BURRN!

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BURRN!
愛称・略称 バーン、B!、B!
ジャンル ヘヴィメタル全般
刊行頻度 月刊
発売国 日本の旗 日本
言語 日本語
定価 670円(~2016年10月号)
800円(2016年11月号~)
出版社 シンコー・ミュージック(1984~1990)
バーン・コーポレーション(1991~2013)
シンコーミュージック・エンタテイメント(2013~)
編集部名 BURRN!編集部
発行人 草野夏矢
編集長 酒井康(1984~1993)
広瀬和生(1994~)
編集顧問 伊藤政則
刊行期間 1984年9月5日
姉妹誌 METALLION
BURRN! JAPAN
BASTARDS!

BURRN!(バーン)は、ハードロック/ヘヴィメタル、その中でも洋楽を中心に紹介する音楽情報系専門月刊誌。編集・発行はシンコーミュージック・エンタテイメント。毎月5日発売。

歴史[編集]

1984年9月5日、日本初のヘヴィメタル専門誌として創刊。創刊当時は「別冊ミュージック・ライフ」であった。創刊号の表紙は、オジー・オズボーンジェイク・E・リー[1]。初代編集長は、元ミュージック・ライフ副編集長の音楽評論家・酒井康

国内外の“ヘヴィメタル”全般を扱っているものの、洋楽雑誌という体裁をとっていることから、2014年11月号で30周年を迎えた後も日本のバンドやミュージシャンが表紙になった事は1度も無かったが[注釈 1]、2016年1月号、日本人アーティストとして初めて、LOUDNESS高崎晃が表紙を飾った[2]

1990年代前半より、発行及び編集は酒井が社長を務めるバーン・コーポレーションが手がけていたが、2013年11月号より元のシンコー・ミュージックによる発行となった。それに伴い、関連ラジオ番組の『Heavy Metal Syndicate』もBURRN!の手から離れ[3]、誌面上から(発行人としての)酒井の名もBURRN!から消え、発行人には現シンコーミュージック・エンタテイメント社長の草野夏矢が記載されている。

編集部の奥野は、酒井の会社は2013年9月下旬の時点で無くなっていること[4]、酒井が2011年頃に出した「改革案」[5]に対しても否定的な意見を残すなど、編集部内で確執があった事をTwitter内で明かしている[6][7]

1986年5月号で、編集顧問の伊藤政則の事務所に当時所属していたANTHEMの「VICTIM IN YOUR EYES」のソノシートが収められていたことがあったが、以降音源の付録は無かった。2014年9月号でMr.Bigの未発表曲CDの付録が、発売前に公式にアナウンスされた[8][9]

特徴[編集]

創刊時のキャッチコピー:「日本初のヘヴィメタル専門誌、BURRN!」 現在のキャッチコピー:「THE WORLD'S HEAVIEST HEAVY METAL MAGAZINE, BURRN!」

人気企画であるアルバム・レビューでの最高得点は、99点を獲得した『KAIZOKU-BAN』(1986年、アクセプト)、『5150』(1986年、ヴァン・ヘイレン) 、『WILD FRONTIER』(1987年、ゲイリー・ムーア)、『HYSTERIA』(1987年、デフ・レパード) 、『IOWA』(2001年、スリップノット)の5作。

最低点の0点を出したアルバムは、『聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる』(1985年、聖飢魔II)、『I LIKE IT WHEN YOU DIE』(1997年、A×C×)。レビューが原因でアーティストとトラブルが起きた事もある(例:ストラトヴァリウス)。

酒井時代のBURRN!の特徴として「日本のバンドを載せない」「お笑いは許さない」と言う空気が編集部内で強かったという[注釈 2][10]。1989年から2012年まで「ROCKOMANGA!」を連載していた喜国雅彦によると、漫画を連載する条件の一つとして酒井から「日本のミュージシャンはダメ」と言われたとの事である[10]。但し、編集長が広瀬に変わってからは日本のバンドインタビューもBURRN!誌上に増え、喜国も日本のバンドの情報(主にライブレポーと)を執筆する様になった。酒井時代の方針の一つであった「お笑いは許さない」に関して、ギャグ漫画家である喜国をBURRN!編集部(増田勇一)に紹介したのは、喜国の友人で当時ZIGGYのベーシストであった戸城憲夫との事で、戸城はZIGGYのライブ後の楽屋で喜国、増田との会話で「BURRN!は誌面が固すぎるから喜国さんの漫画みたいなくだけた物があった方がいい」と増田に進言し、増田はその後酒井に交渉。上記の条件で連載が決まった[10]

2012年5月号でページ数の削減、コラムの殆どが終了している。同号発売と同時にTwitterアカウントを取得した。

発行部数[編集]

1989年当時の酒井のコラムやインタビューによれば、創刊号の初回発行部数は45000部で、発売と同時に売り切れた事により新たに10000部を再版[ep 1]。1989年の時点で国内発行部数107000部、海外輸出部数35000部で合計142000部[ep 2]。広瀬によると日本市場でのBURRN!の発行部数やヘヴィメタルバンドのアルバムの売り上げピークは1997年との事である[ep 3]。一般社団法人 日本雑誌協会によれば2013年~2014年にかけての発行部数は100000部であると発表されている[11]

