モト冬樹

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もと ふゆき
モト 冬樹
本名 武東 裕男
(むとう ひろお)
別名義 武東 冬樹
生年月日 1951年5月5日(63歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都豊島区巣鴨
血液型 B型[1]
職業 タレントギタリスト
歌手俳優声優
活動期間 1978年 -
配偶者 既婚
著名な家族 エド山口(実兄)
主な作品
テレビ番組
ものまね王座決定戦
映画
ヅラ刑事
備考
グッチ裕三ウガンダ・トラ等と共に『ビジーフォー』の一員として活躍。

モト 冬樹(モト ふゆき、1951年5月5日 - )は、日本ギタリストタレント歌手俳優声優。本名、武東 裕男(むとう ひろお)。

東京都豊島区出身。デューズ所属(アミー・パークとの業務提携)。歌手、タレントのエド山口は実兄、B型[1]

来歴・人物[編集]

実家は医者(産婦人科)で、暁星高等学校在学中は成績最上位クラスだったが、ギターに夢中になって2番目のクラスに落ちグッチ裕三と同クラスとなり音楽で意気投合、兄のエド山口とバンドを結成し音楽活動を始める。

プロデビューはグループ・サウンズブーム終息後に結成されたGS的バンドのローズマリー。当時の芸名は東冬木であった。1974年に、やはりGS的バンドのジュテームに参加していたが、またもブレイクすることなく解散した。

1978年にグッチ裕三やウガンダ・トラらとコミックバンド「ビジーフォー」を結成(当初の芸名はスリム冬樹)。当時在籍していた渡辺プロの直系とも言える音楽による笑いのコミックソングや、ものまねで人気を得る。グッチ裕三らとともに、フジテレビの『ものまね王座決定戦』(ものまね四天王)や『夜も一生けんめい。』や『THE夜もヒッパレ』(ともにNTV)などに出演、兄弟で東京ドンバーズとしても活動するなど、ギター奏者や歌手として活躍した。

1984年、ビジーフォー活動休止中に桜金造と共に「AJAPA」を結成。当時横山やすし司会の演芸番組「ザ・テレビ演芸」内の勝ち抜き新人オーディションコーナー「とび出せ笑いのニュースター・ホップステップジャンプ」に出場、ろくに練習もしていなかったにも関わらず、同コーナーの8代目チャンピオンを獲得。準優勝に終わったコンビは横山やすしの弟子で、審査が終わって舞台袖で怒り狂ったやすしにボコボコにされる彼らを見て、自分達のような素人が漫才をやってはいけないと決意し、金造とのコンビを解消したという(2006年東京スポーツ連載中「オレは芸能界が好きなんだ!!」より)。

1992年にグッチ裕三以外のビジーフォースペシャルのメンバーにメグ斉藤と藤井ヤマイの二人を加え「モト冬樹とフリーマーケット」(現在は「モト冬樹とナンナラーズ」に改名)を結成。ライブ活動を開始。

さだまさし長渕剛などのモノマネを得意とする(さだ本人の前で「ハゲ」に置き換えた「関白宣言」の一節を歌った物真似を披露したら「帰れ!!」と怒られ、挙句の果てにはシュガーサーバーに入っていた砂糖をふりかけられるというコントをしたことがある)。バラエティ番組にも多く出演し、その番組の中でも進行上、他の芸能人から薄毛をネタにされることも多い。2013年7月14日放送の有吉反省会では「薄毛関係の仕事で荒稼ぎしていること」を反省し、司会の有吉弘行が「テッパンの薄毛ネタ何個あるんですか!?」と大絶賛し、見届け人の伊集院光も「ものすごい量の武器を持ってる」と感嘆する、仕事の6割が薄毛を利用した毛髪関係の仕事だったことが番組の調査で判明する[2]

松田聖子とは家族ぐるみで交際している良き親友である。松田だけでなく、いろいろな芸能人との交流も多いことでも知られているのだが、59歳の誕生日を迎えるまで結婚歴のない独身であった。「俺と付き合おうよ。幸せになれるぜ……俺が」、「戸籍真っ白、お先真っ暗」などといった自虐的なネタも持っていた。

