円広志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
円 広志
出生名 篠原 義彦[1]
生誕 (1953-08-21) 1953年8月21日(64歳)[1][2]
出身地 日本の旗 日本 高知県安芸郡野根町(現・東洋町[1]
学歴 追手門学院大学経済学部卒業[1]
ジャンル 歌謡
職業 シンガーソングライター
タレント
作曲家
担当楽器
活動期間 1978年 -
レーベル ポニーキャニオン→マッド・カー・レコーズ
事務所 オフィスとんで
公式サイト オフィスとんで

円 広志(まどか ひろし、1953年8月21日[1][2] - )は、日本シンガーソングライタータレント作曲家。本名:篠原 義彦(しのはら よしひこ)[1]。本人設立の個人事務所「オフィスとんで」所属[1]

来歴[編集]

高知県安芸郡野根町(のちの東洋町野根[1])生まれ。3人兄弟の次男。父親が教師だったため、幼少期から転居を繰り返した[3]。小学2年生の時大阪府豊中市庄内へ移り、守口市立庭窪中学校大阪府立守口高等学校(統廃合により現在の大阪府立芦間高等学校)を経て、追手門学院大学経済学部卒業[1]

小学5年生の時に映画『禁じられた遊び』のテーマ曲(「愛のロマンス」)に触発され、ギターを始める[1][4]。中学生になると、バンドを組んで作詞・作曲も始める。ギターも音楽の知識もほとんど独学だったとのことで、初めて作った曲はフォーク調の『きみとぼく』だったと言う[5]

芸名の「円広志」は、同級生が付けたもので、「三角四角の男が年齢を重ねることによって、やがて円く広く志す人間になっていく」という意味。本人は「円(えん=銭)を広く志し、大金を稼ぐという意味ではない」とことさらに否定し、ギャグとしている。

大学在学中、ロックバンド「ZOOM」を結成し、ボーカルを担当[1]。ZOOMはバッド・カンパニーのコピーを得意とし、円は「大阪のポール・ロジャース」と呼ばれていた[5][6]。ライブハウス等で活動していた際の担当ローディー世良公則がいた[7]1974年、ZOOMはヤマハ音楽振興会主催のロックフェス「大阪8・8ロックデイ」に入賞[1][5]。翌年にはゲストとして同イベントに参加した。この時のパフォーマンスは二枚組LP「'75 8.8ROCK DAY LIVE」に収録された(1999年にCD化)。A面5曲目「ロック・ステディ」、6曲目「グッド・チャンス・フォー・ミー」で当時の熱唱が聴ける。万博記念公園お祭り広場でのライブに立ち会った世良はのちに「3万、4万という若者が、『ウオー!』って円さんのZOOMってバンドが演奏するバッド・カンパニーに熱狂していたんですから。アルバムそのまま、全部やれちゃうの。ライブアルバムあるじゃないですか。あれそのまんま!」と回想している[6]

ZOOMは1977年、一部メンバーの就職[7]のため解散。ZOOM解散後の円はデモテープづくり[8]のかたわらコンサートの会場警備のアルバイトをしており、その中にかつてのローディーだった世良率いる世良公則&ツイストがいた。円は「すっかり立場が逆転です[7]」と回想している。そのコンサート会場で知り合いのヤマハの関係者と偶然再会し、翌1978年ヤマハ音楽振興会主催のポプコンに参加するチャンスを得た[8]。この時歌った自作の『夢想花』はポプコンおよび第9回世界歌謡祭で立て続けにグランプリを獲得[1][2]し、同年発売されたシングルレコードは80万枚[2][9]の大ヒットとなった。

円は多額の印税を手にしたものの、その後『夢想花』を超えるヒット曲に恵まれなかった。「レコードは売れたがファンが付いて来なかった。元々ロックを歌っていたのにデビュー曲がポップスで、長髪も切ったから大阪など地元のファンからそっぽを向かれた[5]」「僕にとってはポプコンのグランプリがゴールだった。スタートではなかったんですね。だから2曲目が続くわけもない[10]」とも述べている。

