松方弘樹

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まつかた ひろき
松方 弘樹
松方 弘樹
『若君と次男坊』(東映、1961年)
本名 目黒 浩樹(めぐろ こうじゅ)
生年月日 1942年7月23日(74歳)
出生地 日本の旗 日本 東京府東京市
国籍 日本の旗 日本
身長 173 cm[1]
血液型 A型[1]
職業 俳優映画監督映画プロデューサー
ジャンル 映画オリジナルビデオ
テレビドラマ
活動期間 1960年 -
活動内容 1960年:デビュー
1965年:『人形佐七捕物帳
1973年:『仁義なき戦い
1974年:『勝海舟
1975年:『徳川三国志
1976年:『沖縄やくざ戦争
1979年:『真田幸村の謀略
1990年:『HOTEL
2009年:『天地人
配偶者 夏子(- 1979年)、仁科亜季子 (1979年 - 1998年)
著名な家族 近衛十四郎(父)
水川八重子(母)
目黒祐樹(弟)
目黒大樹(長男)
仁科克基(次男)
仁科仁美(長女)
事務所 MARE
公式サイト プロフィール
主な作品
映画
十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ
東京-ソウル-バンコック 実録麻薬地帯
仁義なき戦いシリーズ
脱獄広島殺人囚』 / 『暴動・島根刑務所
県警対組織暴力』 / 『強盗放火殺人囚
実録外伝 大阪電撃作戦
沖縄やくざ戦争
広島仁義 人質奪回作戦
日本の首領シリーズ
北陸代理戦争』 / 『ドーベルマン刑事
柳生一族の陰謀』 / 『真田幸村の謀略
徳川一族の崩壊』 / 『修羅の群れ
最後の博徒』 / 『
新 影の軍団シリーズ
猿飛佐助 闇の軍団シリーズ
十三人の刺客
柳生十兵衛〜世直し旅〜
太秦ライムライト
テレビドラマ
人形佐七捕物帳 (1965年)
徳川三国志』/ 『勝海舟
人形佐七捕物帳 (1977年)
大江戸捜査網』 / 『名奉行 遠山の金さん
徳川家康』 / 『刑事貴族』 / 『HOTEL
家康が最も恐れた男 真田幸村
赤穂浪士』 / 『天地人

松方 弘樹(まつかた ひろき、1942年7月23日 - )は、日本俳優映画監督映画プロデューサー。本名は目黒 浩樹(めぐろ こうじゅ)。東京府東京市(現在の東京23区)出身。身長173cm、血液型A型[1]左利き個人事務所である株式会社MARE(マーレ)所属。

来歴[編集]

もともとは歌手志望で、作曲家の上原げんとの下で五木ひろしらと席を並べて歌を学んでいたが、五木の歌声を聞いているうちに自信を無くし、父と同じ俳優の道に入った。17歳で[『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』(1960年東映)で主演デビュー。同学年の北大路欣也とはライバル関係だった。松方は東映専属だった北大路とは違い、企画制作担当重役だった岡田茂の個人預かり(フリー)であった[2]。映画『昭和残侠伝シリーズ』の助演や『人形佐七捕物帳』(NHK)の主演など、主に時代劇ヤクザ映画に出演。中でも佐七は松方の当たり役になり、その後に制作されたテレビ朝日の『人形佐七捕物帳』でも再び主演した。

1969年(昭和44年)から1970年(昭和45年)まで大映へレンタルされ、亡くなった市川雷蔵の穴埋めを期待され雷蔵の当たり役を演じた[3]1970年(昭和45年)春、ダイニチ映配設立に反対して永田雅一社長の逆鱗に触れて、半年出演を拒否された。

大映の倒産直前の1971年(昭和46年)春に東映へ復帰し、1972年の四カ国合作映画『東京-ソウル-バンコック 実録麻薬地帯』、1973年(昭和48年)の『仁義なき戦いシリーズ』などで敵役悪役で芸域の幅を広げた。1974年(昭和49年)大河ドラマ勝海舟』で、病気降板した渡哲也から主役を交代した際、夫婦役をやった仁科明子と不倫関係となりマスメディアを賑わせた。同年の映画『脱獄広島殺人囚』は『暴動島根刑務所』『強盗放火殺人囚』と合わせて「世界最強の脱獄アクター」「松方弘樹東映脱獄三部作」と評されている[4][5]。その後の東映実録シリーズでも主演俳優の一人として活躍した。

1978年(昭和53年)の『柳生一族の陰謀』で時代劇映画に復帰。それ以降は仁侠映画と共に活動の二分となった。テレビドラマでは大河ドラマ勝海舟』や時代劇『大江戸捜査網』の主役を務め、三英傑織田信長豊臣秀吉徳川家康)をすべて演じたほかに、真田幸村は映画・テレビドラマで計二度演じた。

俳優業の一方で、バラエティ番組天才・たけしの元気が出るテレビ!!』ではそれまでのイメージを覆し、冗談好きで笑い上戸な一面をみせ、以後バラエティ番組にも顔を出すようになる。

2016年(平成28年)2月23日、脳腫瘍の可能性があり、長期療養のため出演予定だった、3月1日から6月8日までの『夢コンサート』を降板し、6月からの舞台『遠山の金さんと女ねずみ』を中止すると発表した[6][7]。3月2日、検査の結果「脳リンパ腫」との確定診断を受けたことが発表された[8]手術はせず、抗がん剤の投薬治療を行う [9]

人物[編集]

