高田みづえ

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高田 みづえ
出生名 高田 みづえ(たかだ みづえ)
結婚後の本名は日高 みづえ(ひだか みづえ)
生誕 (1960-06-23) 1960年6月23日(58歳)
出身地 日本の旗 日本鹿児島県揖宿郡頴娃町(現・南九州市
職業歌手タレント
活動期間 1977年 - 1985年
レーベル テイチク/UNION
事務所 バーニングプロダクション

高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田)1960年6月23日 - )は、相撲部屋の「おかみ」で、元歌手・元タレント鹿児島県揖宿郡頴娃町(現・南九州市)出身。血液型はA型。夫は元大関大相撲力士で、現・二所ノ関親方の若嶋津六夫(本名:日高六男)。長男は元俳優の勝信。長女はタレントのアイリ

来歴・人物[編集]

アイドル歌手時代[編集]

1976年フジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』で第18代グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂」でアイドル歌手としてデビュー

「硝子坂」「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と4曲連続でヒット、1977年に第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞した[1]。同期デビューには清水健太郎狩人太川陽介榊原郁恵清水由貴子荒木由美子香坂みゆきらがおり、特に榊原・清水(由)と共に当時「フレッシュ3人娘」とも呼ばれていた。

NHK紅白歌合戦』にはデビュー時の1977年に初出場、翌1978年にも2年連続で出演。1979年は落選するが、その後1980年から1984年まで5年連続出場を果たし、過去8年間の歌手生活において合計7度紅白に出演した。

1978年3月27日フェスティバルホール(大阪)、同30日に東京渋谷公会堂でファーストコンサートを開催[2]。8月17日から19日にかけては、出身地鹿児島の鹿児島文化センター、指宿市民会館、川内市民会館で凱旋コンサート、同21日には大阪フェスティバルホール、31日には中野サンプラザでサマーコンサートを、それぞれ開催した[3]。またこの年には、「花しぐれ」でデビューから4曲連続オリコンベスト10入りを果たす。通算ベスト10入りは6曲。

1979年には『第30回NHK紅白歌合戦』を出場を逃すが、「子守唄を聞かせて」のB面に収録された「潮騒のメロディー」がロング・ヒットを果たし、TBSの『ザ・ベストテン[4]の「スポットライト」コーナー(1980年2月21日出演)では、高知県桂浜からの中継で歌唱披露した。

1980年7月発売の「私はピアノ[5]で再ブレイクし、日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞。『第31回NHK紅白歌合戦』にも2年ぶりに出場した。その後、発売した「愛のイマジネーション」のB面に収録されたカバー曲「真夜中のギター」がヒット。1982年には、音つばめの曲をカバーした「愛の終りに」および、アリス谷村新司作詞・作曲で谷村自身がバックコーラスも担当した「ガラスの花」を発売した。1983年には横須賀恵(山口百恵ペンネーム)作詞の未発表曲「通りすぎた風」をカバー、同年「そんなヒロシに騙されて[6]がヒット。翌1984年には競作曲の「秋冬」を発売する。

当時の所属事務所バーニングプロダクション、レコード会社はテイチク(現在はJVCケンウッド傘下)/UNIONで、レコードはすべて廃盤になったが、CDでシングルAB面収録ベスト盤やアルバム曲も収録した6枚組全集が発売された。

歌手業のほか、TVタレントとしても活躍する。特にTBSの『8時だョ!全員集合』や、フジテレビの『ドリフ大爆笑』等のゲスト出演時は、毎回のようにザ・ドリフターズのメンバーと水を掛け合ったり、物を投げ合うなどのコントを演じて、お茶の間の人気を博した。また、日本テレビの『カックラキン大放送!!』でも、レギュラー出演の新御三家野口五郎郷ひろみ西城秀樹)の3人達や研ナオコらとともにコメディを務め、観客達の笑いを誘っていた。

婚約・結婚[編集]

1985年2月に当時大関で大相撲人気力士だった、若嶋津六夫との婚約発表と同時に、歌手活動を含めた芸能界引退を表明する。その前1984年暮れの『第35回NHK紅白歌合戦』では、自身最後の紅白出演と密かに決意して「秋冬」を歌唱するも、感極まって涙声となるシーンを見せた。1985年6月1日東京厚生年金会館で、6月2日に大阪フェスティバルホールでファイナルコンサートを開催。6月5日に結婚前の若嶋津と共に出演した『夜のヒットスタジオ』では、「高田みづえサヨナラ企画」として自身のヒット曲メドレー等を涙ながらに歌唱。同番組登場を最後に、芸能活動を停止した。

