ちあきなおみ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ちあき なおみ
出生名 瀬川 三恵子(せがわ みえこ)
生誕 (1947-09-17) 1947年9月17日(72歳)
出身地 日本の旗 日本東京都板橋区
ジャンル 歌謡曲ポップス洋楽全般、演歌
職業 歌手
担当楽器
活動期間 1969年 - 1992年
レーベル 日本コロムビア(1969年-1978年)
CBSソニー(1980年-1981年)
ビクターインビテーション(1981年-1988年)
テイチク(1988年-1992年)

ちあき なおみ1947年9月17日 - )は、日本歌手女優1992年9月の夫の郷鍈治との死別をきっかけに一切の芸能活動を休止し、引退同様の状態となった。義兄(郷の実兄)は俳優の宍戸錠、そして義甥(郷の甥)は宍戸開である。

結婚後に所有した不動産(ビル)のオーナーではあるものの、実業家として表立って活動しているわけではない。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

神奈川県生まれ[1]東京都板橋区育ち[1] 身長162cm、B89cm、W60cm、H90cm(1975年2月)[1]。3姉妹の末っ子として誕生し、芸事の好きな母の影響で4歳でタップダンスを習い、5歳の時日劇にて初舞台を踏む。幼いころから歌が好きで、4歳のときから米軍キャンプを回ってジャズを歌う[1]。小学2年生の時に神奈川県藤沢市辻堂へ転居し、藤沢市立辻堂小学校を卒業、藤沢市立湘洋中学校へ進学する。中学2年生で大田区立大森第三中学校へ転校、中学3年生で新宿区立大久保中学校(現:新宿区立新宿中学校)へ再転校する[2]

コロムビア時代[編集]

日本コロムビアのオーディションを受け保留となり、作曲家鈴木淳の元で1年4ヶ月レッスンを受け、1969年、21歳の時「雨に濡れた慕情」で歌手デビューした。デビュー当時のキャッチフレーズは「苗字がなくて名前がふたつ」「魅惑のハスキーボイン」。芸名は、当時のフジテレビのプロデューサー千秋予四夫(せんしゅう よしお)の姓を「ちあき」と読ませ、坂本龍馬(本名)の「直柔」からなおみとした。

作詞家の吉田旺は、デビュー曲のほかに大ヒットとなった「喝采」「紅とんぼ」「冬隣」など数々の曲を作り上げてきた。その後もちあきと親交があるという。

1970年に「四つのお願い」や「X+Y=LOVE」がヒットし、人気歌手となる。同年、「四つのお願い」で『第21回NHK紅白歌合戦』に初出場、以降1977年第28回まで8回連続出場した。

「四つのお願い」や「X+Y=LOVE」の頃は、いわゆるお色気アイドル路線にて活躍した。『元祖どっきりカメラ』や『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』などのバラエティー番組に出演し、歌手でありながら体当たりな仕事もこなした。

1972年、代表曲となる「喝采」が第14回日本レコード大賞を受賞し、その年の年末から翌年にかけてオリコン集計で80万枚を売り上げる大ヒットとなる。この曲は当時、ちあきの実体験を元にして作詞されたという触れ込みでプロモーションされたが、実は全くのフィクションであった。実際には前座歌手時代に兄のように慕っていた若手役者が急死した体験を持ち、それと歌詞の内容が偶然似ていたために「実体験」とすることでプロモーションに活かすという戦略をとったといわれている。「喝采」、「劇場」、「夜間飛行」などの楽曲は、歌詞の設定や内容から「ドラマチック歌謡」といわれた。

レコード大賞受賞後も、1973年に「夜間飛行」、1974年に「円舞曲」などのポップス系ヒット曲を発表する一方、演歌では船村演歌ならやってみたいと、1975年に「さだめ川」、1976年に「酒場川」「矢切の渡し」(「酒場川」のB面曲として発表)」、1988年には「紅とんぼ」などの作曲家船村徹の作品を多く歌った。

