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佐良直美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
佐良 直美
生誕 (1945-01-10) 1945年1月10日(81歳)
出身地 日本の旗 日本東京都[1][2]
学歴 日本大学藝術学部[1]
ジャンル 歌謡曲
職業 歌手女優タレント実業家
担当楽器
活動期間 1967年 - 1987年2010年 -
レーベル ビクターエンタテインメント

佐良 直美[注釈 1](さがら なおみ、1945年1月10日 - )は、日本の女性歌手タレント女優作曲家。現在は主に実業家として活動する。

東京都出身[1][2]日本大学藝術学部卒業[1]日本芸術専門学校特別講師。

本名:山口直子[3]、現在は戸籍名を芸名と同じく佐良直美に改名している。

経歴・人物

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明治時代漢学者川田甕江玄孫で、住友財閥常務理事の川田順(甕江の三男)の従曾孫にあたる。遠縁に吉永小百合がいる[2][注釈 2]。また山本直純の妻の山本正美も遠縁にあたる[2][注釈 3]

雙葉高等学校在学時の16歳のとき、ジャズボーカリスト水島早苗に師事しジャズボーカルを学ぶ。1963年日本大学藝術学部放送学科へ進学。

1967年に大学卒業後、NHK新人オーディションを受け、高成績で合格。新人離れした歌唱力とステージ度胸で、同年4月スタートの公開音楽番組『音楽の花ひらく[4]』のレギュラー出演者として異例の抜擢を受ける。同年5月には作曲家のいずみたくが主宰する芸能事務所「株式会社オールスタッフプロダクション」に所属し、日本ビクターより「世界は二人のために」でレコードデビュー。120万枚を売り上げ、第9回日本レコード大賞の新人賞を受賞し、同年の第18回NHK紅白歌合戦NHK総合ラジオ第1。「#NHK紅白歌合戦出場歴」参照)に初出場する。「世界は二人のために」は翌1968年第40回選抜高等学校野球大会入場行進曲に採用された。

佐良が後年(2010年)語ったところによれば、フジテレビで音楽番組のディレクターをやりたいと思って日本大学藝術学部に進学し[1]、大学在学中から番組で歌う歌手の立場を経験しようと日航ミュージックサロンなどで歌っていたが、卒業年にフジテレビでは女性ディレクターを募集していなかった[1]。しかし佐良の歌にはスカウトが来ており、いずみたくと日本ビクターのディレクターが佐良の歌を認めたことから、デビュー曲「世界は二人のために」を歌うこととなったという[1]。 

1969年に「いいじゃないの幸せならば」で第11回日本レコード大賞を受賞し、女性歌手初の日本レコード大賞新人賞・大賞受賞者となる。1970年芸術選奨新人賞を受賞する。

デビュー曲「世界は二人のために」が大ヒットしたことから、デビューから半年間は休日も取れず、睡眠時間は毎日2〜3時間という超多忙で、レコード大賞受賞の頃は1か月に仕事が80本入ることもあり、倒れたこともあったと佐良は述べている[1]

1971年には、オールスタッフプロダクションから独立し、個人事務所「株式会社佐良直美音楽事務所」を設立する。

歌手としてだけでなく、作曲家(テレビドラマの音楽も担当)、タレントとしてのバラエティー番組への出演やテレビ番組司会者、女優としても石井ふく子組の一員としてTBS系テレビドラマ『ありがとう』に出演するなど、多方面で活躍した。

しかしそうした人気絶頂の最中に、1980年5月19日にタレントのキャッシーが『アフタヌーンショー』で佐良との「スキャンダル」を梨元勝に訴え、梨元が『週刊現代』に書き立てたことで報道が過熱した[5]

