ジェームス三木

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ジェームス三木( - みき、本名:山下 清泉(やました きよもと)、1935年6月10日 - )は、日本脚本家作家演出家、元歌手。身長170cm。血液型はB型。

来歴・人物[編集]

満州国奉天省奉天市(現・中国遼寧省瀋陽市)から小学生の時に大阪府茨木市に引き揚げる。中学2年の時、父が心臓病で急死。父の死後、医師である叔父の勧めで医学部を受験する予定だったが、大阪府立市岡高校に入学後は演劇恋愛に熱中。高校2年の時、演劇部で自ら主演・演出した芝居が大阪府高校演劇コンクールで1位入賞。これを期に俳優志望となり、俳優座養成所の入所試験を受けたところ、12倍の競争率を突破して合格。1953年、3年生の5月に高校を中退して上京し、第5期生として俳優座養成所に入所。

しかし学費や生活費を稼ぐためのアルバイトに追われ、大阪弁が抜けなかったことによるコンプレックスも災いし、さらに仲代達矢の後塵を拝していたこともあって養成所を2年で中退。その後テイチクレコードの新人歌手コンクールに応募したところ、200倍の競争率を突破して合格。月給6800円でテイチクの専属歌手となり、ディック・ミネ三波春夫の前座を務めまた石原裕次郎『錆びたナイフ』のテスト録音を行っている。

テイチクからはフランク永井ビクター)の対抗馬として売り出されていたが人気が出ず、地方巡業など歌手として13年間の下積み生活を送る。その間、大学入学資格検定に合格する。

1960年3月1日、山下典子と結婚。生活のため横浜のナイトクラブ「ナイトアンドデイ」の専属歌手となる(この時の後輩に無名時代の青江三奈がいた)。30歳を過ぎて人気が落ち始めた頃、新聞広告を見て文芸同人誌に小説『装飾音符』を発表。この作品が『新潮』に転載される。これを機に文芸志望へ転じ、シナリオ作家協会主催のシナリオ研究所(現在のシナリオ講座)に研究生として入所。半年後の1968年、処女作『アダムの星』で第18回新人映画シナリオコンクールに準入選を果たす。この作品が映画監督・野村芳太郎の目にとまり、ナイトクラブ歌手と二足の草鞋を履きながら野村に師事。1969年、34歳のときに映画『夕月』で脚本家としてデビュー[1]

1983年には脳腫瘍で入院したが生還し、仕事復帰。

1985年連続テレビ小説澪つくし』が視聴率55%を記録し、純愛ブームが巻き起こる。1986年、本作で日本文芸大賞脚本賞受賞。

1987年大河ドラマ独眼竜政宗』を大ヒットさせ、大河史上1位の視聴率を獲得。

1989年、『善人の条件』で映画監督に初挑戦した。

1997年、『存在の深き眠り』『憲法はまだか』で放送文化基金賞脚本賞受賞。

1999年、第50回NHK放送文化賞受賞。

舞台演出、小説、随筆なども手がけている。

エピソード[編集]

  • ペンネームの由来は「税務署行き」をもじったもので、歌手時代にディック・ミネに芸名をつけてもらおうとしたところ「これから税務署に行かなくちゃならない」と言われたことから来ているとされていたが、これは事務所がつくったネタだとも言われている。小津安二郎の脚本家としての別名「ゼームス槇」にあやかったとの説もある。
  • 歌手として13年ほど活動するが、一向に芽が出ず、脚本家へ転身した後もこの名前を使い続けている。脚本家としてのデビューは『七人の刑事』だったが、名前を覚えてもらえず「ジュース三本」と誤植されたこともあった。
  • 脳腫瘍の経験談や日本国憲法について説く講演活動を、頻繁に行っている[2]
  • 九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めている[3]
  • クイズダービー』(TBS)に複数回、ゲスト解答者として出演。しかし第700回[4]、第750回[5]では2回連続0勝8敗で、第845回[6]の2問目まで不正解で、実質18連敗以上している。
  • 長男は俳優の山下規介。実弟の山下六合雄(やました くにお、1945年5月29日-2010年5月1日 )にも、脚本や作曲を手がけた作品がある。
  • 愛煙家としても知られ、昨今の公共の場所の禁煙に対し、「せめて70歳以上は、いつどこで喫煙してもよいと、大目にみてくれるとありがたい」と朝日新聞の投書欄[7]に投稿している。

女性問題[編集]

1992年から1993年にかけて、元妻・山下典子の著書『仮面夫婦』(祥伝社)『夫婦戦争』(現代書林)によって家庭内暴力[8]や動物虐待[9]、不貞の事実を暴かれた。

