUNIMITSU #100 HONDA NSX)(総合5位・クラス優勝
  • 1996年
    • 国際F3000選手権
    • ル・マン24時間レース・GT2クラス(Team KUNIMITSU #100 RAYBRIG NSX)(クラス3位)
  • 1997年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(NOVAエンジニアリング #10 SHIONOGI NOVA/ローラT97-51 MF308(シリーズ10位)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス<Rd.1欠場>(Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(シリーズ9位)
    • 全日本ツーリングカー選手権(#87 HKSオペルベクトラ)(シリーズ8位)
  • 1998年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン<Rd.3&5~10>(CERUMO #12 COSMO OIL CERUMO/ローラT96-52 MF308)(シリーズ13位)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(シリーズ10位・1勝)
    • '98 FIA Grand Touring Championship Round6 SUZUKA 1000km(Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(決勝DNF)
    • 第5回十勝24時間レース(#4 TK INTEGRA TYPE-R/DC5)(決勝DNF)
  • 1999年
    • 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(CERUMO #12 COSMO OIL CERUMO/レイナード99L MF308)
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(シリーズ11位・1勝)
    • スーパー耐久シリーズ・GroupN Plusクラス<スポット参戦・TI>(#25 ADVAN ALTEZZA/SXE10)(総合10位)
    • Pokka1000km・GT500クラス(Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(総合4位)
    • ル・マン富士1000km(HITOTSUYAMA RACING #21 マクラーレンF1GTR)(決勝DNF)
    • 第6回十勝24時間レース(#25 ADVAN ALTEZZA)(総合11位)
  • 2000年
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(シリーズ15位)
    • スーパー耐久シリーズ・GroupN Plusクラス<Rd.1欠場>(#25 RS・R アルテッツア/SXE10)(シリーズ2位)
    • ル・マン24時間レース・LMP900(TV Asahi Team Dragon #22 パノス・フォードLMP-1スパイダー) (総合8位)
  • 2001年
    • 全日本GT選手権・GT500クラス (Team国光with MOONCRAFT #100 RAYBRIG NSX)(シリーズ10位)
    • スーパー耐久シリーズ・ClassN+(TEAM DD #25 ADVAN アルテッツア/SXE10)(シリーズチャンピオン)
    • OLD/NOW CAR FESTIVAL(#5 ロータスエクシージ)(決勝DNF)
  • 2002年
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(ESSO TOYOTA team LeMans #6 エッソウルトラフロースープラ)(シリーズチャンピオン・1勝)
    • 第31回インターナショナルPokka1000km2002・GT500クラス(#2 TOYOTA SUPRA)(総合優勝)
    • スーパー耐久シリーズ・Class4<スポット参戦Rd.4>(株式会社ファースト #91 BUDDYCLUB-CIVIC/EB3)(総合30位)
  • 2003年
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(ESSO TOYOTA team LeMans #1 エッソウルトラフロースープラ)(シリーズ2位・2勝)
    • スーパー耐久シリーズ・Class1(team M's DENAG #109 ランドリーOGBアドバンGT3/ポルシェ911GT3)(シリーズ5位)
  • 2004年
    • 全日本GT選手権・GT500クラス(ESSO TOYOTA team LeMans #6 エッソウルトラフロースープラ)(シリーズ3位)
    • 第33回インターナショナルPokka1000km2004・GT500クラス(TOYOTA TEAM SARD #39 IDC大塚家具サードスープラ)(決勝DNF)
  • 2005年
    • SUPER GT・GT500クラス(ESSO TOYOTA team LeMans #6 エッソウルトラフロースープラ)(シリーズ6位)
    • 第34回インターナショナルPokka1000km2005・POKKAクラス(#84 焼きたてジャぱん ADVAN PORSCHE)(総合8位・クラス優勝
    • Le Mans Classic Japan(#8 Bentley Speed 8/1924年式)(決勝5&4位)
  • 2006年
    • SUPER GT・GT500クラス(Mobil1 TOYOTA Team LeMans #6 Mobil1 SC/TOYOTA SC430 3UZ-FE)(シリーズ12位)
    • JAPAN LE MANS CHALLENGE SUGOスポーツカー耐久レース(#8 Bentley 3 Litre Speed)(決勝2位)
    • 2006 Classic Endurance Racing Japan Round2(#6 チームタイサン ラゴンダV12)(決勝4位)
    • スーパー耐久シリーズ第4戦スーパーTEC・ポルシェワンメイク(#1 Porsche Japan/ポルシェ997GT3)(決勝DNF)
    • MAZDA FESTA 2006(#26 CSロードスター/NCEC)(決勝18位)
  • 2007年
    • SUPER GT・GT300クラス(RACING PROJECT BANDOH #19 ウェッズスポーツセリカ)(シリーズ10位・1勝)
    • 全日本スポーツカー耐久選手権・GT1クラス(#21 ダンロップ フェラーリ550GTS/Ferrari 550 GTS MARANELLO)
    • 十勝24時間レース・GTクラス(DENSO SARD SUPRA HV-R)(総合優勝)
  • 2008年
  • 2009年 - ニュルブルクリンク24時間レース(GAZOO Racing #14 レクサス・LF-A)(総合87位)
  • 2010年 - ニュルブルクリンク24時間レース(GAZOO Racing #50 レクサス・LFA)(総合18位、SP8クラス優勝
  • 2012年
    • ニュルブルクリンク24時間レース(GAZOO Racing #83 レクサス・LFA)(総合15位、SP8クラス優勝
    • マカオグランプリGTカップ(Buddyclub McLaren MP12-4)(総合4位)
  • 2013年 - ニュルブルクリンク24時間レース(GAZOO Racing #135 トヨタ・86)(予選リタイヤ)
  • 2014年
    • ニュルブルクリンク24時間レース(GAZOO Racing #53 レクサス・LFA Code X)(総合12位、SP-PROクラス優勝
    • ニュルブルクリンク耐久レースシリーズ VLN3・SP PROクラス(GAZOO Racing #53 レクサス・LFA Code X/1LR-GUE)(総合67位・クラス3位)
    • SUPER GT・GT300クラス(Rd.1-7)(LM corsa #60 TWS LM corsa BMW Z4/BMW Z4 GT3)(シリーズ7位・1勝)
  • 2015年 - SUPER GT・GT300クラス(LM corsa #60 SYNTIUM LMcorsa RC F GT3/LEXUS RC F GT3 USC10 2UR-GSE

