小柳ルミ子

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小柳ルミ子
出生名 小柳 留美子
別名 夏川るみ・rumico(旧芸名)
ルミちゃん
生誕 (1952-07-02) 1952年7月2日(66歳)
出身地 日本の旗 日本 福岡県福岡市早良区
学歴 宝塚音楽学校
ジャンル 歌謡曲
職業 歌手
女優
担当楽器
活動期間 1970年 - 現在

小柳 ルミ子(こやなぎ ルミこ、本名:小柳 留美子1952年7月2日 - )は、日本歌手女優。70年代アイドル。別名:rumico。現在の福岡市早良区生まれ。母親は秋田県出身[1]血液型はA型。愛称:ルミちゃん。年間約2000試合も見るサッカーマニア。

来歴[編集]

宝塚時代[編集]

筑紫女学園中学校卒業後、宝塚音楽学校に入学。以後の2年間は朝9時より夜10時過ぎまで学び、寮の門限である11時擦れ擦れに帰宅する多忙な年月を過ごす。友人が宝塚音楽学校の先輩にあたる梓みちよの知り合いでその口利きで在学中に渡辺プロダクションに歌手になりたいと願い出る。渡辺プロは、「宝塚を首席で卒業したら歌手にしてあげる」と回答。言葉通り見事、1970年(昭和45年)に宝塚音楽学校を首席[2]で卒業。同期には元専科の萬あきら、女優の麻実れい東千晃らがいる。歌手デビューが約束されていたが、初舞台だけは踏みなさいと言われ、そのまま「夏川るみ」の名で宝塚歌劇団に入団し、2か月で退団した。歌手デビューを当初から念頭においており、小柳にとって宝塚は歌や演技の鍛錬を積むためのいわゆる腰掛けであった。

芸能界デビュー[編集]

退団した同年の1970年、歌手デビューの前に顔を売るためにNHK連続テレビ小説』で女優としてデビュー。

1971年(昭和46年)4月25日にはワーナー・ブラザース・パイオニア(現在のワーナーミュージック・ジャパン)の邦楽部門初の歌手として契約。作曲家平尾昌晃プロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューし、160万枚[3]の大ヒットとなる。同曲は1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第1位を記録し、また第13回日本レコード大賞最優秀新人賞も獲得した。

その後も、翌1972年(昭和47年)にリリースした「瀬戸の花嫁」で同年の第3回日本歌謡大賞を受賞。ほか「お祭りの夜」「京のにわか雨」「漁火恋唄」 なども大ヒットし、天地真理南沙織らとともに当時『三人娘』と呼ばれ(後年には『新三人娘』とも言われる)、1970年代前半を代表するアイドルとなった。

その後はアイドルというジャンルを卒業。1970年代後半~1980年代前半に入ってからは、持ち前の歌唱力を活かした正統派歌手として「冬の駅」「逢いたくて北国へ」「星の砂」「来夢来人(ライムライト)」「お久しぶりね」など、数々のヒット曲を飛ばした。その軌跡として、デビューの1971年(昭和46年)から1988年(昭和63年)まで、NHK紅白歌合戦に18年連続出場という実績を残している。さらに女優としても活躍し、1983年日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど高く評価を受ける(詳しくは後述 「女優として」)。8時だョ!全員集合の最多出演ゲストである。

転機[編集]

順風満帆かに見えたが、元々、ポップスやミュージカルを志向していた小柳と渡辺プロとは意見の相違があった。待遇面の不満も含め、渡辺プロダクションからの独立を巡り当時のナベプロに妨害された事から仕事を干される等辛酸を舐める。1971年には、公衆の面前で渡辺プロダクションの和久井保(のちワクイ音楽事務所社長)から「現場のマネージャーの言うことを聞かない」と殴打され、和久井が退社に追い込まれたこともある[4]

