シブがき隊
| シブがき隊 | |
|---|---|
| 出身地 |
|
| ジャンル | アイドル |
| 活動期間 | 1982年 - 1988年11月2日 |
| レーベル | CBS・ソニー |
| 事務所 | ジャニーズ事務所 |
| 共同作業者 | シブ楽器隊(バックバンド) |
| メンバー |
布川敏和(フックン) 本木雅弘(モックン) 薬丸裕英(ヤックン) |
シブがき隊(シブがきたい)は、かつて存在した布川敏和、本木雅弘、薬丸裕英による男性アイドルグループ。ジャニーズ事務所所属。
目次
メンバー[編集]
| プロフィール | 愛称 | イメージカラー[1] | |
|---|---|---|---|
| 布川敏和 (ふかわ としかず) |
1965年8月4日(53歳)、B型、神奈川県川崎市出身 | フックン |
■イエロー |
| 本木雅弘 (もとき まさひろ) |
1965年12月21日(53歳)、A型、埼玉県桶川市出身 | モックン |
■レッド |
| 薬丸裕英 (やくまる ひろひで) |
1966年2月19日(52歳)、B型、東京都武蔵村山市出身 | ヤックン |
■ブルー |
歴史[編集]
1981年4月、TBSドラマ『2年B組仙八先生』に出演した3名により結成される。結成当初は「仙八トリオ」、「悪ガキトリオ」などと呼ばれていた。グループ名の由来は「シブい"ガキ"」を意味しており、1981年の夏に雑誌『セブンティーン』の一般公募によって『シブがきトリオ』に決定。その後まもなくして『シブがき隊』に改められた。当時3人組は「トリオ」名が乱立しており、目立たせるため事務所の社長・ジャニー喜多川があえて「トリオ」から「隊」を命名した。ジャニーズ事務所のグループで名称を一般公募したのはシブがき隊のみである。
1982年5月、「NAI・NAI 16」で歌手デビュー。デビュー当時のキャッチフレーズは「YMF 正面突破」[注 1]。同期には小泉今日子・三田寛子・堀ちえみ・中森明菜・松本伊代・早見優・石川秀美ら「花の82年組」がおり、シブがき隊も「花の82年組」に入れられることがある。同年の『第24回日本レコード大賞』では最優秀新人賞を受賞[2]。
シブがき隊の特徴としては、ジャポニズムの曲調が挙げられる。当時のアイドル界では、歌や踊りの実力よりもタレント個人がもつ魅力がより重視される傾向にあった。シブがき隊も歌や踊りのレベルをカバーするべく、楽曲の企画性(ノベルティソング)で話題を集める手法をとる。ジャニー喜多川が米国由来の芸能音楽を事務所の基本方針に据えていたため、米国から見た日本、すなわちジャポニズムの楽曲が多数制作された。この流れは後輩の忍者に受け継がれている[3]。
1986年、同事務所から少年隊がデビューしその歌唱力とキレの鋭いダンスを見た瞬間、メンバーらは「こりゃ絶対勝てないな~」と思ったと言う。この年、デビュー年から4年連続で出場してきた第37回NHK紅白歌合戦も少年隊と入れ違いに落選する[注 2]。
1988年8月7日、東京厚生年金会館で解隊宣言を発表、 同年11月2日代々木第一体育館のコンサートをもって“解隊”した。
エピソード[編集]
- 当初は薬丸がセンターの立ち位置だったが、途中から本木がセンターになった。
- 結成当初、センターに立っていたことから、薬丸は他のメンバーに「リーダー」と呼ばれることがあった。しかし実際には、特にリーダーは誰だということは決まっていなかった。
- バックバンドは「シブ楽器隊」という名前であった。バンド名は事務所の社長・ジャニー喜多川が命名。
- 「ZOKKON 命」のイントロのフレーズにアメリカのロックバンド「ナイト・レンジャー」の代表曲「Don't Tell Me You Love Me」(当時の邦題/炎の彼方)のイントロのリフをそのまま使った事が音楽雑誌等でネタにされることがあった。
- 解散後、本木と布川はジャニーズ事務所をすぐに離れた。薬丸は残ったものの、1年後にジャニーズ事務所を離れた。
- 解散以来、3人が公の場に揃って出ることはなかった。しかし、本木も布川もそれぞれ薬丸が司会の『はなまるマーケット』「はなまるカフェ」にゲスト出演している。その後、本木主演の映画『おくりびと』が第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した際、授賞式の翌朝、同番組でロサンゼルスより生中継にて薬丸が本木にインタビューし、久しぶりの二人の共演が実現した[4]。また薬丸のレギュラー番組『オジサンズ11』に布川がゲスト出演し共演を果した。
