ラヴ・イズ・オーヴァー

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ラヴ・イズ・オーヴァー
欧陽菲菲楽曲
リリース1979年7月1日
規格7インチレコード
ジャンル歌謡曲
レーベルポリドール・レコード
作詞者伊藤薫
作曲者伊藤薫
その他収録アルバム
その他のカバー参照
収録曲
  • A面 - 「うわさのディスコ・クイーン」
  • B面 - 「ラヴ・イズ・オーヴァー
ラヴ・イズ・オーヴァー
欧陽菲菲シングル
リリース
規格 7インチレコード
ジャンル 歌謡曲
レーベル ポリドール・レコード
作詞・作曲 伊藤薫
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン[2]
  • 1984年度年間18位(オリコン)[2]
  • 3位(ザ・ベストテン[3]
  • 1984年上半期19位(ザ・ベストテン)[3]
  • 1984年年間48位(ザ・ベストテン)[3]
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    ラヴ・イズ・オーヴァー」(LOVE IS OVER)は、台湾出身の歌手、欧陽菲菲シングルである。日本における欧陽菲菲の代表曲の一つ[4]

    概要[編集]

    作詞・作曲:伊藤薫 編曲:川上了(1979年/1980年盤)、若草恵(1982年/1983年盤)。「ラヴ・イズ・オーヴァー」(以下、「ラヴ・イズ」)は、元は1979年7月1日発売の「うわさのディスコ・クィーン」(ポリドール DR6337)(以下、「うわさの」)のB面曲だった。

    しかし「うわさの」は中国語バージョンが台湾香港でヒットしたものの、当時日本国内では2〜3万枚の売上に終わった[5]。その後も欧陽菲菲が「ラヴ・イズ」を日本で歌い続けると、口コミで評判が広まっていった[5][6]

    これを受けて「ラヴ・イズ」は、1980年7月にA面曲として発売された。1982年9月1日には、アレンジを変更した音源がA面曲として発売(ポリドール 7DX-1189)され、さらに1983年5月にはジャケットを変更したものが発売された[5]

    その後「ラヴ・イズ」はオリコンチャート1位を獲得する(後述)などヒットに繋がったが、1980年代紅白歌合戦には呼ばれなかった模様で披露されることはなかった。しかしその後1991年末の『第42回NHK紅白歌合戦』で、欧陽自身18年ぶり3度目となる紅白出演時にようやく同曲が歌唱披露された。

    「ラヴ・イズ」は、1983年のレコード大賞でロング・セラー賞を受賞した[7]。さらに欧陽による中国語版「ラヴ・イズ」が発売されると、台湾、香港でもヒットした[7]

    解説[編集]

    曲制作の経緯[編集]

    ポリドールのディレクターだった萩原克己から、作曲家・伊藤薫に「欧陽菲菲に2曲作って欲しい」と依頼された。その際萩原から、「花火の上がるような明るい曲と、しっとり聴かせるバラード曲を作ってほしい」と注文された。そして出来上がったのが、「うわさの」と「ラヴ・イズ」である[7]

    レコーディングの際、スタジオで同2曲のデモ音源を聞いた欧陽は、「ラヴ・イズ」に身体が震えるほど衝撃を受けた。しかしレコード会社の判断により[注釈 1]、「うわさの」をA面にして1979年に発売することが決まった[7]

    歌詞[編集]

    作者の伊藤薫は、「年上の女性が、“ヒモ男”[注釈 2]っぽくなってしまった恋人に別れを告げる場面」を想像して「ラヴ・イズ」を作詞した。歌詞の中で、「恋人への気持ちが冷めてしまったわけではないけど、このまま一緒にいたら甘やかして彼をダメにしてしまう」という、微妙な女心を書いた[注釈 3]

    Aメロで男の事を「あなた」と呼んでいるのに、サビで「あんた」に変わる部分が、伊藤がもっともこだわったポイントのひとつだという[8][注釈 4]。また、“女性側から恋人にきっぱりと別れを告げる”という歌詞は、当時の邦楽としては斬新だった[注釈 5]