数年間、毎日パチンコと飲酒に溺れて暮らしていたが、1982年のある日、全ての貯金が底を突き、東京から大阪に戻った[5][10]。その後の1983年、たまたま、知り合いのポニーキャニオンの宣伝担当者に「暇つぶしに演歌調の曲を作って」といわれ、石原信一の詞を渡された[11]。1か月かけて作った曲が、森昌子ののちの代表曲の一つとなった『越冬つばめ』であった。『夢想花』のイメージを払拭するため、本名の「篠原義彦」名義でクレジットされた『越冬つばめ』は大ヒットし、同年の第25回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞[1]。円は「印税で僕も越冬できた[12]」と述べている。このほか『探偵!ナイトスクープ』テーマ・ソング(オープニングテーマ「ハートスランプ二人ぼっち」、CM入り用サウンドロゴ)のタイアップが知られる。

放送タレントとして、関西制作のテレビバラエティ番組を中心に多くのレギュラー番組を持ち、関西において認知度は高い。上沼恵美子との共演が非常に多く、番組内で上沼が円を弄るネタが恒例となっている(後述)。また、島田紳助との関係(後述)から、彼が初代男性司会を務めた『行列のできる法律相談所』に不定期に出演している。

定期的にコンサートも開くなど、歌手活動も継続中である。2010年7月より、新神戸オリエンタル劇場の音楽アドバイザーに就任した。劇場で行われる音楽公演の企画プロデュースやプロモーション等でアドバイスしている。

人物・エピソード[編集]

「とんでとんで」[編集]

  • 『夢想花』以外の曲が全国的にほとんど知られていないため、『行列のできる法律相談所』や『クイズ!紳助くん』などで島田紳助によく「一発屋」、「世界歌謡祭グランプリ、今じゃ誰もが知らんぷり」などと弄られている。また「そら円さんは歌手やもん、ヒット曲いっぱい出してはんねんで。『夢想花』・『とんでとんで』・『まわってまわって』…」「全部一緒やないかい!」や「とんでとんでって歌って、アンタが飛んでいったな」という上沼とのやりとりも定番である。一般人に円広志の代表曲を答えさせても正式タイトルの『夢想花』でなく『とんでとんで』、『まわってまわって』と答える人が多い。

交友関係[編集]

島田紳助[編集]

  • 『夢想花』以降、ヒットに恵まれず、歌手として長年鳴かず飛ばずだった状況で、円がタレントとして再浮上したきっかけは、紳助からの「売れなくなった歌手は下を向いて歩け」という挑発的な内容の手紙を受け取り、激怒した円が、当時紳助が大阪で生放送していた毎日放送のスタジオに怒鳴り込んで掛け合いのトークバトルを繰り広げ、聴取者の注目を得たことによる。これは、円の状況を知る紳助が、あえてこのシチュエーションになるよう持ち込み、このバトルによってトークもできるタレントとしての円を認知させるために仕組んだものであった[13]。円は「今の自分がいるのは島田紳助のお陰であり、紳助を最も尊敬する恩人」と語ったことがある。
  • 円は紳助司会の『行列のできる法律相談所』に準レギュラーとして出演。その後、準レギュラーは降板となったが、2008年6月22日放送分にゲストとして久々に出演して以降、再び出演している。

やしきたかじん[編集]

  • やしきたかじんがまだ全国ツアーを行っていなかった頃、たかじんのコンサートでは定番ゲストとして出演し、コンビで漫才を披露したり、円自身が歌を披露したりしていた(「聞けば効くほど……円広志!」と大阪厚生年金会館大ホールの3階の客席からスポットライトを浴びて登場したこともある)。
  • 2007年6月15日にシアターBRAVA!での桂雀々三十周年記念イベント「雀々十八番」(やしきたかじんオールプロデュース)で20年ぶりに音曲漫才を披露した。
  • たかじん同様、円もライブではトーク中心であまり歌を歌わない。

桂小枝[編集]

