尾上松緑 (4代目)

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本来の表記は「尾上松綠」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
よだいめ おのえ しょうろく
四代目 尾上松緑
屋号 音羽屋
定紋 四ツ輪に抱き柏 Yotsu-wa ni Daki-gashiwa inverted 2.png
生年月日 (1975-02-05) 1975年2月5日(43歳)
本名 藤間あらし
襲名歴 1. 二代目尾上左近
2. 二代目尾上辰之助
3. 四代目尾上松緑
別名 六世藤間勘右衞門(舞踊)
出身地 東京都
初代尾上辰之助
珠希かほ(元宝塚歌劇団、2001年 - 2016年(離婚))
三代目尾上左近
当たり役
歌舞伎:
『倭仮名在業系図』(蘭平物狂)の伴蘭平
義経千本桜』の佐藤忠信
テレビ:
大河ドラマ『葵 徳川三代』の徳川家光

四代目 尾上松綠(よだいめ おのえ しょうろく、新字体:松緑1975年昭和50年)2月5日 - )は、俳優歌舞伎役者。屋号音羽屋定紋四ツ輪に抱き柏、替紋は藤輪に花菱歌舞伎名跡尾上松緑」の当代。現代の歌舞伎を担う若手の花形で、健康的で清潔な芸風に魅力があり、荒事世話物の男性的な役柄を得意とする。

また六世藤間勘右衞門として舞踊藤間流勘右衛門派の家元もつとめる。本名は藤間 あらし

年譜[編集]

受賞歴[編集]

人物[編集]

12歳で父・初代尾上辰之助(1987年死去)、14歳のときには祖父・二代目尾上松緑(1989年死去)と、頼るべき肉親を相次いで亡くす苦難を味わった。以後は父の旧友であり、音羽屋一門宗家にあたる七代目尾上菊五郎に直に師事することになる。

私生活では元宝塚歌劇団出身の女性と結婚し、2003年12月に長女、2006年1月に長男が誕生した[2]。この長男が2014年6月に三代目尾上左近を襲名、初舞台を踏んだ。 結婚16年目の2016年に一年の別居生活を経て離婚。子どもたちの親権は母親が持つという。

暁星高等学校卒業[3]。学生時代には友人の影響でバンドを組んだことがある。主にヘヴィメタルのバンドだったといい、初めて買ったギターはアイバニーズ社のジョー・サトリアーニモデル。ヘヴィメタルを愛聴していたことがきっかけで、音楽評論家で元BURRN!編集長の酒井康と音楽雑誌『炎』誌上で対談している。酒井は金髪にウエスタンブーツという出で立ちの歌舞伎役者を見て仰天したことを回想している[4]

1995年には一度だけオールナイト・ニッポンのDJを務めている。その時はBGMにアイアン・メイデンを流したり、初めて感動した本は漫画『北斗の拳』だったと明かしている。

主な出演作[編集]

歌舞伎[編集]

代表的な当たり役は以下の通り。

現代劇[編集]

テレビドラマ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “尾上松緑、元タカラジェンヌと離婚していた 約1年前から別居、結婚16年目で破局”. スポーツ報知. (2016年11月10日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20161109-OHT1T50273.html 2016年11月10日閲覧。 
  2. ^ 尾上松緑に“世継ぎ”長男誕生 スポーツニッポン 2006年1月22日閲覧
  3. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.536
  4. ^ 酒井康 著「虹色の音詞II」(シンコーミュージック・エンタテイメント 1999年)pp213~227

外部リンク[編集]