また、ニューミュージックのアーティストから楽曲提供を受け、1977年中島みゆきの「ルージュ」、友川かずきの「夜へ急ぐ人」、1978年河島英五の「あまぐも」、1988年には飛鳥涼の「伝わりますか」などをレコーディングした。「夜へ急ぐ人」は『第28回NHK紅白歌合戦』でも歌われ、紅白の舞台でのちあきの鬼気迫るパフォーマンスが視聴者の度肝を抜き、白組司会の山川静夫は「なんとも気持ちの悪い歌ですねぇ〜」と発言するなど、話題になった。さらに1980年代前半にはアルバム『それぞれのテーブル』でシャンソン、『THREE HUNDRED CLUB』ではスタンダード・ジャズ、そしてポルトガル民謡のファドを歌ったアルバム『待夢』を発表し、洋楽のカバー・アルバムを発表するなど、幅広いジャンルの歌を歌った。

1976年2月、テレビドラマ『大都会 闘いの日々』の第8話として「俺の愛した、ちあきなおみ」(脚本倉本聰、監督村川透)というサブタイトルの作品が放映された。実在する現役歌手がサブタイトルにフィーチャーされること自体異例であり、ちあきの代表曲「喝采」がドラマの内容に深く関わっているものであった。

バラエティー番組への出演も続け、演芸番組では美空ひばりの物まねを本人の前で披露しひばりの爆笑を誘ったり、『欽ちゃんのドンとやってみよう!』では萩本欽一と視聴者からの葉書によるコントを演じるなど多才ぶりを見せた。

結婚後[編集]

1978年郷鍈治と結婚した。「ヒット曲を追うのではなく、自分が歌いたい歌にじっくり取り組みたい」としばらくの「充電期間」に入り、以降は歌手としてのテレビ出演の機会が減ったが、レコーディングはマイペースながらも精力的に行われた。1980年には、映画『象物語』主題歌の「アフリカのテーマ 風の大地の子守り唄/アフリカン・ナイト」をレコーディング、同映画のサントラ盤にも収録された。1981年10月、ビクターからシャンソンを歌ったアルバム『それぞれのテーブル』が発売された。同年11月4日、新宿ルイードで約3年ぶりにステージに立ち、昔のレパートリーは1曲も歌わず全てシャンソンを歌った[3]。また、この頃は女優としてテレビドラマにも出演した。

1982年、1976年に発売されたシングル「酒場川」のB面に収録されていた「矢切の渡し」が梅沢富美男の舞踊演目に用いられたことで話題になり、日本コロムビアからシングルA面として再発売された。しかし、ちあきが当時ビクターに移籍していたことや、ちあきの当時の活動方針などから翌1983年2月に細川たかし盤が発売された際に廃盤になった。その後、細川盤はミリオンセラーを記録し、第25回日本レコード大賞を受賞した。しかし、有線チャートではちあき盤が1位を独走し、作曲者の船村徹も「なるほどねえ、いいところに目をつけるなと思ったよ。ただ、歌っている姿がおよそ見当もつかない。美声ではあるが細川君の歌い方は一本調子な感じで、ちあき君は観賞用‥細部まできっちりと聴かせる歌だから。正直に言うと細川盤は、楽曲の難しい部分を省略しているので『何だ、これならオレにも歌える』と世間に思わせる歌い方でしたね。‥」とちあきの「矢切の渡し」を評価している[4]

1983年、ビクター時代唯一のシングル「Again」が発売された。同年、ファドを収めたアルバム『待夢』も発売された。

この頃には、本人の演劇性やコミカルな面を活かし、女優やタレントとしての才能も買われ、テレビでの活躍の場を広げた。1987年からの大日本除虫菊タンスにゴン」のCMシリーズでは、癖のある主婦を演じる。第一作はタンスにゴンを手に座卓の前で泣いている主婦のバージョン。1990年の自転車に乗った共演者・美川憲一に「もっと端っこ歩きなさいよ」と注意されるバージョンは話題を呼び、美川の再ブレイクのきっかけにもなった。自動車教習所編(美川憲一と共演)、デュエット編(内田裕也と共演)なども作られ、面白いCMシリーズとして知られた。