  • 桂小枝とは多数の共演番組があったが、小枝のあまりの酒癖の悪さから円がついに激怒してしまい、「小枝と共演している番組を全て降板する」と言うにまで発展。ところが、共演している番組の司会者(上沼恵美子・やしきたかじん・島田紳助ら)がこぞって「円は自分の番組に必要」として、逆に小枝がこれらの司会者における円との共演番組を降板させられることになった。なお、後に小枝がレギュラー出演していた『探偵!ナイトスクープ』に顧問として不定期出演するようになっている。

aiko[編集]

  • aikoの父親と友人関係にあり、aikoのデビュー前に父親から相談され、苦労するからと歌手になることを反対していた。しかし、その後aikoの出すシングルがヒットを連発した。この友人関係もあって円は、aikoの父親が経営しているスナックの常連客である。

趣味[編集]

プロレス[編集]

プロレスの大ファンで、かつて1981年頃に月刊明星にて「プロレスとんで見聞録」というタイトルのエッセイを連載した事もある[1]

特にジャイアント馬場を崇拝し、かつて日本テレビの「オシャレ30・30」に出演した時には、馬場への想いを熱弁したこともある。1994年に、当時中京テレビでレギュラー出演していた「ヴィヴィアン」の企画で馬場と対面した際には、本人から愛用の革靴をプレゼントされた。

その馬場に対する愛情の反面、アントニオ猪木ファンを嫌悪しており、猪木ファンから馬場ファンであることを揶揄されると非常に根に持つ。後年こそ緩慢な動きで他芸人からネタにされたレスラーであったが、オールドファンから見た場合、デビュー当初は元プロ野球投手、マット界のヒールで凱旋などの経歴を持つ上にプロレス活動当初は筋骨隆々の体躯でスピーディーな試合で知られていた。円もその頃から観戦した一人で、その当時の馬場のプロレススタイルをリアルタイムで体験している層の一人であり崇拝と憧憬、驚嘆、畏怖を馬場に投影している。

1999年1月22日、大阪府立体育会館での三沢光晴vs川田利明の三冠戦に円は訪れており、川田が三沢に放った三冠パワーボム(垂直落下式パワーボム)に度肝を抜かしている観客の円も、テレビ放送分に映っていた(この試合から9日後、馬場は肝不全により、この世を去った)。

『クイズ!紳助くん』で、紳助が馬場をネタにした話をすると、円が怒るといったパターンがよくあった。

財テク[編集]

  • 非常に倹約家で、月に2万円位しか使わない。食事も、局から出される弁当の他は、コンビニのおにぎり程度で、たまに食べる親子丼が大変なごちそうである。
  • ライブドア株300万円を購入した直後、証券取引法違反容疑でライブドア社に地検の捜査が入り株価が連日のストップ安(ライブドアショック)となり、なす術のない円はただ咆哮するだけだった。

その他の趣味[編集]

  • プロ野球の巨人のファンである。
  • 蛍光ペンを使った独特のタッチの絵画を描いている。重ね塗りなどでの効果で、水彩墨彩のような透明感と油彩のような力強い混色が共存する手法で風景画を描いている。

経営者として[編集]

  • 円は大阪・名古屋でレンタル音楽スタジオ「studio246」を創業・経営している。名前は「いつかまた東京で活躍しよう」という思いを込めて東京を起点とする国道246号から取っており、自身もこのスタジオでデモなどのレコーディングを行っている。
  • 円はテレビ出演時などに、同スタジオのグッズでもある「246」と書かれた缶バッジを胸につけている。バッジはstudio246全店で無料で貰うことができ、100回、246回記念のバッジも存在する。
  • かつてアマチュア時代にstudio246を利用していたプロミュージシャンにHysteric Blueなどがいる。

パニック障害[編集]

