全日本プロドリフト選手権
全日本プロドリフト選手権(ぜんにっぽんプロドリフトせんしゅけん)は、2001年より開催された、「ドリフト走行」を目的としたモータースポーツである。通称「D1グランプリ」(D1 GRAND PRIX・D1GP)。主催は、株式会社D1コーポレーション。
2009年より「グランツーリスモ」が冠スポンサーとなり、シリーズ名が『GRAN TURISMO D1GPシリーズ』。 2010年より大会名が『D1GPインターナショナル・ドリフト・チャンピオンシップ「GRAN TURISMO D1GPシリーズ」』となる。
目次
D1の由来[編集]
- 提案者
- 元レーサーの土屋圭市と雑誌『OPTION』創始者稲田大二郎。
- 誕生
- 自動車ビデオマガジン『VIDEO OPTION』(V-OPT)の企画「いかす走り屋チーム天国」から派生。
- 名称
- ドリフトの「D」・ドリキン(ドリフトキング)の「D」・大二郎の「D」。
この3つの「D」から頂点を目指すという意味で「D1」と名付けられた。
概要[編集]
単に速さを競う一般的なモータースポーツとは異なり、ドリフト走行における迫力や芸術性をポイント化し競う。シリーズ戦(年間6-8戦)で争われ、2003年からは海外でも開催されている。 グランプリということでシリーズ化、賞金獲得化、ギャラリー動員されている。
「ドリフトがどれだけ上手くてもその先はない。だったらドリフトで飯を食えるように、プロ化にしよう」という意図で開催された。土屋、曰く「最初のうちはOPTIONやV-OPTでの仕事の斡旋も考えていたが、お金を払って見る価値が出来た。」という理由による。
出場者達は各地で名前を売っているドリフター(ドリフト愛好者)達が中心で、日本数万人のドリフター達の頂点を争う大会でもある。近年SUPER GTなどで活躍するプロレーサーも参戦。
大会歴史[編集]
- 参加者は有名なパーツメーカーやプライベーターが中心だったが、2004年の開幕戦では、シリーズ始まって以来初めてメーカーワークス(GM ポンティアックGTO)が参戦した。
- 1月に「エキシビジョンマッチ」としてお台場で開催される。これは本来ドリフトがストリートで生まれたものであると言うことで、限りなくストリートに近い場所でという意味合いに加えて、D1グランプリの一般への認知度を高める目的も含まれていた。コースは駐車場を利用して作られた特設コースで行われ、会場のすぐそばにあるフジテレビの『すぽると!』で取り上げられて話題となる(レポーターとして、当時同番組レギュラーだった若槻千夏が風間靖幸のS15シルビアを使用して、土屋のドライブにてドリフト体験するところを放送した)。お台場ではこのエキシビジョンマッチ以降、エキシビジョンだけではなく、毎年5月に台場にて開催されているマルチプレックスのコンテンツとしてD1グランプリの公式戦も開催された。
- 観客動員も高かった台場ラウンドが、マルチプレックスと決裂したため、一度開催が途絶える。(マルチプレックスはその後、織戸学・谷口信輝両選手とその選手を支援しているメーカーが中心となったモータースポーツコムとタイアップする形でドリフトをコンテンツとして継続している)
- 4月にお台場会場(江東区青海)でエキシビジョンマッチが開催されることが発表されたが、実際には開催されなかった。関連性はないが2008東京オートサロンにおいて「2008 D1キックオフデモラン」が開催され、これはかつてのお台場のような駐車場を利用した特設コースで行われた。
- 6月7日-8日は、お台場会場(江東区青海)で『2008 D1GP EXHIBITION TOKYO DRIFT IN ODAIBA』として開催。以後、同じ場所で開催される。
- 予選:3月28日(土)決勝:29日(日)『2009 GRAN TURISMO D1 GRAND PRIX ROUND1 IN EBISU CIRCUIT』エビスサーキット南コースにて開幕戦。
- 5月23日-24日(土・日)『2009 D1GP EXHIBITION TOKYO DRIFT IN ODAIBA』お台場会場にてエキシビジョンが開催。
- 3月27日(土)『2010 GRAN TURISMO D1GP SERIES TOKYO DRIFT IN ODAIBA』お台場会場にて開幕戦。
- 3月28日(日)『2010 D1GP EXHIBITION 「D1 GP ALL STAR SHOW」』エキシビジョンが開催。
- 3月26日・27日(土・日)に開催予定だった『2011 GRAN TURISMO D1GP SERIES TOKYO DRIFT IN ODAIBA』お台場会場の開幕戦は、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)及び福島第一原発事故の影響で開催中止[1]。このため、4月23日(土)にオートポリスで行われた『2011 GRAN TURISMO D1GP SERIES ROUND 3 AUTOPOLICE』が開幕戦となった。お台場大会は6月4日・5日に振替開催。
変遷[編集]
- 「全日本プロドリフト選手権」として初のプロドリフトイベントがエビスサーキットで開催され、優勝には50万円の賞金がかけられて行われた。それまでにも全国の強豪ドライバーを集めて優勝を競う単発のイベントは行われていたが、賞金をかけて行われたのはこの大会が初めてのことであった[2]。
- のちに審査委員長を務める土屋はこの第1戦には参加せず、織戸が審査委員長を務めた。