テイチク時代[編集]

1988年テイチクに移籍し、シングル「役者」を発売、約10年ぶりに本格的な歌手活動を再開し、テレビの歌番組に出演するなど精力的な活動を行う。『NHK歌謡パレード'88』のオリジナルソングとして番組内で歌唱した「紅とんぼ」が話題となり、『第39回NHK紅白歌合戦』に11年ぶりの出場を果たした。1989年1月、母が死去[5]

水原弘のオリジナル曲をカバーし1991年に発表された「黄昏のビギン」は同年(京成電鉄スカイライナー」)と1999年 - 2003年ネスレ日本「ネスカフェ・プレジデント」)、2011年トヨタ自動車の企業CM ReBORN DRIVE FOR TOHOKU)に、戦後間もない頃に小畑実が歌った曲をカバーした「星影の小径」は1985年(AGF「マキシム・レギュラーコーヒー」)、1992年(ヤナセアウディ」)、2006年(キリンビバレッジ「実感」)テレビCMに使われた。

1989年11月には初の舞台作品となるミュージカル『LADY DAY』に主演し、ジャズ・シンガーのビリー・ホリディ役を演じた。ほぼひとり芝居で進行するストーリーでの歌と演技は好評で、翌年も再演された。1991年にも舞台『ソングデイズ』で主演を務めている。

「かもめの街」や「冬隣」、現時点でのラストシングル「紅い花」などを作曲した杉本眞人は「もっとも尊敬する歌手はちあきなおみ」と語っていた。

夫・郷の死を機に芸能活動停止[編集]

しかし、1992年9月11日に夫の郷鍈治(享年・55)と死別した。郷が荼毘に付される時、ちあきは柩にしがみつきながら「私も一緒に焼いて」と号泣したという。

その数日後ちあきは、「故人の強い希望により、皆様にはお知らせせずに身内だけで鎮かに送らせて頂きました。主人の死を冷静に受け止めるにはまだ当分時間が必要かと思います。皆様には申し訳ございませんが、静かな時間を過ごさせて下さいます様、よろしくお願いします」という書面のコメントを公表。これを最後にちあきは歌手業を含めた、一切の芸能活動を完全に停止した。それ以降正式な引退宣言が出ないまま、公の場には全く姿を現していない。メディアの取材にも応じておらず、沈黙を守っている。

郷は瀬川家(ちあきの実家)に婿入りしており、ちあきの母が眠る瀬川家の墓にともに葬られている[6]。ちあきはその墓のある東京都心の寺の近くにマンションを購入し在住しており、彼岸月命日の墓参を欠かさないという[7][8]

活動休止後と再評価[編集]

1992年の芸能活動休業後も、毎年のようにベスト盤CDやLP復刻盤などのリリース、既発表LPのCD化が続いている。2000年に発売された6枚組CD-BOX『ちあきなおみ・これくしょん ねえあんた』は4万セット以上を売り上げ、歌謡曲系のCD-BOXとしては異例のヒットとなった。2003年に通販のみで発売された10枚(巻)組CD/カセットBOX『ちあきなおみの世界〜うたくらべ〜』も1万セット以上の売り上げを記録した。2008年10月には6曲のライブ未発表曲、未発表ライブ映像のDVD、本人提供の未発表写真集を含めたCD-BOX『歌手―ちあきなおみ―』が発売された。プロデュースを手掛けた東元晃がちあきを約2年にわたって根気よく口説き、映像を世に送り出すことを含めて了解を得たという。

2005年11月にはNHK-BS2で90分の特集番組『歌伝説・ちあきなおみの世界』が放送された。これは反響を呼び、初回放送を含めてBS2・NHK総合で2007年8月までに計6回放送された。

また、2007年2月にはテレビ東京たけしの誰でもピカソ』で民放では初となる本格的な特集が組まれ、2008年1月25日にはその続編も放送された。

2009年11月14日には、『歌伝説・ちあきなおみの世界』に次週放送の番組予告・未公開映像素材を追加して、NHK-BS2で『歌伝説 ちあきなおみ・ふたたび』として15分間延長の上、改めて放送した。翌週11月21日には『BSまるごと大全集 ちあきなおみ』が生放送された。この番組は、事前に視聴者からちあきの歌へのメッセージ・リクエストを受け付け、それを基にした楽曲の歌唱映像を2時間にわたり一挙紹介したものである。