1989年(平成元年)に、13歳年下の無名のダンサーであった大澄賢也と電撃結婚するが、2000年(平成12年)に離婚となる(詳しくは後述 「結婚について」) 。

2002年(平成14年)、歌手名をrumicoに、女優名を小柳ルミ子とした[5]。同年リリースされた島津亜矢のシングル「夜桜挽花」とアルバム『彩 -AYA-』のトータルプロデュースを手がける。

2007年(平成19年)7月22日、27歳年下の俳優・石橋正高との婚約を発表するが、入籍直前に婚約解消(詳しくは後述 「結婚について」) 。

2010年(平成22年)7月2日には芸能生活40周年記念パーティーとバースデーパーティを兼ねて盛大に開催された。各界に人脈があり交友関係が大変幅広い小柳のもとに友人、親友などの芸能人や関係者が700人集まった。

エピソード[編集]

1982年誘拐報道』でキネマ旬報賞助演女優賞、第6回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、1983年に公開の『白蛇抄』で見せた迫真の演技により、第7回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した。

1994年(平成6年)、日本テレビ系連続ドラマ『家なき子』に安達祐実演じる主人公・相沢すずを執拗に苛める伯母・園田京子役で出演(ドラマでは序盤の3週のみ出演。その後、映画版にも登場)、小柳本人にとっては初の苛め役であった。インタビューでは「絶対に弱みを見せないで頑張りましたね」と安達を評価したこともある。

2000年(平成12年)、日本テレビ系列にて松本幸四郎主演で放送されていたドラマ『明日を抱きしめて』にて、主要キャストとして出演していた三田佳子が息子の不祥事の心労から降板。急遽、三田とも親しい小柳に白羽の矢が立てられた。

大澄賢也との夫婦生活[編集]

大澄との結婚後は、夫婦でのテレビ出演やステージを精力的に行い、かつては芸能界のおしどり夫婦とも呼ばれていたものの、夫婦生活は約12年で離婚。離婚する条件として、「大澄に対して高額(1億円)の慰謝料を要求したこと」、そうでなければ「以前の無名のバックダンサーに戻ること」のどちらかの二者選択を迫っていたことが明らかになった。しかし、テレビ朝日系『徹子の部屋』に出演した際に、上記の二者選択発言は、実際は大澄が発言したとも告白している。加えて、「週刊女性」の中で小柳のマネージャーが「"慰謝料はもらっていない"と、小柳から聞いています。"慰謝料は一銭もいただいていない"と。でも、もう過去のことです」と語っている[6]が、第三者を通してこれらの実態が明確にされたことはない。

石橋正高との婚約[編集]

婚約の前年である2006年12月12日に亡くなった小柳の母親の喪が明けてから籍を入れる予定であった。しかし、入籍直前、石橋に対して結婚への疑問を抱き始めたとのことで、石橋との同居及び婚約も解消したことを告白。「甘えられる事に疲れた」と話しているが、実際には交際が世に知れ渡る1ヶ月前には破局していたとのこと[7]

人物[編集]

小柳ルミ子が宝塚に入ったりアイドル歌手になったりしたことは、全て小柳の母の影響であったという。小柳の母は娘・ルミ子の人生に非常に大きな影響を及ぼしたとのこと。

幼少期は、娘を歌手にさせたかった母の期待を受け、日本舞踊クラシックバレエジャズダンスタップダンス・ピアノ・三味線・習字・歌、計8つの習い事に通っていた。

わたしの城下町」や「瀬戸の花嫁」が大ヒットしていた頃、小柳ルミ子は“清純派の歌が上手なアイドル歌手”としてもてはやされていた。しかし小柳は自分が“清純派”として見られることには抵抗感を感じていたという。昼間は“清純派歌手”として慎ましい言動をとりながら、夜は毎晩のようにディスコで踊りまくっていたという。

