樹木希林

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きき きりん
樹木 希林
樹木 希林
本名 内田 啓子[1]
別名義 悠木 千帆[1]
生年月日 1943年1月15日(73歳)
出生地 東京府東京市[1]
(現・東京都千代田区
国籍 日本の旗 日本
身長 159cm[要出典]
血液型 A型
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1961年 -
活動内容 1961年 - 文学座に入団
配偶者 岸田森(1964年 - 1968年)
内田裕也(1973年 - )
著名な家族 内田也哉子
本木雅弘
内田伽羅
主な作品
テレビドラマ
時間ですよ
寺内貫太郎一家
ムー
ムー一族
影の軍団シリーズ
夢千代日記
はね駒
はみだし刑事情熱系』他
映画
『夢千代日記』

東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜
わが母の記』他

樹木 希林(きき きりん、1943年1月15日[1] - )は、日本女優。本名、内田 啓子(うちだ けいこ)[1]、旧姓:中谷(なかたに)[1]。また、旧芸名は悠木 千帆[1](ゆうき ちほ、初代)。東京市神田区(現・東京都千代田区)出身[1]

文学座在籍時に岸田森と結婚するが、後に離婚。その後、内田裕也ロック歌手)と再婚。間に娘・内田也哉子エッセイスト本木雅弘夫人)がいる。夫の内田とは長期間別居中だが、FAXで連絡を取り合っているとのこと。

父は薩摩琵琶奏者・錦心流の中谷襄水[1]。妹も薩摩琵琶奏者の荒井姿水。その息子も薩摩琵琶奏者の荒井靖水で、妻の荒井美帆(箏・二十五絃箏奏者)とDuoで活動している。また兄は横浜の名物居酒屋の主人である[要出典]

来歴・人物・エピソード[編集]

母は神保町でカフェ「東宝」を経営していた[2]。市ヶ谷にある千代田女学園に入学後、演劇部に在籍し、その傍ら薬剤師を目指していたが、大学受験直前にスキーで足を怪我したため、大学進学を断念した[3]

1961年文学座付属演劇研究所に入り[1]、「悠木千帆」名義で女優活動をスタートする。1964年森繁久彌主演のテレビドラマ『七人の孫』にレギュラー出演し、一躍人気を獲得した[4]1965年に文学座の正座員となるが、1966年に文学座を退団[1]した後も、個性派女優として多くのドラマ、映画、舞台に出演する。20代の頃から老人の役を演じ、出演するドラマ、映画などでは老け役が当たり役だった。

1974年TBSで放送されたドラマ『寺内貫太郎一家』で、小林亜星が演じた主役の貫太郎の実母を演じた。実年齢は小林より10歳以上若く、頭髪を脱色し「老けメイク」を施し、当時30代前半のまだまだ若い手との不自然さを隠すため、劇中は指ぬき手袋を外さなかった。

本作品の劇中において、寺内家の母屋でドタバタ騒ぎが始まると、自分の住む離れに駆け込み、仏壇の横に貼られた沢田研二のポスターを眺めて「ジュリーィィィ!!」と腰を振りながら悶えるシーンが話題となる。

1977年4月1日、『日本教育テレビ』(NETテレビ)から『全国朝日放送』(テレビ朝日)への局名・会社名称変更を記念して放送された、特別番組『テレビ朝日誕生記念番組・わが家の友だち10チャンネル・徹子のナマナマ10時間半完全生中継』の中のオークションコーナーで、「売る物がない」との理由で自身の芸名「悠木千帆」を競売にかけた。名前は2万2千円で世田谷の飲食店店主に売却され、自らは「樹木希林」に改名。売却された旧名は飲食店店主から無償で2004年に女優の山田和葉に譲渡された(悠木千帆 (2代目) も参照)。