  • 仕事が多忙になる中、原因不明の不安感や目眩を度々起こすが「疲労」と自己判断。症状が悪化するに連れても、生来の病院嫌いが災いして症状が悪化。高速道路での走行中に走行速度に恐怖し暴れる、会話が出来ない、何事にも悲観的になり涙が止まらない等の不調を起こすが、スタッフに抱えられてテレビや舞台に立ち、見た目はそつなく仕事をこなし、不調の憂さを深酒で紛らわしていた。後にテレビ局を出て事務所へ戻る途中に歩行不能となり、駐輪してある自転車の列に突っ込みパニックに陥ってそのまま入院。パニック障害と診断され、数年間抑鬱といった精神疾患による闘病生活を余儀なくされ、暫くふさぎこんでしまう。治療により快方に向かい通常の生活に戻ったが、予期不安は抱えたままで、対外的な体裁を考えてパニック障害を隠していた。しかしながら不調時の説明や誤解の釈明をする煩わしさから、周囲に理解してもらうため自分の病状を公にし、NHK教育テレビなどの健康・福祉番組で体験談を語る機会も多い。
  • 2005年8月27日〜28日放送の日本テレビ『24時間テレビ28「愛は地球を救う」』でチャリティーランナーの丸山和也の応援に来た円は、日本武道館で宙づりにされ『夢想花』を歌った。武道館で歌うのは(1978年の『世界歌謡祭』出場以来)27年ぶりだったという。先述のパニック障害から、この企画は病気の再発、悪化の可能性もあった危険な企画だったが、円はそれに挑戦。宙を舞うことは、病気を克服したことのアピールの意味も込められていた。なお、2008年、2014年の同番組にも出演し『夢想花』を歌ったが、その回は宙に舞わなかった。

家族[編集]

  • 既婚で、娘と孫がいる。妻は航空会社の社員で伊丹空港に勤務していた[8]。円と妻はZOOM開催後の1977年に結婚したが、『夢想花』が売れるまでは「ひも生活になりました[8]」という。なお、20年以上別居している。妻の誕生日には、280万円の腕時計など高額なものをプレゼントしている。

その他[編集]

  • 大学在学中にデビューした円は、大学卒業後も就職した経験はない。
  • 弟子にタレントの円野きんちゃく
  • 梅田スカイビル近くに在住。
  • 関西では大御所タレントであるが、全国では何故大御所か理解されておらず「飛んで飛んでの人」「昔ヒット曲を出した人」程度の認識であり、全国放送で出演時に大御所ぶりを発揮しても「あの態度がデカイ人は誰?」という扱いなため、関西からほとんど出ていない。特に島田紳助が引退してからは全国放送で見かけることはめったにない。
  • ウイスキービールメンチカツが好き。
  • ロウソクを灯し続けた燭台は、15年の年月で滴り落ちたロウにより、樹氷のようなオブジェと化している。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