お家騒動[編集]

2013年10月、編集部の前田、奥野のTwitter及び同年10月5日発売の「BURRN!」11月号巻末の編集後記にて、編集・発行ともにシンコー・ミュージックになった事が発表される。前田や奥野の証言によれば、2012年に多くのコラムを終了させた原因は、当時社長・酒井の改革案[5]であるとし、前田、奥野の二人は酒井から呼び出しを受け、「この酒井の案が受け入れられない場合は今後の身の振り方を考えろ」と釘を刺された事を明かしている[12]。 酒井自身は、社長業だけでなく上記の改革案を元に再び「BURRN!」編集長に返り咲き、改革案に賛成できない人物を左遷し、それでも部数が伸びないのなら休刊にしようという考えを持っていた[13]。 しかし、この酒井の考えた自分勝手な改革案に編集部内で反発が起きた。2012年に藤木が一時的に編集部から外された件に関しても、人員削減と称して酒井個人が気に入らない部員を外した事[14]、日本のバンドの扱いが悪かったのも酒井の方針であった事を暴露。

結果として2013年9月にはバーン・コーポレーションが閉鎖、酒井及び『Heavy Metal Syndicate』も「BURRN!」とは無関係になり[3]、酒井はシンコーの社員として勤務しているという[15]。前田は、酒井の改革案をそのまま受け入れていた場合、雑誌は確実に休刊していたと批判[16]、他にも、酒井がTwitterで『Heavy Metal Syndicate』のアカウントを取得しておきながら番組の宣伝もせず突如鍵をかけたり、「リツイートする者はブロックする」などと発言した事に関して批判的なコメントを残し、ブロック対象者はリツイートした番組のリスナーだけでなく「BURRN!」編集部員にまで及んでいた事も暴露している[17]

こうした酒井への批判は前田、奥野だけでなく、かつて編集部員だった増田も、「BURRN!」2013年10月号での広瀬との対談で酒井の事をあえて“先代”と呼び、「表紙にするアーティストのルックスに関しても酒井が好む“正しいヘヴィメタル”像でないと納得しないと言う物があった」とし、例として当時パンテラフィル・アンセルモに柔道着を着用させた表紙[ep 4]も酒井が短髪・短パン姿のメタルバンドを認めたくなかったが為に苦肉の策であった事、酒井を満足させる為に作っていた側面があった事も明かしている[ep 5]

また、酒井の名が消えた2013年11月号の編集後記内に記載された広瀬の選曲リストの中には、NoGoDの「愚かな王」、クイーンズライクの「Revolution Calling」、レインボーの「Kill The King」、アイアン・メイデンの「Hallowed Be Thy Name」が挙げられている[ep 6]

なお、酒井は「BURRN!」編集部から追い出された事に関するコメントを一切残しておらず、唯一のメディア出演となっていた『Heavy Metal Syndicate』も2014年の6月を最後に23年5か月の歴史に幕を降ろした。

Heavy Metal Syndicate[編集]

ラジオ番組『Heavy Metal Syndicate』(JFN全国27局ネット、1991年2月~2014年6月)は、編集部員がパーソナリティを担当した。ただし2006年から最終回までのBURRN!編集部関係者は前編集長の酒井康のみであった。お家騒動(前述)があるまではBURRN!がメインスポンサーであった。

スタート当初の番組テーマ曲はディープ・パープルの「BURN(紫の炎)」(雑誌名『BURRN!』はこの曲名に由来しており、創刊当初から本誌CMソングとして使用している)。 また、かつてはテレビコマーシャルも放送していた(関東地区では、「ベストヒットUSA」の番組終了後に放送されていた)。

BURRN! JAPAN[編集]

「BURRN! JAPAN」は、“日本のアーティスト限定”の別冊として、1987年から90年にかけて、Vol.6まで発行された。2016年11月21日に26年ぶりにLOUDNESSの表紙で復刊[18]。発行日の翌日・11月22日には、復活記念トーク・イベントが開催される[19]

METALLION[編集]

「METALLION」は、BURRN!の増刊号。1986年にアイアン・メイデンを表紙にVol.1を発行し、1991年のVol.5(表紙はメタリカ)を最後に一時休刊、1999年2月発行のVol.6から復活し、現在は不定期(1年に数冊ペース)で発行している。

BURRN!編集部[編集]

現在[編集]

広瀬和生(編集長)、大野奈鷹美(副編集長)前田岳彦藤木昌生、奥野高久、幅由美子、箭内史子、伊藤政則(特別顧問)

外部ライター[編集]

  • 山崎智之
  • ジョン・ハーレル
  • ティモ・イソアホ

編集部に在籍していた主な関係者[編集]