その際、『春の歩み(或る美青年)』と題する女性遍歴ノートの中で、自らが性交した女性たち(1952年から1970年まで173人に及ぶ)の容姿や性器(「キカイ」と称した)を、「65(点)」「A級」「B級」「C級」「ベタベタと、濡れ過ぎるやうな、ダラシない性器」[10]「踏みあらされし、砂川町のタンボの如き局所」[11]などと古典的仮名遣いを交えて詳細に批評・採点し、なおかつ足に障害のある女性を抱いた経験について「興味の中心は、この女が×××(引用者註、足が悪いことの表現) であると云ふ一事に尽きた。後は、只もう、不潔感と、後悔の念で、ツバを吐きかけたくなった。二度とこの女の顔は思ひ出したくない。不愉快な思ひ出である。××(引用者註、前歯の形に関する慣用語) で、×××(引用者註、足が悪いことの表現) で、クビに大きな傷痕のある女」[12]「×××(引用者註、足が悪いことの表現) は良し--と云ふ格言?は脆くも潰された。×××は所詮×××なり、伝説を信ずる勿れ」[11]などと差別的な記録を残していたことが明らかにされて一大スキャンダルに発展した。

このため50本以上の講演予定をキャンセルされ、NHKの番組出演も降板を余儀なくされるなどの損害を受ける。このため、1992年、名誉毀損で典子と祥伝社を刑事告訴。1993年には、典子と祥伝社に1億3712万9823円の損害賠償を求めて民事提訴した。民事については、1994年、被告側が500万円の和解金を支払うことで解決。しかし離婚については金銭面で折り合いが付かず、2000年2月にようやく離婚成立となった[13]。一連の騒動について「女性の見方が変わりましたね」と苦笑まじりに話したことがある[14]。妻・典子との離婚が成立した直後、27歳下の元国際線客室乗務員と再婚した[13]

主な作品[編集]

脚本[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

ゲームソフト[編集]

著書[編集]

戯曲[編集]

  • 『青春泥棒徹と由紀子』(1984年大和書房 ヤングアダルトブックス)
  • 『花丸銀平』(1986年実業之日本社
  • 『澪つくし 戯曲』(1986年、未来社)
  • 『旅よ恋よ女たちよ』(1986年、実業之日本社)
  • 『結婚という冒険 ジェームス三木戯曲集』(1986年、未来社)
  • 『独眼竜政宗 NHKテレビ・シナリオ』(1987年、曜曜社出版)
  • 『ときめき宣言 オリジナルシナリオ』(1989年徳間書店
  • 『安楽兵舎V.S.O.P. ジェームス三木戯曲集』(1991年、未来社)
  • 『巨人の帽子 ジェームス三木戯曲集』(1993年、未来社)

小説[編集]

エッセイ[編集]

  • 『テレビドラマ紳士録 ジェームス三木対談集』(1982年、映人社)
  • 『ヤバイ伝』(2000年新潮社
  • 『ドラマと人生』(2008年、社会評論社
  • 『平成オトナの勝手塾 中高年一貫指導』(2008年、社会評論社)
  • 『人間の正体 人を動かしているものは何か』(2008年、中経出版

共著[編集]

  • 『夏服のイヴ』(1984年、集英社文庫コバルトシリーズ)共著:はりう・しずえ
  • 『夏服のイヴ 松田聖子主演映画』(1984年、実業之日本社)共著:佐藤映湖
  • 『潔い女は美しい 歴史に学ぶ女の生き方』(2002年、致知出版社)共著:杉本苑子
    • 『日本の歴史を動かした女たち』(中経の文庫)
  • 『これまでの道、これからの夢』(2008年、きょうされん)共著:藤井克徳

作詞[編集]

その他・番組出演[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b ジェームス三木 (2016年4月14日). 大脚本家・ジェームズ三木「保護本能をくすぐられる」松本清張で魅せる“女性の描き方”. (インタビュー). テレビドガッチ.. http://dogatch.jp/news/cx/38671 2016年5月2日閲覧。 
  2. ^ [1]
  3. ^ マスコミ九条の会(よびかけ人はだれですか)
  4. ^ 1989年7月29日放送。
  5. ^ 1990年7月28日放送。
  6. ^ 1992年8月1日放送。
  7. ^ 『朝日新聞』2008年8月4日朝刊
  8. ^ 『夫婦戦争』p.206によると、まだよちよち歩きだった長女が三木の妹の形見のランドセルで遊んでいると、三木はうるさいと言ってそのランドセルを長女に投げつけた。その結果、長女は唇を切って6針縫う重傷を負った。
  9. ^ 『夫婦戦争』pp.201-204によると、三木は牝の柴犬を飼っていたとき、バケツ2杯の石油をその柴犬の下半身にかけて火傷を負わせ、果ては半身不随にしてしまったことがある。その3年後、三木はその柴犬を引越しのついでに独断で捨ててしまった。
  10. ^ 『夫婦戦争』p.113
  11. ^ a b 『夫婦戦争』p.117
  12. ^ 『夫婦戦争』pp.117-118
  13. ^ a b 福田ますみ「ジェームス三木・山下典子 『仮面夫婦』の『春の歩み』壮絶バトル」(『新潮452006年9月号、p.67)
  14. ^ NHK大河ドラマ・ストーリー『八代将軍吉宗』(1994年 日本放送出版協会)
  15. ^ a b c 自作テレビドラマの舞台化。