YOUNG MAN (Y.M.C.A.)
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| 「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」 | ||||
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| 西城秀樹 の シングル | ||||
| 初出アルバム『YOUNG MAN/HIDEKI FLYING UP』 | ||||
| B面 | HIDEKI DISCO SPECIAL | |||
| リリース | ||||
| ジャンル | アイドル歌謡曲 | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | RCA / RVC | |||
| ゴールドディスク | ||||
| チャート最高順位 | ||||
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| 西城秀樹 シングル 年表 | ||||
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「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(ヤングマン ワイ・エム・シー・エー)は、西城秀樹の楽曲で、1979年2月21日にリリースされた28枚目のシングルである。アメリカのディスコミュージック・グループのヴィレッジ・ピープルがヒットさせた「YMCA」のカバー曲。
目次
解説[編集]
- オリコンチャートでは、リリースされて2週間で3位に初登場し、翌週より5週連続で1位を獲得。累計売上80.8万枚を記録した自身最大のヒット曲で、「新御三家」の全てのシングル曲の中でも最大のセールスを誇る。週間1位獲得は1973年の「ちぎれた愛」、「愛の十字架」に続いて3作目。また、年間シングルチャートでも1974年の「激しい恋」の第8位に続き1979年の第7位を獲得[1]。なお、累計売上は180万枚[2]とする書籍もある。
- ディスコ音楽として、当時アメリカでヒット中のヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」を、当時の西城秀樹のマネージャーであったあまがいりゅうじ(天下井隆二)が青春讃歌/応援歌として訳詞し、大谷和夫が青春歌謡ポップス風にアレンジした作品である。
- 「Y」「M」「C」「A」の4文字を全身で表現し、全世界に向けて共通のメッセージを発信、「皆で歌い、心身を躍動させて一緒に踊る」という、観客参加型のパフォーマンスがブームとなった。「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」の原曲である「YMCA」の同振付についてアメリカのテレビ司会者であるディック・クラークは自身が司会を担当する音楽番組「アメリカン・バンドスタンド」で初めて行われたと語っている。ヴィレッジ・ピープルがゲストだった1979年1月6日の同番組において、演奏中に観客の一部が行っているのがみられ、またリードボーカルのヴィクター・ウィリスもその振り付けを練習していた[3]。曲中の女性のコーラスや手拍子は当時の西城のファンクラブの会員を抽選でスタジオに招いてレコーディングされた。
- TBS系の音楽番組『ザ・ベストテン』では「ブーツをぬいで朝食を」に続いて、9週連続第1位にランクインし、同番組初にして唯一の満点(9999点)を獲得した(1979年4月5日・12日放送)[4]。前年の「ブルースカイブルー」の第9位に続いて、1979年の年間ベストテンでも第7位を獲得[5]。
- 第10回「日本歌謡大賞」、第8回「FNS歌謡祭」グランプリを受賞し、第30回NHK紅白歌合戦で歌唱。翌1980年の春には第52回選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも選ばれた。
収録曲[編集]
- A面: YOUNG MAN (Y.M.C.A.)