佐良本人は後年、2010年東京スポーツインタビューに答えて「あれは何がなんだか全然わかりません。ビックリするだけでした。ただ、どの社会にも裏表や力関係がある。そういうことなんでしょうね」「しょうがないです。事務所を独立した後でしたし、やっぱり弱い者は強い者にのまれるんでしょうね」と騒動を真っ向から否定し[1]、「人気を妬まれたのか」との質問に「そうじゃなくて、人身御供も必要ということです。1人いけにえに出せばほかは助かるとか、こっちに溶岩を流す口を作れば、こっちの村は助かる…。そういうことだと、私は聞きました」と答え[1]、さらに「騒動の裏で助かった人がいた!? 嘘だったということか」と問われると「そうです。まるっきりウソでした。もちろん(キャッシーは)一時同じ事務所にいたから知ってましたよ。結局、大きいものにのまれたということですね」と完全に嘘だと否定した[1]

また『週刊新潮2016年2月25日号の取材でも、佐良は同様に「あれについては、今でもよくわからないんです。もちろん事実無根ですよ。キャッシーがなぜあんなことを言いはじめたのかわからないし、不思議なことに巻き込まれちゃったな、と思っています」と完全に否定した[5]。また同誌の取材を受けた佐良の友人は、佐良が当時住んでいた世田谷区の実家が大変な豪邸で、頻繁に友人を大勢招きホームパーティーを開いていて、キャッシーもその流れで親しくなったこと[5]、お嬢様育ちで世間知らずな佐良はスキャンダルで精神的に参って「はめられた」と友人に語っており、さらに佐良の母と叔母がキャッシーから『3千万円払わなければばらす』と脅されたと言っていたことから[5]、友人は「ああいう形で露見したということは、佐良さん側がキャッシーの要求に従わなかったのでしょう」と述べている[5]

しかし佐良は、そのスキャンダル報道がされた1980年のNHK紅白歌合戦に落選した。これについてNHKは、落選の理由はスキャンダルではないと否定し、スキャンダルについては「個人の嗜好の問題」とした[6]

スキャンダル騒動以降は次第に芸能活動から遠ざかり、歌手活動は、1983年9月21日に発売したシングル『YASUKOの場合/夕顔』が昭和時代最後のレコード発売となった。

しかし佐良は、芸能活動から遠ざかった理由はスキャンダル騒動ではないと否定しており[1]、理由の一つは師事した水島早苗が亡くなり(1978年没)、佐良は「1986年に水島先生にささげたジャズのアルバム[注釈 4]を出し、これで燃え尽きて、歌への情熱がなくなってしまった。歌手としてどうしても出したかったから、もう何も思い残すことはないという気持ちに」なったこと[1]、もう一つは、翌1987年声帯ポリープの手術をして1年は歌えなくなったことから、家業の巴工業を手伝うことになり[1]、フルタイムで月曜から金曜まで通勤し、歌どころではなくなったと述べている[1][7]

1993年から栃木県那須塩原市家庭犬のしつけ教室「アニマル ファンスィアーズ クラブ (AFC) [8]」を主宰し、実業家へ転身[9]する。アメリカから講師を招いて犬を中心に動物に関するセミナーを開催し動物愛護を啓蒙している。「優良家庭犬普及協会」代表理事会長[10]を務める。

そうした事情により、1987年から歌手業を含めた芸能活動を長期休業し、巴工業の仕事は18年間続けたが、最後の方は「アニマル ファンスィアーズ クラブ」との掛け持ちになり、毎日は出社できなかったと述べている[1]

2003年5月25日放送、NHK-FM日曜喫茶室」へのゲスト出演。この時出た芸能界への復帰に関する質問には「もう(復帰しなくても)いいでしょう」と否定した。

2009年5月16日、朝日放送テレビ朝日系列)「朝だ!生です旅サラダ」で、ゲスト出演した草笛光子が「那須の旅」という題目で、佐良の経営する「アニマル ファンスィアーズ クラブ」を訪問。佐良自身、同番組で久々のTV出演(録画放映)となった。