    伊藤によると、当初の歌詞は終盤の「ふりむかないで」で終わるはずだった。しかしレコーディング時に欧陽がグルーブ感を出そうと、この歌詞の後にアドリブで「Love is over Uh……」と歌った。すると、これを気に入った伊藤がさらに「元気でいてね Love is over……」の歌詞とメロディを急遽追加し、その場で曲を完成させた[7]

    曲・アレンジ・歌声への評価[編集]

    音楽評論家の富澤一誠は、「キャッチーでメロディアスな曲調に、強い意思を感じさせる欧陽の歌声。第一声の少しくぐもった“ラヴ・イズ・オーヴァー”という歌い出しから強烈に引き込まれて、一度聞いたら忘れられないインパクトがある」と評している。

    また富澤は、「この曲の構成は、二段構えになっていてメリハリを持たせている[注釈 6]。これに対し伊藤は、「曲のメリハリがついたのは1982年盤でアレンジを担当してくれた若草恵さんと、間奏のサックスのソロ演奏を担当したジェイク・コンセプション[注釈 7]のおかげです」と回想している[注釈 8]

    加えて伊藤と富澤は、「『ラヴ・イズ」が名曲になった最大の要因は、欧陽の歌声」と評している[注釈 9]。欧陽自身は後年、「この曲のヒット後あるディレクターから歌声を褒められたことが印象的だった」と明かしている[注釈 10]

    ヒットのきっかけ[編集]

    1979年の「ラヴ・イズ」の発表からほどなくして、六本木西麻布辺りのいくつかのクラブで、歌好きなママたちがこの曲を歌い始めた[注釈 11]。するとその客たちの間で、「あの曲は誰のなんて言う曲だろう?」と徐々に口コミで広まり出す[7]。後日、この噂が欧陽の当時の所属事務所社長の耳に入ったことで[注釈 12]、1980年以降の「ラヴ・イズ」をA面にした一連の販売戦略を行うこととなった[7]

    根気よくスタッフによる宣伝や欧陽が歌番組などで「ラヴ・イズ」を歌唱したことで、1983年のヒットに繋がった。その後中国版による台湾、香港でのヒットを経て、欧陽はアジアを中心とするいくつかの国々[注釈 13]のステージで「ラヴ・イズ」を歌い、好評を得るようになった[7]

    チャート成績[編集]

    1983年7月にオリコンチャート入りを果たし[注釈 14]、12月には2週連続で1位を獲得。52.2万枚のセールスを記録し、翌1984年度のオリコン年間ランキングは18位を獲得した[2]

    TBSテレビ系列『ザ・ベストテン』には、1983年11月17日放映時に「今週のスポットライト」で初出演。その後、同年12月1日に第10位で初ランクイン、1983年12月29日と翌1984年1月19日の合計2週間、最高3位に上昇。1984年2月16日放送(第10位)迄、通算で12週間も10位以内にランクされた[3]

    収録曲[編集]

    1982年盤(7DX-1189)[編集]

    7インチレコード
    全作詞・作曲: 伊藤薫、全編曲: 若草恵
    #タイトル作詞作曲・編曲時間
    1.ラヴ・イズ・オーヴァー伊藤薫伊藤薫
    2.「ラヴ・イズ・オーヴァー」(カラオケ)伊藤薫伊藤薫
    合計時間:

    1983年の競作盤[編集]

    1983年には、多くの歌手にカバーされ競作となった。カバー盤は原曲とキーが異なる作品が多い。

    生沢佑一盤[編集]

    ラヴ・イズ・オーヴァー
    生沢佑一シングル
    初出アルバム『花わかれ』
    B面 52階のチャイニーズ・ガール
    リリース
    規格 7インチレコード
    ジャンル ロック
    時間
    レーベル ポリスター
    作詞・作曲 伊藤薫
    チャート最高順位
    生沢佑一 シングル 年表
    ミステリアス・ウーマン
    (1983年)
    ラヴ・イズ・オーヴァー
    (1983年)
    別離わかれ
    1984年
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    収録曲[編集]

    7インチレコード
    #タイトル作詞作曲編曲時間
    1.ラヴ・イズ・オーヴァー伊藤薫伊藤薫杉山正明
    2.52階のチャイニーズ・ガール橋本淳西村昌敏大谷和夫
    合計時間:

    内藤やす子盤[編集]

