嘉風雅継

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嘉風 雅継 Sumo pictogram.svg
Yoshikaze 08 Sep.jpg
入場する嘉風
基礎情報
四股名 嘉風 雅継
本名 大西 雅継
愛称 マサツグ
生年月日 1982年3月19日(33歳)
出身 大分県佐伯市
身長 177cm
体重 148kg
BMI 47.24
所属部屋 尾車部屋
得意技 突き・押し
成績
現在の番付 西関脇
最高位 西関脇
生涯戦歴 512勝479敗10休(72場所)
幕内戦歴 424勝437敗9休(58場所)
優勝 三段目優勝1回
序ノ口優勝1回
殊勲賞1回
敢闘賞4回
技能賞2回
データ
初土俵 2004年1月場所
入幕 2006年1月場所
趣味 イカ釣り、睡眠パソコンボウリング、相撲の話
備考
金星4個(日馬富士1個、鶴竜2個、白鵬1個)
2016年1月24日現在

嘉風 雅継(よしかぜ まさつぐ、1982年3月19日 - )は、大分県佐伯市出身の尾車部屋所属の現役大相撲力士大分県立中津工業高等学校から日本体育大学体育学部武道学科卒業。本名は大西雅継(おおにし まさつぐ)、愛称は本名の「マサツグ」。身長177cm、体重148kg、血液型はB型。星座は魚座、干支は戌年、趣味はイカ釣り[1]、睡眠、パソコン、ボウリング、相撲の話。得意技は突き・押し。尊敬する力士は千代大海。[2]最高位は西関脇(2016年1月場所)。FacebookとTwitter、Instagramを利用している。また、2015年11月4日付けでブログを始めた。

来歴[編集]

小学4年のとき、巡業に訪れていた若花田(後の横綱・若乃花)の胸を借りたことをきっかけに、市の少年相撲クラブに入って本格的な稽古を始めた。日体大3年時に天覧試合となった第51回全日本相撲選手権大会において内田下田らを破り優勝[3][4]アマチュア横綱のタイトルを獲得し、幕下15枚目格付出しの資格を得た。しかし、学業と学生相撲を優先し卒業を待っての入門を希望したため、卒業が決まった後に尾車部屋に入門し、2004年(平成16年)1月場所に初土俵を踏んだ。幕下付出資格の有効期限はタイトル獲得後1年間であるため付け出しの資格を失い、タイトルホルダーとして初めて前相撲からの初土俵となった。

それでも順調に番付を上げて行き、2004年(平成16年)3月場所には序ノ口優勝、同年9月場所には三段目優勝し、2005年(平成17年)7月場所に十両昇進をはたす。大分県からの新十両は、2003年3月場所の垣添以来。十両は3場所で通過(その3場所全て勝ち越し)し、2006年(平成18年)1月場所に史上3位タイ(当時は2位タイ)で新入幕を果たした。大分県からの新入幕は、2003年9月場所の垣添以来。

しかし、その場所は初日からの4連敗もあり、5勝10敗と大きく負け越し、幕内との実力差を痛感させられた場所となった。翌3月場所は十両陥落が確実視されたが、東十両8枚目で11勝を挙げ新入幕が有力視された琉鵬や東前頭13枚目で4勝10敗1休で西十両4枚目まで番付を8枚半も落とされた栃栄らをよそに番付下降を3枚にとどめ幕尻の西16枚目に残留、その場所は8勝7敗と幕内初の勝ち越しを決めた。翌5月場所も9勝6敗と勝ち越したが、それ以後は幕内と十両の往復が続いた。2007年7月場所以降は幕内に定着し、9月場所では幕内では自身初の2桁勝利となる10勝を挙げたが、翌11月場所は4勝11敗と大敗を喫し、その後も1年以上は幕内下位に停滞していた。

突如開眼したのが2008年11月場所で、この場所は寄りでも押しでも前に出る攻めに力があって、千秋楽まで3敗で優勝争いに絡んだ。琴奨菊には力及ばず敗れはしたものの11勝4敗で初の敢闘賞を受賞した。その好成績で翌場所は自己最高位を大幅に更新する西前頭2枚目になり、その場所は6勝9敗と負け越したが、初日に新大関・日馬富士に勝利したり、結果的に敗れたものの横綱・朝青龍を土俵際まで追いつめたりするなど、初の上位で大健闘ともいえる活躍を見せた。

土俵入りで親方を横切る際、手をあまり挙げていない。相撲界においては軽量(スマート)、均整が取れている方で、性格もはにかみで気品がありかわいらしい顔立ちから、女性ファンが徐々に増えてきている。若麒麟逮捕問題の際には部屋の閉鎖を考えていた親方に対し「親方が辞めるのなら自分も辞めます」と発言して翻意させ、大揺れだった部屋をまとめ上げたという。