2010年9月24日、新聞で27年ぶりに歌手復帰することが報じられた。平成時代に入ってからは自身初の、CDシングル「いのちの木陰」を2010年11月24日に発売する。関係者は同年の夏にレコーディングしたと述べた。収録現場には、TBSテレビドラマありがとう』主演(第4シリーズ)として佐良を起用した石井ふく子も立ち会った。

本人が語ったところでは、関係者からの度重なる説得に対し「渋谷毅先生が曲を書いてくれるなら」と言って断っていたところ、渋谷が自作曲を用意したため、復帰を断りきれなくなったという。佐良はこの件について「渋谷先生は亡くなったと思ってて、これであきらめると考えたんだけど、まだご存命だった…。しくじりました」と語った[1]。また CD発売については「インディーズで別名義でリリースするつもり」だったが、石井から「佐良直美名義でメジャーから出しなさい」と言われ、「私の辞書に石井先生への『NO』はありません(笑)」と語っている[1]。ただし本格的な歌手復帰については「やってもあと1、2回でしょう。それで体力の限界」とし、「今の私には150匹の犬や猫がいます。できるだけ一緒にいてあげたいんです」と「本業」優先の姿勢を示し、「芸能界への未練は全くありません」と断言した[1]

2011年4月15日、テレビ朝日系「徹子の部屋」に愛犬3頭を連れて出演。東日本大震災前に録画したものの、予定より遅れてオンエアとなる。震災では自宅が半壊するなど多大な被害を受けた。

2011年9月14日、「いのちの木陰」が同年9月25日放送のドラマ『居酒屋もへじ』(TBS)の主題歌に起用されたことが発表された[11]。ドラマのプロデューサーであり、レコーディングにも立ち会った石井ふく子の強い希望で実現[12]となり、さらにドラマの音楽担当[13]として、久しぶりに作曲家としても腕を奮い、石井の要望でドラマのため、挿入曲2曲(「いのちの木陰」のカラオケに別の旋律をハミングで唄ったもの)を自ら書き下ろしレコーディングした。

2012年7月20日、大功社から著書『動物の神様に生かされて』が上梓され、それに先立ち同年7月3日、八重洲富士屋ホテル3階「赤松の間」で、石井ふく子(「動物を愛し、育て、家族を愛し、人としての思いやり、優しさをさりげなく・・・。」と推薦のコメントを発表している)、森山真弓文部大臣法務大臣、そのほか多くの芸能界のスター臨席のもと、出版記念パーティーが催された。

2013年3月20日、2年半ぶりとなる新曲『お・か・え・り』を発売。

2022年11月25日より自身のYouTube公式チャンネル「佐良直美のいいじゃないの幸せならば」を開設し、現在の生活ぶりやステージの様子、芸能界での思い出話などの動画を配信開始。2024年3月29日配信分をもって更新を一旦終了したが、同年10月25日に「特番」としてアップしたミッツ・マングローブとの対談動画を皮切りに再開している(不定期更新で継続中)。

二十一世紀音頭

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1970年に「二十一世紀音頭」という歌を歌っている。発表当時から31年後の2001年のことを歌ったこの曲は、日本全国の盆踊り大会で使われた。

レコード

出演

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NHK紅白歌合戦

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『NHK紅白歌合戦』には、歌手として1967年第18回 - 1979年第30回まで13回連続出場、紅組司会として1972年第23回および、1974年第25回 - 1977年第28回まで4年連続で担当し、歴代紅組司会者では黒柳徹子と並び最多記録となる通算5回を担当した(ただし黒柳は、通算5回の紅組司会に加えて総合司会にも1回起用されている)。