- 「D1グランプリ」の名称でこの年からシリーズが開催された。各ラウンドの勝者には20万円、シリーズチャンピオンには100万円の賞金が用意された。第1~3戦までは観客を入れずVideo Optionの収録として行われていたが、第4戦エビスから観客を動員して開催されるようになった。また、D1の歴史で唯一Sタイヤの使用が認められていたのもこのシーズンである。参加選手も全国で名を売るドリフターで構成されており、現在のD1では広く行われている「ワークス参戦」の概念は無く、殆どが車両は自前のナンバー付きでメンテナンスも個人単位で行っていた。
- チューナーワークスによる参戦がこの年から本格化した。ブリッツは野村謙、HKSは谷口信輝、アペックスは今村陽一、トラストは平岡英郎をワークスドライバーとして起用した。一方、チューニングショップによる参戦も始まり、シーズン途中にトップシークレットが参入。三木竜二を擁した。筑波サーキットでの開催もこのシーズンが初となる。
- 次第にドリフトの高速化が顕著となり、日本でもっとも速度域が高いサーキットである富士スピードウェイでの開催が始まる。また昨シーズンにアルテッツァからRX-7に鞍替えした今村陽一が史上初となる「シーズン3勝」を達成した。アメリカで初めてD1を開催したのもこのシーズンであり、地元勢も多数参加し成功を収めた。
- チューニングショップによるワークス参戦も顕著化し、風間靖幸が圭オフィス投入のニューマシンを擁してトップコンテンダーの一員に名乗りを上げる。
- トラストがドライバーを平岡から川畑真人に変更。また、RE雨宮が末永正雄を擁してRX-7(FD3S)で参戦を開始した。
- D1初の海外ラウンドとしてアメリカ・アーウィンデールスピードウェイで開幕を迎えた。風間・野村・三木が続々と初優勝を達成。またプレシーズンマッチから始まったお台場の開催は、その後の4月のエキシビジョンマッチ、9月の第5戦/オールスターマッチに発展するなど成功を収めた。オートポリスでD1が開かれたのもこのシーズンからである。
- シリーズの発展に伴い、D1グランプリの下位カテゴリーとしてD1ストリートリーガルを新設。D1グランプリを「ドリフト界の世界選手権」と位置づけ世界的な展開を進める一方で、ストリートリーガルは全日本選手権的な位置づけで運営を行っていく方針だとしている。なお、この年はストリートリーガルに国産初のメーカーワークスとしてNISMOが参戦している(末永直登を擁し、結果は優勝)。またこの年から審査員を務めていた織戸学が選手として参戦を開始した。
- 前年チャンピオンチームのトップシークレットはORCとのジョイント体制に移行(ドライバーは三木のまま変わらず、ORCドライバーだった出水田裕樹が参戦取りやめ)。シルビア系やAE86などが中心だった中、マシンの顔ぶれも多様化し始めた。前年途中から参戦をしていた谷口のアルテッツァに加えて、織戸がトヨタ・スープラで、AE86ユーザーだった寺崎源もホンダ・S2000を投入していた。そんな中、熊久保信重がスバル・インプレッサ(GDB)を投入。D1史上初の4駆車をFR改造での参戦となった。
- シーズンカレンダーにも変化があり、スポーツランドSUGOが、それまでのカートコースからレーシングコースに会場を移したほか、改修を終えた富士スピードウェイでの開催も復活。お台場、エビスを除けば全戦が大規模サーキットでの開催となった。
- HKSが不参加、アペックスが撤退を表明。それぞれのワークスドライバーだった谷口は不出走を表明し、今村はORCに移籍した。このほか織戸・三木など有力ドライバーが不出走を表明した。D1SLが初めてシリーズ戦になり、初年度は全7戦で争われた。
- この年は開幕戦と最終戦がアーウィンデールで開催された一方、鈴鹿サーキットで初開催。コースを逆走するレイアウトが用いられた。
- 風間・野村との激しい争いを制して、熊久保が王座獲得。4ドアマシンを駆るドライバーとして初のチャンピオンとなった。
- トラストがワークス体制から撤退。RE雨宮とのジョイント体制に移行した。川畑は車両をメンテナンスしていたGPスポーツからの参戦体制を整え、後述の「TEAM TOYO DRIFT」の一員として参戦。この年からアーウィンデールでの開催が無くなり、シーズン戦は全て国内での開催となった。
- 風間が自身のショップの都合で不出走を表明する一方、TOYO契約ドライバーの川畑・黒井敦史・佐久間達也からなる「TEAM TOYO DRIFT」が結成された。スピードを競うレースとは違いグリップの限界を超えてからのコントロール性能が重要なD1は、他のモータースポーツと同様にタイヤマネジメントが重要であり、その評価が市販タイヤのマーケティングに直結する事から、TOYOのチーム結成はそれまでチューニングメーカー主導であった参戦からタイヤメーカー主導の参戦に置き換わる呼び水となり、今まで以上にタイヤメーカー間の争いが激化する要因となった。シーズン後半には熊久保がD1史上初の三菱・ランサーエボリューションを投入したほか、松井有紀夫がBMW・318iを駆り、国内シリーズでは輸入車初のポイント獲得を達成した。
- ファルケンが撤退した。
- ポイント制度と優遇措置に新たな概要が盛り込まれた[3]。
- ポイント制度・・・2007年まではその大会の1位に20ポイントが与えられ、以後順位が下がるごとに2ポイントずつ減ってゆき、10位から16位(すなわちベスト16の追走トーナメントに進出した選手)には1ポイントずつ与えられるポイント制度となっていた。しかしこのパターンだと「毎戦追走トーナメントに進出」するよりは「一度でも表彰台に上がる」ほうがポイント的に優位となる。この点を改善するため、10位から16位にもポイント差をつけるよう変更された。1位から「25→21→18→16→13→12→11→10→8→7→6→5→4→3→2→1」とすることで、追走トーナメントに進出する意義を持たせるとともに、優勝者がより優位に立てるシステムとした。
