小川知子 (女優)

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おがわ ともこ
小川 知子
生年月日 (1949-01-26) 1949年1月26日(70歳)
出生地 日本の旗 広島県広島市[1]
職業 女優・歌手
ジャンル テレビ・映画
活動期間 1960年 -
配偶者 林与一(1977年-1983年)
伊東順二(1988年-)[1]
主な作品
映画
大奥物語』(1967年)
続大奥物語』(1967年)
テレビドラマ
金曜日の妻たちへ[1]
備考
身長:157cm
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小川 知子(おがわ ともこ、1949年1月26日[1] - )は、日本女優歌手広島県広島市生まれ、東京都北区育ち。

1970年前後に、人気アイドル歌手として有名になる[2]1980年代は『金曜日の妻たちへ』などのテレビドラマに出演。1990年代幸福の科学の人物として知られた[1]

経歴・人物[編集]

広島市の生まれ[3]。3歳の時、東京王子に転居[3]北区立王子小学校の同級生に羽田健太郎がいる[4]

バレエを習いながら小学校5年の時東宝児童劇団に入り1960年日本テレビドラマ『ママちょっと来て』でデビュー[3]

子役としてドラマの出演の他、精華学園女子中学校在学中から日本テレビバラエティ番組九ちゃん!』の司会などで活躍[3]1965年16歳で東映にスカウトされ入社[1]。同期に大原麗子らがいる。『悪魔のようなすてきな奴』で映画デビュー[1]。『大奥物語』(新人賞受賞)、『続・大奥物語』の主演など3年間に10数本の映画に出演。また1965年、TBS夢のスタジオ』の司会を久保浩と共に務める[5]1966年久保浩と一緒に歌ったリズム歌謡「恋旅行」を初シングルとしてビクターから発売する。1967年精華学園女子高等学校卒業。青春路線をやるという約束で東映にスカウトされたが、結局、青春ものは1本もやらずに、いやらしい題名の映画(『尼寺物語』)をやらせようとしたと、18歳で単身東映本社に乗り込み東映と契約を解消した[6]。東映との契約はまだ2年以上残っており、すぐに東芝から歌手デビューしたこともあって、小川の振る舞いに当時のマスコミは散々叩いた[7]

1968年、「ゆうべの秘密」で正式に東芝から歌手デビュー[1]オリコン1位を獲得するヒットを記録。

この曲は南米コロンビアでも70年代初頭に「Amor japonés」("日本の愛"の意味)という題名でヒットした。小川が歌唱したものだが、「AKAINA AKAMOTO」という歌手が歌ったことになっており(TOMOKO OGAWA が変化したものと見られる)、日本からどのようにしてこの曲がコロンビアに広まりヒットしたのかは不明である。

なお「ゆうべの秘密」レコーディング時には熱を出していたために、「吐息タッチ」な歌声になってしまったという。それでも男心をくすぐるその歌声で一躍人気者となりヒット曲を連打、『NHK紅白歌合戦』には1968年から1970年まで3年連続出場した[1]。『夜のヒットスタジオ』の第1回放送にも出演。俳優時代の演技力を生かし『夜のヒットスタジオ』の挿入コントの柱となり、『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』などでもコントを演じた[8]

1968年人気絶頂時に兄と20日間海外旅行。当時芸能人が長期休暇を取得することは異例だった[9]ミニスカートが流行りはじめると最も早くこれを取り入れる[10]

18歳の時、キャンティで知り合った恋人のカーレーサー福澤幸雄福澤諭吉の曾孫)が1969年2月、テスト走行中に事故死。直後の『夜のヒットスタジオ』収録で「初恋のひと」を歌いながら泣き崩れた事件は、テレビ界に衝撃を与え、伝説化した[8]

1970年代に入ると、再び映画・テレビを中心に活躍。映画では『「されどわれらが日々」より 別れの詩』(1971年)のヒロインを演じ、日本で人気があったフランス人俳優ルノー・ヴェルレーと共演した『恋の夏』(1972年)などに主演。

福澤の死から3年経った1973年、福澤が愛し、奪った世界をしっかりこの目で見てこの手で記録し、そして乗り越えたいと、自ら出演、監督、主題歌、撮影、録音、編集をこなしたドキュメンタリー『マカオ・グランプリ』を撮影[11]。また実年齢より落ち着いた色っぽい大人の女性の雰囲気を持ち、20代半ばでダイハツ初代シャルマンイメージキャラクターなども務めた[12][13]1975年当時としては珍しく個人事務所を設立[14]。テレビでは1983年から放送を開始した『金曜日の妻たちへ』などの不倫ドラマが有名。また『夜のヒットスタジオ』では、谷村新司とのデュエット曲「忘れていいの-愛の幕切れ-」(1984年)を歌唱中、谷村が小川の胸元に手を忍び込ませ、大きな話題を呼んだ。

