第25回日本レコード大賞

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第25回日本レコード大賞
Imperial Garden Theater Japan.jpg
会場として使われた帝国劇場
ジャンル 特別番組 / 音楽番組
放送時間 土曜19:00 - 20:54(114分)
放送期間 1983年12月31日(1回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 TBSテレビ
出演者 高橋圭三
竹下景子
松宮一彦
細川たかしほか
音声 モノラル放送
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第25回日本レコード大賞(だい25かいにほんレコードたいしょう)は、1983年昭和58年)12月31日帝国劇場で行われた、25回目の『日本レコード大賞』である。

概要[編集]

第25回の大賞は、細川たかしの「矢切の渡し」に決定した[1]。細川は2年連続2度目の受賞。2連覇は史上初、2度目は第8回橋幸夫以来17年ぶりであった。TBSの『ザ・ベストテン』年間ベストテン1位の楽曲が受賞したのは、第23回(1981年)から3年連続。

過去にレコード大賞と最優秀歌唱賞の両方を受賞した歌手、五木ひろし沢田研二都はるみ森進一八代亜紀に特別金賞を授与した。

名物司会者だった高橋圭三がこの年を最後に降板、以降は審査委員になった(尚、1977年以降、参議院議員としての活動を優先させた影響から高橋は細部進行にはあまり関わらず、番組構成全体を統括する総合司会のポジションで番組に参加する形を採っていた(細部進行は別の男性司会者(久米宏渡辺謙太郎(ともに当時TBSアナウンサー、児玉清と女性司会者(黒柳徹子檀ふみ中田喜子竹下景子が担当)が、この年は再選を狙って出馬した選挙に落選した影響もあってか、久々に企画段階より番組製作にも参加(1977年以降、予選会の司会からも降りていたが、この年は久々に予選会の司会も担当している)、前々年からの女性司会者である竹下とのコンビで細部進行も担当した)。

1981年からはじまったゴールデン・アイドル賞が、この年をもって廃止された。

放送された曜日は土曜日であるため、19:00の『まんが日本昔ばなし』(毎日放送制作)、19:30の『クイズダービー』、20:00の『8時だョ!全員集合』の3本が休止された(『レコ大』による休止は1977年以来)。これらの内、『クイズダービー』は翌1984年1月1日に差し替え版『お正月だョ!クイズダービー』、『日本昔ばなし』は翌1月2日に差し替え版『まんが日本昔ばなし お正月大会』をそれぞれ放送したが、『全員集合』は1977年→1978年の様な差し替え版は放送しなかった[2]

本年度より、福島県でのテレビ中継のネット局が福島テレビから、この年の12月4日にTBS系列局として開局したばかりのテレビユー福島にチェンジしている。

視聴率は1.4P上昇の32.7%。

司会[編集]

受賞作品・受賞者一覧[編集]

日本レコード大賞[編集]

最優秀歌唱賞[編集]

最優秀新人賞[編集]

特別金賞[編集]

金賞[編集]

新人賞[編集]

ゴールデン・アイドル特別賞(TBS賞)[編集]

ゴールデン・アイドル賞[編集]

ベスト・アルバム賞[編集]

'83アルバムベスト10[編集]

作曲賞[編集]

編曲賞[編集]

作詩賞[編集]

特別賞[編集]

企画賞[編集]

  • 演歌師(牧村三枝子
    • ポリドール(株) - 2年連続2度目。
  • ボニー・ジャックス並びにビクター音楽産業(株) - ビクターは2年連続7度目。
  • 車椅子のおしゃべり“立山にうたう”(ボニー・ジャックス)
  • 夢芝居」(歌:梅沢富美男
    • キングレコード(株) - 2年ぶり8度目。

ロング・セラー賞[編集]

TV中継スタッフ[編集]

  • プロデューサー:
  • 総合演出:
  • 舞台監督:
  • 編成担当:
  • 音楽:長洲忠彦
  • 指揮:長洲忠彦
  • 演奏:岡本章生とゲイスターズ・高橋達也と東京ユニオン
  • 製作著作:TBS
  • 主催:社団法人 日本作曲家協会、日本レコード大賞制定委員会、日本レコード大賞実行委員会

脚注[編集]

  1. ^ 元々、「矢切の渡し」はちあきなおみの1976年のシングル「酒場川」のB面として発表された楽曲で、1982年には、ちあきのA面シングルとして発売された。
  2. ^ その替わり、2日にザ・ドリフターズゲスト出演の『ドリフが挑戦・お年玉だョ!ウルトラチャンス』(『ザ・チャンス!』の正月版)を放送した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]