- 優遇措置・・・ドリフトの実績がまったくない車種を選んで長期の不調に陥ることを恐れるワークスが多く、なかなか現行車両が登場しない状況を鑑み、「現行販売車種に限り、予選を免除する」という新しい措置が取られた。これにより現行車種をベースにしたドリ車の参戦を促し、より多くのギャラリーの興味をひきつけることを狙いとしている。
- ※以下は、措置の対象予定の主な現行車種のベースマシン。
- なお、この年より新たに岡山国際サーキットがカレンダーに加わった。
- ブリヂストンが撤退した。前年王者の今村はダンロップユーザーとなったが圧倒的な強さを見せ、D1史上初のシリーズ連覇を果たした。
- 12月9日のD1コーポレーション取締役会において、稲田大二郎・土屋圭市両名がD1コーポレーション取締役を辞任し、今後のD1グランプリの運営から離れることが表明された[4][5]。なお稲田・土屋の二人は2011年より新たに対抗イベントとして『ドリフトマッスル』を立ち上げている。
- シリーズの高速化が進む中、第5戦エビスで日比野が優勝。黎明期からD1を支えたAE86の2018年現在最後の優勝となっている。
- ヨコハマタイヤがオフィシャルスポンサーから一時離脱(2012年に復帰。ただし、ヨコハマタイヤを履くマシンは参戦していた)
- またこの年からハンコックタイヤやフェデラルタイヤなど、アジア系のメーカーのタイヤを装着する選手も現れた。この年よしもとクリエイティブ・エージェンシーと提携し、所属のお笑い芸人がゲスト解説として参加している。これをきっかけとしてバッドボーイズとモンスターエンジンは、ほぼレギュラーとして2012年以降もゲスト及びビデオでのMCとして継続して参加している。
- 審査体制の変更にもかかわらず、連覇中の王者今村がこの年もシリーズを制覇。自身の最多記録を更新する4回目の王座獲得を果たした。2018年現在、「シリーズ3連覇」「4度のシリーズ王者」は誰にも破られていない。
- ファルケンが復帰した(ダンロップから変更。D1は2007年以来)
- 2011年にD1チャンピオンズ(エキシビジョン)で開催された中部国際空港(セントレア)特設ステージでのシリーズ戦が開催(第6戦&エキシビジョン)。お台場に続く特設コースでのシリーズ戦開催となる。またお台場も2004年エキシビジョン以来のレイアウトを変更中部国際空港(セントレア)と同様のレイアウトとなった。
- この年からトヨタ・86が参戦を開始。初代D1王者の谷口がHKSワークスから復帰して86を駆ったほか、織戸(スープラ)と日比野哲也(AE86)が前年度のマシンから乗り換えて86で参戦したほか、シーズン途中からは野村が参戦開始以来の愛機スカイラインから乗り換えて86を駆った。
- 2012年よりゼッケンが従来の順位順から固定ゼッケンに変更される。
- BLITZが事実上ワークスから撤退(野村はプライベーターとして2013年シーズン参戦しているが、スポンサーとしてサポート自体は継続している)
- 2013年はお台場、セントレアに続く特設ステージとして大阪府舞洲スポーツアイランドが第1戦及びD1チャンピオンズで初開催、長崎県ハウステンボスで第5戦及びエキシビジョンが初開催。第5戦では日比野が86勢初の優勝を果たす。
- 株式会社D1コーポレーションがJAFの加盟団体になる。これによりレギュレーションもJAFの規定により厳しくなり、それまでのパワー戦争を支えたNOSの使用が禁止となった。そのためマシンメイキングも大幅に変更されるようになり、大排気量エンジンの車両がシリーズを席巻するようになっていく。
- この年から単走と追走の決勝日が別になり2日開催になる。
- 3年ぶりに富士スピードウェイでの開催が復活する。コースレイアウトは、1コーナー過ぎてからコカ・コーラコーナーを通り100R真ん中で終わるレイアウトになっている。
- コースレイアウト図→[1]
- この年からトラストがワークス体制を復活。川畑真人をドライバーに迎え、マシンは日産・GT-RをFR化して改造したGReddy35RX Spec-Dで戦う。
- ブリヂストンが復帰した。
- 15周年記念として開幕戦のお台場ラウンドの土日全セッションがニコニコ生放送で生配信された[6]。その後開催予定であるロシアやタイでのエキシビジョンも含む2015年シーズン全ラウンドの生配信が決定している(ニコニコ動画の会員登録を行っていれば無料で視聴可能)。
- ゼスティノが参入。
- ブリヂストンとヨコハマ、フェデラルが撤退した。グッドライドが参入。この年より、大会スポンサーメーカーのタイヤ以外が使えなくなる。
- 野村謙が2018シリーズをもって引退を表明。
- ワンリが撤退した。TRI-ACEが参入。
- ダンロップがシーズン途中でスポンサーを離脱。
海外進出[編集]
- アメリカ・アーウィンデールスピードウェイでの開催やイギリス・シルバーストン・サーキットでのエキシビション開催等で海外でも注目されはじめる。
- 映画『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』のドリフトシーンのスタントは、現役D1ドライバー熊久保信重、田中一弘達である。本国のアメリカロケでは(en)リース・ミレン、ターナー・ファウストらが担当している。