同年9月27日に高田と若嶋津の結婚式披露宴が行われ、ホテルニューオータニで行われた披露宴の模様は、ゴールデンタイムに生放送された。独占放送権を獲得したのは、当時[7]大相撲ダイジェスト』等で相撲界との繋がりが強かったテレビ朝日である。司会は『大相撲ダイジェスト』でも実況を勤めた銅谷志朗が担当した。30.2%(ビデオリサーチ・関東地区)の平均視聴率を記録し、話題を呼んだ。若嶋津が1987年7月場所に現役引退した後は松ヶ根部屋(現・二所ノ関部屋)のおかみさんとなり、自ら相撲部屋の切り盛りをしている。

芸能界引退後[編集]

1985年に芸能界を引退した高田みづえは、引退当初は芸能活動をしていたころの自分に関するビデオやレコード、トロフィーなどを手放すなど完全に芸能界から距離を置いていた[8]が、その後も松ヶ根部屋(現・二所ノ関部屋)の女将として、特別番組などで稀にテレビ出演している。1988年2月には、高田と親交が深かった芳村真理が『夜のヒットスタジオ』の司会を勇退する際、花束贈呈のために夫の松ヶ根親方とともに特別出演した。また、同フジテレビのクイズ番組だった『なるほど!ザ・ワールド』特番時には、親方と夫婦でのコンビや、花田憲子(当時・現藤田紀子)とのおかみさん同士のコンビで、それぞれ出演したこともある。なおかつて高田はタレント時代、明石家さんまとよくペアを組んで解答していたものの、高田の結婚引退後のさんまは、工藤夕貴とのコンビを組んでいた。しかし、工藤のトンチンカンな解答の多さに呆れ返ったさんまは、「みづえカムバック!」と思わず叫んだことがあった。

2007年5月11日放送の『Dのゲキジョー』(フジテレビ)にて、高田はほぼ20年ぶりのスタジオ収録でのテレビ出演を行い、大相撲同年3月場所千秋楽後に行われた松ヶ根部屋の慰労パーティーの席上で、自身のデビュー曲の「硝子坂」をカラオケで披露するビデオなどが紹介された。その他、『速報!歌の大辞テン日本テレビ)』では、1980年ヒット曲の「私はピアノ」を紹介された時に、司会者・徳光和夫との電話で、声だけの出演を果たしている(テレビ画面には高田本人と勝信・アイリ達らとの写真が映された)。

2009年9月24日放送の『JNN50周年記念 ハイパーバラエティウィーク8時だョ!全員集合』(TBSテレビ)では、アイドル歌手時代に出演した頃の懐かしのコントを振り返るコメントが、松ヶ根部屋からのVTRで放送された。翌2010年5月4日放送の『カスペ!・芸能界の告白大ヒットに隠された壮絶人生SP!』(フジテレビ)にもVTRで出演、松ヶ根部屋から10年ぶりに新十両昇進を決めた松谷(のち松鳳山)裕也の苦労話や、自身の若嶋津との結婚・芸能界引退のエピソードなどを語っている。2012年5月29日は『火曜サプライズ』(日本テレビ・録画収録)にて、福留功男山瀬まみウエンツ瑛士が松ヶ根部屋を訪問し、おかみさんの高田や松ヶ根親方らと対面。その後ウエンツ瑛士が部屋の現役力士との猛稽古に恐々参加する場面や、部屋のちゃんこ鍋を共に食事するなどの光景が放映されていた。

2014年1月5日放映の『行列のできる法律相談所・明石家さんま2時間スペシャル!』(日本テレビ)にゲスト出演、司会のさんまと約30年ぶりのテレビ共演を果たしている。

2015年8月3日、「私の何がイケないの?」へ実娘のアイリと共にスタジオ出演[9]。同年8月8日放送のNHK総合テレビ思い出のメロディー』に生出演。音楽番組の登場は、1985年の歌手活動停止以来丁度30年ぶり(NHKのステージは1984年末の『第35回NHK紅白歌合戦』以来31年振り)で、自身のヒット曲「硝子坂」と「私はピアノ」の2曲を披露[10]した。

2016年2月22日、「徹子の部屋」へ娘・アイリとスタジオ共演。番組冒頭では31年前の芸能界引退後、当時大関・若嶋津との結婚披露宴パーティーのVTR映像などが流されていた[11]

音楽[編集]

シングル[編集]