リリース タイトル カップリング タイアップ・概要
1st 1978年11月21日 夢想花 朝から晩まで 第9回世界歌謡祭グランプリ受賞曲[2]
JAL「COME TO AMERICA'78」CMソング
2nd 1979年4月21日 愛しのキャリアガール あてもないのに
3rd 1979年9月21日 LOVE SONG 今夜もお前とオール・ナイト
4th 1980年4月21日 ミュージシャン 偉大なる友へ
5th 1980年8月21日 大地の鼓動 浮き草遊戯
6th 1980年10月21日 若きアドベンチャー 心の舟に帆を上げて 日本テレビ系「痛快!ピッカピカ社員」主題歌[1]
7th 1982年1月21日 マイ シスター Never Mind
8th 1983年4月21日 心ふるえる夜/風が光る時 「風が光る時」:わかくさ国体開催記念愛唱歌
9th 1984年4月21日 越冬つばめ 別離(わかれ) 森昌子に提供した同名曲のセルフカバー[1]
10th 1985年6月21日 お前を抱けない夜 追跡
11th 1986年9月21日 大阪 Broken heart 君のあの歌 ハウス食品「好きやねん」CMソング[1]
12th 1987年5月21日 風の港 TO・MO・DA・CHI よみうりテレビ朝の連続ドラマ見上げればいつも青空」テーマ曲[1]
13th 1988年10月21日 風のバラード/オンチ 「風のバラード」:読売テレビ・日本テレビ系朝の連続ドラマ「吉野物語」テーマ曲
「オンチ」:“ひろしとこづえそしてみどり”名義
14th 1990年11月21日 雪の降る人 蒼い終列車 テレビ朝日朝日放送系「クイズ仕事人」テーマ曲
15th 1991年6月21日 風のアルペジオ いつの日か二人… 朝日放送「クイズバトルロイヤル待ったあり!」テーマ曲
16th 1991年11月21日 夢のままで MAY DEAR CITY -夢色の階段- 「夢のままで」:よみうりテレビ・日本テレビ系朝の連続ドラマ「華の宴」テーマ曲
「MAY DEAR CITY -夢色の階段-」:奈良県香芝市イメージソング
17th 1994年1月21日 夢のプロポーズ/MUSIC/ハートスランプ二人ぼっち 「夢のプロポーズ」:読売テレビ「ときめきタイムリー」オープニングテーマ曲[1]
「MUSIC」:中京テレビヴィヴィアン」エンディングテーマ曲
ハートスランプ二人ぼっち」:朝日放送「探偵!ナイトスクープ」テーマ曲[1]
18th 1995年2月17日 心が晴れたことがあるか 恋人でなくなって 「恋人でなくなって」:読売テレビ「ときめきタイムリー」テーマ曲
19th 1996年5月17日 愛すべきろくでなし ちょっとお先に
20th 1997年7月18日 だけど会いたくて 愛になりたい
21st 2011年8月24日 俺だ そして今夜もドロになる
22nd 2013年12月18日 走れシミケン 僕らの記念日

オリジナルアルバム[編集]

リリース タイトル
1st 1979年6月21日 INNOCENT
2nd 1987年2月21日 大阪ブロークン・ハート
3rd 1992年1月29日 雪の降る人
4th 1998年6月17日 空と海が青い理由
5th 2008年11月21日 帰りゃんせ
6th 2013年10月5日 僕らの記念日

ベストアルバム[編集]

  • 『ベスト』『ポプコン・マイ・リコメンド 円広志』の2作品はキングレコードから発売。
リリース タイトル
1st 1987年6月21日 ベスト16
2nd 1996年7月19日 ニューベスト
3rd 2003年3月26日 ベスト
4th 2006年12月21日 ポプコン・マイ・リコメンド 円広志

楽曲提供[編集]

書籍[編集]

出演[編集]

過去のテレビ出演[編集]

バラエティ
テレビドラマ

ラジオ[編集]

映画[編集]

CM[編集]

  • 伊豆のキャンペーン(1989年、JR東海[1]
  • 関西風味生ビールすっきり仕立て(1995-1996年、キリンビール[1]
  • 大阪ガス「'96オールガス器具謝恩セール」CF(1996年)[1] - 「夢想花」の替え歌で「買うて買うて…得して得して得して」と歌った後で、主婦達が「得する」と歌う。
  • ヘーベルハウス(1999年、旭化成
  • 甲子園競輪(2000年)
  • 全日空中国線キャンペーン(2005年)
  • 山陽電気鉄道(2009年)
  • 日清食品「2010阪神タイガースキャンペーン」(2010年、関西地区限定) - CMソング「夢想花」の替え歌も円本人が歌っている。円も、景品のヒヨコちゃんぬいぐるみを配達する配送員役で出演。
  • サントリーカロり。「青空ダンス(軽くもめる)」編(2011年) - CMソング「夢想花」の替え歌も円本人が歌っている。
  • 泉北ホーム(2011年 - 、関西地区限定)[1] - テレビ・ラジオ共に出演。テレビCMでは 大黒天に扮している。
  • スズキスズキ・エブリイ」(2015年) - はるな愛宇梶剛士と共演。『夢想花』の「とんでとんで」を「積んで積んで」に替えている。円本人は「円広志」「取扱注意」のステッカーが貼られた段ボールの中に入っている。
  • 蓬莱本館 (2015年) - 冷蔵豚まんスーパーマーケット向け)

CM楽曲提供[編集]