- アメリカの人気ドラマ「HEROES」の第一話で、ヒロとアンドウが東京メトロに乗るシーンで広告に「2002年D1GP日光Round」での手塚強と春口のクラッシュ映像が映し出されている。
大会要項[編集]
正式大会名称[編集]
- 『全日本プロフェッショナルドリフト選手権』
- 『D1GPインターナショナル・ドリフト・チャンピオンシップ』(2010年- )
シリーズ名称[編集]
- グランツーリスモD1グランプリシリーズ(2009年- )
- 『GRAN TURISMO D1 GRAND PRIX SERIES』『GRAN TURISMO D1 GP SERIES』
エキシビジョン名称[編集]
- D1グランプリエキシビジョン
- 『D1 GRAND PRIX EXHIBITION』『D1 GP EXHIBITION』
出場条件[編集]
株式会社D1コーポレーションが発行するモータースポーツライセンスであるD1ライセンスを取得しなければならない。
ライセンス規定は年によってかなり流動的に変更されており、2015年現在は以下のような区分となっている。なお詳細な発給条件については公式サイトの解説[7]を参照のこと。
- スーパーライセンス
- 最上位ライセンス。日本国外のD1GPやD1チャンピオンズといった大会に出場するためにはこのライセンスが必要になる。なお国際自動車連盟(FIA)の発行するスーパーライセンスとは全く関係はない。発給には原則として以下のいずれかに該当することが必要。なお2015年より本ライセンス所持者のD1SLシリーズ出場が不可になった。
- 前年のD1GPシリーズランキング8位以内
- 過去のD1GPシリーズチャンピオンで、前年にシリーズに参戦していた
- 過去(2016年より過去5年以内)にD1GPラウンドチャンピオンの経験があり、前年にD1GPシリーズに参戦していた
- GPライセンス
- 日本国内のD1GP・D1SL・東西シリーズに出場できるライセンス(地方戦の出場は不可)。新規発給には、前年のD1SLシリーズで10ポイント以上、もしくは東西シリーズで20ポイント以上獲得していることが必要。
- Aライセンス
- D1SL・東西シリーズ・レディースリーグ・地方戦に出場できるライセンス。新規発給には、前年の東西シリーズもしくはレディースリーグで10ポイント以上、もしくは地方戦(複数シリーズのポイント合算可)で20ポイント以上獲得していることが必要。
- Bライセンス
- D1東西シリーズ・レディースリーグ・地方戦に出場できるライセンス。新規発給には、前年のレディースリーグもしくは地方戦で1ポイント以上獲得していることが必要。
- Eライセンス
- D1レディースリーグ・地方戦に出場できる、エントリードライバー向けライセンス。
以前はサンプロス(三栄書房の関連会社)主催の『いかす走り屋チーム天国』で優秀な成績を収めた者などにもライセンスが発給されていたが、下位カテゴリーの整備が進んだ結果、現在では「D1地方戦→D1SL→D1GP」というステップアップの図式がほぼ固まっている。
D1ライセンスの取得に際し、従来年齢や運転免許の有無等による制限は行われていなかった。実際過去にD1SLでは16歳の(当然自動車運転免許を持たない)ドライバーが出場した例がある。しかし2013年からライセンス発行時に運転免許の所持確認が義務付けられたため、今後は18歳未満の人間や運転免許を持たない人間の参加は原則不可能になる[8]。一方でドリフトマッスルと異なり、2013年時点ではJAFの公認を受けていないため、競技参加にJAFライセンスの所持は不要である。
なお「一般公道にて暴走行為を行うなど、社会的違法行為に及んだ者」などについてはライセンスが剥奪されるとしているため、暴走族等の参加は厳しく規制されている。
車両レギュレーション[編集]
若干の改造でナンバーが取得出来なければならない。
- 具体的な作業としては、ロールバーにクッションを巻き、内装を戻し、ドアとウィンドウを純正品に戻すことにより、D1SL規定+αとなる事である。+α分はD1SLレギュレーションと違い、エンジンスワップや乗車定員変更による2シーター化なども、D1GPレギュレーションでは認められている為である。
- これは、車両のパイプフレームの変更を防ぐ事が目的であり、そこまで深い理由がある訳では無い(以前のHKS レーシングアルテッツァのように、何でもありではやりかねないメーカーが存在する)。
- 但し近年はレギュレーションが細分化したこともあって、レギュレーションの範囲内であれば車体本体の大幅な加工も許可されている。
- その他に以下のことなどが定められる。
- Sタイヤの禁止(速度の抑制のため。初年度は許可されていた)。
- 使用できるのはSタイヤ以外の一般販売されている公道用タイヤであればサイズ等の制限はなかったが、2014年から285幅までという制限が設けられた(例外としてベースとなっている車両の製品カタログ上に285幅以上のサイズが設定されている場合のみ、その記載されている幅のサイズまで使用できる)。
- サイドバー付8点式以上のロールバーの装着(Tボーンクラッシュからドライバーを守るため)
- スモークウィンドウの禁止(ドライバーを審査員から見やすくするため)
- 助手席の装着(メイドインストリートの象徴として)
- 触媒装着+音量の制限(各サーキットの最大音量以下遵守)
- NOSの使用禁止(2013年までは使用可能だったが、2014年よりJAF準公認競技化された為)