# 発売日 A面
B面
タイトル 作詞 作曲 編曲 売上 オリコン
最高位
1970年代
1 1977年
3月25日
A
硝子坂[12] 島武実 宇崎竜童 馬飼野康二 31.1
万枚
9位
B
DÔMO DÔMO みうらよしこ 加藤和彦 馬飼野俊一
2 1977年
7月25日
A
だけど… 島武実 宇崎竜童 馬飼野康二 23.4
万枚
6位
B
流れ星
3 1977年
10月25日
A
ビードロ恋細工 島武実 宇崎竜童 船山基紀 21.8
万枚
9位
B
向い合わせ
4 1978年
3月5日
A
花しぐれ 松本隆 都倉俊一 18.5
万枚
10位
B
デイ・ドリーム
5 1978年
6月25日
A
パープル・シャドウ 松本隆 都倉俊一 9.9
万枚
16位
B
火の鳥
6 1978年
8月25日
A
なぜ…[13] 藤井伸生
島武実
宇崎竜童 船山基紀 2.0
万枚
46位
B
雨のコラージュ 島武実
7 1978年
9月25日
A
女ともだち 松本隆 筒美京平 高田弘 11.1
万枚
19位
B
泣きながらカナリヤ
8 1979年
1月25日
A
ドリーム・オン・ドリーム 島武実 宇崎竜童 船山基紀 3.3
万枚
42位
B
告白びより
9 1979年
5月1日
A
青春II[14] 松山千春 船山基紀 3.5
万枚
50位
B
あなたへ 島武実 宇崎竜童 萩田光雄
10 1979年
8月25日
A
潮騒のメロディー[15] 斉藤仁子 F.Mills 田辺信一 22.2
万枚
25位
B
子守唄を聞かせて 谷山浩子 馬飼野俊一
1980年代
11 1980年
4月21日
A
どうして私を愛したのですか 松本礼児 幸耕平 船山基紀 3.4
万枚
49位
B
愛するって何? るい 西谷翔 松井忠重
12 1980年
7月25日
A
私はピアノ[16] 桑田佳祐 松井忠重 49.3
万枚
5位
B
帰郷 たかたかし F.Mills 田辺信一
13 1981年
1月25日
A
愛のイマジネーション 安井かずみ 加藤和彦 船山基紀 11.1
万枚
19位
B
真夜中のギター[17] 吉岡治 河村利夫 竜崎孝路
14 1981年
7月5日
A
涙のジルバ 松宮恭子 松井忠重 9.6
万枚
22位
B
青春後記 山川啓介 松井忠重
15 1981年
11月5日
A
夢伝説
<ペルシャン・ブルー>
竜真知子 馬飼野康二 9.7
万枚
28位
B
緑のかがやき 山上路夫 M.Markerink 松井忠重
16 1982年
3月10日
A
愛の終りに[18] 花岡優平 川村栄二 15.1
万枚
28位
B
蝶になりたい 葉山まり 水橋春夫 萩田光雄
17 1982年
9月10日
A
ガラスの花 谷村新司 梅垣達志 10.0
万枚
34位
B
ドミノ
18 1983年
2月1日
A
通りすぎた風 横須賀恵 谷村新司 若草恵 7.3
万枚
28位
B
とまどい雨 来生たかお 来生えつこ 甲斐正人
19 1983年
5月21日
A
純愛さがし[19] 阿久悠 坂田晃一 3.2
万枚
45位
B
幸福イミテーション[20] 坂田晃一 美野春樹
20 1983年
6月30日
A
蒼いパリッシュ 桑田佳祐 八木正生 2.9
万枚
53位
B
泣かないで 阿久悠 馬飼野康二
21 1983年
8月21日
A
そんなヒロシに騙されて[21] 桑田佳祐 若草恵 30.6
万枚
6位
B
アメジスト 秋元康 松宮恭子
22 1984年
1月1日
A
秋冬[22] 中山丈二 堀江童子 若草恵 13.6
万枚
22位
B
北へ 石坂まさを 叶弦大 高田弘
23 1984年
7月5日
A
原宿メモリー 三浦徳子 新田一郎 大谷和夫 6.0
万枚
35位
B
鏡の中 藤田久美子 若草恵
24 1984年
10月1日
A
かげふみ 村下孝蔵 水谷公生 2.0
万枚
60位
B
似顔絵
25 1985年
1月21日
A
悲しきロンリーガール 篠原仁志 鈴木キサブロー 大谷和夫 3.8
万枚
42位
B
ゆれて哀しい恋だから 岡田冨美子 前田保 水谷公生
26 1985年
4月21日
A
チャイナ・ライツ 康珍化 筒美京平 大谷和夫 3.7
万枚
47位
B
カーテン・コール さだまさし 渡辺俊幸

アルバム[編集]