2013年11月16日には、NHK総合『SONGS』(第280回)でちあきが特集された[9]。過去の映像とともに船村徹や東元晃の証言を交えた内容で、同番組において長期休業中の歌手が扱われることは極めて異例であった[10]

デビュー50周年を迎えた2019年の4月17日にはベストアルバム『微吟』が発売されたほか、同年6月16日にはBSテレビ東京で未公開映像などを交えた2時間の特集番組『ちあきなおみ 再び始まる歌姫伝説』が放送された[11]

ちあきの歌手復帰への期待は根強いものがあり、ベスト盤などのCDのリリースや特集番組が放送されるたびに活動再開を待望する声も上がるが、亡き夫郷から「もう無理して歌うことはない」という遺言があったとされ、ちあき本人も歌手復帰を期待する声や音楽関係者の説得に耳を傾けようとはしないという[12]

評価[編集]

  • ちあきの義兄である宍戸錠は「ちあきの歌の上手さはハンパじゃないんだよ。好き嫌いはあると思うけど、俺は美空ひばりより上手いと思うね。ありとあらゆる流行歌、英語の歌も含めて、ちあきにかなう歌手はいないよ。リズム&ブルースでもゴスペルでもないんだけど、ちあきは心にその二つの精神を持っている。びっくりするぐらい上手い。」と語っている[13]
  • ちあきの「育ての親」のひとりである鈴木淳は「ちあきなおみの最大の武器は声だ。張りがあって、ハスキーさがプラスされた独自の声。世界に二つとないようなヴァイオリンにも似た『名器』たる響きがある。」と評価している[4]
  • 作曲家・船村徹はちあきの歌唱力や実力から、昭和の歌謡界を代表する歌手・美空ひばりと対比し(船村はちあきとひばりの双方の楽曲を数多く手がけている)、「美空ひばりとちあきなおみの決定的な違いは、裏声の出るか出ないかだ(ひばりは裏声が出る)」と発言している[14]

音楽[編集]

シングル[編集]