2014年からJAFの準公認競技として認定された関係もあり、全体的な車両レギュレーションがそれ以前よりも細分化及び厳密化している。それに伴い動力としてモーターを使用する電気自動車に関する規定なども追加されている(2015年のキックオフドリフトでエキシビジョンながらプリウスをベースとして、完全なモーター駆動でFR化された車両が走行している)。
審査方法[編集]
2010年までは土屋圭市(審査委員長)・鈴木学(審査委員・MC担当)が審査を担当。各走行にポイントを割り振り(100点満点)、その得点を用いて順位や勝者を決定する。審査席から見にくい場所でのドリフトのもどり、ライン取り、プッシングなどを判定する元D1ドライバー神本寿が副審査員として旗を持つ。
- 神本の持つ旗は2本あり、1つは前述の減点をした際に振る「青旗」と「ファンタスティック旗」(通常は国旗)とよばれ単走時での素晴らしい飛び出しの際、旗を振って得点を加算する旗がある。
2004年までは、織戸学を加えた3人で審査を行い、3人の審査委員の平均得点で勝負が決まっていた。2005年から織戸学が選手に転向し、土屋圭市と鈴木学で審査を行った。コース脇に副審査員を配して接触やアンダーステアなどの確認を行う。
2005年以降審査員が2人体制となってからは、鈴木学は単走の審査に関わっていない事が、オフィシャルブックによって公開されている。彼が行う物は、単走1-3本目の得点、進入速度が全て一緒だったときの順位付けと、追走トーナメントの第3-4位、第5-8位、第9-16位それぞれの順位決定の二箇所である。ただし、前者は一度も適用例が無い。
土屋が2010年限りでD1から離れたため、2011年からは審査体制を大幅に変更。基本は5人の審判員のうち最高得点と最低得点を出した二人の得点を除いた3人分の得点を平均したものを審査得点とすることになった。審査員は神本がチーフに昇格し、残る4人は山路慎一・飯田章・山田英二というプロドライバー3名に、雑誌『ドリフト天国』編集長の川崎隆介という体制になる[9]。
2012年からは単走においてDOSS(D1 Original Scoring System)と呼ばれる機械式の採点システムが導入された。これはGPSと角速度センサーを用いて車の動きを数値化し自動的に採点を行うもので、2009年から3年がかりで開発が進められており、2011年にも試験的に導入され大きな問題が出なかったことから本格投入に踏み切った。本システムについて鈴木学は「カラオケの採点のような面白さがある」と語っている[10]。2013年からは予選及び単走ファイナルではDOSS採点のみで審査を行っている(審査員はDOSSが判定できない部分の補助としての加点減点を行う)。この為これまでとは違い、DOSS採点と審査員加点によって100点を超える点数が出る場合もある。
本戦の走行方式[編集]
- 1回戦(単走)
- 2本(ストリートリーガル、地方戦は3本)1セットで規定区間をドリフト走行。3本中の最高得点が用られ審査される(最高得点が同点だった場合は次に良い得点、ここも同点の場合は3番目の得点。そしてこの3つが全て一緒の場合のみ鈴木学の得点で順位が決定する)。この戦いで16名が次のトーナメントに進める。2006年より単走で100点を取ると、シリーズポイントに1ポイント加算、2007年より3本とも100点を取ると「土屋圭市賞」として10万円が贈られる。2009年・2010年は予選最下位から一回戦を走る、ノックダウン方式の一回戦方式となった。
- 2011年からは予選単走(シリーズ17位以下が参加)→単走ファイナル(予選単走上位12台+シリーズ16位以内)の形式となった。なおシリーズ8位以内のドライバーは結果に関わらず追走2ndステージまでシードされる(2012年からはランキングに関係なく単走ファイナルで16位以内には入れなければ追走には進めなくなった)。また同年より単走にも順位に応じたシリーズポイントが与えられるようになり、単走のみのランキングも表彰対象となる。2012年からは前述した機械式の採点が導入され、2013年からは予選を含めて単走に関してはDOSS審査で行われている。2012年以降は下記の追走トーナメントで敗退した際の最終順位がこの単走ファイナルでの順位が高い順で決まるため、より重要度を増している。
- 2014年から前年までと違い単走と追走を別の日に行うツーデーイベントとなったこともあって、シリーズ24位以下の選手(新車優遇及び海外優遇選手、ストリートリーガル上位入賞者優遇を除く)による選考会が行われ、それを通過した選手及び選考会対象外の選手のみが単走予選に参加できる形となった(その為結果的に本戦出場へのハードルが上がる事となった)。単走予選は2本走ることが出来るが、単走決勝は1本勝負(どちらも審査はDOSSによる審査+審判員による加減点による)となり、その順位によって翌日に開催される追走予選のトーナメント配置が決定する。単走決勝の上位8名は翌日の追走予選が免除されるシード扱いとなる。
- トーナメント(追走)
- 前車を後車が追いかけて規定区間をドリフト走行。前車・後車を入れ替え2本走行して審査される。そして10のアドバンテージを6:4、7:3のように配分して勝敗を決める。ちなみに、この形式は、漫画『頭文字D』に登場する「先行後追いバトル方式」が元となる[11]。勝敗が決まらない場合にはサドンデスと呼ばれる延長戦に突入し、決着が付くまで何度も行われていたが、2011年よりイベントの開催時間等を考慮して、無制限でのサドンデスは決勝のみとし、ベスト16(及び下記のマイナー追走)では1回まで、ベスト4までは2回と回数が制限されている(決着が付かなかった場合は、DOSSによる採点を確認して、それに審査員の加点を加えて高い方が勝利となる)。これも2本1セットで審査される。土屋が離れた2011年以降は10点を最高としてそれぞれを採点し、2本走行した合計で1ポイント以上リードした選手が勝利すると言う採点になっている。2012年以降は『ベスト16追走トーナメント』と称されている。