2010年に起きた大相撲野球賭博問題では野球賭博に関わったとされ、特別調査委員会から名古屋場所での謹慎休場を勧告されたが、相撲協会は処分の再考を委員会に求め[5]、その結果、賭け金が少額だったとされ、最終的に謹慎処分はされずに7月場所への出場は許可された[6]。しかし、その7月場所では5勝10敗と大きく負け越してしまった。

2010年9月場所は初日から7連勝と好調で終盤まで優勝争いに絡み、11勝4敗で2度目の敢闘賞を受賞した。翌11月場所は東前頭5枚目で8勝7敗と幕内上位で初めて勝ち越した。

2013年9月場所は2010年9月場所以来となる初日から5連勝を記録したが、右手有鉤骨鉤骨折により11日目から休場した。翌11月場所は休場明けで序盤は苦しむも、地元の応援を背に千秋楽の取り直しの一番を制して8勝7敗と勝ち越した。

2013年12月16日、同年2月に停年を迎えた元関脇・富士櫻(中澤榮男)が所有していた年寄株・中村を取得した。[7]これまで高砂一門の所属であった「中村」は二所ノ関一門に移った形となる。

2014年1月場所は10勝5敗と2010年9月場所以来となる幕内2桁勝利の好成績を上げた。翌3月場所は東前頭4枚目まで上がったが、大関稀勢の里を撃破するなど健闘し、10勝5敗と2場所連続の2桁白星を挙げ、3度目の敢闘賞も受賞。[8]この活躍で、5月場所は新三役(東小結)に昇進した。新入幕から所要49場所での新三役は、史上4位のスロー昇進であり、32歳1ヶ月で新三役は、昭和以降8位の高年齢昇進となった[9]。大分県からの新三役は、2004年3月場所の垣添以来。その場所は、6勝9敗と負け越したが、横綱・日馬富士を破った。西前頭2枚目まで下がった翌7月場所も7勝8敗と負け越したが、横綱・日馬富士を2場所連続で破り、初金星を史上最年長の32歳3か月27日で達成。翌9月場所も7勝8敗と負け越したが、2横綱(日馬富士・鶴竜)2大関(豪栄道・琴奨菊)を破った。日馬富士戦では、相手の反則負けによる勝利だったが、鶴竜戦で通算2個目の金星を獲得。西前頭4枚目で迎えた翌11月場所は、3日目の取組で負傷。4日目、日本相撲協会に「左大腿四頭筋不全断裂で約1か月の治療を要する」との診断書を提出して休場。7日目まで休場していたが、8日目から再出場。

東前頭8枚目で迎えた2015年7月場所は、6年間負け越しが続いている験が悪い場所だったが、11日目に7年振りとなる勝ち越しを決める。更に12日目の千代大龍休場による不戦勝を得た幸運も手伝って13日目まで優勝争いに残り、千秋楽も2横綱2大関を破った関脇栃煌山を出足で圧勝。過去2度あった11勝を上回る12勝3敗(横綱鶴竜と並ぶ優勝次点)の好成績を挙げ、4度目の敢闘賞を受賞した。三役復帰を目指す西前頭筆頭に番付を上げた9月場所は、2日目白鵬を、3日目には鶴竜の両横綱を破り、2014年7月場所の前頭3枚目大砂嵐(5日目鶴竜、6日目日馬富士)以来、戦後17人目2日連続の金星を挙げた。ちなみに白鵬、日馬富士、鶴竜と現役3横綱全員から金星獲得を果たしたのは嘉風が初めてである。また5日目琴奨菊、6日目には豪栄道の両大関も破り、2014年9月場所(反則勝ち含む)に続いて、平幕で史上初の2度目の2横綱2大関撃破を果たした。この場所は、終盤の5連勝もあって最終的に11勝4敗と3場所連続で2桁勝利を挙げる活躍を見せ、殊勲賞と技能賞をW受賞した。小結に復帰した11月場所は8勝7敗と2桁勝利には届かなかったものの2場所連続2度目の技能賞を獲得した。

翌2016年1月場所は新関脇に昇進(西関脇)。大分県からの新関脇は1957年1月場所の玉乃海、1998年7月場所の千代大海以来戦後3人目。新入幕から59場所掛かっての新関脇は兄弟子の豪風(68場所)に次ぐ史上2位のスロー記録[10]であり、33歳9カ月は戦後6位の高齢昇進となった[11]。この昇進を受けた会見で、師匠の尾車は「私は早くに現役を辞めたが、弟子はじっくり育った。両方味わえて幸せ」と満足そうに語っていた[12]。この場所は、横綱から星は挙げられなかったが2大関(豪栄道・稀勢の里)を破り、千秋楽に対戦成績5勝12敗と分の悪い栃ノ心を寄り切って勝ち越しを決めた。

