旭日松広太

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旭日松広太 Sumo pictogram.svg
Asahisho 2012 Jan.JPG
基礎情報
四股名 松嶋 → 旭日松
本名 松嶋 広太
愛称 こうちゃん、宴会部長[1]
生年月日 (1989-07-21) 1989年7月21日(28歳)
出身 千葉県野田市関宿町
身長 175cm
体重 142kg
BMI 46.37
所属部屋 大島部屋友綱部屋
得意技 押し、引き
成績
現在の番付幕下38枚目
最高位 東前頭11枚目
生涯戦歴 401勝400敗17休(79場所)
幕内戦歴 23勝35敗2休(4場所)
優勝 幕下優勝1回
データ
初土俵 2005年3月場所
入幕 2012年9月場所
趣味 スポーツ観戦、お笑い鑑賞
備考
2018年6月25日現在

旭日松 広太(あさひしょう こうた、1989年7月21日 - )は、千葉県野田市出身で友綱部屋(入門時は大島部屋)所属の現役大相撲力士身長175cm、体重142kg。本名は松嶋広太。最高位は東前頭11枚目(2012年11月場所)。得意技は押し・引き。血液型はB型。好物は湯豆腐のちゃんこ、焼肉。[2][3]

来歴[編集]

3歳からレスリングを始め、野田市立木間ヶ瀬小学校2年次から6年次まで5年連続で全国大会で優勝している。野田市立木間ヶ瀬中学校進学後もレスリングを続けチャンピオンも経験していたが、「レスリングではメシが食えない。有名、金持ちになりたい。」という動機[4]で中学卒業と同時に相撲へ転向することを決意。中卒見込みとなった2005年3月場所、本名の松嶋の四股名で大島部屋から初土俵を踏んだ。同年11月場所において四股名を松嶋から旭日松に変え、序ノ口、序二段、三段目を経て2008年7月場所には幕下に昇進した。休場もあってやや低速したが2009年5月場所には再び幕下へ戻った。その後は幕下の地位で相撲をとっていたが、2011年9月場所で西幕下12枚目で7戦全勝優勝を果たし11月場所での十両昇進が決まった。野田市出身の関取は初である。13日目の豊後錦に勝って7戦全勝優勝が決まったときには嬉しさのあまり涙を流した。

新関取となった11月場所では十両の土俵にやや苦戦したものの14日目に自身初の新関取での勝ち越しを決めた。翌2012年4月24日には、師匠の定年に伴って所属していた大島部屋が閉鎖され、本人は「星1つが足らずに大島部屋での入幕会見は果たせなかった」ことを悔しがっており「もっと師匠に怒られたかった。」とふがいなさを感じていたそうである(直前の3月場所では東十両4枚目で9勝を挙げて翌場所は同筆頭となっており、あと1勝できていれば入幕していた可能性が高い)。[5]2012年5月場所より友綱部屋所属となった。

移籍2場所目となる2012年7月場所は西十両4枚目で10勝5敗の好成績をあげ、翌9月場所では大島部屋入門者としては旭富士から数えて10人目となる新入幕となった。同場所7日目に髙安との同期対決を演じるも、塩撒きで観衆を沸かせたのとは裏腹にあっさりと寄り切られて、勝負では髙安の方が歓声を浴びた。結局8勝7敗と勝ち越したが、翌場所から2場所連続負け越して十両へ陥落した。

Salt (15715088222).jpg

2013年7月場所では東十両7枚目で9勝6敗の成績を残した。普通なら入幕は不可能に近いが、番付運に恵まれ、翌9月場所では東前頭16枚目に昇進し、再入幕を果たした(なお、7月場所で番付が半枚上の西十両6枚目の豊真将も同じく9勝6敗の成績でありながら、翌9月場所では西前頭13枚目まで大きく番付を上げた)。この場所は4日目までで3勝1敗の好成績だったが、9日目の翔天狼との取組で左肘内側側副靱帯を損傷してしまい、10日目から幕内では初めての休場。しかし休場を我慢しきれず[6]13日目から再出場をして、最後は2連勝でこの場所を終えた。翌11月場所は4日目の徳真鵬戦での白星から11日目の鏡桜戦での黒星まで8日間にわたってヌケヌケの状態を繰り返した末、14日目に勝ち越しを果たし、最終的には9勝6敗の成績に終わった[7]。2014年1月場所からは7月場所までは十両で4場所連続負け越しを喫するなど調子が上がらなかったが、東十両11枚目まで番付を下げた9月場所に8勝7敗と勝ち越し、東十両6枚目まで番付を回復した次の11月場所も8勝7敗と勝ち越した。2014年6月10日に東京都出身の女性と結婚、同年11月17日に第1子となる長男が誕生。[8]2015年5月場所は9日目に大翔丸徳利投げの奇手で破っており、この場所は9勝6敗の勝ち越し。[9]西十両13枚目で迎えた2017年5月場所に7勝8敗で負け越し。下に十両の番付をもう1枚残しており、本来であれば十両に残留できる星数だったが、陥落する力士が少なかった事や幕下上位で勝ち越した力士が多かった影響により、2017年7月場所では不運な陥落となった。これにより、34場所守った関取の座を手放す事となった。7月場所は2勝2敗の後に5番相撲から残りを休場。