同年代のアイドルだった天地真理とは、所属事務所が同じ渡辺プロダクションだったということもあり、なにかと比較されることが多かった。当時は天地真理・小柳ルミ子・南沙織の3人が「3人娘」として一世を風靡したが、小柳は「3人娘」の中でも特に人気が高かった天地真理に対して、激しい嫉妬を感じていたという。シングルレコードのジャケット写真の撮影でも、天地真理の衣装はまるで白雪姫のような豪華な衣装であったのに対して、小柳のシングルレコードのジャケット写真の衣装は、自分の服だったという。それらの過去の不満を数十年後に放送されたテレビ番組の特番で、小柳が天地真理に告白したことがあった。しかし、これは当時の小柳の会社に対する思いであり天地真理には何ら関係がない。マスコミ(テレビや週刊誌)はそのような採り上げ方で2人のライバル関係を煽り今も放送することがある。

霊感があると主張し、旅先でのホテルなどで体験した心霊体験は『ごきげんよう』などのテレビ番組で度々、披露している。

麻雀を得意にしており、フジテレビ系の番組『THEわれめDEポン』で、風間杜夫阿藤快長門裕之という実力派相手に小四喜自摸和したことがある。「東」・「南」・「西」は小柳が副露して「北」の単騎待ち状態だったが、その前に「北」が既に2枚捨てられて残り1枚という厳しい状況だった。

以前よりジュエリー好きを公言している。2014年には、“大人の女性が身に着けるに相応しい華やかでエレガントなハイジュエリー”をコンセプトにした本人企画・デザインのジュエリーブランド『DANCING QUEEN』をプロデュース。テレビショッピング専門チャンネルQVCにおいて販売をしている。特に新作が発表される放送日には小柳本人が生出演しモデルを買ってでて実際に商品を身に着け、デザインの拘りを解説している[8]。又従兄弟にドラァグクイーンの福岡で活躍中のリリー・チャンがいる

アルゼンチン代表メッシに魅了されて以来、筋金入りのサッカーファンとなり、年間2000試合を超える観戦を行い、書き留めた観戦ノートは100冊以上に上る。日本代表槙野智章との対談では「スカウティング担当としてきて欲しい」と言わしめた。[9]

音楽[編集]

シングル[編集]