全日本ツーリングカー選手権(JTC)[編集]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
1993年 NISMO 日産・スカイラインGT-R JTC-1 MIN
5
AUT
5
SUG
3
SUZ
5
TAI
2
TSU
1
TOK
2
SEN
5
FSW
3
4位 106

全日本ツーリングカー選手権(JTCC)[編集]

チーム 使用車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
1994年 NISMO 日産・サニー AUT1 AUT2 SUG1 SUG2 TOK1 TOK2 SUZ1 SUZ2 MIN1 MIN2 TAI1
14
TAI2
13
TSU1
4
TSU2
2
SEN1
8
SEN2
Ret
FSW1
12
FSW2
10
15位 23
1995年 FSW1 FSW2 SUG1
Ret
SUG2
DNS
TOK1
10
TOK2
7
SUZ1
6
SUZ2
Ret
MIN1
1
MIN2
7
TAI1
6
TAI2
4
SEN1
2
SEN2
3
FSW1
Ret
FSW2
6
6位 67
1997年 HKS オペル・ベクトラ FSW1
C
FSW2
C
TAI1
10
TAI2
Ret
SUG1
4
SUG2
5
SUZ1
6
SUZ2
Ret
MIN1
Ret
MIN2
DNS
SEN1
3
SEN2
1
TOK1
12
TOK2
DMS
FSW1
13
FSW2
Ret
8位 43