エピソード[編集]

  • 2012年5月場所を初日から10連敗したことをきっかけに「塩でも思いきり撒いたら相手が怯むかもしれない」と考えだし、11日目から制限時間いっぱいでの豪快な塩撒きを行うようになった[10][11]。その塩まきが少しずつ人気を集め始めており、9月からは幕内の土俵で塩撒きを披露することで観衆を大いに沸かせている。旭日松の場合は撒かれた塩の多くが仕切り線上に集中するという特徴があり、2012年11月場所3日目の千代の国戦では立合い直後に自身が撒いた塩に足を滑らせて負けてしまった(決まり手は叩き込み)[10]。2013年1月場所14日目には対戦相手の嘉風が仕切り線上の塩に足を滑らせるというハプニングが起こった(取組は嘉風がとったりで勝利)。
  • 2012年7月場所7日目の北はり磨戦では両者の手つき不十分で立合い不成立となったはずが鏡山審判長(元関脇・多賀竜)が手を挙げ合図を送ったのを行司の木村堅治郎が見落とし続行。そのまま北はり磨を押し出した旭日松に軍配が上がった。その後立合い不成立となる取り直しとなり、取り直しの一番では突き落としで敗れた。[12]
靖国神社奉納大相撲 旭日松関の相手は安美錦関(2017年4月17日撮影)
  • 新十両の場所に受けたNHK大相撲中継での新十両インタビューでは、部屋の兄弟子で長く付き人を務めた旭天鵬に一目惚れして角界に入ったと語った。その後旭天鵬が2012年5月場所に初の幕内優勝を決めた優勝決定戦の直後には、花道で兄弟弟子と共に号泣する旭日松の姿が捉えられた。
  • 2013年2月9日の第46回NHK福祉大相撲で、ももいろクローバーZと初共演し、大喜鵬らと共に踊りを披露した。
  • 2013年2月22日、地元・野田市の象徴的企業であるキッコーマンから、郷土の風景である筑波山江戸川と、四股名に因んで朝日をあしらった意匠の化粧廻しを贈られた。[13]その際、キッコーマンの名誉会長である茂木友三郎からは「初場所は不本意だったが、まだ23歳。これから精進して、大成していただきたい」と期待の言葉を贈られた。
  • 2013年5月場所では洋菓子店を営む親類から贈られたケーキの絵柄の化粧廻しを披露した。[14]
  • 本人いわく「ザンバラには全部、負けているんだよね」。御嶽海、遠藤、千代大龍とは十両の土俵で初顔となったが、いずれも黒星。[15]
  • 2017年5月場所2日目、貴源治を押し出した直後に右手で顔を叩き、貴源治が背後からにらみつけるなど一触即発の空気が流れた。土俵を下りた旭日松は審判の湊から注意を受けて謝罪した。支度部屋に戻った旭日松は「所作に入る前に目を合わせないと。なめんなよ、と思うじゃないですか」と黙礼する基本的マナーを怠った若手への“教育的一発”であると説明。そして、「好き嫌いはあると思うけど、有望だし、人気あるし、もったいない」と続け、「最後は足出ていると思わなかったし、見たら出ていた」と話した。十両初黒星を喫した貴源治は「きょうは何もないです。次は…」と悔しさを押し殺していた[16]

主な成績[編集]

2018年5月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:401勝400敗17休(79場所)
  • 幕内成績:23勝35敗2休(4場所)
  • 十両成績:217勝233敗(30場所)

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:1回(2011年9月場所)

場所別成績[編集]