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲
1970年代
1 1971年
4月25日
わたしの城下町 安井かずみ 平尾昌晃 森岡賢一郎
2 1971年
9月25日
お祭りの夜 安井かずみ 平尾昌晃 森岡賢一郎
3 1972年
1月25日
雪あかりの町 山上路夫 平尾昌晃 森岡賢一郎
4 1972年
4月10日
瀬戸の花嫁[10] 山上路夫 平尾昌晃 森岡賢一郎
5 1972年
8月10日
京のにわか雨 なかにし礼 平尾昌晃 森岡賢一郎
6 1972年
11月10日
漁火恋唄 山上路夫 平尾昌晃 森岡賢一郎
7 1973年
2月25日
春のおとずれ 山上路夫 森田公一 森岡賢一郎
8 1973年
5月25日
恋にゆれて 安井かずみ 平尾昌晃 森岡賢一郎
9 1973年
8月10日
十五夜の君 安井かずみ 浜圭介 森岡賢一郎
10 1973年
11月10日
恋の雪別れ 安井かずみ 平尾昌晃 森岡賢一郎
11 1974年
3月10日
花のようにひそやかに 阿久悠 平尾昌晃 森岡賢一郎
12 1974年
6月10日
ひとり囃子
-"祇園祭"より-
喜多條忠 平尾昌晃 森岡賢一郎
13 1974年
10月10日
冬の駅 なかにし礼 加瀬邦彦 森岡賢一郎
14 1975年
2月25日
黄昏の街 林春生 加瀬邦彦 森岡賢一郎
15 1975年
5月25日
ひと雨くれば[11] 麻生香太郎 井上忠夫 森岡賢一郎
16 1975年
9月10日
花車 麻生香太郎 森岡賢一郎
17 1976年
1月10日
桜前線 麻生香太郎 徳久広司 馬飼野俊一
18 1976年
5月10日
恋岬 小林亜星 森岡賢一郎
19 1976年
7月10日
夾竹桃は赤い花 岩谷時子 宮川泰
20 1976年
9月25日
逢いたくて北国へ 橋本淳 井上忠夫 森岡賢一郎
21 1977年
1月25日
思い出にだかれて 橋本淳 佐瀬寿一 川口真
22 1977年
4月25日
星の砂 関口宏 出門英 森岡賢一郎
23 1977年
8月25日
湖の祈り 関口宏 出門英 森岡賢一郎
24 1978年
1月25日
ひとり歩き なかにし礼 さかうえけんいち 森岡賢一郎
25 1978年
4月25日
夢追い列車 伊藤アキラ 平尾昌晃 萩田光雄
26 1978年
7月10日
泣きぬれてひとり旅 河島英五 森岡賢一郎
27 1978年
11月25日
雨… 中島みゆき 萩田光雄
28 1979年
4月25日
スペインの雨 阿久悠 大野克夫 萩田光雄
29 1979年
8月25日
恋ごころ 竜真知子 井上堯之 馬飼野俊一
1980年代
30 1980年
1月25日
来夢来人 岡田冨美子 筒美京平 萩田光雄
31 1980年
7月5日
螢火 門谷憲二 出門英 川上了
32 1980年
10月21日
ジョーク 中村泰士 高田弘
33 1981年
3月15日
南風 いではく 遠藤実 宮川泰
34 1981年
8月25日
たそがれラブコール 阿久悠 川口真
35 1982年
5月21日
みだれ髪 喜多條忠 平尾昌晃 竜崎孝路
36 1982年
12月5日
通りゃんせ帰りゃんせ 岡田冨美子 小杉保夫 高田弘
37 1983年
7月21日
お久しぶりね 杉本真人 梅垣達志
38 1984年
5月5日
今さらジロー 杉本真人 梅垣達志
39 1985年
3月5日
乾杯! 杉本真人 梅垣達志
40 1986年
3月21日
[12] 岡田冨美子 玉置浩二 奥慶一
41 1987年
4月21日
背中でちょっとI Love You 園部和範
小柳ルミ子
岡本朗 吉川忠英
42 1987年
10月5日
泣かないから 松井五郎 玉置浩二 武部聡志
43 1988年
10月25日
LEATHERY 湯川れい子 Mieko 中村哲
44 1989年
4月25日
だらしがないね 松本一起 伊藤薫 若草恵
1990年代
45 1991年
1月1日
はずかしがらずに男たちよ 阿久悠 三木たかし
川口真
川村栄二
46 1991年
11月28日
誰でもいいはずないじゃない 三浦徳子 後藤次利 清水信之
47 1994年
11月26日
涙が迎えに来てるから 荒木とよひさ 三木たかし 若草恵
48 1995年
7月1日
夜明けの伝言[13] 荒木とよひさ 都志見隆 若草恵
49 1996年
1月25日
荒木とよひさ 三木たかし 若草恵
50 1997年
5月25日
千年の恋 渡辺なつみ 小坂恭子 矢代恒彦
51 1998年
9月19日
だから京都 たきのえいじ 平尾昌晃 根岸貴幸
2000年代
52 2000年
5月24日
いい気になるなよ 小柳ルミ子 杉本真人 矢野立美
53 2002年
6月21日
TEN ZILLION
〜100億の幸福に包まれて〜
[14]
小笠原ちあき 鹿紋太郎 勝又隆一
54 2003年
2月26日
お久しぶりね
〜rockin' rumiko mix〜
[15]
杉本真人 a million bamboo
2010年代
55 2011年
3月2日
やさしくして なかにし礼 平尾昌晃 若草恵
56 2012年
3月7日
アカシヤの大連 なかにし礼 平尾昌晃 若草恵
57 2012年
12月5日
青林檎 一青窈 平尾昌晃 若草恵
58 2014年
3月5日
愛のせいで… 及川眠子 中崎英也

その他のシングル[編集]

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲
- 1973年
6月
しあわせの輪をひろげよう[16] 湯乃村紘一 浜口庫之助 小杉仁三