    ラヴ・イズ・オーヴァー
    内藤やす子シングル
    B面 あなたにはわからない
    リリース
    規格 7インチレコード
    ジャンル 歌謡曲
    時間
    レーベル フィリップス・レコード
    作詞・作曲 伊藤薫
    チャート最高順位
    内藤やす子 シングル 年表
    こころ乱して 運命かえて
    (1983年)
    ラヴ・イズ・オーヴァー
    (1983年)
    野暮
    1984年
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    収録曲[編集]

    7インチレコード
    #タイトル作詞作曲編曲時間
    1.ラヴ・イズ・オーヴァー伊藤薫伊藤薫中村暢之
    2.あなたにはわからない康珍化亀井登志夫鷺巣詩郎
    合計時間:

    ニック・ニューサー盤[編集]

    ラヴ・イズ・オーヴァー
    ニック・ニューサーシングル
    B面 ロンリー ベイビー
    リリース
    規格 7インチレコード
    ジャンル ニューアダルトミュージック
    時間
    レーベル RCAレコード
    作詞・作曲 伊藤薫
    ニック・ニューサー シングル 年表
    酒場にて
    (1983年)
    ラヴ・イズ・オーヴァー
    (1983年)
    あなたと眠りたい
    1984年
    テンプレートを表示

    収録曲[編集]

    7インチレコード
    #タイトル作詞作曲編曲時間
    1.ラヴ・イズ・オーヴァー(LOVE IS OVER)伊藤薫伊藤薫ニック・ニューサー
    2.ロンリー ベイビー(LONELY BABY)田中収田中収福田彰一
    合計時間:

    やしきたかじん盤[編集]

    ラヴ・イズ・オーヴァー
    やしきたかじんシングル
    初出アルバム『CATCH ME
    B面 ハーバー・ライト
    リリース
    規格 7インチレコード
    ジャンル 歌謡曲
    時間
    レーベル ビクター音楽産業
    作詞・作曲 伊藤薫
    プロデュース
    • やしきたかじん
    • 徳光英和
    やしきたかじん シングル 年表
    愛の時代に
    1982年
    ラヴ・イズ・オーヴァー
    (1983年)
    あんた
    1984年
    テンプレートを表示

    1983年11月5日に、やしきたかじん11枚目のシングルとして、ビクター移籍第一弾として発売された。

    たかじんによるカバー盤は関西での売上が顕著であった[9]

    キングレコード時代の楽曲とは大きく変わり、耐え忍ぶ女性の気持ちを歌った本作は関西圏を中心にヒット。本作後のオリジナル曲である「あんた」「やっぱ好きやねん」「ICHIZU」などの代表曲につながる、たかじん人気を押し上げる楽曲となった。

    収録曲[編集]

    7インチレコード
    #タイトル作詞作曲編曲時間
    1.ラヴ・イズ・オーヴァー伊藤薫伊藤薫八木正生
    2.ハーバー・ライト伊藤アキラやしきたかじん新谷康彦
    合計時間:

    黛ジュン盤[編集]

    ラブ・イズ・オーバー
    黛ジュンシングル
    B面 女は〇
    リリース
    規格 7インチレコード
    ジャンル 歌謡曲
    レーベル CBS・ソニー
    作詞・作曲 伊藤薫
    黛ジュン シングル 年表
    女は○
    (1983年)
    ラブ・イズ・オーバー
    (1983年)
    愛の眺め
    1984年
    テンプレートを表示

    収録曲[編集]

    7インチレコード
    #タイトル作詞作曲編曲
    1.ラブ・イズ・オーバー(LOVE IS OVER)伊藤薫伊藤薫若草恵
    2.女は〇(ONNA WA MARU)三浦徳子川口真川口真

    その他のカバー[編集]

    ラヴ・イズ・オーヴァー

    脚注[編集]

    [脚注の使い方]

    注釈[編集]