- 薬丸はチェッカーズや吉川晃司といった続々と出てくるライバルに闘志を燃やしていたが、逆に布川や本木はチェッカーズと仲良しで[5]、チェッカーズが住んでいた合宿所にも遊びに行っていた。
- 2010年の夏に布川がふっくん布川としてスシ食いねェ!をもじった「そば食いねぇ!」でソロデビュー。解散から22年ぶりの歌手活動である。
- 2012年1月13日、TBS『ぴったんこカン・カン』で、スタジオゲストに薬丸・VTRで本木(ドラマ運命の人の番宣で沖縄へ)と布川(妻子とともに石垣島と"シブがき島"へ)が出演と、同一番組内に解隊後初めて揃って出演となった(共演ではない)。
主な出演作品(ソロは除く)[編集]
バラエティ番組[編集]
- ザ・ヤングベストテン (1981年 - 1982年、テレビ東京)
- レッツGOアイドル(1982年 - 1986年、テレビ東京)- 司会者
- 夕やけニャンニャン(1985年 - 1987年、フジテレビ)
- 欽ドン!お友達テレビ(1986年、フジテレビ)
- 今夜見納め!これが最後のシブがき隊(1988年、日本テレビ) 解散番組
- ザ・ベストテン(1982年-1988年、TBS)
- 夜のヒットスタジオ(1982年-1988年、フジテレビ)
- レッツゴーヤング(1982年-1986年、NHK)
- ヤンヤン歌うスタジオ(1982年-1987年、テレビ東京)
- 8時だョ!全員集合(1982年-1985年、TBS)ゲスト出演
- ミュージックステーション(1986年-1988年、テレビ朝日)
- 志村けんのだいじょうぶだぁ(1987年-1988年、フジテレビ)
NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
| 年度/放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 |
|---|---|---|---|---|
| 1982年(昭和57年)/第33回 | 初 | 100%…SOかもね! | 01/22 | 三原順子 |
| 1983年(昭和58年)/第34回 | 2 | 挑発∞ | 05/21 | 榊原郁恵 |
| 1984年(昭和59年)/第35回 | 3 | アッパレ! フジヤマ | 01/20 | 早見優 |
| 1985年(昭和60年)/第36回 | 4 | スシ食いねェ! | 02/20 | 河合奈保子 |
| 1986年(昭和61年)/第37回 | 5 | トラ! トラ! トラ! | 08/20 | 研ナオコ |
- 注意点
- 出演順は「出演順/出場者数」で表す。
テレビドラマ[編集]
- 2年B組仙八先生(1981年 - 1982年、TBS)
- 女7人あつまれば(1982年 - 1983年、TBS)- 暴走族「黒蜥蜴」のメンバーという役柄
- 源さん(1983年5月16日 - 9月26日、日本テレビ、月曜スター劇場)
- 噂のポテトボーイ(1983年10月13日 - 1984年3月29日、TBS)
- オールスターアイドルドラマ「走れ青春42.195キロ」(1984年4月11日、テレビ東京)
- ふたりの恋人・殺し屋から愛をこめて!〜ロマンチック連続殺人(1984年8月18日、TBS)
- シブがき隊のスシ食いねェ!(1986年5月5日、フジテレビ、月曜ドラマランド)
- さよならは一度だけ…(1988年11月4日、フジテレビ、男と女のミステリー)
映画[編集]
- シブがき隊 ボーイズ & ガールズ(1982年7月10日公開、東映)
- 三等高校生(1982年12月18日公開、東宝)
- ヘッドフォン・ララバイ(1983年7月16日公開、東映)
- バロー・ギャングBC(1985年4月27日公開、東映)
ラジオ[編集]
- シブがきトリオ 夜をまるかじり!(ニッポン放送)
- シブがき隊 ホット!ヒット!!はっと?!(ニッポン放送・おりも政夫との共演)
- シブがき隊 青春キャッチボール(TBSラジオ)
- シブがき隊 マジジェネレーション(TBSラジオ)
- ライオン リクエスト30・シブがき隊の俺たちマジだぜ!(文化放送)
- シブがき隊のスーパーギャング(TBSラジオ・1986年4月~9月、木曜担当)
CM(ソロは除く)[編集]
- ハウス食品
- リトルボール(1982年のグループ初CM)
- おにぎり囃子
- コロコロリン
- グーチョコパー
- 牛乳石鹸共進社
- ラブジュ