アルバム[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

  1. 私の十二曲 小柳ルミ子 日本抒情歌集ワーナーブラザーズ・パイオニア L-6018R) (1971.9.25)
  2. 愛のカフェテラス・お祭りの夜 美しい娘ふたり/辺見マリ 小柳ルミ子の世界[17](ワーナーブラザーズ・パイオニア L-6027P) (1971.10)
  3. お祭りの夜 ふるさと日本の唄・小柳ルミ子(ワーナーブラザーズ・パイオニア L-6032R) (1971.11.25)
  4. 京のにわか雨 はるかなるこころのふるさと SOFTLY RUMIKO KOYANAGI(ワーナー・パイオニア L-8012R) (1972.8.25 絵葉書にもつかえるルミ子のカラーポート 全十二枚付
  5. 小柳ルミ子のすべて 忘れかけていた心の歌 ALL ABOOUT RUMIKO KOYANAGI(ワーナー・パイオニア L-5501~2R)(1972.11.25 「クリスマス・ソング」「春の唄」「詩・朗読」17センチLP・カラー・レコード[18]付 カレンダー付カラー・ポスター 豪華カラー写真集付
  6. 春のおとずれ ルミ子とフォークの出逢い RUMIKO WIYH FOLK(ワーナー・パイオニア L-8017R) (1973.3.10 ルミ子の自筆歌詞カード付
  7. 小柳ルミ子 あしたも日本晴れ(ワーナー・パイオニア L5053~4R) (1973.11.10 豪華大型カラーポスター付
  8. 小柳ルミ子 -あたらしい友達-(ワーナー・パイオニア L-8035R)(1974.5.25)
  9. 小柳ルミ子 昨日・今日・明日(ワーナー・パイオニア L-5058~9R) (1974.11.25 カラー・ポスター付
  10. 小柳ルミ子 こころの歌 緑の地平線(ワーナー・パイオニア L-8060R) (1975.5.25 全曲カヴァー
  11. 小柳ルミ子 花車(ワーナー・パイオニア L-10008R) (1975.9.10)
  12. 小柳ルミ子 春・夏・秋・冬(ワーナー・パイオニア L-5505~6R) (1975.12 豪華カラー・ポスター付
  13. 故郷 小柳ルミ子 北から南から(ワーナー・パイオニア L-6103~4R) (1976.6 豪華カラー写真集付
  14. 青春の真中で 小柳ルミ子(ワーナー・パイオニア L-5519~20R) (1976.12)
  15. 小柳ルミ子 わたしの城下町から星の砂まで(ワーナー・パイオニア L-4901~6R) (1977.4)
  16. 風がはこぶものは 小柳ルミ子(ワーナー・パイオニア L-10069R) (1977.5)
  17. 愛に甦える・小柳ルミ子 南から北へ(ワーナー・パイオニア L-10091R) (1977.11)
  18. 愛こそはすべて 小柳ルミ子[19](ワーナー・パイオニア L-10116)(1978.7)
  19. 素顔のまま(SMS[20] SM25-5001) (1978.11)
  20. スペインの雨(SMS SM25-5011) (1979.5)
  21. 来夢来人(SMS SM25-5050) (1980.4)
  22. 小柳ルミ子大全集(SMS SMAO-5155~9) (1980.10.21)
  23. 浪漫的 ロマンチック(SMS SM28-5068) (1980.12 ★カラー・ピンナップ★ 歌詞カードつき
  24. たそがれラブコール(SMS SM28-5077) (1981.8)
  25. いくつもの星が流れて(SMS SM28-5095) (1982.12)
  26. うたかた(SMS SM28-5408) (1984.5)
  27. 小柳ルミ子/ベスト・セレクション[21]ポリスター PSCF-5006) (1995.7.26、25周年記念アルバム

ライヴ・アルバム[編集]