  • 酒井康(1984年11月号〜1993年12月号)初代編集長
  • 平野和祥(1991年3月号〜1995年5月号)
1995年に別冊『炎』編集長に就任。休刊後は紆余曲折を経て「CDジャーナル」の編集長に就任。
初代副編集長。1992年末にミュージック・ライフの編集長に就任。ミュージック・ライフ休刊後はフリーライターとして活動。2010年より「MASSIVE」責任編集に就任。2013年よりヘドバン編集部の相談役、BURRN!にも寄稿している。

コラム[編集]

BURRN!ではヘヴィメタル以外のコラムも扱っていたが、上記の通り酒井の改革案により、2012年5月号でページ数の削減に伴い大半のコラムが終了した。

酒井が完全に去った現体制になってから、いくつかのコラムを復活させる検討をしており[20]、2013年10月下旬には喜国雅彦の「ROCKOMANGA!」の復活が本人から発表[21]、2014年1月号から古屋美登里、岩沢房代のコラムが復活している。

連載中のコラム[編集]

  • MASAの今月の断言(伊藤政則
  • 温故知新(BURRN!編集部)
  • DARK RECOLLECTIONS(マイケル・アモット
  • DRRIAN'S DOOM(リー・ドリアン)
  • DEFENDERS OF THE HATE(山口勝正)
  • ROCK STARDOM AND OTHER PIRATE TALES(シャーリー・フォグリオ)
  • TALES FROM THE DARK SIDE(ティモ・イソアホ)
  • In The Bookshelf(古屋美登里)
  • BOX SEAT(岩沢房代)
  • Becoming The Dragon(マシュー・キイチ・ヒーフィー
  • ROCKOMANGA! 2(喜国雅彦)
  • LOST AND FOUND IN TRANSLATION(染谷和美)
  • 帰って来た立川談四楼のそこでだ、若旦那!(立川談四楼
  • THE STEREO FUCKING(黒江昌之)

過去に連載されていたコラム[編集]

など多数。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 80年代後半に発行されたBURRN! JAPANを除き、METALLIONではガールズメタルバンド「ALDIOUS」がVol.44、Vol.47、Vol.51で表紙を飾っている。
  2. ^ 但し、特別顧問の伊藤政則の事務所に所属していたANTHEMOUTRAGEの記事は酒井時代でも掲載されていた。

出典[編集]

  1. ^ 日本人初!LOUDNESS高崎晃「BURRN!」の表紙に(画像 4/4) ナタリー 2015年10月30日
  2. ^ 日本人初!LOUDNESS高崎晃「BURRN!」の表紙に ナタリー 2015年10月30日閲覧
  3. ^ a b @takehiko_maeda 2013年10月3日のツイート
  4. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 7:32のツイート(2013年10月30日時点のアーカイブ
  5. ^ a b @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 20:49のツイート(2013年10月31日時点のアーカイブ
  6. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 22:28のツイート(2013年10月31日時点のアーカイブ
  7. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月8日 23:02のツイート(2013年10月30日時点のアーカイブ
  8. ^ @BURRN_ 2014年7月18日のツイート
  9. ^ BURRN!9月号はMR.BIG未発表音源スペシャルCD付 amass 2014年7月17日
  10. ^ a b c 「ROCKOMANGA!」(リットーミュージック )256~257p 喜国雅彦インタビューより
  11. ^ JMPAマガジンデータ : 男女 趣味専門 エンターテインメント情報誌(音楽・アーティスト情報) 日本雑誌協会 2015年5月2日閲覧
  12. ^ @Takahisa_Okuno 2013年10月9日 14:28(2013年10月31日時点のアーカイブ
  13. ^ @Takahisa_Okuno 2013-10-08 22:01:33(2014年7月15日時点のアーカイブ
  14. ^ @takehiko_maeda 2013年10月9日 14:03
  15. ^ @Takahisa_Okuno2013年10月8日 22:27(2013年10月31日時点のアーカイブ
  16. ^ @takehiko_maeda 2013-10-08 22:45:25
  17. ^ @takehiko_maeda2013年10月3日 23:11
  18. ^ 『BURRN! JAPAN』が26年ぶりに復活、『BURRN! JAPAN Vol.7』の詳細が明らかに amass 2016年11月10日 2016年11月15日 閲覧
  19. ^ 増田勇一、広瀬和生、土屋京輔ら出演 「BURRN! JAPAN」復活記念トーク・イベントを開催”. CD Journal(音楽出版社) (2016年11月17日). 2016年11月17日閲覧。
  20. ^ @takehiko_maeda 2013年10月10日 1:59
  21. ^ @kunikikuni 2013年10月26日 13:31

本誌からの引用[編集]

  1. ^ BURRN! 1989年10月号 128p
  2. ^ BURRN! 1989年10月号 97p
  3. ^ BURRN! 2013年10月号 38p
  4. ^ 1992年9月号の表紙
  5. ^ BURRN! 2013年10月号 36p
  6. ^ BURRN!2013年11月号 160p

外部リンク[編集]