世界まる見え!テレビ特捜部』に、カツラサングラスで変装し、「ミスタートモ」という名で出演、電動の泡立て器でギターをひく技を披露し、出演者を驚かせたことがある(その後でかつらとサングラスを外し、自分がモト冬樹であることを明かし、出演者達を更に驚愕させた)。

2008年10月、『ごきげんライフスタイル よ〜いドン!』出演時に事実婚状態にある大阪在住女性の存在、更には娘(彼女の連れ子)がいることを告白。『いつみても波瀾万丈』など、他番組でも長期間交際を匂わせる発言をしていたが、正式に本人が認めたのは初めてである。その後2009年2月25日放送の『笑ってコラえて』出演時に2010年中に入籍する意思を表明し、さらに同年6月4日放送の『スタジオパークからこんにちは』でのゲスト出演時に、「2010年5月5日に入籍することを考えている」と発言。

2010年5月5日、前述の一般女性と入籍[注 1]

エピソード・備考[編集]

  • 武東家のルーツは伊予国松山の山越という地の小さな城砦の城主だった吉村家だったと伝えられているが、詳細な記録は松山の菩提寺の火事や関東大震災で焼失し不明。父方の曽祖父、武東晴一は周防国山口県岩国高森出身で、数々の凶悪事件や迷宮入り事件を解決した警視庁刑事であり、当時の新聞のニュースやコラムなどで度々取り上げられ「鬼武東」と呼ばれていた。明治44年に築地警察署になり、大正元年に61歳で死去。最終肩書きは警視。その晴一の息子は海軍主計科に所属し警備任務をしており、彼の名高き父亡き後に生まれた息子にその父と同じ名前を付けたが、その晴一がモト冬樹の父である。その命名の意図とは裏腹にゴキブリ注射針にすらおびえていたモトの父親の晴一だったが、戦争が全ての時代に少しでも前線に出る可能性を減らすために医者になり、軍医として中国大陸の華北に渡る。戦後は捕虜となるも1年後に帰国し、巣鴨産婦人科を開いた。[4]
  • 医者の息子という事で、大学受験時に日本医科大学東京慈恵会医科大学を受験したが不合格だった。
  • 容姿が似ていることから、日本のニコラス・ケイジとも呼ばれる(本人とも共演有り)。
  • 石橋貴明からは「スナックトークの達人」と言われる(話す相手が7人までだと面白いが、それ以上になるとつまらなくなるという意味から)。
  • ごきげんよう』の骨占いでは、「海綿体」になった。
  • 2006年に公開の主演映画『ヅラ刑事』では、主題歌も歌っている。
  • 2008年4月1日、同志社大学の入学式に現れた。当時は理由が分からず騒然となったが、後に遠距離恋愛中の女性の連れ子の入学を見守ったためと判明する。
  • 2008年8月、株式会社デューズ移籍。
  • 2008年9月刊行の武東慧著『二世帯住宅夫婦』(文芸社)に、モト冬樹が登場。内容は、六本木のライブハウスで、主人公が友人と冬樹の歌を聴いている場面での設定となっている。
  • ボウリングが趣味で、親善大使にも任命されている。

現在出演中のテレビ・ラジオ番組[編集]

出演番組[編集]

バラエティ[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

吹き替え[編集]

CM[編集]

  • ライオン ルック おふろの洗剤、ルック カビ取りジェル
  • 月桂冠「つき」(2008年9月 - ) - 藤原紀香、ルー大柴と共演
  • 月桂冠「エコカップ」(2010年9月 - ) - ルー大柴と共演

その他[編集]

  • スタイルプラス内「東海仕事人列伝」ギター演奏(東海テレビ)※ゲストとして出演することもある
  • YouTube動画「月刊ピロートーク第2巻」(2014年11月 - )(ピロートーク神役)


関連項目[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2010年9月14日、料理対決番組に妻子とともに出演している[3]

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b モト冬樹”. 所属タレント. デューズ. 2014年10月18日閲覧。
  2. ^ 「有吉反省会」モト冬樹の薄毛テッパントークで抱腹絶倒、2013年7月13日閲覧
  3. ^ 2010年9月14日放送 カスペ!”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2014年10月18日閲覧。
  4. ^ ファミリーヒストリー 2014年12月5日放送分

外部リンク[編集]