- 2012年からは単走ファイナルでベスト16に残れなかった選手による『マイナー追走』が行われている。マイナー追走で勝利してもベスト16には進出できないものの、勝者には1ポイントが与えられる。
- 2014年から審査基準が単走同様にDOSS採点を基準として審査員による加減点によって決まるランクで勝敗が決定する形式となった。ツーデーイベントになった事で、まず前日の単走決勝で9位~24位までの選手による追走予選を行い、その後予選通過者8人とシードとなる単走決勝上位8人のベスト16による追走決勝が行われる形式となっている。これまでと違いサドンデスの回数が変更され、無制限にサドンデスを行うのは優勝決定戦のみとなり、予選及びベスト16ではサドンデス無しでベスト8から3位決定戦までは1本のみとなっている。この変更により2本走行後の合計ランクが同じの場合は、先行時のランクを参照してランクが高い方が勝利となり、それでも同じ場合はDOSS採点の高い方が勝利となる形となっている(ただし2人のランクが同一かつ総合計ランクが34以上だった場合に限り、スペシャルサドンデスという形で1本だけサドンデスを行う)。さらに予選決勝を通して2人の総合計ランクが最も高い対戦がベスト追走賞となり、シーズン終了時に決定する年間MVPの受賞対象とされる。
審査ポイント[編集]
単走では、コーナーへの進入スピード、角度、ライン(俗に飛距離と角度と滞空時間と表現されることも)そしてどれだけ危険(壁など)に迫ることが出来たかが審査のポイントになる。追走では、相手よりも「スゴイ」走り(追い抜き、後ろからピッタリ寄せるなど)が出来たかがポイントとなり、単走でのポイントよりも重視される。スピン、アンダーステアはノーポイント。
単走、追走共に審査基準が以下のように年々変わる。
- 2001年 - 単走、追走ともに速度重視。
- 2002年 - 単走は角度、追走は角度が甘くても接近すること。
- 2003年 - 単走は速度と共に角度、追走は距離を詰めて角度が甘すぎない事。
- 2004年 - 単走は速度を殺さずに角度を付け、白煙を出すこと。追走は距離を詰める事はもちろんだが、角度が負けない事。
- 2005-2007年 - 単走はラインを外さずに角度と白煙の走り。追走はきちんとしたラインで入り、同じ角度で距離を詰める事。
- 2008年- 単走は速度が審査対象から外され、ライン・角度・白煙を重視。追走は2005年度からの対象に準ずる。
- 2009年~ 追走は今までにプラスで「同時振り」が審査の対象に加わる
シリーズチャンピオン[編集]
- D1GPシリーズ
- 第1回大会(2001年) 谷口信輝 車両:シルビア(S15)
- 第2回大会(2002年) 植尾勝浩 車両:スプリンタートレノ(AE86)
- 第3回大会(2003年) 今村陽一 車両:RX-7(FD3S)
- 第4回大会(2004年) 三木竜二 車両:シルビア(S15)
- 第5回大会(2005年) 風間靖幸 車両:シルビア(S15)
- 第6回大会(2006年) 熊久保信重 車両:インプレッサ(GDB)
- 第7回大会(2007年) 川畑真人 車両:シルビア(S15)
- 第8回大会(2008年) 斎藤太吾 車両:マークII(JZX100)
- GRAN TURISMO D1GPシリーズ
- D1GPインターナショナル・ドリフト・チャンピオンシップ:GRAN TURISMO D1GPシリーズ
- 第10回大会(2010年) 今村陽一 車両:シルビア(S15)
- 第11回大会(2011年) 今村陽一 車両:シルビア(S15)
- 第12回大会(2012年) 熊久保信重 車両:ローレル(C33)
- 第13回大会(2013年) 川畑真人 車両:180SX(RPS13)
- 第14回大会(2014年) 高橋邦明 車両:マークX(GRX130)
- 第15回大会(2015年) 川畑真人 車両:GT-R(R35)
- 第16回大会(2016年) 斎藤太吾 車両:マークII (JZX100) チェイサー(JZX100)
- 第17回大会(2017年) 藤野秀之 車両:180SX(RPS13)
- 第18回大会(2018年) 横井昌志 車両 : シルビア (S15)
WORLD ALL STAR優勝者(世界チャンピオン)[編集]
主な出場選手と使用車両[編集]
| ドライバー | チーム | ベースマシン | 備考 | タイヤメーカー | エンジン仕様 |
|---|---|---|---|---|---|
| 今村陽一 | OTG Motor Sports With DUNLOP | 86(ZN6) | - | DUNLOP |
1GR-FE+ツインターボ |
| 手塚強 | WANLI BeeRacing | 86(ZN6) | 2017年にD1から引退 | WANLI | 2JZ-GTE(3.4L)+TRUST T88-34GK |
| 野村謙 | PACIFIC RACING TEAM DUNLOP | スカイライン(ER34) | 2018年にD1から引退 | DUNLOP | 2JZ-GTE+GCGタービン |
| 織戸学 | DRIVE M7 ADVAN MAX ORIDO RACING | 86(ZN6) | 2015年にD1から退く | YOKOHAMA | LS7 |