また、紅組司会を務めた5回で全て出場歌手にも選ばれており、歌手兼司会回数でも女性最多である(男性を含めると、後にSMAP中居正広が6回で記録更新している)。

NHK紅白歌合戦出場歴

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年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1967年(昭和42年)/第18回世界は二人のために20/23加山雄三
1968年(昭和43年)/第19回2すてきなファーニー02/23布施明
1969年(昭和44年)/第20回3いいじゃないの幸せならば21/23舟木一夫
1970年(昭和45年)/第21回4どこへ行こうかこれから二人07/24鶴岡雅義と東京ロマンチカ
1971年(昭和46年)/第22回5片道列車23/25鶴岡雅義と東京ロマンチカ(2)
1972年(昭和47年)/第23回6オー・シャンゼリゼ07/23村田英雄歌詞を変えての歌唱
1973年(昭和48年)/第24回7世界は二人のために(2回目)17/22フランク永井
1974年(昭和49年)/第25回8花のフェスティバル06/25郷ひろみ
1975年(昭和50年)/第26回9オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ08/24殿さまキングス歌詞を変えての歌唱
1976年(昭和51年)/第27回10ひとり旅06/24内山田洋とクール・ファイブ
1977年(昭和52年)/第28回11ラヴ・ミー・テンダーハウンド・ドッグ09/24菅原洋一菅原洋一との洋楽対決、同年に急逝したエルヴィス・プレスリーの曲を披露(紅白歌合戦で定番となっているメドレーを最初に歌ったのがこの回の佐良だった)
1978年(昭和53年)/第29回12愛の消しゴム10/24加山雄三(2)紅組全員がキャンドル型のライトを持って応援
1979年(昭和54年)/第30回13世界は二人のために(3回目)16/23菅原洋一(2)紅白30回記念のため、三波春夫水前寺清子、菅原洋一、フランク永井島倉千代子と共に初出場曲を披露