# 発売日 A/B面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品番
1960年代〜1970年代
1 1969年
6月10日
A面 雨に濡れた慕情 吉田央 鈴木淳 森岡賢一郎 SAS-1297
B面 かなしい唇 丹古晴己 竹村次郎
2 1969年
11月10日
A面 朝がくるまえに 吉田央 鈴木淳 森岡賢一郎 SAS-1357
B面 夜は誰にもあげないで 川口真
3 1970年
3月25日
A面 モア・モア・ラヴ 吉田央 鈴木淳 森岡賢一郎 SAS-1396
B面 愛の荒野
4 1970年
4月10日
A面 四つのお願い 白鳥朝詠 鈴木淳 小谷充 SAS-1399
B面 恋のめくら 吉田央 森岡賢一郎
5 1970年
8月10日
A面 X+Y=LOVE 白鳥朝詠 鈴木淳 森岡賢一郎 SAS-1437
B面 想い出なんてほしくない 悠木圭子 小谷充
6 1970年
11月10日
A面 別れたあとで 白鳥朝詠 鈴木淳 森岡賢一郎 SAS-1471
B面 変身 船木謙一
7 1971年
2月25日
A面 無駄な抵抗やめましょう なかにし礼 鈴木淳 小谷充 SAS-1500
B面 私をもう一度 船木謙一
8 1971年
6月10日
A面 私という女 なかにし礼 鈴木淳 小谷充 SAS-1534
B面 忘れえぬ慕情 吉田央 森岡賢一郎
9 1971年
9月10日
A面 しのび逢う恋 白鳥朝詠 浜口庫之助 小杉仁三 SAS-1564
B面 たそがれの海辺
10 1971年
10月25日
A面 今日で終って 阿久悠 彩木雅夫 小杉仁三 SAS-1573
B面 もう忘れましょう
11 1972年
2月10日
A面 恋した女 阿久悠 彩木雅夫 小杉仁三 SAS-1589
B面 ついて行けないわ 村上克子
12 1972年
5月25日
A面 禁じられた恋の島 吉田旺 中村泰士 馬飼野俊一 SAS-1609
B面 マニキュアがかわくまで
13 1972年
9月10日
A面 喝采 吉田旺 中村泰士 高田弘 P-183
B面 最后の電話
14 1973年
2月25日
A面 劇場 吉田旺 中村泰士 高田弘 P-215
B面 くせ
15 1973年
6月25日
A面 夜間飛行 吉田旺 中村泰士 高田弘 P-230
B面 二年前の秋
16 1973年
11月25日
A面 あいつと私 千家和也 中村泰士 高田弘 P-323
B面 雨の日にきた別離
17 1974年
3月10日
A面 円舞曲 阿久悠 川口真 P-337
B面 女の旅
18 1974年
9月1日
A面 かなしみ模様 阿久悠 川口真 P-365
B面 しゃれた生活
19 1975年
2月1日
A面 花吹雪 吉田旺 都倉俊一 P-391
B面 真夜中
20 1975年
6月1日
A面 恋慕夜曲 吉田旺 浜圭介 馬飼野俊一 P-413
B面 誘い水
21 1975年
7月25日
A面 さだめ川 石本美由起 船村徹 P-422
B面 海郷
22 1976年
1月1日
A面 恋挽歌 吉田旺 浜圭介 馬飼野俊一 P-442
B面 口紅えれじい
23 1976年
5月1日
A面 女どうし 吉岡治 川口真 竜崎孝路 P-458
B面 雨の日ぐらし 高田弘
24 1976年
10月1日
A面 酒場川 石本美由起 船村徹 PK-27
B面 矢切りの渡し
25 1977年
4月10日
A面 ルージュ 中島みゆき チト河内 PK-51
B面 帰っておいで
26 1977年
9月1日
A面 夜へ急ぐ人 友川かずき 宮川泰 PK-75
B面 海のそばで殺された夢
27 1978年
2月1日
A面 あまぐも 河島英五 ミッキー吉野 PK-94
B面 視角い故里 友川かずき 岸本博
1980年代
28 1982年
10月21日
A面 矢切の渡し 石本美由起 船村徹 AH-268
B面 別れの一本杉[15] 高野公男
29 1983年
1月21日
A面 Again 大津あきら 木森敏之 VIHX-1599
B面 冬の道化師
30 1988年
3月1日
A面 役者 荒木とよひさ 浜圭介 倉田信雄 RE-828
B面 悲しみを拾って 川口真
31 1988年
10月5日
A面 紅とんぼ 吉田旺 船村徹 南郷達也 RE-860
B面 片情 蔦将包
1990年代以降
32 1990年
11月21日
01 色は匂へど 伊集院静 筒美京平 新川博 TEDA-10031
02 キリがないね 森浩美 中崎英也 志熊研三
33 1991年
6月21日
01 黄昏のビギン 永六輔 中村八大 服部隆之 TEDA-10071
02 黒い花びら[16] 倉田信雄
34 1991年
10月23日[17]
01 紅い花 松原史明 杉本眞人 倉田信雄 TEDA-10097
02 百花繚乱 水谷啓二 倉田信雄
35 1992年
12月16日[18]
01 星影の小径[19] 矢野亮 利根一郎 倉田信雄 VIDL-124
02 港が見える丘[20] 東辰三 武川雅寛
36 2000年
2月2日
01 かもめの街[21] ちあき哲也 杉本眞人 倉田信雄 TEDA-10468
02 黄昏のビギン 永六輔 中村八大 服部隆之
37 2001年
1月24日
01 歳月河[22] 新本創子 船村徹 南郷達也 TEDA-10492
02 ひとりしずか 星野哲郎 前田俊明
定番ベスト シングルシリーズ (テイチク)
  1. 矢切の渡し紅とんぼ2005年12月7日/TECA-1039)
  2. 喝采雨に濡れた慕情(2005年12月7日/TECA-1040)
  3. 黄昏のビギン/かもめの街(2005年12月7日/TECA-1041)