- 牛乳石鹸(進物用キャンペーン)
- サクラクレパス「ふちどりMARKER・メタリック」
- 小学館「マイアイドル」
- 日興證券(出演は無く、歌のみでの参加)
みんなのうた[編集]
- スシ食いねェ!(1985年、NHK)
ディスコグラフィ[編集]
シングル[編集]
- NAI・NAI 16(シックスティーン)(1982年5月5日)
- 100%…SOかもね!(1982年7月21日)
- ZIG ZAG セブンティーン(1982年10月28日)
- 処女的衝撃!(ヴァージンショック)(1983年2月25日)
- ZOKKON 命(LOVE)(1983年5月5日)
- Hey! Bep-pin(1983年8月8日)
- 挑発∞(MUGENDAI)(1983年10月13日)
- サムライ・ニッポン(1984年1月15日)
- 喝!(カツ)(1984年3月30日)
- キャッツ&ドッグ(1984年6月1日)
- アッパレ! フジヤマ(1984年7月7日)
- べらんめぇ! 伊達男(ダンディ)(1984年10月3日)
- 男意ッ気(イッキ)(1985年1月11日)
- DJ in My Life(1985年4月3日)
- 月光淑女!(ムーン・ビーナス)(1985年6月29日)
- KILL(1985年10月2日)
- トラ! トラ! トラ!(1986年1月22日)
- スシ食いねェ!(1986年2月1日)
- OH! SUSHI(スシ食いねェ! 英語ヴァージョン)(1986年4月10日)
- 飛んで火に入る夏の令嬢(1986年6月1日)
- 千夜一夜キッス倶楽部(アラビアンキッスクラブ)(1986年9月5日)
- 恋人達のBlvd.(ブールバード)(1986年11月21日)
- ドリーム・ラッシュ(1987年3月21日)
- 反逆のアジテイション(1987年7月22日)
- 演歌なんて歌えない(1987年11月21日)
- PSST PSST(プス プス)(1988年2月26日)
- 恋するような友情を(1988年7月15日)
- 君を忘れない(1988年10月8日)
アルバム[編集]
- ボーイズ & ガールズ(1982年7月1日)
- for'83 -We come together,we'll run together-(1982年12月1日)
- 夏・Zokkon -Memories For You-(1983年7月1日)
- Love∞MUGENDAI(1983年11月21日)
- “純情元年五月五日” 〜LOVE from HONOLULU〜(1984年5月5日)
- Honesty まじ(1984年12月8日)
- バローギャングBC ~From桑港~(1985年4月21日)
- エキゾティック(1985年11月21日)
- 5th ANNIVERSARY(1986年5月5日)
- 情熱的新世界 -PASSIONATE PARADISE-(1986年7月21日)
- HOROSCOPE ホロスコープ(1986年12月21日)
- NEXT STAGE(1987年5月5日)
- PSST PSST(1988年3月16日)
ベストアルバム[編集]
- シブがき隊2000BEST(2000年6月21日)他
CD-BOX[編集]
- シブがき隊 1982-1988(CD5枚組)(2008年6月10日)
ビデオ[編集]
- 88,11,2シブがき隊解隊コンサート(1988年)
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ “薬丸・国分・井ノ原で「100%…SO かもね!」生披露! 薬丸「ジャニーズシニアがんばります(笑)。」”. music.jpニュース (2016年6月25日). 2017年5月21日閲覧。
- ^ 矢野, pp. 130-131.
- ^ 矢野, pp. 131-133.
- ^ “モックンがヤックンに生放送で喜び報告”. nikkansports.com. (2009年2月24日) 2017年5月21日閲覧。
- ^ “本木雅弘 薬丸裕英はチェッカーズと敵対 シブがき隊は微妙に仲が悪かった”. デイリースポーツオンライン (2016年10月23日). 2017年5月21日閲覧。
参考文献[編集]
- 矢野利裕 『ジャニーズと日本』 講談社現代新書、2016年12月20日。ISBN 978-4-06-288402-0。
外部リンク[編集]
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