『夢想花』の替え歌を使ったCM
  • フマキラーベープ蚊取りマット」 - 歌は円本人が担当。志茂田景樹そのまんま東が顔出しの蚊の着ぐるみを着用して空を飛び、『回って回って回って落ちる』の歌詞とともに日本家屋の庭先に墜落し、縁側で香箱座りする白トラ猫に訝しげに見つめられるという内容。
  • 風のクロノア2 〜世界が望んだ忘れもの〜 - 歌は円本人が担当。「はまってはまってはまってはまる」の歌詞が使われていた。
  • 大阪ガス謝恩セール - 上述のとおり。
  • 日清食品 2010年阪神タイガースキャンペーン - 上述のとおり。
  • サントリー「カロリ青空ダンス(軽くもめる)編」 - 歌は円本人が担当。佐々木希の出演する「カロリ」のCMの替え歌を歌っている。
  • NTT西日本フレッツ光どーんと割 低空飛行」「フレッツ光どーんと学割 低空飛行」 - 歌は円本人が担当。「光どーんと割」の適用によるフレッツ(光ファイバー回線)月額利用料の低さを訴求する目的で、竹中直人を起用した2014年2月27日放送開始のCM。いずれのCMでも、円がサビの前半の詞(『とんでとんで…』)を原曲通りに歌っている(映像には円のフルネームでクレジットを表示)。ただし、サビの後半まで流す「光どーんと割」の30秒バージョンでは、後半の歌詞を『下がって下がってフレッツ選ぶ』に差し替えている。
  • ホンダ・モビリオスパイク - ロック調のカバーに「積んで積んで…」「走って走って走って走る」と差し替えている。
  • スズキ・エブリイ - 上述。歌詞はモビリオスパイクのものと同じ。
『越冬つばめ』の替え歌を使ったCM
  • マルちゃん麺づくり(東洋水産) - 歌詞を「つーるりーつーるりーららー」に変えている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj 円 広志 プロフィール オフィスとんで
  2. ^ a b c d e f g h 円 広志 コトバンク - 典拠はタレントデータバンク
  3. ^ 【関西レジェンド伝】円広志(1)ツイストのコンサート警備で「夢想花」のきっかけつかむ (2/4ページ) SANSPO.COM、2017年8月15日
  4. ^ 【関西レジェンド伝】円広志(1)ツイストのコンサート警備で「夢想花」のきっかけつかむ (3/4ページ) SANSPO.COM、2017年8月15日
  5. ^ a b c d e 昭和40年男(クレタパブリッシング)2015年12月号 p.54 - 57「円広志インタビュー」
  6. ^ a b 世良公則さんロングインタビュー Vol.6 ヤフオク! ギターラボ、2006年3月14日
  7. ^ a b c 【関西レジェンド伝】円広志(1)ツイストのコンサート警備で「夢想花」のきっかけつかむ (4/4ページ) SANSPO.COM、2017年8月15日
  8. ^ a b c d 【関西レジェンド伝】円広志(2)「夢想花」歌って紙飛行機乱れ飛んだ世界歌謡祭 (1/3ページ) SANSPO.COM、2017年8月22日
  9. ^ TVでた蔵「2015年4月30日放送 フジテレビ アウト×デラックス」”. ワイヤーアクション (2015年4月30日). 2015年11月15日閲覧。
  10. ^ a b 【関西レジェンド伝】円広志(2)「夢想花」歌って紙飛行機乱れ飛んだ世界歌謡祭 (3/3ページ) SANSPO.COM、2017年8月22日
  11. ^ 【関西レジェンド伝】円広志(3)「越冬つばめ」大ヒットで“冬の時代”乗り切った (2/3ページ) SANSPO.COM、2017年8月29日
  12. ^ 【関西レジェンド伝】円広志(3)「越冬つばめ」大ヒットで“冬の時代”乗り切った (3/3ページ) SANSPO.COM、2017年8月29日
  13. ^ 【関西レジェンド伝】円広志(3)「越冬つばめ」大ヒットで“冬の時代”乗り切った (1/3ページ) SANSPO.COM、2017年8月29日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]