父は時代劇俳優の近衛十四郎。母は女優の水川八重子。松方は長男で、弟は俳優の目黒祐樹。最初の妻で元モデルの夏子との間に長男の目黒大樹(親権は松方)、長女なえ、次女なち。2度目の妻・仁科亜季子との間に、次男の仁科克基と三女の仁科仁美(親権は2人とも仁科)。愛人関係であった千葉マリアとの間に十枝真沙史(松方は認知)。義妹は江夏夕子、弟の祐樹と義妹・江夏との間に姪の近衛はながいる。仁科とは1974年の大河ドラマ勝海舟』で共演で夫婦役をやってから恋仲になったが、松方は当時既婚者で仁科の父・岩井半四郎が激怒する様は当時の芸能マスコミでも取上げられた。

趣味は父の十四郎と同じく釣りである。松方とは盟友の梅宮辰夫は「(松方は)お父さん(近衛十四郎)がヘラブナ釣りが好みだったせいか、本人も池でのヘラブナ釣りが趣味だった」と明かしている[10]。松方と梅宮が釣りに挑む『松方弘樹・世界を釣る』と題した番組が過去にテレビで放送されたこともあった。

また自身は年に何度か山口県萩市見島沖、八里ヶ瀬と呼ばれる海域周辺でマグロの一本釣りを楽しんでおり、見島のある旅館には松方弘樹と名前が書かれた釣り道具が常置されている。マグロ釣り大会の実行委員を務めるほどで、2008年(平成20年)11月23日に行われた大会では約305kgのクロマグロを釣り上げ、195万円の値がついた。2009年(平成21年)11月22日に行われた第12回萩クロマグロトーナメントでは、体長2.73m、体重325kgのクロマグロを釣り上げて前年の記録を更新した[11]。約437万円の値がついた。

出演作品[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

  • 殺し屋PAZUZU(2000年) - 兼プロデューサー
  • 餓狼の群れ(2000年)
  • 修羅のみち(2001年 - 2005年) - 黒田虎男
  • 闇の処刑人・Dジャッジ(2001年)
  • 伝説のやくざ・ボンノ(2002年)
  • 極道ジハード〜聖戦〜(2002年)
  • 梁山泊 ファミリー(2003年)
  • 実録・山陽道やくざ戦争/覇道2(2003年)
  • 実録・広島四代目(2004年)
  • 極道甲子園(2004年)
  • 総長賭博(2004年)
  • 最後の神農(2004年)
  • 鉄 / 極道・高山登久太郎の軌跡(2004年)
  • 新・日本の首領(2004年)
  • 不退の松葉(2005年)
  • 哀愁のヒットマン(2008年)
  • 松方弘樹の名奉行金さん2009(2009年)
  • ザ・ボディガード(2010年)

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

  • 蓮如物語(1998年) - 蓮如 ※エグゼクティブプロデューサーも兼任
  • 十五少年漂流記〜海賊島DE!大冒険〜(2013年)- アニオン[12]

吹き替え[編集]

ゲーム[編集]

バラエティ[編集]

ドキュメンタリー[編集]

トーク番組[編集]

CM[編集]

音楽[編集]

シングル
  • 赤い夕日の三度笠/旅でござんす(1961年)※「花笠ふたり若衆」主題歌
  • I'll Be Back Again...いつかは(1986年)※「TAKESHI&HIROKI」名義。1986年4月発売「天才たけしの元気が出るテレビ!!」イメージソング
  • 華のうちに(1993年)※「名奉行遠山の金さん」主題歌
  • 想い出ワルツ/長崎物語(2004年)
アルバム
  • 男ごころ 歌う松方弘樹(1978年)
  • 想い出ワルツ/松方弘樹〜男の世界〜(2004年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c 松方 弘樹 - プロフィール”. YAHOO! JAPAN 人物名鑑. 日本タレント名鑑. 2013年8月23日閲覧。
  2. ^ 『近代映画』1970年4月号、近代映画社、178頁。
  3. ^ 『仁義なき戦い』撮影時の松方弘樹 2か月寝なかった熱い時代
  4. ^ INTRO | ラピュタ阿佐ヶ谷レイトショー『脱獄大作戦 娑婆ダバ!
  5. ^ スタローン&シュワルツェネッガーも魅了?脱走映画に名作多し!−映画秘宝2014年2月号
  6. ^ “松方弘樹、脳腫瘍の疑い 長期療養のため公演降板・中止へ”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年2月23日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/02/23/kiji/K20160223012092940.html 2016年2月23日閲覧。 
  7. ^ 松方弘樹、脳腫瘍の疑い「治療に専念」 公演降板&舞台中止”. ORICON STYLE (2016年2月23日). 2016年2月24日閲覧。
  8. ^ “長期療養中の松方弘樹 「脳リンパ腫」だった 完全復帰目指し闘病生活へ”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年3月2日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/03/02/kiji/K20160302012140270.html 2016年3月2日閲覧。 
  9. ^ “松方弘樹、病名は脳リンパ腫…手術せず抗がん剤治療「頑張るしかない」”. SANSPO.COM (株式会社 産経デジタル). (2016年3月3日). http://www.sanspo.com/geino/news/20160303/geo16030305050011-n1.html 2016年3月3日閲覧。 
  10. ^ 『昭和名優のダンディズム』梅宮辰夫編 東京スポーツ 2016年6月23日付18面
  11. ^ 松方さんが特大マグロ釣る 山口県沖で325キロ『共同通信』2009年11月22日
  12. ^ キャラクター”. 十五少年漂流記〜海賊島DE!大冒険〜公式サイト. 2014年5月6日閲覧。

外部リンク[編集]