  1. オリジナル・ファースト(1977.08.25)[1st] GU-10
  2. びいどろざいく(1977.12.20)[2nd] GU-15
  3. ファースト・コンサート(1978.05.25)[ライヴ] GU-20
  4. みづえの部屋(1978.09.25)[ベスト] GU-25
  5. ドリーム・オン・ドリーム(1979.02.25)[3rd] GU-30
  6. ふりむけば秋(1979.09.25)[4th] GU-31
  7. 潮騒のメロディー(1980.05.25)[ベスト] GU-35
  8. イマジネーション(1980.10.25)[5th] GU-36
  9. 恋人たち(1981.07.25)[6th] UL-501
  10. 夢伝説〜ペルシャン・ブルー (1981.11.25)[ベスト] UL-502
  11. プリズム(1982.03.25)[7th] UL-503
  12. ガラスの花/愛の終りに(1982.10.21)[8th] GU-41
  13. スーパー・ヒット12/純愛さがし(1983.06.21)[ベスト](未発表曲「陽のあたる坂道」収録) GU-48
  14. あの日に帰りたい(1983.09.21)[全曲カバー] GU-51
  15. そんなヒロシに騙されて〜プライベート・コレクション(1983.)[シンガー・ソングライター作品集] GU-54
  16. 秋冬〜季節めぐり (1984.04.21)[四季別企画ベスト] GU-57
  17. 愛をあたためて(1984.11.21)[9th] GU-63
  18. 愛のモノローグ(1985.05.05)[10th] GU-68
  19. マイ・メモリー(1985.05.05)[ナレーション入2枚組ベスト] PU-27〜28
  20. ファイナル・コンサート(1985.07.21)[2枚組ライヴ] PU-29〜30

新人時代(1977年)の受賞[編集]

主なテレビ出演[編集]

◆レギュラー

◆ドラマ

◆ゲスト出演

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1977年(昭和52年)/第28回 硝子坂 05/24 清水健太郎
1978年(昭和53年)/第29回 2 花しぐれ 12/24 細川たかし
1980年(昭和55年)/第31回 3 私はピアノ 04/23 海援隊
1981年(昭和56年)/第32回 4 涙のジルバ 04/22 郷ひろみ
1982年(昭和57年)/第33回 5 ガラスの花 04/22 西城秀樹
1983年(昭和58年)/第34回 6 そんなヒロシに騙されて 12/21 山本譲二
1984年(昭和59年)/第35回 7 秋冬 03/20 千昌夫
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

CM出演[編集]

  • ナショナルパナピック
    • 「お父さんも歌手になれます」とのキャッチコピーでテレビCMされた家庭用カラオケ機器。
  • ロッテモペット(チョコレート菓子)
  • 牛乳石鹸(スキンライフ、牛乳ブランドイエローシャンプー)

著書[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 他には、東京音楽祭・優秀新人賞、日本テレビ音楽祭・優秀新人賞、銀座音楽祭・グランプリ、新宿音楽祭・金賞、日本有線大賞・最優秀新人賞、全日本有線放送大賞・新人賞、全日本歌謡音楽祭・優秀新人賞など - 当時のファン倶楽部会報『さくらじま』第5号より。
  2. ^ 当初、大阪公演は3月29日の予定だったが、ピンクレディーの大阪追加公演に会場を譲る形で繰り上げられた。そのため、大阪公演後に京都に移動して生出演するはずだったKBS京都のラジオ番組も27日に録音して29日に放送されることになった。
  3. ^ 東京・大阪での公演ではアニメソング・メドレーやピンクレディー・メドレー、山口百恵桜田淳子の持ち歌なども歌唱した。
  4. ^ 高田自身『ザ・ベストテン』の初登場は1978年3月の「花しぐれ」で、同番組の最高順位は8位だった。
  5. ^ サザンオールスターズ(ヴォーカルは原由子、作詞作曲は桑田佳祐)のカバー。アルバム「タイニイ・バブルス」に収録。
  6. ^ 「私はピアノ」と同じく、ボーカルが原由子、作詞・作曲が桑田佳祐のカバー。アルバム「綺麗」に収録。
  7. ^ その後、NHKが放送を引き継いだ。
  8. ^ 日本経済新聞夕刊 2017年4月25日
  9. ^ 私の何がイケないの?
  10. ^ 高田みづえ、31年ぶりNHKホールのステージに 「私はピアノ」など2曲披露”. ORICON (2015年7月31日). 2015年7月31日閲覧。
  11. ^ 今週の徹子の部屋 2月22日 高田みづえ/娘 アイリ
  12. ^ 木之内みどりのアルバム「硝子坂」に収録されている同名曲のカバー。
  13. ^ 雑誌「平凡」募集歌。
  14. ^ 松山千春の同名曲のカバー。
  15. ^ 発売当初は「子守唄を聞かせて」がA面だった。
  16. ^ サザンオールスターズの同名曲のカバー。
  17. ^ 千賀かほるの同名曲のカバー。
  18. ^ 音つばめの同名曲のカバー。
  19. ^ TBS系テレビドラマ「高校聖夫婦」主題歌。
  20. ^ TBS系テレビドラマ「高校聖夫婦」主題歌。
  21. ^ サザンオールスターズの同名曲のカバー。
  22. ^ 中山丈二の同名曲のカバー。