国鉄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

国鉄(こくてつ、英語: government-owned railway)は、国家が保有し、または経営する鉄道事業である。日本においては日本国有鉄道の略称としても用いられる。

国鉄の形態[編集]

経営上の形態[編集]

半官半民の株式会社だったケース(1982年公社に転換)のフランス国有鉄道

国際的には以下の経営形態を持つ鉄道運営組織について、一般的に「国鉄」と称される。事業体の英称としては"National Railway"、"State Railway"、"Republic Railway"などの語が用いられることが多い。

事業体が法人形態を取る国では、商事法以外の特別法[注 1] を法人の設立根拠とする「特殊法人」または「特殊会社」のケースが少なくない。また旧共産圏諸国など、歴史的経緯から私鉄がほとんどなかった地域では、国営または国有の鉄道事業体であるにもかかわらず、単に「鉄道」「鉄道企業体」などと呼称し、事業体の名称および略称に「国鉄」に相当する用語を用いないケースもある。

設立経緯・目的上の形態[編集]

設立の経緯・目的の面からは、国鉄は以下の3つの形態に分類される[1]

地域開発・産業振興目的
地域開発や産業振興の目的で国が先行投資として建設したもの。私鉄と並存している形態が多い。(日本の官設鉄道、ドイツの邦有鉄道、ベルギー国鉄など)
全国統一鉄道網を形成する目的
軍事上・産業上の要請から私鉄を買収して全国的に統一された鉄道網を形成する目的のもの。(日本の国有鉄道、スイス連邦鉄道ドイツ国営鉄道イギリス国鉄など)
私鉄の救済目的
経営の立ち行かなくなった私鉄を救済して国有化したもの。私鉄では経営できない人口希薄な場所へ建設するものを含む。(フランス地方鉄道、ベルギーのNMVB/SNCV、アメリカのコンレールなど)

歴史[編集]

国鉄の誕生と鉄道網の一元化[編集]

世界で初めて蒸気機関車による公共鉄道として開通したイギリスのストックトン・アンド・ダーリントン鉄道や、初めての実用的な蒸気鉄道であるとされるリバプール・アンド・マンチェスター鉄道をはじめとする初期の鉄道は、いずれも私鉄として開業した。ただし運輸安全体制の確保や、公共性の高い事業でありながら独占となりがちな経営形態から、早くから国による規制と許認可の制度が作られた。また多くの国で鉄道建設に対して補助金が支給された。

世界で最初の国有鉄道は、1835年にベルギーで開通した。1830年オランダから独立したベルギーでは、独立戦争で荒廃した国土の再建と経済開発を進めるために国有の鉄道網を計画し、国土を東西方向と南北方向に結ぶ十字形の路線を建設した。しかし当時は全国統一の路線網を形成する意図はなく、国内鉄道の営業距離は私鉄の方が長かった。

領邦に分かれていたドイツでは領邦ごとに鉄道網の建設が行われ、このうち各領邦政府が自ら建設した鉄道については邦有鉄道 (Staatsbahn) と呼ばれた。プロイセンで領邦内の私鉄を買収して鉄道網を邦有鉄道に一元化したのを皮切りに、他の領邦でも第一次世界大戦の時期にかけて同様の施策が取られた。ただし、ドイツ帝国による統一後も帝国直轄の鉄道はエルザス=ロートリンゲン鉄道のみだった。各邦有鉄道は大戦後の1920年に統合され、ドイツ国営鉄道 (Deutsche Reichsbahn) が発足した。

フランスでは、6大鉄道と呼ばれる民間の大鉄道会社が政府の保護の下に鉄道網を広げていた。一方で経営難に陥っていた地方の中小私鉄を救済するため、1878年にこれらを国有化した国有鉄道 (Chemin de Fer de l'État) が発足した。さらに1909年には大手私鉄のうち西部鉄道が経営破綻し、これも国有鉄道に吸収された。また第一次世界大戦後にフランス領に復帰したアルザス=ロレーヌの鉄道も国有(ただしÉtatとは別組織のアルザス=ロレーヌ鉄道)とされた。1937年には、残る主要私鉄と国が共同出資して設立した株式会社のフランス国有鉄道 (Société Nationale des Chemins de fer Français) に鉄道網が統一された。

大規模な国有化による全国的な国鉄網の形成は、第一次世界大戦前にはスイス1902年)、イタリア1905年)、日本(1907年)などで行われた。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間にはドイツ(1920年)、オーストリア1924年)、ベルギー(1926年)、オランダ、フランス(ともに1937年)など、多くのヨーロッパ諸国で同様の国鉄網整備が進んだ。

英米の「国鉄」[編集]

イギリスの鉄道網は、鉄道誕生以来私鉄のみで構成された。第一次世界大戦の戦時体制で一時的に各私鉄が国の監督下に置かれ、大戦後には国有化も検討されたが、結局「1921年鉄道法」により4大民営鉄道会社 (Big Four) に再編されるにとどまった。各鉄道会社は第二次世界大戦でも国の監督下に置かれたあと、戦後の1948年に政府のイギリス運輸委員会 (British Transport Commission) に経営移管され、イギリス国鉄 (British Railways) となった。