CM

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ディスコグラフィ

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シングル

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#発売日曲順タイトル作詞作曲編曲規格品番
1 1967年
5月15日
A面世界は二人のために山上路夫 いずみたく SV-568
B面愛は哀しく岩谷時子
2 1967年
12月5日
A面私の好きなもの永六輔 SV-632
B面涙がかわいたら渡辺研一
3 1968年
2月5日
A面星になりたい 山上路夫 SV-668
B面愛と愛とに
4 1968年
5月1日
A面恋はオールデー・オールナイト橋本淳 SV-700
B面若草の恋岩谷時子
5 1968年
7月25日
A面すてきなファーニー山口五十鈴 SV-736
B面世界の果てまで岩谷時子
6 1968年
12月10日
A面愛の結晶山上路夫 SV-786
B面太陽の贈物山口五十鈴
7 1969年
3月25日
A面ギターのような女の子 橋本淳 筒美京平 SV-826
B面サンゴの指輪井上忠夫筒美京平
8 1969年
7月15日
A面いいじゃないの幸せならば 岩谷時子 いずみたく SV-1053
B面涙のおさけ
9 1969年
12月25日
A面知らないで愛されて SV-1066
B面さよならのワイン 山上路夫
10 1970年
3月25日
A面
[注釈 6]
二十一世紀音頭いずみたく大柿隆MV-578-S
11 1970年
4月5日
A面私が生まれかわる時 岩谷時子 いずみたく SV-2017
B面言葉のない恋の対話
12 1970年
5月25日
A面赤頭巾ちゃん気をつけて いずみたく 渋谷毅 KV-502
B面花一本
13 1970年
7月25日
A面どこへ行こうかこれから二人西川瞳中村泰士 SV-1081
B面気になるあなた 山口納堡子
14 1970年
11月25日
A面塩 ローソク シャボン阪田寛夫 いずみたく 大柿隆 SV-2111
B面あなたにさよなら岩谷時子
15 1971年
3月25日
A面あいつとあの娘保田善生 SV-1096
B面帰郷山上路夫
16 1971年
5月5日
A面肝っ玉かあさん平岩弓枝 KV-540
B面こんにちは東京岩谷時子
17 1971年
7月5日
A面生きてるって素晴らしい 浜口庫之助小杉仁三 SV-2176
B面夏が来たら増永直子浜口庫之助 小谷充
18 1971年
10月5日
A面片道列車岩谷時子 いずみたく SV-1107
B面古い恋唄山上路夫
19 A面若い心よ集まろう増永直子大柿隆 KV-541
B面バラにおなりよ西川瞳中村泰士渋谷毅
20 1971年
11月5日
A面幸福しあわせを遠く離れて 阿久悠 加賀資朗 小谷充 SV-2203
B面鷗がとんだ日
21 1972年
1月25日
A面白夜に燃えて 岩谷時子 吉田正横内章次 SV-2226
B面幸せの涙竹村次郎
22 1972年
4月25日
A面のんびりやるさ 阿久悠 川口真 SV-2253
B面朝のたばこ
23 1972年
7月25日
A面華やかな孤独 岩谷時子 いずみたく 松岡直也 SV-1118
B面海へ出よう
24 1972年
9月25日
A面別れ話は背中にしてね さがゆうこ 佐良直美 川口真 SV-2294
B面花のフェスティバル
25 1973年
1月25日
A面陽が当るまで たかたかし 鈴木邦彦 SV-2312
B面悲しみは今日かぎり
26 1973年
7月5日
A面さびしい男たち山上路夫中村泰士竜崎孝路 SV-2358
B面青い封筒ブルー・レター丹羽きよみ小室等瀬尾一三
27 1973年
9月25日
A面幸せの日々 山川啓介 都倉俊一 SV-2375
B面初恋の木
28 1973年
12月1日
A面ベイビー千家和也都倉俊一服部克久 SV-2393
B面灰皿寺山修司田中未知近藤進
29 1973年
12月25日
A面ジャスミンの部屋 安井かずみ いずみたく 馬飼野俊一 SV-2398
B面それからの二人
30 1974年
7月5日
A面南葉二灰田勝彦灰田有紀彦 SV-2422
B面ありがとう上條恒彦佐良直美飯吉馨
31 1974年
11月25日
A面大都会の子守唄 山川啓介 いずみたく 大柿隆 SV-2451
B面日暮れの口笛
32 1975年
2月25日
A面あなたの足音 前川勲寺岡真三 SV-2466
B面粉雪ふりますさがゆうこ佐良直美小野崎孝輔
33 1975年
9月25日
A面出逢いとさよなら岡田冨美子 加瀬邦彦 萩田光雄 SV-2508
B面戻ってくれば三谷ケイ
34 1976年
2月25日
A面ひとり旅 吉田旺 浜圭介 SV-2526
B面海猫の詩
35 1976年
11月25日
A面速達 SV-6125
B面私としたことが青木望
36 1977年
4月10日
A面フラワー・フェスティバル西川好次郎 小林亜星 竜崎孝路 SV-6200
B面フラワー音頭岡本淳三
37 1977年
7月25日
A面時計館 山口洋子 平尾昌晃 あかのたちお SV-6256
B面旅先
38 1977年
9月25日
A面わたしのアンティック 喜多條忠 穂口雄右 SV-6279
B面秋の旅
39 1978年
3月25日
A面風のメロディーなかにし礼S.Adamo佐藤準 SV-6374
B面伝説いいつたえ石原信一森雪之丞高田弘
40 1978年
8月25日
A面愛の消しゴム山川啓介佐良直美南安雄 SV-6471
B面さらばおふくろ吉田旺浜圭介 萩田光雄
41 1979年
2月25日
A面"翔ぶ"って何ですか 小椋佳 佐良直美 SV-6545
B面ローカル・レポート
42 1979年
8月25日
A面国東半島ぶらり旅 藤公之介 徳久広司 小笠原寛 SV-6620
B面由布院霧情
43 1980年
4月21日
A面素顔 千家和也 浜圭介 馬飼野俊一 SV-6707
B面問わず語りのひとりごと
44 1980年
6月21日
A面 荒木とよひさ鈴木キサブロー 若草恵 SV-7010
B面あの海へ帰れたら福留順一
45 1980年
9月21日
A面賑やかな酒場 みなみらんぼう 矢野立美 SV-7043
B面バーボン夢割り中村治雄岸本健介
46 1981年
9月21日
A面隣りの席の女伊藤アキラ 松井忠重 SV-7156
B面アトランダム中里綴三室のぼる松井忠重
47 1981年
12月5日
A面ちょっといいもの岩谷時子 あかのたちお SV-7184
B面素晴しい人がいるよ藤公之介
48 1983年
9月21日
A面YASUKOの場合 荒木とよひさ 丹羽応樹 梅垣達志 SV-7335
B面夕顔
49 2010年
11月24日
01いのちの木陰 山川啓介 渋谷毅 VICL-36620
02銀河の子守唄
50 2013年
3月20日
01お・か・え・り渋谷毅斎藤ネコ VICL-36751
02100万回アゲイン 菊谷知樹

