ヒロシ&キーボー
| ヒロシ&キーボー | |
|---|---|
| 出身地 |
|
| ジャンル | 歌謡曲 |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1982年 - 1984年 |
| メンバー |
黒沢博 キーボー |
ヒロシ&キーボー(ヒロシアンドキーボー)は、日本の歌手。1982年に、RCA(RVC)からリリースされたシングル曲「3年目の浮気」のヒットで知られる。
メンバー
[編集]経歴
[編集]1982年、コンビを結成し、「3年目の浮気」でデビュー[4]。同曲は、オリコン3週連続1位、累計売上130万枚のヒットとなり、日本有線大賞・全日本有線放送大賞で最優秀新人賞を受賞する[4]。翌年に「5年目の破局」「危険なクラス会(7年目の洒落)」「マチコ」などを発表した[4]。1984年、コンビを解消した[4]。
解散後も、「3年目の浮気」は替え歌やパロディを通じて親しまれた[4]。ヒロシ&キーボーも、爆笑問題カーボーイ「3年目の浮気・復活SP」で、スタッフや爆笑問題、そして投稿者が危惧するほどのきわどいフレーズの替え歌を拒否することなく歌っていた。この反響は大きく、新聞のラジオ欄に「ヒロシ&キーボー復活」という記事が掲載されたほどであった。ただし、実際に2人が会うことはなく、別々に録音されたものを合わせたものである。
2012年(平成24年)春のソフトバンクモバイルのキャンペーンCMでは、「3年目の浮気」の替え歌が起用され、黒澤自身が本人役で出演している。(同CMのデュエットの相手はトリンドル玲奈)
NHK紅白歌合戦に出場歴がない。大ヒットした「3年目の浮気」の歌詞の内容により紅白に出場できなかったと、「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」(フジテレビ)出演時に二人は語っている。
2024年9月6日、黒沢博が死去した。75歳没。訃報は翌日に黒沢年雄のブログで明かされた[1][2]。2017年12月にステージ1の前立腺がんであることを公表し闘病しながら精力的に活動を続けていた。死因は明らかにされていないが、親しい関係者は慢性骨髄性白血病であることを公表した[3]。
ディスコグラフィー
[編集]シングル
[編集]アルバム
[編集]- 3年目の浮気/ヒロシ&キーボー(RHL-8316、1982年)
- ベスト16/ヒロシ&キーボー(RHL-8349、1983年)
受賞
[編集]出演
[編集]テレビ
[編集]ラジオ
[編集]映画
[編集]脚注
[編集]- 1 2 “博が…亡くなった…。”. 黒沢年雄公式ブログ (2024年9月7日). 2024年9月7日閲覧。
- 1 2 “「3年目の浮気」ヒロシ&キーボーの黒沢博さん死去、75歳 実兄・黒沢年雄が臨終の様子明かす”. nikkansports.com. 日刊スポーツNEWS (2024年9月7日). 2024年9月7日閲覧。
- 1 2 “「ヒロシ&キーボー」黒沢博さん死去 「3年目の浮気」で大ヒット 兄・黒沢年雄が公表”. スポニチアネックス (2024年9月8日). 2024年9月8日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “ヒロシ&キーボー - TOWER RECORDS ONLINE”. tower.jp. タワーレコード. 2025年8月17日閲覧。
- 1 2 『オリコンチャート・ブック:1968-1997』オリコン、1997年、275頁。ISBN 4-87131-041-8。
- 1 2 “黒沢 博さん | 初の主演映画『30年目の本気』が完成した、元ヒロシ&キーボーのヒロシこと | 中区・西区”. タウンニュース (2018年1月18日). 2023年8月8日閲覧。
- ↑ “ヒロシ & ナオミ[30年目の本気~懲りない男のPART2:TECA-13797] / TEICHIKU RECORDS”. 株式会社テイチクエンタテインメント. 2023年8月8日閲覧。
- ↑ “「ヒロシ&ナオミ」歌手デビュー記念ライブ開催 - 音楽 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2023年8月8日閲覧。
- ↑ “30年目の本気製作委員会”. ja-jp.facebook.com. 2023年8月8日閲覧。
- ↑ “1/22~26「30年目の本気 いい歳こいてロックンロール」”. home. 2023年8月8日閲覧。
関連項目
[編集]- 1982年の音楽#デビュー - 同じ年にデビューした歌手
外部リンク
[編集]- 黒沢博オフィシャルサイト - ウェイバックマシン(2024年9月8日アーカイブ分)
- タウンニュース - 2018年1月18日号に掲載(中区・西区版)