アメリカでは、初期から私鉄の建設について連邦政府が手厚い保護を行ったが、連邦政府が全国的な鉄道網を保有したことは一度もない。第一次世界大戦中には政府による各私鉄の輸送統制組織としてアメリカ合衆国鉄道管理局が設立された。またアラスカ州では開拓促進を目的としてアラスカ鉄道を連邦政府が所有していたことがある。

第二次世界大戦後、航空機自動車との競合で各鉄道会社の経営が悪化した。1971年には、採算が特に悪化していた長距離の旅客鉄道を存続させるため、連邦政府が出資してアムトラック(全米鉄道旅客公社、National Railroad Passenger Corporation)が設立された。アムトラックは北東回廊など一部を除いて線路は所有せず、私鉄各社から線路を借りて旅客列車を運行している。これとは別に経営破綻した北東部私鉄各社の救済を目的に、1976年に連邦政府資本によるコンレール(統合鉄道公社、Consolidated Rail Corporation)が発足し事業を継承したが、その後1999年、民間鉄道会社へ再売却された。

経営改善の試み[編集]

多くの国では1960年代以降、国鉄の経営悪化とその改善が大きな問題となった。イギリス国鉄は1963年ビーチング・アックスと呼ばれる大規模なローカル線の廃止やサービスの統廃合を進め、西ヨーロッパ諸国や日本でも同じような動きが進められた。

国鉄の経営形態そのものを見直す「民営化」は、日本の国鉄分割民営化(1987年)が先鞭をつけた。これによってサービスの改善や収支の改善が進んだとして国際的に注目が集まり、ヨーロッパ諸国でも国鉄事業体の民営化が検討されるようになった。ヨーロッパでは欧州連合(EU)が主導する形で上下分離方式が導入され、多くの国で列車運行事業体の分離と株式会社化が進められたが、政府出資の国有企業となっている国が多く、路線や施設などの管理運営業務については、公社組織や国家機関が継承しているケースが目立つ。日本においても北海道、四国の旅客、及び貨物の3社は2016年現在も政府出資の国有企業となっている。

ヨーロッパで最初に国鉄改革を実施したのは、1988年7月に王立鉄道委員会の国営鉄道事業から路線保有管理事業を分離し、新設の産業省線路管理局 (Banverket) に移管したスウェーデンである。イギリスでは国鉄を機能別に分割して民営化を実施したが、分割された組織間の煩雑な契約関係や連携不足などの問題が発生し、線路保有事業会社のレールトラック社は、レールの折損が原因で特急列車が脱線転覆した「ハットフィールド事故」(2000年)をきっかけに経営破綻した。同社の事業は、経営面で国の関与を従来より強化した新会社、ネットワーク・レール社が継承している。

各国の国鉄[編集]

日本[編集]

日本においては、明治期に政府が開設し運営していた国営の官設鉄道(官鉄)がはじまりである。のち1906年鉄道国有法による鉄道国有化で、日本鉄道など当時の大手私設鉄道17社を買収して誕生した新しい国営鉄道網について、政府が自ら建設した官鉄と区別し、新たに「国有鉄道」と称した。

国有鉄道は政府官庁である工部省、逓信省、内閣鉄道院、鉄道省、運輸通信省運輸省によって、国の帝国鉄道会計(1946年度まで)および国有鉄道事業特別会計(1947年度・1948年度)による国営事業として運営していた。1949年からは、日本国有鉄道法に基づき、政府出資の公共企業体(公社)である日本国有鉄道が行う国の公共事業として、1987年まで運営された。戦後においては、日本国有鉄道の略称としての「国鉄」の呼称が広く普及した。

この日本国有鉄道は1987年の国鉄分割民営化で解散し、JRグループに移行した(「JR会社法」も参照)。なお発足した当時のJR7社、および現在の北海道旅客鉄道(JR北海道)、四国旅客鉄道(JR四国)、日本貨物鉄道(JR貨物)については、全株式を政府が保有する株式会社(特殊会社)の鉄道事業体であり、国際的には国有鉄道に準じた経営形態であるものの、国鉄とは呼称されていない。

アジア[編集]

ヨーロッパ[編集]

CIS諸国・バルト三国[編集]

  • エストニア国鉄
  • リトアニア国鉄
  • ラトビア国鉄
  • ウクライナ国鉄(ウクライナ鉄道
  • ベラルーシ国鉄(ベラルーシ鉄道
  • ロシア国鉄 - ソ連運輸通信省(МПС СССР)から1992年、ロシア連邦運輸通信省(МПС Российской Федерации)に移管。2003年に連邦鉄道事業をロシア連邦政府100%出資のロシア鉄道公開株式会社ОАО «Российские железные дороги»)に移管。2007年に第一貨物企業体公開株式会社(ОАО «Первая грузовая компания»)に貨物列車運行事業を、2010年に第二貨物企業体公開株式会社(ОАО «Вторая грузовая компания»)に貨物列車運行事業、連邦旅客企業体公開株式会社(ОАО «Федеральная пассажирская компания»)に長距離旅客列車運行事業をそれぞれ分割移管。
  • グルジア国鉄
  • カザフスタン国鉄

アフリカ[編集]

南北アメリカ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『鉄道の地理学』pp.114 - 115

注釈[編集]

  1. ^ 日本の「日本国有鉄道法」、イギリスの「1947年輸送法」など

参考文献[編集]

関連項目[編集]