起利錦利郎

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基礎情報
四股名 山田 → 山田錦 → 起利錦
本名 山田 利郎
愛称 キリちゃん
生年月日 (1962-08-31) 1962年8月31日(56歳)
出身 群馬県桐生市
身長 188cm
体重 180kg
BMI 50.93
所属部屋 鏡山部屋
得意技 右四つ・寄り
成績
現在の番付 引退
最高位前頭2枚目
生涯戦歴 551勝547敗84休(107場所)
幕内戦歴 213勝248敗49休(34場所)
優勝 幕下優勝1回
データ
初土俵 1978年3月場所
入幕 1986年7月場所
引退 1995年11月場所
引退後 年寄・立川浅香山勝ノ浦
備考
金星:3個
千代の富士1個、双羽黒1個、北勝海1個)
2015年10月3日現在

起利錦 利郎(きりにしき としろう、1962年8月31日 - )は、群馬県桐生市(出生地は東京都大田区)出身、鏡山部屋所属の元大相撲力士。 本名は山田 利郎(やまだ としろう)。身長188cm、体重180kg。愛称は「キリちゃん」。得意技は右四つ、寄り。最高位は東前頭2枚目(1987年3月場所)。現在は年寄勝ノ浦

来歴[編集]

知人の紹介で中学卒業と同時に鏡山部屋に入門。1978年3月場所に初土俵を踏んだ。入門当初は、部屋での生活になかなか馴染めず苦労し序二段を脱することが出来なかったが、連日の稽古により右四つ相撲の型を磨き着実に番付を上げていった。

1985年11月場所には西幕下15枚目の地位で7戦全勝の成績で幕下優勝を果たし、翌1986年1月場所に十両に昇進した。それ以降も好調で3場所連続勝ち越しを続け、同年7月場所には新入幕を果たした。入幕4場所目の1987年3月場所、千代の富士から初顔合わせでいきなり金星を挙げる活躍をするも上位では勝ち越しできなかった。稽古熱心だったが、体重の増加で怪我が多く三役には届かなかった。

下半身に脆さがあったが巨大な体躯を利しての強烈なぶちかまし・太い腕をぐいぐいこじ入れてくる強引な相撲ぶりで、若い女性から圧倒的な支持を受けていた。左膝の故障で1993年3月場所には十両に陥落。十両でも健闘していたが幕内には返り咲くことが出来ず、1995年3月場所には幕下まで陥落し、同年11月場所を最後に現役を引退した。引退相撲では師匠の鏡山親方(当時。元横綱柏戸)が体調不良で欠席したため、伊勢ノ海親方(当時。元関脇藤ノ川)が止め鋏を入れた。

現役引退後は年寄となって鏡山部屋で後進の指導に当たっており、立川浅香山を借株で襲名した後、2012年に元関脇・藤ノ川が所有する勝ノ浦を借株で襲名。その後、2013年3月17日付で、襲名中の年寄名跡・勝ノ浦を正式に取得した[1]

協会内では長く事業部木戸係の職務に当たっている。2003年借株年寄の差別化により平年寄に降格されたが、勝ノ浦を取得後の2014年4月には主任、2015年1月には委員に昇格した。

親方業の傍ら、東京都大田区蒲田ちゃんこ料理店『起利錦』を経営している。

エピソード[編集]

  • 1992年3月場所14日目で対戦相手の若花田が休場し、不戦勝となった。しかし、翌朝の稽古中に左足の小指を骨折し千秋楽を休場。対戦相手・三杉里の不戦勝となった(なお、この不戦敗により7勝8敗と負け越している。このエピソードはやくみつるによって四コマ漫画に描かれた)。
  • 歴史小説、主に幕末モノに目がなく、司馬遼太郎の作品を愛読していた。さらに、巡業先では何をおいても、旧跡に足を運んでいたという。
  • ハードロックマニアとしても知られ、現役時代は『BURRN!』誌にコラム『ギターを抱いた相撲取り』を連載していたほどである。

主な戦績[編集]

  • 生涯成績:551勝547敗77休 勝率.502
  • 幕内成績:213勝248敗49休 勝率.462
  • 現役在位:107場所 
  • 幕内在位:34場所
  • 金星:3個(千代の富士1個、双羽黒1個、北勝海1個)
  • 各段優勝
    • 幕下優勝:1回(1985年11月場所)

場所別成績[編集]