1977年俳優林与一と結婚するも後に離婚。その後、美術評論家の伊東順二と再婚した。

1991年作家景山民夫と「幸福の科学」の広告塔となり、雑誌「フライデー」の記事に対する講談社への抗議活動を行う(講談社フライデー事件)。闘士の如く絶叫し、マスコミに大々的に取り上げられ、世間の話題をさらった。この事件後、マスメディアの露出が極端に減ることになる。その後、1998年に景山が火災により死去した際には、「馬車に導かれて昇天する景山氏を見た」と極めてオカルト色の強い発言をした[15]

1994年、ドラマ「命ささえて-ママ、パパはエイズなの?」で日本民間放送連盟優秀賞を受賞。

1996年の夏、公私ともに親交のある歌手美川憲一と共にフジテレビ世界の超豪華・珍品料理」で料理を食べさせられたことがあったり同「第20回爆笑!スターものまね王座決定戦」審査員、テレビ朝日徹子の部屋」出演など、露出が減っていた時期にバラエティ・トーク番組のゲスト出演を積極的に行っていた時期もあった。

2000年代頃から歌手活動を再開し、2006年には『玉置宏歌のアルバム同窓会コンサート』で、橋幸夫錦野旦フォーリーブスらと全国をまわった。

カラーコーディネーターの資格を持ち、多方面で活躍している。

幸福の科学の月刊誌「アー・ユー・ハッピー?」で2010年7月からエッセイを連載している。

略史[編集]

  • 1960年:テレビドラマ『ママちょっと来て』でデビュー(子役)
  • 1965年:映画でデビュー『悪魔のようなすてきな奴』(東映)
  • 1967年:エランドール賞(新人賞)受賞
  • 1968年:歌手デビュー『ゆうべの秘密』
  • 1968年:第19回NHK紅白歌合戦出場(『ゆうべの秘密』)
  • 1969年:第20回NHK紅白歌合戦出場(『初恋のひと』)
  • 1970年:第21回NHK紅白歌合戦出場(『思いがけない別れ』)

主な映画[編集]

  • 悪魔のようなすてきな奴(1965年)
  • 新蛇姫様・お島千太郎(1965年)
  • 明治暗黒街(1965年)

主なテレビドラマ[編集]

「女たちは一度勝負する」(1989年2月、東宝
森村誠一の途中下車」(1990年5月、日本映像) 
ルノアール名画殺人事件」(1991年2月、東宝)
「三十年目の同窓会」(1991年5月、東北新社
「京都警備士日誌」(1997年8月)大熊日向子 役

音楽[編集]

シングル[編集]

