中野サンプラザ

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中野サンプラザ
Nakano Sunplaza
中野サンプラザ
情報
通称 サンプラザ、中野サンプラザ
旧名称 全国勤労青少年会館
完成 1973年
開館 1973年6月1日
収容人員 2,222人
客席数 2,222席(1 - 4階)
設備 スクリーン、フライングスピーカー、オケピット、映写室、リハーサル室等
用途 コンサート全般、宿泊
運営 株式会社中野サンプラザ
所在地 東京都中野区中野四丁目1番1号
位置 北緯35度42分27秒 東経139度39分53秒 / 北緯35.70750度 東経139.66472度 / 35.70750; 139.66472座標: 北緯35度42分27秒 東経139度39分53秒 / 北緯35.70750度 東経139.66472度 / 35.70750; 139.66472
アクセス JR東日本中央本線中央線快速/中央・総武緩行線)・東京メトロ東西線中野駅北口より徒歩1分
公式サイト 中野サンプラザ

中野サンプラザ(なかのサンプラザ、英称Nakano Sunplaza)は、東京都中野区にある宿泊音楽などの複合施設で、特にコンサート会場として、またアイドルの「聖地」として有名である。

沿革[編集]

1973年昭和48年)6月1日開業。旧労働省所管の特殊法人であった 雇用促進事業団によって、雇用保険法に基づく勤労者福祉施設として建設された。正式名称は全国勤労青少年会館であった。かつては、雇用推進事業を柱とする若者の職業相談を担当する「サンプラザ相談センター」が開設され、若者の就業相談を請け負っていたが2003年平成15年)に閉鎖された。その他、図書室などを併設していたが、民営化に伴い閉鎖された。 若者文化の発信地として、日比谷野外音楽堂日本武道館とも並び人気があったが、公益事業ということもあり営利を求めるものではなかったことと、収益の見込める施設であったため、民間への譲渡が求められるようになった。

そのため、勤労者福祉施設の廃止への流れに伴い売却が決定され、地元の中野区と金融機関・企業等が出資して設立された所有会社「株式会社まちづくり中野21」に52億9987万円で売却された。同時に設立された「株式会社中野サンプラザ」が2004年(平成16年)12月より運営を開始し、文化複合施設としてホテル・結婚式会場の運営、カルチャーセンターの開催、スポーツ施設の運営などを行っている。コンサート会場・大規模イベントホールとしての利用もされている。

2012年6月29日、中野区都市政策推進室の見解として隣接する中野区役所との一体再開発のため、2018年以降に中野サンプラザを取り壊す方針であることが報じられた[1]2014年6月27日にもJR東日本などと共同で駅ビルなどを整備の為、2020年から2024年をめどに区役所と揃って当施設を解体する計画が進んでいる事が報じられた[2]。解体後は、最大1万人収容のアリーナを備えた集客施設を設け、オフィスやホテル、マンションが入る複合施設も整備される予定[3]

施設概要[編集]

敷地面積は約1ha・海抜121m(地上高92m)で、地上21階、地下2階である。大小2つの三角積木を合わせて置いたような、特徴的なデザインを有する。

中野サンプラザ入口にある時計台が、クリスマス前後にはイルミネーションされ、区民や訪れた人に親しまれている。
  • コンサートホール(1 - 4階、2,222席)- 音響家が選ぶ優良ホール100選に選ばれている。
  • 結婚式場(6階)
  • 研修室(7・8階)
  • テニスコート(8階)
  • レンタルオフィス(9階)
  • 宴会場(10 - 15階)
  • ホテル(16 - 19階)
  • レストラン(20階)
  • フィットネススタジオ・リハーサル&レコーディングスタジオ(地下1階)
  • プール(地下2階)
  • ボウリング場(地下2階)
  • インターネットカフェ(MB階)
  • フラワーショップ(MB階)
クリスマス前後の中野サンモールのイルミネーションの光に照らされた中野サンプラザ。北東方向より。

関連項目[編集]

  • 銀座音楽祭 - 開催当初はサンプラザ音楽祭と名乗っていた。
  • サンプラザ中野くん - (爆風スランプ)、アマチュア時代にイベントで中野サンプラザを利用した際、自分の苗字が中野であったことから芸名をサンプラザ中野とした。中野サンプラザではPRになるとして名称の使用を許可しており、無断使用にはあたらない。
  • 丸井 - かつては同社が主催する試写会の会場によく使われていた。
  • カックラキン大放送!!

出典[編集]

外部リンク[編集]