2015年、報知プロスポーツ大賞を受賞[13]

取り口[編集]

基本的に機動力を生かした突き押しを得意とする。若い頃は出足が鋭く勝ち味が早かったが、ベテランの域に入ると出足が若干衰え引き技を交えるようになった。2015年12月に出演したラジオ番組で得意技を聞かれた際に本人は「当たっていくけど(元大関)大受のような押しではない。(元関脇)富士桜のような突きでもない。相手の力を利用しながら、円の外に出す。足の裏以外をつけることです。そう言ったら『アドリブだね』と言われた。それなんです。自分の得意技はアドリブ! しゃべっても型がないから、すぐ脱線しちゃうし」と回答している。[14]

略歴[編集]

  • 2004年(平成16年)3月 - 日本体育大学卒業
  • 2004年(平成16年)1月場所 - 初土俵
  • 2004年(平成16年)3月場所 - 序ノ口優勝
  • 2004年(平成16年)9月場所 - 三段目優勝
  • 2005年(平成17年)7月場所 - 新十両
    • 前相撲から所要9場所での十両昇進は史上5位タイ
  • 2006年(平成18年)1月場所 - 新入幕
    • 前相撲から所要12場所での新入幕は11場所の琴欧州(2004年9月場所、のちの琴欧洲)に次ぐ2位タイ。現在では9場所の常幸龍(2012年11月場所)、10場所の大砂嵐(2013年11月場所)、11場所の琴欧洲、阿覧(2008年11月場所)に次ぐ史上5位タイ
  • 2008年(平成20年)11月場所 - 11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞
  • 2009年(平成21年)11月場所 - 初日から7連勝して9日目に勝ち越しを決め、10勝5敗と2桁勝利
  • 2010年(平成22年)9月場所 - 11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞(2回目)
  • 2014年(平成26年)3月場所 - 10勝5敗の好成績で敢闘賞を受賞(3回目)
  • 2014年(平成26年)5月場所 - 新小結
  • 2014年(平成26年)7月場所 - 日馬富士から初金星を獲得
  • 2014年(平成26年)9月場所 - 鶴竜から金星を獲得
  • 2015年(平成27年)7月場所 - 12勝3敗の好成績で敢闘賞を受賞(4回目)
  • 2015年(平成27年)9月場所 - 白鵬と鶴竜から金星を獲得、殊勲賞と技能賞(いずれも初めて)を受賞
  • 2015年(平成27年)11月場所 - 小結復帰。技能賞を受賞(2回目)
  • 2016年(平成28年)1月場所 - 新関脇。千秋楽に勝ち越し

主な成績[編集]

2016年1月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:512勝479敗10休(72場所)
  • 通算勝率:.517
  • 幕内戦歴:424勝437敗9休(58場所)
  • 幕内勝率:.492
  • 十両成績:44勝30敗1休
  • 幕内在位:58場所
  • 十両在位:5場所
  • 三役在位:3場所(関脇1場所、小結2場所)

各段優勝[編集]

  • 三段目優勝:1回(2004年9月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(2004年3月場所)

三賞:金星[編集]

  • 三賞:7回
    • 殊勲賞:1回(2015年9月場所)
    • 敢闘賞:4回(2008年11月場所、2010年9月場所、2014年3月場所、2015年7月場所)
    • 技能賞:2回(2015年9月場所、2015年11月場所)
  • 金星:4個(日馬富士1個、鶴竜2個、白鵬1個)

場所別成績[編集]

                          

嘉風 雅継[15]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2004年
(平成16年)
(前相撲) 西 序ノ口 #27
優勝
7–0
東 序二段 #23
6–1
 
西 三段目 #60
6–1
 
東 三段目 #6
優勝
7–0
西 幕下 #11
3–4
 
2005年
(平成17年)
西 幕下 #16
6–1
 
西 幕下 #5
4–3
 
東 幕下 #3
5–2
 
西 十両 #13
10–4–1
 
西 十両 #7
8–7
 
西 十両 #5
10–5
 
2006年
(平成18年)
西 前頭 #13
5–10
 
西 前頭 #16
8–7
 
西 前頭 #14
9–6
 
東 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #12
5–10
 
東 十両 #1
8–7
 
2007年
(平成19年)
西 前頭 #13
8–7
 
西 前頭 #12
5–10
 
東 十両 #1
8–7
 
東 前頭 #13
6–9
 
西 前頭 #15
10–5
 
西 前頭 #10
4–11
 
2008年
(平成20年)
西 前頭 #15
8–7
 
西 前頭 #12
6–9
 
西 前頭 #14
7–8
 
東 前頭 #15
8–7
 
東 前頭 #11
7–8
 
東 前頭 #12
11–4
2009年
(平成21年)
西 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #4
7–8
 