| 末永正雄 | TOYO TIRES GLION TRUST RACING | GT-R (R35) | - | TOYO | VR38DETT(4.0L)+TD06SH-20G×2 |
| 日比野哲也 | GULF RACING ZESTINO TIRE | S2000(AP1) | ZESTINO | 2JZ-GTE(3.4L)+Garrett GTX3584RS | |
| 川畑真人 | TOYO TIRES GLION TRUST RACING | GT-R(R35) | - | TOYO | VR38DETT(4.0L)+TRUST TD06SH-20G×2 |
| 高山健司 | TEAM MORI GOODYEAR | GS(GRS191) | - | GOODYEAR | 2JZ-GTE(3.6L)+GCG GTX3584RS |
| 小橋正典 | YUKE'S Team ORANGE | シルビア(S15) | - | WANLI | LS3+Natural Aspiration |
| 齋藤太吾 | WANLI FAT FIVE RACING | コルベット(X245A) | ベースはGT3マシン | WANLI | LS7 |
| 黒井敦史 | TEAM TOYO with River Side | シルビア(PS13) | ※2010年交通事故で逝去。 | TOYO | 2JZ-GTE+TRUST T88-34D |
| 時田雅義 | GOODYEAR Racing AST | 86(ZN6) | 17年はプライベーターでのスポット参戦 | GOODYEAR | 2JZ-GTE |
| 佐久間達也 | TEAM TOYO with GP SPORTS | シルビア(S15) | - | TOYO | RB26DETT 2.8ℓ仕様+HKS T04Z |
| 高橋邦明 | GOODYEAR Racing with Kunny'z | マークX(GRX130) | - | GOODYEAR | 2JZ-GTE(3.6L)+GCG GTX4088R |
| 松川和也 | 広島トヨタ with DROO-P | トレノ(AE85) | - | DUNLOP | 2GR-FSE+R35純正タービン |
| 林和樹 | 広島トヨタ With DROO-P | 86(ZN6) | - | DUNLOP | EJ25(2.6L)+GCG Garrettタービン |
| 上野高広 | TEAM VERTEX | ソアラ(JZZ30) | - | ZESTINO | 2JZ-GTE 3.4ℓ仕様+ギャレット GTX4294R |
| 内海彰乃 | DIXCEL TOYO TIRES | シルビア(S15) | - | TOYO | 2JZ-GTE(3.6L)+GCG GTX4088 |
| 田中一弘 | Team kazama | シルビア(S15) | - | GOODYEAR | 2JZ-GTE+トラスト TD07-25G |
| 藤中学 | Team RYO JAPAN | 180SX(RPS13) | - | YOKOHAMA | 2JZ-GTE+トラスト T88-34D |
| 松山北斗 | GOODYEAR Team ST.GARAGE | マークII(JZX110) | 17年から昨年の廣田のマシンを使用 | GOODYEAR | 2JZ-GTE 3.4ℓ仕様+GCG EFR 9180 |
| 末永直登 | YUKE'S Team ORANGE | シルビア(S15) | 2017 舞洲から2JZに変更 | WANLI | 2JZ-GTE(3.4L)+Garrett GTX4088 |
| 田口和也 | Team UP GARAGE | シルビア(S15) | - | KENDA | SR20DET(2.2L)+TRUST TD06SH-25G |
| 松井有紀夫 | Team RE雨宮 GruppeM | RX-7(FD3S) | - | TOYO | RE20B サイドポート+TRUST T88-34D |
| 村山悌啓 | PACIFIC RACING TEAM with MEGATEC | シルビア(S14) | 16年 筑波で初優勝 | DUNLOP | SR20DET(2.4L)+GCG GTX3582R |
| 今村隆弘 | TEAM MAD FACE | FD3S | - | TOYO | |
| 横井昌志 | D-MAX | シルビア(S15) | - | NANKANG | 2JZ-GTE(3.4L)+GCG GTX4294R |
| Daychapon Toyingcharoen | Team TOYO TIRES DRIFT Do-Luck | フェアレディZ (Z33) | - | TOYO | VQ35DE(3.8L)+JP TURBO B750X |
| 中村健一 | Team HANPEN WAKO'S | ヴェロッサ (JZX110) | - | GOODRIDE | 2JZ-GTE+TRUST T88-34D |
| 北芝倫之 | Heart UP world | シルビア (S14) | - | GOODYEAR | |
| 斎藤育生 | TOPTUL WEST AUTO | チェイサー (JZX100) | - | GOODRIDE | 2JZ-GTE(3.4L)+HKS TO4Z |
| 平島明 | D-MAX | シルビア (S15) | - | NANKANG | SR20DET(2.2L)+GCG 3576R |
| 村田郁雄 | GOOD-ROAD | スープラ (JZA80) | - | DUNLOP | |