    1. ^ 理由は、欧陽のそれまでのヒット曲がアップテンポなものがほとんどだったこと。また当時、日本がディスコブームだったことから。
    2. ^ 女性に働かせて貢がせるような男性の意味[1]「x-Memory」のウェブサイトの生活用語辞典より。
    3. ^ 加えて「迷いに迷った末の“さよなら”を書くことで、女性の切なさと温もりを表現したかった」と語っている[7]
    4. ^ 伊藤によると、「女性は最初は冷静に距離を保ちながら、“私とあなたは別れなきゃいけない”と伝えようとする。しかし未練を断ち切るために切々と語り続ける内に、心の中で恋人への気持ちがせきを切って溢れ出し、つい以前の呼び方である「あんた」と呼んでしまう」と解説している。続けて、「一般的な作詞のセオリーとしては呼称を途中で変えるのは不自然だが、女性の気持ちの昂りを表現するために敢えてそうした」とのこと[7]
    5. ^ それまでの歌謡曲における男女の別れは、“男に振られた女性がシクシクと泣く”というパターンが多かったという[7]
    6. ^ 詳しくは、「最初のAメロは繊細で美しいピアノの伴奏と、最低限のドラムのリズムで女性の語りをじっくり聴かせる。サビの直前から伴奏がゴージャスになり、コーラスまで入って一気に畳み掛ける。歌詞で男性への気持ちが爆発するのと同時にメロディのスケールが一気に大きくなる」と評している[7]
    7. ^ 松田聖子の「SWEET MEMORIES」の間奏のサックス演奏も担当した人物。伊藤は「1970~80年代の日本の音楽シーンに欠かせない存在」と評している。
    8. ^ 加えて、「間奏にサックスのソロを入れたのは若草さんのアイディアで、以前のヴァージョンより曲の哀愁がぐっとこみ上げる。フォーク出身の僕には考えつかないアイディアでした」と評している[7]
    9. ^ 欧陽の歌声について、伊藤は「洋楽的なパワーと邦楽の叙情を同時に表現できる不思議な魅力がある」と評している。また富澤は「欧陽の独特の日本語のアクセントには、そこはかとない色気が漂う」と評している[7]
    10. ^ その人物から、「菲菲の“ラヴ・イズ”という歌詞の“ヴ・イ”の発音がとても格好良く響いて、聞く人の心を鷲掴みにした。日本人だとこの味は出せないよ」とのこと[7]
    11. ^ それは閉店時間に店内のピアノ伴奏に合わせてママが「ラヴ・イズ」を歌い、最後の客たちにいい気分で帰ってもらうというものだった。
    12. ^ 社長は、「そんなに人気があるなら、『ラヴ・イズ』が欧陽菲菲の歌だともっと世間に認知させよう」との考えに至った。
    13. ^ 一例としてシンガポールマレーシアアメリカラスベガスなど。
    14. ^ この7月のことかは不明だが、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)で歌った後、同チャートで40位に上昇した[7]

    出典[編集]

    1. ^ 第25回 日本レコード大賞”. 日本作曲家協会. 2021年10月10日閲覧。
    2. ^ a b c オリコンランキング情報サービス「you大樹」
    3. ^ a b c d 角川インタラクティブ・メディア「別冊ザ・テレビジョン ザ・ベストテン 〜蘇る! 80'sポップスHITヒストリー〜」2004年12月、ISBN 978-4-0489-4453-3
    4. ^ タレントデータバンク
    5. ^ a b c 読売新聞社文化部『この歌この歌手―運命のドラマ120〈下〉』現代教養文庫、1997年、162頁。ISBN 4390116029
    6. ^ "名曲『ラヴ・イズ・オーヴァー』…知る人ぞ知る「B面の曲」が大ヒットに至るまで". 週刊現代. 講談社. 19 February 2022. 2022年2月19日閲覧
    7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 週刊現代2022年2月19日・26日号週現「熱討スタジアム」第424回・名曲「ラヴ・イズ・オーヴァー」を語ろう(伊藤薫、欧陽菲菲、富澤一誠〈音楽評論家〉による対談)p142-145
    8. ^ "名曲『ラヴ・イズ・オーヴァー』が、当時のリスナーに"刺さりまくった"「なるほどの理由」". 週刊現代. 講談社. 19 February 2022. 2022年2月19日閲覧
    9. ^ 角岡伸彦『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』小学館、2014年、112-113頁。ISBN 978-4-09-389752-5
    10. ^ “まるで姉妹!? JUJU×萬田久子がMVで初対面「やっぱり似てる」”. ORICON STYLE. (2016年9月21日). https://www.oricon.co.jp/news/2078781/full/ 2016年9月21日閲覧。