西 前頭 #5
4–11
 
西 前頭 #12
6–9
 
東 前頭 #15
9–6
 
東 前頭 #9
10–5
 
2010年
(平成22年)
東 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #9
5–10
 
東 前頭 #13
9–6
 
西 前頭 #8
5–10
 
西 前頭 #11
11–4
東 前頭 #5
8–7
 
2011年
(平成23年)
西 前頭 #2
4–11
 
八百長問題
により中止
西 前頭 #7
9–6
 
西 前頭 #1
7–8
 
西 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #5
7–8
 
2012年
(平成24年)
東 前頭 #6
9–6
 
西 前頭 #2
3–10–2[16]
 
西 前頭 #9
8–7
 
東 前頭 #8
7–8
 
東 前頭 #10
7–8
 
西 前頭 #10
8–7
 
2013年
(平成25年)
東 前頭 #8
7–8
 
東 前頭 #9
9–6
 
東 前頭 #6
7–8
 
西 前頭 #7
7–8
 
西 前頭 #8
6–5–4[17]
 
東 前頭 #13
8–7
 
2014年
(平成26年)
西 前頭 #11
10–5
 
東 前頭 #4
10–5
東 小結
6–9
 
西 前頭 #2
7–8
西 前頭 #3
7–8[18]
西 前頭 #4
4–8–3[19]
 
2015年
(平成27年)
西 前頭 #11
8–7
 
東 前頭 #9
5–10
 
東 前頭 #14
10–5
 
東 前頭 #8
12–3
西 前頭 #1
11–4
西 小結
8–7
2016年
(平成28年)
西 関脇
8–7
 
x x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 大西 雅継(おおにし まさつぐ)2004年1月場所 - 2005年5月場所
  • 嘉風 雅継(よしかぜ -)2005年7月場所 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『大相撲ジャーナル』2015年4月号72頁によると、11月場所が終わると翌日には地元に帰ってイカ釣りが好例であるという。
  2. ^ 『相撲』2013年12月号63頁には、2013年11月場所の途中に一門外の親方・佐ノ山の立場である千代大海に助言を求めたことで勝ち越しを掴んだエピソードが報告されており、この例のように千代大海とは一門を超えた交流を行っている。
  3. ^ 大西、初のアマ横綱に、2002年12月8日、共同通信
  4. ^ なお大相撲入り以降天覧相撲は5戦全敗である。
    全勝の霧島、全敗の嘉風 天覧相撲に“相性”あり 日刊スポーツ 2016年1月12日9時5分 紙面から
  5. ^ 朝日新聞 2010年6月29日
  6. ^ 朝日新聞 2010年7月3日
  7. ^ 幕内在位45場所の嘉風、年寄「中村」取得 2013年12月17日06時02分 スポーツ報知
  8. ^ 豪栄道、3度目殊勲賞 嘉風は勝てば敢闘賞/春場所 SANSPO.COM 2014年3月23日
  9. ^ http://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20140425-1290432.html 嘉風4位のスロー昇進、49場所で新三役] 日刊スポーツ 2014年4月25日9時24分 紙面から
  10. ^ 新関脇に嘉風=正代と輝が新入幕-大相撲初場所 時事ドットコム 2015年12月24日(2015年12月24日閲覧)
  11. ^ 嘉風が新関脇、史上2番目スロー昇進 初場所新番付 Yahoo!ニュース・日刊スポーツ 2015年12月24日(2015年12月24日閲覧)
  12. ^ 33歳嘉風、10年かけ関脇「大関に自信」 毎日新聞 2015年12月24日(2015年12月24日閲覧)
  13. ^ 【報知プロスポーツ大賞】嘉風が初受賞「一番いい1年」”. スポーツ報知 (2015年12月9日). 2015年12月9日閲覧。
  14. ^ 嘉風らしい相撲、それは「アドリブ相撲」だ 日刊スポーツ 2016年1月5日17時43分
  15. ^ Rikishi in Juryo and Makunouchi” (English). szumo.hu. 2007年6月7日閲覧。
  16. ^ 右前脛骨筋挫傷により13日目から途中休場
  17. ^ 右手有鉤骨鉤骨折により11日目から途中休場
  18. ^ 4日目の横綱日馬富士戦は反則勝ちのため金星にならない。なお9日目の横綱鶴竜戦のみ金星。
  19. ^ 左大腿四頭筋不全断裂により4日目から7日目まで休場

外部リンク[編集]