アルバム[編集]

日本コロムビア[編集]

  • 四つのお願い あなたに呼びかけるちあきなおみ(1970年7月10日) ※未CD化。
  • 愛の旅路を ちあきなおみ 演歌ブルースを歌う(1970年11月25日) ※未CD化。
  • 愛は傷つきやすく ちあきなおみ ヒット・ポップスをうたう(1970年12月10日) ※未CD化。
  • ちあきなおみ オン・ステージ(1971年5月25日、2009年12月23日(CD2枚組)) ※1971年2月17日・18日 東京・日劇で収録された実況録音盤
  • 恋と涙とブルース(1972年6月25日)
  • もうひとりの私(1972年12月10日、2004年10月20日、2007年10月10日(LP復刻)) ※2004年版CDは「もうひとりの私〜ちあき 船村徹をうたう」、2007年LP復刻盤は「もうひとりの私〜船村徹作品集」。
  • ちあきなおみ ON STAGE(1973年11月25日、2009年12月23日) ※1973年9月1日 東京・渋谷公会堂で収録された実況録音盤。
  • 円舞曲(1974年5月25日、2005年4月20日)
  • かなしみ模様(1974年11月25日)
  • ちあきなおみ リサイタル(1975年1月25日、2009年12月23日(CD2枚組)) ※1974年10月22日 東京・中野サンプラザで収録された実況録音盤。
  • 演歌情話(1975年7月25日、2005年4月20日)
  • 戦後の光と影 ちあきなおみ、瓦礫の中から(1975年11月25日、2005年4月20日、2007年10月10日(LP復刻))
  • 春は逝く(1976年4月25日)
  • そっとおやすみ(1976年6月25日)
  • ルージュ(1977年7月25日)
  • あまぐも(1978年1月25日)
編集盤
  • これくしょん・ねえあんた(2000年6月20日) ※未発表曲、レア音源を含むCD6枚組。
  • コロムビア音得盤(お・と・く・ばん)シリーズ ちあきなおみ(2003年5月21日) 
  • ちあきなおみムード歌謡全曲集(2004年8月25日)
  • ちあきなおみ・しんぐるこれくしょん(2004年10月20日) ※CD2枚組。
  • そっとおやすみ(2005年4月20日) 
  • ちあきなおみ全曲集(2006年3月22日) 
  • ドーナツ盤メモリー(2006年6月28日) ※「喝采」のオリジナル音源を収録。
  • 決定盤 ちあきなおみ大全集(2006年12月1日) ※CD2枚組。
  • ちあきなおみ・おりじなる(2007年10月10日(LP)) ※LP未収録であった「矢切の渡し」を含む。
  • ちあきなおみ・でらっくす 〜追憶のなかの20曲〜(2011年3月2日) ※日本コロムビア100周年記念企画。未発表音源「網走番外地」収録。
  • ちあきなおみの喝采おぼえてますか、1972年の大晦日に見せた“伝説の歌唱シーン”…。今こそ、ソロヴォーカルの神髄を!(2013年10月23日) ※コロムビア・テイチク共同企画。

CBS・ソニー[編集]

  • 「風の大地の子守り唄」「アフリカン・ナイト」(1980年2月25日)
    • 映画「象物語」主題歌。映画サウンドトラック盤に収録。

ビクター[編集]

  • それぞれのテーブル(1981年10月21日、2007年3月21日(デジタルリマスター版)、2010年5月19日(RE-MASTER VOICE SHM-CD))
  • THREE HUNDREDS CLUB(1982年7月21日、2007年3月21日(デジタルリマスター版)、2010年5月19日(RE-MASTER VOICE SHM-CD))
  • 待夢(1983年9月5日、2007年3月21日(デジタルリマスター版)、2010年5月19日(RE-MASTER VOICE SHM-CD))
  • 港が見える丘(1985年2月5日、2007年3月21日(デジタルリマスター版)、2010年5月19日(RE-MASTER VOICE SHM-CD))※1993年3月24日と2006年5月10日に「星影の小径」と改題の上復刻発売されている。
編集盤
  • 日本をもっと愛したい、きれいな歌に出逢いたい…。(2016年7月27日)