起利錦 利郎
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1978年
(昭和53年)
x (前相撲) 東序ノ口9枚目
3–4 
西序二段109枚目
5–2 
東序二段66枚目
2–5 
西序二段85枚目
2–5 
1979年
(昭和54年)
西序二段94枚目
3–4 
東序二段92枚目
5–2 
西序二段56枚目
4–3 
東序二段40枚目
2–5 
西序二段63枚目
4–3 
西序二段44枚目
4–3 
1980年
(昭和55年)
東序二段22枚目
6–1 
西三段目58枚目
0–1–6 
西序二段14枚目
4–3 
東三段目88枚目
3–4 
西序二段12枚目
3–4 
西序二段25枚目
3–4 
1981年
(昭和56年)
西序二段39枚目
6–1 
東三段目71枚目
6–1 
西三段目20枚目
3–4 
西三段目28枚目
3–4 
東三段目39枚目
4–3 
東三段目26枚目
3–4 
1982年
(昭和57年)
西三段目36枚目
4–3 
西三段目23枚目
5–2 
西幕下58枚目
3–4 
西三段目17枚目
3–4 
西三段目35枚目
5–2 
西三段目4枚目
5–2 
1983年
(昭和58年)
東幕下42枚目
4–3 
東幕下36枚目
5–2 
西幕下18枚目
2–5 
東幕下34枚目
3–4 
西幕下44枚目
3–4 
西幕下56枚目
5–2 
1984年
(昭和59年)
西幕下33枚目
5–2 
西幕下18枚目
2–5 
西幕下39枚目
休場
0–0–7
西三段目19枚目
6–1 
西幕下44枚目
5–2 
東幕下27枚目
6–1 
1985年
(昭和60年)
西幕下9枚目
2–5 
西幕下25枚目
4–3 
西幕下17枚目
4–3 
東幕下12枚目
4–3 
東幕下7枚目
3–4 
東幕下15枚目
優勝
7–0
1986年
(昭和61年)
東十両10枚目
9–6 
西十両3枚目
9–6 
西十両筆頭
8–7 
西前頭13枚目
6–9 
東十両2枚目
9–6 
東前頭12枚目
9–6 
1987年
(昭和62年)
西前頭6枚目
8–7 
東前頭2枚目
4–11
西前頭8枚目
8–7 
東前頭2枚目
4–11
西前頭9枚目
8–7 
西前頭3枚目
7–8 
1988年
(昭和63年)
東前頭4枚目
4–11 
東前頭9枚目
8–7 
西前頭4枚目
5–9–1[2] 
東前頭9枚目
休場
0–0–15
東前頭9枚目
7–8 
東前頭11枚目
7–8 
1989年
(平成元年)
西前頭11枚目
休場
0–0–15
東十両10枚目
9–6 
西十両3枚目
8–7 
東十両筆頭
5–10 
東十両5枚目
9–6 
東十両筆頭
8–7 
1990年
(平成2年)
東前頭13枚目
9–6 
西前頭8枚目
6–9 
東前頭11枚目
9–6 
東前頭5枚目
7–8 
東前頭6枚目
6–9 
東前頭10枚目
9–6 
1991年
(平成3年)
西前頭4枚目
5–10 
東前頭11枚目
8–7 
東前頭9枚目
8–7 
東前頭5枚目
7–8
東前頭6枚目
8–7 
西前頭3枚目
7–8 
1992年
(平成4年)
西前頭4枚目
7–8 
東前頭5枚目
7–8[3] 
西前頭6枚目
5–2–8[4] 
西前頭10枚目
8–7 
東前頭5枚目
4–11 
西前頭12枚目
8–7 
1993年
(平成5年)
西前頭11枚目
0–5–10[5] 
東十両6枚目
休場
0–0–15
東十両6枚目
7–8 
西十両8枚目
10–5 
西十両4枚目
5–10 
東十両10枚目
6–9 
1994年
(平成6年)
東十両13枚目
8–7 
西十両7枚目
8–7 
西十両6枚目
7–8 
東十両9枚目
8–7 
西十両6枚目
6–9 
西十両10枚目
9–6 
1995年
(平成7年)
西十両7枚目
4–11 
西幕下2枚目
4–3 
西幕下筆頭
3–4 
東幕下5枚目
3–4 
東幕下10枚目
3–4 
西幕下14枚目
引退
0–0–0
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 山田 利郎(やまだ としろう)1978年3月場所
  • 山田錦 利郎(やまだにしき -)1978年5月場所-1984年9月場所
  • 起利錦 利郎(きりにしき -)1984年11月場所-1995年11月場所

年寄変遷[編集]

  • 立川 利郎(たてかわ としろう)1995年11月-2010年11月
  • 浅香山 利郎(あさかやま としろう)2010年11月-2011年7月
  • 雷 利郎(いかずち としろう)2011年7月-2012年2月
  • 勝ノ浦 利郎(かつのうら としろう)2012年2月-

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 財団法人日本相撲協会 平成25年度事業報告書
  2. ^ 右第 4中手骨骨折・右第 3指PIP関節捻挫により14日目から途中休場
  3. ^ 左足小指骨折により千秋楽不戦敗
  4. ^ 左足小指骨折により初日から休場、9日目から出場
  5. ^ 左膝内側側副靱帯損傷により5日目から途中休場

外部リンク[編集]