# 発売日 A面
B面
タイトル 作詞 作曲 編曲
1960年代
1 1968年
2月1日
A
ゆうべの秘密 タマイチコ 中州朗 森岡賢一郎
B
あなたに夢中なの 有馬三恵子 鈴木淳
2 1968年
5月10日
A
恋のときめき 有馬三恵子 鈴木淳 森岡賢一郎
B
ふたりだけの雨の夜
3 1968年
9月13日
A
誰もいない処で タマイチコ 中州朗 北双葉
B
ひとりの恋 江面幸子 鈴木邦彦
4 1969年
1月21日
A
初恋のひと 有馬三恵子 鈴木淳 川口真
B
ふたりになりたい
5 1969年
5月1日
A
恋のなごり なかにし礼 大沢浄二 川口真
B
霧よいつまでも 有馬三恵子 鈴木邦彦
6 1969年
9月1日
A
銀色の雨 松井由利夫 鈴木淳 森岡賢一郎
B
さよならがこわいの 悠木圭子
7 1969年
12月20日
A
あなたと生きる なかにし礼 鈴木邦彦
B
明日になれば 鈴木邦彦 川口真
1970年代
8 1970年
4月5日
A
思いがけない別れ 丹古晴己 鈴木淳 森岡賢一郎
B
幸せなんて
9 1970年
7月5日
A
愛こそいちずに 橋本淳 筒美京平
B
ボンジュール涙
10 1970年
10月5日
A
恋のぬくもり 丹古晴己 鈴木淳 小野崎孝輔
B
あなたのもの 私のもの
11 1971年
2月5日
A
美しく燃えて 橋本淳 筒美京平
B
雨に濡れたら 筒美京平 森岡賢一郎
12 1971年
6月5日
A
愛のゆくえ 有馬三恵子 長沢ロー 森岡賢一郎
B
あの日暑くなければ 秋川まり
有馬三恵子
13 1971年
10月5日
A
ごめんなさい 安井かずみ 筒美京平
B
むらさきの夜
14 1972年
2月5日
A
おんなの夢 なかにし礼 長沢ロー 高田弘
B
桜の花が散るように
15 1972年
6月5日
A
別れてよかった なかにし礼 川口真
B
今から始まる
16 1972年
11月5日
A
若草の頃 なかにし礼 川口真
B
めぐり逢えたら
17 1973年
4月
A
さよならマカオ 大坪義男 三保敬太郎
B
走りのテーマ
(インストゥルメンタル)
-
18 A
風に吹かれて なかにし礼 川口真
B
朝の自転車
19 1973年
8月
A
恋は狼 なかにし礼 川口真
B
悲しみが扉をたたく 服部克久
20 1973年
12月
A
五番街の店 山口あかり 長沢ロー 北野ひろし
B
愛と自由を求めて 秋川まり T.Pinefield 穂口雄右
21 1974年
6月5日
A
海が見たいの なかにし礼 筒美京平 高田弘
B
一緒に住みましょう
22 1974年
11月5日
A
疑惑のブレスレット さいとう大三 馬飼野康二 あかのたちお
B
ジミーからの手紙
23 1975年
10月25日
A
えれじい-哀歌 杉紀彦 井上忠夫 馬飼野俊一
B
二十五才の遺書
24 1976年
3月25日
A
黄昏かもめ 杉紀彦 都倉俊一
B
回想録
25 1977年
4月25日
A
ドライブイン物語 西岡恭蔵 大野雄二
B
ティー・タイム 武田康子 小六禮次郎
26 1977年
12月5日
A
雨の降る街 岩谷時子 三木たかし 萩田光雄
B
ひとつ屋根の下で[16]
27 1978年
7月25日
A
それが素敵 来生えつこ 来生たかお 松井忠重
B
恋の模様替え
1980年代
- 1984年
2月25日
A
忘れていいの
-愛の幕切れ-
[17]
谷村新司 馬飼野康二
B
愛すれど心さびしく
1990年代
28 1995年
7月19日
A
ゆうべの秘密'95 タマイチコ 中州朗 藤原いくろう
B
テンダリー 山口あかり 長沢ロー
29 A
初恋のひと'95 有馬三恵子 鈴木淳 藤原いくろう
B
思いがけない別れ'95 丹古晴己

アルバム[編集]

No. タイトル 発売日 備考
1 ゆうべの秘密 1968.09.10 CD復刻(1994.11)
2 初恋のひと 1969.06.01 CD復刻(1994.11)
3 あなたと生きる 1969.12.01 CD復刻(2013.10)
4 恋する女 1970.07.05
5 デラックス・ダブル 1970.12 2枚組ベスト・アルバム
6 愛の詩~LOVE STORY 1971.07.05
7 愛のスクリーン・テーマ 1971.12
8 別れてよかった 1972.06.01
9 9~Nice Songs With You 1973.04.20
10 Milky Way 1973.06.20 CD復刻(2014.08)
<タワーレコード限定>
11 タッチ・ミー 1973.12
12 Softly Tomoko 1974.06.05
13 お気に召すまま~ノスタルジア知子 1974.12.01
14 えれじい・役者その1~娼婦~ 1975.12.05

著書[編集]

  • 『ジュニアのためのおしゃれ百科』編 大岡まち子絵 若木書房 入門百科ジュニアシリーズ 1971
  • 『美しく燃えて』学習研究社、1992年。
  • 『宗教の反撃―講談社フライデー事件と裁判のすべて』(1993年、幸福の科学出版景山民夫との共著)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k 別冊宝島2551『日本の女優 100人』p.78.
  2. ^ "アイドル"という言葉自体が、社会的に認知されたのは、天地真理小柳ルミ子南沙織らが揃ってデビューした1971年の事だが、これ以前の小川、伊東ゆかり奥村チヨを"元祖アイドル"とする見方もある(竹内義和著 『清純少女歌手の研究』 1987年 青心社 120頁)。
  3. ^ a b c d #美しく34、236、237頁
  4. ^ #美しく45頁
  5. ^ #美しく60頁
  6. ^ #美しく54、65-70頁
  7. ^ #美しく68頁
  8. ^ a b #全集165-166頁
  9. ^ #美しく71-72頁
  10. ^ #美しく60-61頁
  11. ^ #美しく89頁、主題歌のタイトルは『さよならマカオ』であるが、著書には映画のタイトルは『マカオ・グランプリ』と記載している。
  12. ^ 1960〜70年代の雑誌広告 ダイハツ編
  13. ^ 1960〜70年代の雑誌広告 ダイハツ編
  14. ^ #美しく131頁
  15. ^ あなたの想い出
  16. ^ TBS系テレビドラマ「家族」主題歌。
  17. ^ 谷村新司とのデュエット。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]