  1. 初心を忘れまいと誓った日 小柳ルミ子オン・ステージ 東京日比谷公会堂・ライヴ録音(ワーナーブラザーズ・パイオニア L-5024~5R) (1972.4.25 特大カラー・ポスター付
  2. こんにちわ小柳ルミ子です わたしがいちばんしあわせな日 1973年4月5日 東京厚生年金ホール・ライヴ録音(L-8022R) (1973.6.10 [22] 豪華カラーポスター付
  3. 小柳ルミ子 いつまでもこんな日が 大阪梅田コマ・ライヴ録音(ワーナー・パイオニア L-10020R) (1975.10.25)
  4. 青春・歌はわたしの心 小柳ルミ子 1976年10月25日 大阪フェスティバルホール・ライヴ録音 (ワーナー・パイオニア L-5517~8R)
  5. 「やさしさということ」 小柳ルミ子NHKホールリサイタル 1979年8月11日 NHKホール・ライヴ録音 (SMS SM40-5033~4) (1979.9 初回特典:写真集付

編集盤[編集]

  1. 雪あかりの町 小柳ルミ子 輝く明日への出発(ワーナーブラザーズ・パイオニア L-6042R) (1972.2.25)
  2. 小柳ルミ子・トップ・リクエスト(ワーナー・パイオニア L-8052R) (1975.3.10)
  3. 小柳ルミ子全曲集(CBS・ソニー FCLD-101)(4枚組
  4. 私の故郷 小柳ルミ子(ワーナー・パイオニア L-5533~4R) (1977.12)
  5. THE BEST OF RUMIKO KOYANAGI(SMS SM25-5019)(1979.7)
  6. 愛.あの頃そして今(SMS SM38-5042~3) (1979.12)
  7. 旅(SMS SM25-5032) (1980.2)
  8. 海(SMS SM25-5025) (1980.3)
  9. 蛍火(SMS SM28-5056) (1980.8)
  10. 日本の夏~ひと雨くれば(SMS SM28-5074) (1981.7)
  11. NHK紅白歌合戦出場曲(SMS SM28-5082) (1982.10)
  12. お久しぶりね-ベストセレクション-(SMS SM28-5404) (1983.10)
  13. ベストセレクション 小柳ルミ子(SMS SM28-5411) (1984.11)
  14. 小柳ルミ子 ニュー・ベスト(ソニー・ミュージックエンタテインメント EPCE-4009) (1998.05.21)
  15. 小柳ルミ子 CD-BOXビクター エンタテイメント VCS-1004~9) (2002.5.21CD6枚組
  16. ゴールデン☆ベスト 小柳ルミ子 シングル・コレクションソニー・ミュージックダイレクト MHCL-518)(2005.3.24)
  17. 小柳ルミ子 デラックス・ボックス(ワーナーミュージック・ジャパン WQZQ-21/32) (2011.7.20、CD11枚、DVD1枚組
  18. 小柳ルミ子 GOLDEN☆BEST SMSイヤーズ・コンプリート・ABシングルス(CDSOL-1576~7)(2014.6.4、CD2枚組)

紅白歌合戦出場歴[編集]

1971年・第22回に初出場以来、1988年・第39回まで18年連続で出場。

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1971年(昭和46年)/第22回 わたしの城下町 8/25 はしだのりひことクライマックス
1972年(昭和47年)/第23回 2 瀬戸の花嫁 16/23 三波春夫
1973年(昭和48年)/第24回 3 漁火恋唄 1/22 布施明 トップバッター
1974年(昭和49年)/第25回 4 冬の駅 4/25 フォーリーブス
1975年(昭和50年)/第26回 5 花車 18/24 森進一
1976年(昭和51年)/第27回 6 逢いたくて北国へ 21/24 春日八郎
1977年(昭和52年)/第28回 7 星の砂 18/24 沢田研二
1978年(昭和53年)/第29回 8 雨… 19/24 北島三郎
1979年(昭和54年)/第30回 9 恋ごころ 13/23 布施明(2)
1980年(昭和55年)/第31回 10 来夢来人 10/23 内山田洋とクール・ファイブ
1981年(昭和56年)/第32回 11 たそがれラブコール 8/22 菅原洋一
1982年(昭和57年)/第33回 12 みだれ髪 14/22 西田敏行
1983年(昭和58年)/第34回 13 お久しぶりね 6/21 沢田研二(2)
1984年(昭和59年)/第35回 14 今さらジロー 13/20 田原俊彦
1985年(昭和60年)/第36回 15 乾杯! 8/20 郷ひろみ
1986年(昭和61年)/第37回 16 5/20 田原俊彦(2)
1987年(昭和62年)/第38回 17 ヒーロー~Holding Out for a Hero 15/20 菅原洋一(2)
1988年(昭和63年)/第39回 18 愛のセレブレイション 17/21 菅原洋一(3)
  • 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