| 河上善計 | NK with ストリートジャム with FALKEN | シルビア (S14) | - | FALKEN | SR20DET 2.2ℓ仕様+Garrett GT3070 |
| 稲岡優樹 | RACING TEAM JUNCTION | シルビア (S15) | - | FEDERAL | |
| 出浦史郎 | NICHIEIレーシングプロジェクトwith 460パワー | シルビア (S15) | - | GOODYEAR | |
| 深田真弘 | TEAM EAUROUGE with DUNLOP | ソアラ (JZA30) | - | DUNLOP | 2JZ-GTE+HKS TO4R |
| 浮田正明 | クォーターマイル レーシング | 180SX (RPS13) | - | TOYO | |
| 田中裕司 | 田中エンジニアリング | スープラ (JZA80) | - | FEDERAL | 2JZ-GTE+TRUST T88 |
| 長谷川大祐 | Team VERTEX with WYNN | シルビア (S14) | - | HANKOCK | |
| 藤野秀之 | WISTERIA TOYO TIRES | 180SX (RPS13) | 17年Rd.3よりSRから2JZへ変更 | TOYO | 2JZ-GTE(3.4L)+TRUST T88-34D |
| 田所義文 | TOYO TIRES USED AUTO PARTS TADOKORO | スプリンタートレノ (AE86) | - | TOYO | 20B+TRUST T88-34D |
| 木口健治 | SCN Racing | ローレル (C33) | - | DUNLOP | RB26DETT+HKS TO4Z |
| 岩井照宜 | H.D.O & HID信玄 | ロードスター (NA6CE) | ロータリー搭載 | ZESTINO | 13B-REW+TRUST T88 |
| 寺町邦彦 | TEAM-TETSUJIN OS GIKEN | シルビア (S15) | - | GOODRIDE | 2JZ-GTE(3.1L)+MMM TF-08 |
| 片岡龍也 | TEAM UPGARAGE with BANDOH | スープラ (JZA80) | - | YOKOHAMA | |
| 谷口信輝 | HKS | 86 (ZN6) | 第3戦よりFA20よりエンジン変更 | YOKOHAMA | 2JZ-GE 3.4ℓ仕様+HKS T51R kai |
大会記録[編集]
以下に主な大会記録を示す(ストリートリーガルも含む)。
- 通算最多勝利記録 … 11勝 - 今村陽一
- シーズン最多勝利記録 … 5勝 - 斎藤太吾
- 最多連勝記録 … 3連勝 - 斎藤太吾
- 開幕戦連勝記録 … 3連勝 - 風間靖幸
- 最年長単走100点記録 … 50歳 - 岡村和義
- 最年少本戦初出場記録 … 16歳 - 金岡真矢(D1SL)
- 最年長本戦初出場記録 … 48歳 - 岡村和義(D1SL)
イメージガール「D Sign」(2007〜2012)[編集]
初代イメージガールユニット。2007年以前にもイメージガールが存在したが、この年以降この“D Sign”(ディー・サイン)という名称が定着していた。
歴代メンバー[編集]
- 2007年:後藤宏美、立木ゆりあ、菊地亜沙美、田代綾夏
- 2008年:菊地亜沙美、立木ゆりあ(いずれも前年から続投)
- 2009年:山内智恵、望月ユリカ(現:三条ユリーカ)、梅田彩佳(AKB48)
- 2010年:岩田まりな、桐山瑠衣、冴木みれい
- 2011年:鈴木蛍(sherry)、小林アナ
- 2012年:小野さゆり
イメージガール「D-Loveits」(2017〜)[編集]
新生イメージガールユニットが発足。読みは(ディー・ラビッツ)。テレビや雑誌広告、ニコ生配信などメディア露出を中心にプロモーションしている。タレント、現役レースクイーン、元レースクイーン、新人等バラエティ豊かなメンバーで構成されている。
メンバー[編集]
2017
2018年
脚注[編集]
- ^ 2011 TOKYO DRIFT in お台場 開催延期のお知らせ 2011年3月17日 D1広報事務局
- ^ Video Option Vol.181 D1グランプリ10年の歴史
- ^ ドリフト天国2008年2月号「D-STATION」参照
- ^ 稲田大二郎/土屋圭市両氏のD1コーポレーション辞任について
- ^ ご報告!! - 土屋圭市オフィシャルサイト - K1 PLANNING[リンク切れ]
- ^ TOKYO DRIFTニコ生で無料配信! アーカイブ映像も - オートスポーツWeb 2015年3月27日
- ^ D1ライセンス規定
- ^ 2013 D1ドライバーズライセンス申請手続きについて - D1グランプリ公式サイト
- ^ 2011 GRAN TURISMO D1グランプリシリーズ審査員決定!!(2011年1月27日)
- ^ 『車輪倶楽部』(J SPORTS)2012年1月放送分
- ^ 『モータースポーツパラダイス』(フジテレビ739)に土屋圭市が出演した際に発言
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 公式サイト
- ドリフト天国web site
- ドリフト - Car@nifty
- ファルケン D1ページ
- ダンロップ D1ページ
- GOODYEAR D1ページ
- TOYO D1ページ
- DRIFT DRIVER site