委託制作盤

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発売日曲順タイトル作詞作曲編曲規格品番備考
1968年-ここに千里の丘がある岩谷時子 いずみたくPRB-5037選定:吹田市
後援:日本万国博覧会協会
A面
[注釈 7]
お世話になりますダイヤルさん金坂寿子PRB-6004日本電信電話公社』委託盤
1969年A面
[注釈 8]
太陽おどり-新八王子音頭-井田誠一PRB-5044-

アルバム

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オリジナル・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1968年2月25日佐良直美とともに-世界は二人のために- LPSJV-338
1968年7月5日世界の愛を歌うSJX-3
1969年8月5日船頭小唄SJX-22
1969年11月5日12人の女SJX-28
1970年12月25日想い出のグリーン・グラス/佐良直美カントリーを唄うSJX-57
1971年8月5日 素晴らしいフォークの世界SJX-75
2005年3月9日CDVICL-41198
1972年1月25日 鈴懸の径 -佐伯孝夫 優しい詩集-LPSJX-88
2008年10月1日CDVICL-63063
1972年5月25日ありがとう/佐良直美の心 LPSJX-97
1972年12月20日世界の愛を歌うVOL.2SJX-113
1973年6月25日歌えないカナリアSJX-132
1974年ジャスミンの部屋/幸せの日々SJX-168
佐良直美とカーペンターズ ソング・ブックCD4B-5073
1975年ホワイト・クリスマスSJX-10108
1976年ひとり旅SJX-10135
1978年11月25日三角屋根の出窓からSJX-20094
1979年愛の旅立ちSJX-20136
1981年ザ・サラブレッド〜愛は緑なりき〜SJX-30103
1986年3月5日Misty/佐良直美パステル・ジャズの世界CTVCH-10333

ライブ・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1970年佐良直美リサイタル LPSJV-447〜48
1978年直美とあなたの珈琲こんさ〜とSJX-20058
1980年Shiny Love/あるものは愛だけSJX-30038

ベスト・アルバム

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発売日タイトル規格規格品番
1994年6月25日佐良直美 BEST of BEST CDVICT-15011
2007年11月21日 GOLDEN☆BEST 佐良直美〜忘れ得ぬ名唱・佐良直美〜VICL-62662
2015年2月18日SHM-CDVICL-70152
2010年11月24日 GOLDEN☆BEST deluxe 佐良直美
コンプリート・シングルス+ヒット・カバー・コレクション
CDVICL-63577〜79
2015年5月27日SHM-CDVICL-70172〜74

タイアップ曲

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楽曲タイアップ
1968年若草の恋NET系ドラマ『若草物語』主題歌
世界の果てまでTBS系ドラマ『愛妻くんこんばんは』主題歌
1970年赤頭巾ちゃん気をつけて映画『赤頭巾ちゃん気をつけて』主題歌
花一本映画『恋の大冒険』挿入歌
1971年肝っ玉かあさんTBS系ドラマ『肝っ玉かあさん』主題歌
こんにちは東京NET系ドラマ『こんにちは東京』主題歌
若い心よ集まろう札幌テレビ『世界のウィンタースポーツ』主題歌
1974年ありがとうTBS系ドラマ『ありがとう(第4シリーズ)』主題歌
1977年フラワー・フェスティバルひろしまフラワーフェスティバル』テーマ曲
1978年愛の消しゴム日本テレビ系『子供たちは七つの海を越えた』主題歌
1980年TBS系ドラマ『』主題歌
1981年ちょっといいものTBS系ドラマ『ちょっといい姉妹』主題歌
2011年いのちの木陰TBS系ドラマ『居酒屋もへじ』主題歌

