瀬戸の花嫁

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瀬戸の花嫁
小柳ルミ子シングル
B面 それでも川は流れる
リリース
ジャンル アイドル歌謡曲
レーベル ワーナー・パイオニア
作詞・作曲 山上路夫平尾昌晃
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1972年度年間2位(オリコン)
小柳ルミ子 シングル 年表
雪あかりの町
(1972年)
瀬戸の花嫁
(1972年)
京のにわか雨
(1972年)
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瀬戸の花嫁」(せとのはなよめ)は、1972年4月に発表された小柳ルミ子の4枚目のシングルである。小柳ルミ子としては「わたしの城下町」に次ぐヒットとなり、2作目の週間オリコンチャート首位を獲得した。 

解説[編集]

「わたしの城下町」同様、"ディスカバー・ジャパン路線"を踏襲する楽曲で"瀬戸内海"をテーマに製作された[1][2]。瀬戸内海を代表するご当地ソングである。瀬戸内海の小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。曲の舞台が香川県小豆郡土庄町沖之島であるとする説もあるが、モデルとなった具体的な島はない。作詞の山上は瀬戸内海の島は訪れたことはないが[3]、瀬戸内海は仕事で四国へ行く途中、水中翼船で何度も通ったことがあり、広島県尾道から四国に向かう水中翼船から見た段々畑と、美しい夕焼けの島々の景色が印象的で、それを思い浮かべ作詞をしたと話している[1][4]

収録曲[編集]

  1. 瀬戸の花嫁(3分16秒)
  2. それでも川は流れる(3分6秒)

替え歌[編集]

  • ブルー・シャトウ」と同様に、歌詞が拍で切れる部分に、その直前の語尾の文字から始まる食べ物の名前を入れる替え歌が広く当時の子どもの間で歌われた(食べ物の名前にバリエーションがある)。
  • 歌い出しの部分が『キャンディ・キャンディ』の主題歌に似ていることから、嘉門達夫「替え唄メドレー3」の歌が変わるシリーズにて使われた。
  • この歌の歌詞を、宇宙戦艦ヤマトの主題歌のメロディに合わせて歌う事も出来る。(勿論、逆にこの曲のメロディに合わせて、宇宙戦艦ヤマトの歌詞を歌う事も出来る。)

関連の話題[編集]

  • 小柳本人が大澄賢也との離婚騒動が話題になっていた当時、この曲をもじった「瀬戸際の花嫁」という見出しが週刊誌に登場したことがある。後年小柳はこの見出しについて、あれは実に上手いキャッチコピーだったと述べている[5]
  • 布施明が自身のリサイタルで、ジャイアント馬場物真似で「瀬戸の花嫁」を歌ったことがある。非売品シングルレコード「布施明のそっくりショー ジャイアント馬場の瀬戸の花嫁」にそのときの音源が収録されている。
  • カマタマーレ讃岐の応援歌の1つであり、選手入場時にサポーターが、「瀬戸の花嫁」を歌っている。
  • JR四国の主に予讃線管内の駅(高松駅坂出駅宇多津駅丸亀駅多度津駅観音寺駅新居浜駅今治駅)、及びJR西日本宇野駅児島駅および岡山駅瀬戸大橋線ホームにおいて、駅の列車発着時のメロディーに使用されている。
  • 上述の発車メロディの経緯から、タカラトミー発売のプラレール「全国アナウンス・ステーション」では、「四国エリア」でこの曲が収録されている。
  • せとうちバスでは、高速路線バスの車内メロディーとして使用している。
  • テレビせとうち開局日の開局記念歌謡番組では、一曲目が本曲であり、出演者全員で歌われた。
  • 沢知恵がアルバム『われ問う』(コスモスレコーズ)にカバーを収録している。
  • 2017年7月21日、作曲担当の平尾昌晃が79歳で肺炎により逝去。同年10月30日に平尾の音楽葬が営まれた際、参列した小柳ルミ子は終始号泣しながら弔辞を読み、また小柳を始めとする歌手仲間達が「瀬戸の花嫁」を大合唱し、平尾の霊前に捧げていた[6][7]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]