テイチク[編集]

  • 伝わりますか(1988年3月1日、2007年10月24日)
  • 紅とんぼ ちあきなおみ 船村演歌を唄う(1988年10月5日、2007年10月24日)
  • 夜霧よ今夜も有難う ちあきなおみ 石原裕次郎を唄う(1988年12月1日、2011年8月24日)
  • 男の郷愁(1989年3月21日、2007年10月24日) ※「矢切の渡し」をセルフカバー。2007年版CDは「ちあきなおみ 男の郷愁」。
  • 女の心情(1989年6月21日、2011年8月24日) ※「さだめ川」をセルフカバー。
  • 喝采〜紅とんぼ 吉田旺 参分劇(1989年11月21日、2011年8月24日) ※「雨に濡れた慕情」「喝采」「紅とんぼ」をセルフカバー。
  • かげろふ〜色は匂へど〜(1990年11月21日、2007年11月21日)
  • すたんだーど・なんばー(1991年7月21日、2007年11月21日)
  • 百花繚乱(1991年10月23日、2007年11月21日)
編集盤
  • 男の友情 ちあきなおみ 船村徹を唄う(1995年5月21日) ※全曲船村徹作曲。「居酒屋『津軽』」をはじめ未発表6曲収録。
  • ちあきなおみ大全集~黄昏のビギン~(2000年8月23日) ※2枚組CD。
  • CHATEAU CHANT 1981(2000年8月23日) ※2枚組CD。「かげろふ〜色は匂へど〜」の全10曲と「百花繚乱」から7曲、「それぞれのテーブル」ほかビクター時代の9曲を収録。
  • ちあきなおみ大全集~黄昏のビギン~(2001年3月23日)
  • The Anthology of NAOMI CHIAKI ちあきなおみ大全集(2002年9月21日) ※5枚組CD-BOX。
  • RE-MASTER VOICE ちあきなおみ(2002年9月21日) ※2枚組CD。
  • ちあきなおみ大全集(2002年10月23日)
  • ちあきなおみの世界〜うたくらべ〜(10枚(巻)組CD/カセットBOX+付録3種)(2003年4月) ※166曲収録。コロムビア・ビクター・テイチク制作。テイチク発売。ユーキャン販売。
  • VIRTUAL CONCERT 2003 朝日のあたる家(2003年4月23日) ※未発表ライブ音源5曲を含む。
  • VIRTUAL CONCERT 2005 ハンブルグにて(2004年11月24日) ※未発表ライブ音源6曲を含む。
  • ちあきなおみ大全集(2005年10月26日) ※2枚組CD。
  • 歌手 ―ちあきなおみ―(5枚組ベストCD+特典DVDつきBOX)(2008年10月22日) ※未発表ライブ音源6曲を含む。SHM-CD仕様。
  • ほのぼのと、切なさと、懐かしさと、ちあきなおみの"黄昏のビギン"はあなたの恋する勇気をサポートします。(2013年10月23日) ※コロムビア・テイチク共同企画。
  • 微吟(2019年4月17日)

タイアップ曲[編集]

楽曲 タイアップ
1970年 愛の荒野 TBS系テレビドラマ「愛の荒野」主題歌
1983年 Again 松竹映画「時代屋の女房」主題歌
1985年 星影の小径 AGF「マキシム・レギュラーコーヒー」CMソング
1991年 黄昏のビギン 京成電鉄スカイライナー」CMソング
1992年 星影の小径 ヤナセアウディ」CMソング
1995年 紅い花 松竹映画「GONIN」主題歌
1999年 黄昏のビギン ネスレ日本「ネスカフェ・プレジデント」CMソング
2006年 星影の小径 キリンビバレッジ「実感」CMソング
2011年 黄昏のビギン トヨタ自動車「ReBORN DRIVE FOR TOHOKU」CMソング