音楽担当作品

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  • 二人だけの道(TBS、1972年)
  • 愛その日(TBS、1973年)
  • あの日あなたは…(TBS、1977年)
  • 妻の寝顔(TBS、1982年)
  • 居酒屋もへじ(TBS、2011年 - 2017年)

著書

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  • 佐良直美・越久田活子 監修、清水照信 構成『ワンちゃんとおでかけ』インターワーク出版、2003年。ISBN 978-4901161503
  • 佐良直美 著『佐良直美が教える犬との暮らし方 中高年が愛犬と楽しく暮らすための上手なしつけと飼い方』大泉書店、2003年。ISBN 978-4278039320
  • 佐良直美 著『動物の神様に生かされて』大巧社、2012年。ISBN 978-4924899841

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 佐良直美が30年前のレズ騒動を語る”. 東スポWeb (2010年11月13日). 2012年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月5日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 『女性自身』1981年5月14日・21日合併号。
  3. 「決定!保存版 '76 ALLスタアLIST 佐良直美」『スタア』1976年2月号、平凡出版、94頁。
  4. NHK. 音楽の花ひらく|番組|NHKアーカイブス”. 音楽の花ひらく|番組|NHKアーカイブス. 2024年6月10日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 「キャッシーにはめられた」と語っていた「佐良直美」のレズ騒動(全文)”. デイリー新潮 (2016年2月28日). 2024年6月8日閲覧。
  6. 合田道人『紅白歌合戦の舞台裏 誰もが知りたい紅白の謎と歴史』全音楽譜出版社、2012年12月。ISBN 978-4118801780[要ページ番号]
  7. 東京スポーツ』2010年11月7日付、28面。
  8. AFC会員について アニマル ファンスィアーズ クラブ、2025年6月10日閲覧。
  9. 紅組司会最多の佐良直美さん、最近の紅白に「団体さんが増えましたよね」 NEWSポストセブン、2021年12月29日
  10. 代表挨拶 代表理事会長 佐良直美 優良家庭犬普及協会、2025年6月10日閲覧。
  11. 佐良直美、37年ぶりのドラマ主題歌 ORICON STYLE、2011年9月14日
  12. 佐良直美復活! 27年ぶりの新曲がTBSドラマ「居酒屋もへじ」の主題歌に RBB TODAY、2011年9月14日
  13. ドラマ特別企画『居酒屋もへじ』(スタッフ) TBSテレビ

注釈

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  1. 良」は誤記。
  2. 佐良直美の母方の大伯父である山口彰夫の妻と、吉永小百合の母が姉妹同士[2]
  3. 山本正美の妹の夫の母が、吉永小百合の母のいとこの妻と姉妹同士[2]
  4. カセットテープのみで発売[1]
  5. 1987年に葵ひろ子が一部の歌詞を変えてカバー(鈴木正夫 & 三浦隆子の「音頭で盆踊り」のB面曲)。また21世紀を迎えた2001年には、同じ曲で歌詞を変更した「新・二十一世紀音頭」(歌:相原ひろ子)が発表された(鈴木正夫 & 藤みち子の「踊れ日本新世紀」と両A面シングルとして発売)。なお、植木等三波春夫が「二十一世紀音頭」、THE HIGH-LOWSが「21世紀音頭」という同じタイトルの歌を歌っているが、全く異なる曲である。
  6. B面は鈴木正夫、小杉真貴子の「昭和元禄ばやし」。
  7. B面はオックスの「ひとりの電話」。
  8. B面は三田明の「恋の陣馬高原」。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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