全日本GT選手権/SUPER GT[編集]

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
1994年 Johnson NISMO 日産・スカイラインGT-R GT1 FSW
Ret
SEN
5
FSW
8
SUG
6
MIN
9
13位 19
1995年 NISMO GT1 SUZ
2
FSW
4
SEN
6
FSW
3
SUG
9
MIN
Ret
9位 30
1997年 チーム国光 with MOON CRAFT ホンダ・NSX GT500 SUZ FSW
Ret
SEN
16
FSW
11
MIN
2
SUG
2
9位 30
1998年 GT500 SUZ
10
FSW
C
SEN
12
FSW
Ret
TRM
7
MIN
1
SUG
Ret
10位 25
1999年 GT500 SUZ
Ret
FSW
1
SUG
13
MIN
15
FSW
7
TAI
5
TRM
9
11位 34
2000年 GT500 TRM
Ret
FSW
14
SUG
10
FSW
7
TAI
5
MIN
Ret
SUZ
Ret
15位 13
2001年 GT500 TAI
6
FSW
5
SUG
Ret
FSW
9
TRM
4
SUZ
13
MIN
8
10位 29
2002年 ESSO TOYOTA Team LeMans トヨタ・スープラ GT500 TAI
10
FSW
2
SUG
1
SEP
11
FSW
7
TRM
4
MIN
4
SUZ
3
1位 75
2003年 GT500 TAI
1
FSW
12
SUG
1
FSW
6
FSW
4
TRM
4
AUT
4
SUZ
7
2位 83
2004年 GT500 TAI
2
SUG
11
SEP
14
TOK
2
TRM
2
AUT
4
SUZ
Ret
3位 57
2005年 GT500 OKA
11
FSW
5
SEP
4
SUG
4
TRM
9
FSW
3
AUT
10
SUZ
3
6位 51
2006年 Mobil 1 TOYOTA Team LeMans レクサス・SC430 GT500 SUZ
6
OKA
11
FSW
2
SEP
14
SUG
9
SUZ
Ret
TRM
4
AUT
13
FSW
5
12位 41
2007年 RACING PROJECT BANDOH トヨタ・セリカ GT300 SUZ
14
OKA
19
FSW
Ret
SEP
9
SUG
1
SUZ
12
TRM
18
AUT
4
FSW
16
10位 32
2008年 ENEOS TOYOTA Team LeMans レクサス・SC430 GT500 SUZ OKA FSW SEP SUG
7
SUZ
6
TRM
4
AUT
14
FSW 17位 20
2014年 LM corsa BMW・Z4 GT3 GT300 OKA
22
FSW
21
AUT
7
SUG
10
FSW
5
SUZ
1
CHA
4
TRM 7位 44
2015年 レクサス・RC F GT3 GT300 OKA
10
FSW
Ret
CHA
Ret
FSW
15
SUZ
19
SUG
22
AUT
10
TRM
17
33位 2
2016年 GT300 OKA
25
FSW
21
SUG
Ret
FSW
17
SUZ
18
CHA
21
TRM
20
TRM
Ret
NC 0
2017年 GT300 OKA
22
FSW
8
AUT
12
SUG
5
FSW
27
SUZ
4
CHA
6
TRM
18
12位 24

ル・マン24時間レース[編集]

チーム コ・ドライバー クラス 周回 総合順位 クラス順位
1994年 ドイツの旗 クレマー・ホンダ・レーシング
日本の旗 チーム国光
日本の旗 高橋国光
日本の旗 土屋圭市
ホンダ・NSX GT2 GT2 222 18位 9位
1995年 日本の旗 チーム国光 日本の旗 高橋国光
日本の旗 土屋圭市
GT2 275 8位 1位
1996年 日本の旗 高橋国光
日本の旗 土屋圭市
GT2 305 16位 3位
2000年 日本の旗 テレビ朝日 チーム・ドラゴン 日本の旗 土屋圭市
日本の旗 近藤真彦
パノス・LMP-1 ロードスター-S LMP900 340 6位 6位
2002年 日本の旗 チーム・タイサン・アドバン 日本の旗 余郷敦
日本の旗 西澤和之
ポルシェ・911 GT3RS GT 316 21位 3位
2003年 日本の旗 余郷敦
日本の旗 西澤和之
GT 304 19位 4位