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

音楽・バラエティ番組[編集]

CM[編集]

ラジオ[編集]

舞台[編集]

  • LADY DAY(初演:1989年、再演:1990年) - ビリー・ホリデイの生涯を演じる一人芝居・ミュージカル。
  • ソングデイズ(1991年) - 戦後の日本を舞台に「カルメン」をモチーフとした歌と芝居で構成。

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1970年(昭和45年)/第21回 四つのお願い 17/24 デューク・エイセス
1971年(昭和46年)/第22回 2 私という女 04/25 坂本九
1972年(昭和47年)/第23回 3 喝采 20/23 沢田研二
1973年(昭和48年)/第24回 4 夜間飛行 21/23 五木ひろし
1974年(昭和49年)/第25回 5 かなしみ模様 24/25 三波春夫 トリ前(1)
1975年(昭和50年)/第26回 6 さだめ川 23/24 布施明(1) トリ前(2)
1976年(昭和51年)/第27回 7 酒場川 23/24 布施明(2) トリ前(3)
1977年(昭和52年)/第28回 8 夜へ急ぐ人 21/24 布施明(3)
1988年(昭和63年)/第39回 9 紅とんぼ 18/21 森進一
  • 対戦相手の歌手名の( )内の数字は、その歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は、紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順) / (出場者数)」で表す。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d 武沢三雄 (1975年2月24日). “スター二つの顔 ちあきなおみ 虚像実像 育ち・プロ歴 『ひとり飲む酒 お色気アップ』(ちあきの取材を含む記事)”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 15 
  2. ^ 栃内良「ちあきなおみ、その沈黙の理由」『団塊パンチ3』、135-136頁、2006年、飛鳥新社 ISBN 9784870317437
  3. ^ 週刊サンケイ」1981年12月3日号82頁
  4. ^ a b 石田伸也『ちあきなおみ 喝采、蘇る』徳間書店、2008年
  5. ^ ちあきなおみ 逝去から20年・・・夫の命日に「墓前で大号泣」2012年9月19日 女性自身
  6. ^ ちあきなおみ 逝去から20年・・・夫の命日に「墓前で大号泣」2012年9月19日 女性自身
  7. ^ ちあきなおみ 夫急逝から23年…今も毎月の墓参りで涙流す2015年10月23日 女性自身
  8. ^ ちあきなおみ、和泉節子、大泉逸郎…時代を彩ったあの人は今2018年12月10日 女性自身
  9. ^ SONGS 第280回 ちあきなおみNHK
  10. ^ ちあきなおみ 2社共同ベスト盤タイトルは邦楽史上一番長い58字&51字 Archived 2013年10月20日, at the Wayback Machine.スポニチアネックス、2013年10月23日閲覧。
  11. ^ 【BS】ちあきなおみ 再び始まる歌姫伝説~デビュー50周年 新たな魅力再発見~2019年06月14日 テレ東からのお知らせ テレビ東京
  12. ^ ちあきなおみ 夫急逝から23年…今も毎月の墓参りで涙流す2015年10月23日 女性自身
  13. ^ 「宍戸錠が語る『義理の妹ちあきなおみ』との19年の断絶」週刊新潮、2011年6月23日
  14. ^ 「歌伝説・ちあきなおみの世界」(NHK-BS22005年11月6日放送)
  15. ^ 春日八郎の同名曲のカバー。
  16. ^ 水原弘の同名曲のカバー。
  17. ^ 1995年10月11日に再発された(型番:TEDA-10350)。
  18. ^ 2曲の収録曲はアルバム「港が見える丘」からのシングルカット。また、2006年5月10日にマキシシングルとして再発された(型番:VICL-36062)
  19. ^ 小畑実の同名曲のカバー。
  20. ^ 平野愛子の同名曲のカバー。
  21. ^ アルバム「伝わりますか」からのシングルカット。
  22. ^ アルバム「紅とんぼ」からのシングルカット。

外部リンク[編集]