ドラマ『ムー』『ムー一族』で共演した郷ひろみとのデュエットで「お化けのロック」「林檎殺人事件」をリリース、大ヒットした。

1979年1月、『ムー一族』の打ち上げパーティーが行われ、樹木は最後のスピーチを務めたが、その中で番組プロデューサー久世光彦と「近松屋のともこ」役の女優のぐちともこが不倫関係にあり、この時既にのぐちが妊娠8か月であった事を暴露したことから、スキャンダルに発展し騒動となる。関係者の間では「公然の秘密」とされていたが、この場で久世は全てを認め、後に正式離婚し、のぐちと再婚している。久世はこの騒動の影響もありTBSを退社、制作会社「カノックス」を設立する。久世とは結局、1996年放送のドラマ『坊ちゃんちゃん』まで絶縁状態となったが、樹木には周囲と険悪な関係になりながらも「久世さんがああした状況の中でなし崩しにショボショボしていくのが耐えられなかった」、「2人の気持ちを軽くしてやろうと思った」との真意があった。また、こうした場での暴露を非難する声に対しても「ああいう見せかけの優しさが久世さんをダメにした」と反論している[5]

1981年、夫の内田裕也が無断で離婚届を区役所に提出するも、樹木は離婚を認めず、離婚無効の訴訟を起こし勝訴した。その後は1年に1回連絡を取り合う程度の関係となったが、近年[いつ?]では連絡も1か月に1回となり、共に旅行に行く機会も増えているという[6]

熱心な法華経徒であることも有名で、希心会という教団の信徒である。現在の芸名はこの希心会の希の一字を頂いたものとされている[要出典]

物件(建築)を見るのが好き[要出典]

1979年から1984年ピップエレキバンCMでの横矢勲ピップフジモト会長(当時)[7]との掛け合いは人気を集めた。また、フジカラーのCMに出演し、(1980年頃には、お見合い写真を現像しにきた客役の樹木と写真屋の店員役の岸本加世子との「美しい人はより美しく、そうでない方は『そうでない場合は?』それなりに映ります 」というやり取りも話題となった)「綾小路さゆり」の役名で25年以上出演し続け、2002年には消費者の好感度が最も高い女性CMタレント1位に輝いた。

おっとりした風貌に反して演技に関しては非常に厳しく、共演した若手女優が泣き出すこともあったという。音を上げなかった女優の一人である江角マキコはそのことを後に褒められた[要出典]

2003年1月網膜剥離で左目を失明した。2004年1月末に明らかにされる[8]。「今まで色々な物が見え過ぎた」と達観したコメントを発表し、治療を受けなかったことで話題になった。しかしその後、生活を改善して少しずつ見えるようになったという[要出典]

2005年1月、乳癌が判明し、摘出手術を受け、無事復帰した。

2007年には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2007」に二人の孫と共に出演し、「イマジン」の日本語訳歌詞などを朗読した。

2008年紫綬褒章を受章した。

2013年3月8日第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。そのスピーチにおいて、全身がんであることを告白した[9]

なお、現在事務所には所属しておらず、自らスケジュール管理を行っている。

座右の銘は「行き当たりばったり」。人生出たとこ勝負、その方が何事にも柔軟に対応できるから、とのこと[要出典]

2014年1月16日1年半ぶりのガン治療が終了したことを会見で公表した[10]

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

劇場アニメ[編集]

テレビ番組[編集]

  • 日本語歳時記・大希林(NHK)
  • 23時ショー(NETテレビ(現:テレビ朝日)系)司会
  • NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体II 脳と心(NHK)
  • NHKスペシャル 病の起源(1)睡眠時無呼吸症 〜石器が生んだ病〜(NHK)
  • 僕らの音楽 -OUR MUSIC-8(フジテレビ)2011年5月13日、福原美穂と対談
  • 温故希林〜樹木希林の骨董珍道中(NHK BSプレミアム)
    • 温故希林〜樹木希林の骨董珍道中 日本篇(全4回、2011年)
    • 温故希林〜樹木希林の骨董珍道中 韓国篇(全3回、2012年)
    • 温故希林〜樹木希林の骨董珍道中 台湾篇(全3回、2013年)
  • NHKスペシャル あなたは未来をどこまで知りたいですか〜運命の遺伝子〜(2013年7月7日、NHK総合)
  • 神宮希林(東海テレビ、2013年11月3日) - 東海テレビ開局55周年記念番組[14]
  • 戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅(東海テレビ、2015年8月8日・10日・12日・13日・14日・15日)[15]