全日本F3000選手権/フォーミュラ・ニッポン[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1994年 NOVA with AFP SUZ FSW MIN SUZ SUG FSW SUZ FSW FSW
Ret
SUZ
Ret
NC 0
1995年 SHIONOGI TEAM NOVA SUZ
Ret
FSW
C
MIN
Ret
SUZ SUG
8
FSW
11
TOK
Ret
FSW
11
SUZ
11
NC 0
1997年 SUZ
6
MIN
3
FSW
Ret
SUZ
7
SUG
Ret
FSW
5
MIN
10
TRM
11
FSW
Ret
SUZ
13
10位 7
1998年 COSMO OIL RACING TEAM CERUMO SUZ MIN FSW
8
TRM
Ret
SUZ
Ret
SUG
9
FSW
C
MIN
Ret
FSW
5
SUZ
12
14位 2
1999年 SUZ
7
TRM
Ret
MIN
Ret
FSW
16
SUZ
Ret
SUG
10
FSW
Ret
MIN
Ret
TRM
13
SUZ
12
NC 0

国際F3000選手権[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
1996年 ノルディック・レーシング NÜR
14
PAU
8
PER
11
HOC
12
SIL
13
SPA
Ret
MAG
14
EST
12
MUG
18
HOC
9
NC 0

エピソード[編集]

  • 初めて走ったサーキットは富士スピードウェイ。レースデビューする1か月前に30分ほど走り、その頃は「ラインや高速コーナーでのアクセル全開度などが分からなかった」と述べていたが、次のサーキット走行の時には「レースをやっている人たちと同程度のタイムで走れていた」と述べている[5]
  • レースデビューは1989年、実姉である飯田裕子の代理という形であった。「レースの週になって天気が悪くなり、(強引にエントリーされたような形の)姉が出場を嫌がって」という理由である[1]。姉は後にモータージャーナリストとなり、自らも月刊「XaCAR」などで自動車のコラム記事を執筆している。
  • Optionの企画で、かつて織戸学と「水戸納豆レーシング」というハチロクのワンメイクチームを結成しており、自らもレビンのTRDフルチューンを所有していた。
  • MスポーツチューンのスカイラインGT-R(BNR34)にて、筑波サーキット55秒台を記録したことがある。
  • 初めてバイクを手に入れた頃、買いに行ったヘルメットは高橋国光のレプリカヘルメットである[1]
  • 農獣医学部に進んだ理由として、当時は「牧場経営」を夢見ていたが、レースを始めたため、畜産の単位だけでも取ろうと4年で卒業している[2]
  • ビデオオプションのダートオーバルレースに茨城県水戸市出身のミスターXとして参加した

脚注[編集]

  1. ^ a b c オートスポーツNO.685 1995年9/1号45〜55頁「レーシングドライバー徹底解剖4 飯田章」より
  2. ^ a b オートスポーツNO.661 1994年9/15号46〜47頁「普段着の戦士たち16」より
  3. ^ 『豊田章男の愛したテストドライバー』 稲泉連著 2016年3月7日 小学館刊
  4. ^ 「AFPは『アキラ・フォーミュラワン・プロジェクト」の略である。オートスポーツ1994年12/1号 37頁NEWSEXPRESS記事「全日本F3000に続々と新人が…」より。
  5. ^ 週刊オートスポーツNO.854 61頁「トップドライバーはじめて物語」より。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]