- 作詞:Henri Belolo・Victor Wills、作曲:Jacques Morali・日本語詞:あまがいりゅうじ、編曲:大谷和夫
- B面: HIDEKI DISCO SPECIAL
- 編曲:大谷和夫
- 過去のヒット曲をディスコビートに乗せたメドレー形式の楽曲。終盤には「YOUNG MAN」のイントロ部分も登場する。
エピソード[編集]
- 西城が1978年に渡米した際にヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」を知り、カバー曲を提案した所、周りのスタッフからは、カバー曲になることやゲイ・イメージを売りにした曲であることなどから猛反対を受けたという[6]。
- 本曲を新譜として発売することになった際には、日本ビクター(当時)の大和工場に西城自ら出向き、「(僕のレコードのために)残業させてしまいますが、お願い申し上げます」と呼びかけてミカン箱の上に登り、本曲を歌唱して工場従業員たちを激励したという[7][8]。
- 西城がかつて川崎市に在住していた縁で、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の川崎フロンターレが等々力陸上競技場で行う試合(ホームゲーム)のハーフタイムショーに出演し、この曲を歌うことがあった。初登場は2000年7月26日のヴェルディ川崎戦で、2004年以降、西城が死去する前年の2017年まで毎年市制記念試合の度に行われ、恒例行事となっていた(2007年は川﨑麻世が代演)。
収録アルバム[編集]
カバー[編集]
YOUNG MAN (Y.M.C.A.)[編集]
- 笑む&笑むs(松岡充、都啓一、岡野ハジメ)(1997年。アルバム『西城秀樹ROCKトリビュート KIDS WANNA ROCK!』収録)
- はいだしょうこ(2008年。アルバム『しょうこのMy Favorite Songs』収録)
- 桑田佳祐(2012年。ライブDVD『桑田佳祐 LIVE TOUR & DOCUMENT FILM 「I LOVE YOU -now & forever-」完全盤』収録)
- GENERATIONS from EXILE TRIBE(2017年。アルバム『涙を流せないピエロは太陽も月もない空を見上げた』収録)
- BOYS AND MEN(2017年。アルバム『威風堂々~B.M.C.A.~』収録。ボイメンver.にアレンジ)
- E-girls(2018年。アルバム『E.G. 11』収録)
YMCA好知己[編集]
年輕人YMCA[編集]
- 谷行雲(シンガポール,1981年。中国語アルバム『蝸牛與鸝鳥』収録)
- 吴永法&何耀伟(中国,1985年。中国語アルバム『阿里巴巴』収録)
- 杨坤(中国,2010年。中国語アルバム『DISCO(的士高)』収録)
YMCA青年人[編集]
- 林芳(中国,1984年。中国語アルバム『现代小姐』収録)
この曲が使用されるもの[編集]
- 読売ジャイアンツのテイラー・ヤングマンの登場曲。
関連作品[編集]
コマーシャル・ソングとして[編集]
サビのY・M・C・A以降の部分が、替え歌としてコマーシャル・ソングに使用された。
- NTTコミュニケーションズ 0033(選択中継サービス、2004年)山口智充
- 0033! あとは続けて 携帯番号 携帯への 通話がおトク オトクになるのさ
- ワイモバイル「素晴らしいワイモバイル」編(2016年)
- 素晴らしい ワイモバイル ワイモバイル
また2000年代前半に西城が出演していたアサヒフードアンドヘルスケア(現・アサヒグループ食品)『シーズケース』のコマーシャルでは、サビの手前の間奏部分で「C!C!C!C!」と歌った後、Cのポーズを取りながら「素晴らシー!」と叫んでいた。
脚注[編集]
- ^ オリジナルコンフィデンス「オリコン年鑑 1980年版」P18
- ^ 読売新聞社文化部『この歌この歌手―運命のドラマ120〈下〉』社会思想社、1997年、97頁。ISBN 4390116029
- ^ bronson494 (2015-08-02), Village People Live On American Bandstand VH1 Flashback Live 2018年9月17日閲覧。
- ^ 黒柳徹子、西城秀樹さん悼む 『ザ・ベストテン』での共演回顧「ダントツに歌がうまかった」
- ^ 角川インタラクティブ・メディア「別冊ザ・テレビジョン ザ・ベストテン 〜蘇る! 80'sポップスHITヒストリー〜」P64
- ^ 読売新聞社文化部『この歌この歌手―運命のドラマ120〈下〉』95-97頁。
- ^ “「ヤングマン」製造工場のミカン箱で歌った 秘話”. ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. (2018年5月18日) 2018年5月19日閲覧。
- ^ “「西城秀樹さん 訳詞・天下井隆二さんが明かす「ヤングマン」誕生秘話”. 産経ニュース. 産業経済新聞社: p. 1-2. (2018年5月17日) 2018年5月19日閲覧。
関連項目[編集]
- 1979年の音楽
- 卒業旅行 ニホンから来ました - 1993年公開の日本映画。劇中で、主演の織田裕二が「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」を歌っている。
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