レコード・CD[編集]

  • お化けのロック(1977年、TBS「ムー」劇中歌、郷ひろみとのデュエット)
  • 林檎殺人事件(1978年、TBS「ムー一族」劇中歌、郷ひろみとのデュエット)
  • 2人のすべて(1995年、TBS「輝け隣太郎」主題歌、唐沢寿明とのデュエット。振り付けは「味いちもんめ」で共演している中居正広が手掛けた)

CM[編集]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k 樹木希林”. KINENOTE. 2016年1月13日閲覧。
  2. ^ 松井清人『オカン、おふくろ、お母さん』 文藝春秋、2006年、71-73頁
  3. ^ 浜美雪『笑いの女神たち』白夜書房
  4. ^ このドラマで樹木は森繁の影響を強く受けたらしく、後に森繁は樹木の演技を見て「あれは俺の演技だ」と語ったという。森繁久弥『大遺言書』より。
  5. ^ (cache)【プレイバック芸能スキャンダル史】樹木希林に不倫を暴露された久世光彦”. 日刊ゲンダイウェブ魚拓によるキャッシュ) (2013年3月6日). 2013年11月9日閲覧。
  6. ^ “樹木希林、死意識して対面を決意 夫婦の戦いにピリオド”. 産経新聞. (2009年2月20日). http://sankei.jp.msn.com/life/body/090220/bdy0902200808000-n1.htm 2009年2月24日閲覧。 
  7. ^ 1986年4月25日死去。
  8. ^ “左目失明の樹木希林が会見”. 日刊スポーツ. (2004年1月29日). オリジナル2004年2月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20040207114754/http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/f-et-tp0-040129-0024.html 2016年1月13日閲覧。 
  9. ^ “内田、希林に「死ぬとき俺連れて行くな」”. 日刊スポーツ. (2013年3月12日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20130312-1096692.html 
  10. ^ “樹木希林:1年半ぶりがん治療「昨日で終了」 穏やかな笑顔見せる”. まんたんウェブ. (2014年1月16日). http://mantan-web.jp/2014/01/16/20140116dog00m200021000c.html 2016年1月13日閲覧。 
  11. ^ “樹木希林、人生初のお伊勢参りが映画に”. シネマトゥデイ. (2014年8月19日). http://www.cinematoday.jp/page/N0060686 2014年12月11日閲覧。 
  12. ^ “樹木希林、河瀬直美新作で主演「死ぬ死ぬ詐欺みたいね」”. シネマトゥデイ. (2014年12月11日). http://www.cinematoday.jp/page/N0068910 2014年12月11日閲覧。 
  13. ^ “阿部寛、今度は夢追う“ダメ中年”!? 樹木希林と親子役…是枝監督最新作『海よりもまだ深く』”. シネマカフェ. (2015年12月25日). http://www.cinemacafe.net/article/2015/12/25/36667.html 2015年12月25日閲覧。 
  14. ^ 神宮希林”. 東海テレビ. 2015年8月8日閲覧。
  15. ^ 戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅”. 東海テレビ. 2015年8月8日閲覧。
  16. ^ 「No.1ストレートトーク」篇 樹木(15秒) Softbank
  17. ^ 東京国際映画祭“ARIGATO賞”新設、受賞者に樹木希林、広瀬すず、細田守ら”. 映画ナタリー (2015年10月15日). 2015年10月15日閲覧。
  18. ^ 「第39回山路ふみ子映画賞」に是枝裕和監督の「海街diary」”. 映画.com (2015年10月18日). 2015年10月19日閲覧。
  19. ^ a b c 第7回TAMA映画賞|第25回映画祭TAMA CINEMA FORUM”. TAMA CINEMA FORUM (2015年). 2015年11月21日閲覧。
  20. ^ 【報知映画賞】樹木希林、地方の体育館上映で見えた「出不精のおばあさんも映画が大好き」”. スポーツ報知 (2015年11月26日). 2015年11月26日閲覧。
  21. ^ 第39回日本アカデミー賞優秀賞決定!”. 日本アカデミー賞公式サイト. 2016年1月21日閲覧。

外部リンク[編集]