出演[編集]

バラエティ[編集]

サッカー番組[編集]

テレビドラマ[編集]

※挿入歌は小柳ルミ子「シルクな心」
1990年代後半から2000年代前半にかけて、土曜ワイド劇場枠で『京都の芸者弁護士事件簿』シリーズとして制作された。主演は小柳と同様に宝塚出身の涼風真世
※小柳ルミ子として衣裳協力もしている

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

  • 歌の妖精4(日本音楽教育センター)

舞台[編集]

吹き替え[編集]

イベント[編集]

  • 花の万博 グランドフィナーレショー(1990年)

雑誌[編集]

パチンコ[編集]

CM[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『あの日あの時母の顔―私の母語り』 小学館 1996年 156頁
  2. ^ 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』阪急コミュニケーションズ2014年4月1日、80-81頁。ISBN 9784484146010
  3. ^ 新井恵美子『女たちの歌』 光文社、2004年、ISBN 4334783147
  4. ^ 軍司貞則『ナベプロ帝国の興亡』p.248
  5. ^ 後に音楽番組に出演する際も「小柳ルミ子」名義に戻している。
  6. ^ 2007年7月10日号の週刊女性『独占スクープ! 小柳ルミ子との離婚から7年 大澄賢也 慰謝料1億円 実は…「一銭も払ってないッ!」』より。
  7. ^ 2007年11月27日、テレビ朝日系『スーパーモーニング
  8. ^ QVC ブランド「小柳ルミ子『DANCING QUEEN』」
  9. ^ 小柳ルミ子、サッカー解説者デビューへ!「浦和-ドルトムント」で副音声初挑戦
  10. ^ JR瀬戸大橋線宇野線JR四国発車メロディとして使用されている。
  11. ^ 1979年にA面とB面の入れ替え盤をリリースした。さらに1981年には、大日本除虫菊のCMソングとして使用され、再度A面としてシングルリリースされた。
  12. ^ 石川ひとみの楽曲「」に、異なる歌詞をつけたリメイク楽曲。
  13. ^ 高山厳とのデュエット。
  14. ^ rumiko名義。
  15. ^ rumiko meets a million bamboo名義。
  16. ^ 農協共済のCMソングとして使用された。歌詞は一般応募で一等入選したものが採用された。レコードは非売品であったが、2011年発売の「小柳ルミ子 デラックス・ボックス」で初CD音源化された。
  17. ^ 辺見マリと小柳ルミ子のジョイント編集アルバムではあるが、辺見と小柳のトークが入っている。
  18. ^ 色は黄色。
  19. ^ SMSから再発された際にアルバム・タイトルは『泣きぬれてひとり旅』に変更された。
  20. ^ SOUNDS MARKETING SYSTEMの略。かつて存在した渡辺プロダクションのレコード会社。
  21. ^ アルバム・タイトルはいわゆるベスト・アルバムを思わせるものがあるが、10曲中7曲はオリジナル作である。
  22. ^ ただし、A面1曲目の「恋にゆれて」はスタジオ録音。
  23. ^ 2018(平成30)年 大河ドラマ「西郷どん」出演者発表!”. NHKドラマトピックス. NHK (2017年4月12日). 2017年4月12日閲覧。

外部リンク[編集]