                   
旭日松 広太
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
x(前相撲)東 序ノ口 #26
3–4 
西 序ノ口 #22
5–2 
東 序二段 #101
2–5 
西 序ノ口 #2
6–1 
2006年
(平成18年)
西 序二段 #44
1–6 
西 序二段 #86
3–4 
西 序二段 #108
6–1 
西 序二段 #28
0–1–6 
西 序二段 #98
3–4 
東 序二段 #115
6–1 
2007年
(平成19年)
東 序二段 #34
2–5 
西 序二段 #64
4–3 
東 序二段 #37
5–2 
東 三段目 #100
5–2 
東 三段目 #67
3–4 
東 三段目 #80
6–1 
2008年
(平成20年)
西 三段目 #22
3–4 
西 三段目 #33
4–3 
東 三段目 #18
5–2 
西 幕下 #57
0–1–6 
西 三段目 #32
3–4 
西 三段目 #41
5–2 
2009年
(平成21年)
西 三段目 #13
4–3 
西 三段目 #3
4–3 
西 幕下 #55
4–3 
東 幕下 #45
3–4 
西 幕下 #56
2–5 
東 三段目 #22
4–3 
2010年
(平成22年)
東 三段目 #11
3–4 
東 三段目 #23
3–4 
東 三段目 #39
6–1 
東 幕下 #52
5–2 
東 幕下 #32
3–4 
西 幕下 #37
5–2 
2011年
(平成23年)
西 幕下 #24
4–3 
八百長問題
により中止
東 幕下 #21
4–3 
西 幕下 #10
3–4 
西 幕下 #12
優勝
7–0
東 十両 #13
8–7 
2012年
(平成24年)
東 十両 #10
9–6 
東 十両 #4
9–6 
東 十両 #1
5–10 
西 十両 #4
10–5 
東 前頭 #14
8–7 
東 前頭 #11
6–9 
2013年
(平成25年)
西 前頭 #13
4–11 
東 十両 #3
8–7 
西 十両 #1
4–11 
東 十両 #7
9–6 
東 前頭 #16
5–8–2[17] 
西 十両 #4
9–6 
2014年
(平成26年)
東 十両 #1
7–8 
東 十両 #2
7–8 
東 十両 #3
5–10 
東 十両 #8
6–9 
東 十両 #11
8–7 
東 十両 #6
8–7 
2015年
(平成27年)
東 十両 #4
9–6 
西 十両 #2
5–10 
東 十両 #8
9–6 
西 十両 #3
6–9 
東 十両 #6
6–9 
西 十両 #8
6–9 
2016年
(平成28年)
西 十両 #10
8–7 
東 十両 #9
7–8 
東 十両 #10
8–7 
西 十両 #9
5–10 
西 十両 #12
9–6 
西 十両 #7
6–9 
2017年
(平成29年)
東 十両 #12
7–8 
東 十両 #13
7–8 
西 十両 #13
7–8 
西 幕下 #1
2–2–3 
西 幕下 #11
5–2 
東 幕下 #6
2–5 
2018年
(平成30年)
西 幕下 #15
3–4 
東 幕下 #22
1–6 
西 幕下 #46
4–3 
東 幕下 #38
 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 松嶋 広太(まつしま こうた)2005年3月場所 - 2005年9月場所
  • 旭日松 広太(あさひしょう こうた)2005年11月場所 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『相撲』2012年1月号
  2. ^ 現役力士が語る、大相撲の「最新ちゃんこ事情」と「勝負メシ」(2ページ) Web Sportiva Love Sports 2015.11.12
  3. ^ 現役力士が語る、大相撲の「最新ちゃんこ事情」と「勝負メシ」(4ページ) Web Sportiva Love Sports 2015.11.12
  4. ^ 『相撲』2005年4月号
  5. ^ 『相撲』2012年5月号58頁
  6. ^ 『相撲』2013年11月号59頁には「テレビ観戦でストレスが溜まった。」と本人のコメントが記述されている。
  7. ^ 『相撲』2013年12月号64頁には、5日目にポール・マッカートニーが観戦にやって来て場内がざわついたことに対して本人が「あれで集中力が一気に途切れた。」と4日目までの勝ちっ放しが終わったことに悔み「連敗したらポールのせいにしようと思った」と冗談を口にする様子が記述されている。
  8. ^ 旭日松 結婚&パパ 日刊スポーツ 2015年1月23日9時28分 紙面から
  9. ^ 『相撲』2015年6月号72頁
  10. ^ a b 『相撲』2014年3月号93頁
  11. ^ 塩を豪快に撒くパフォーマンスは、もともとは水戸泉政人が行っていたものであり、水戸泉も時間いっぱいになった時のみ大きく撒いていた。
  12. ^ 「手つき不十分」も行事見落として続行 Sponichi Annex 2012年7月15日 06:00
  13. ^ 旭日松にキッコーマンから化粧まわし nikkansports.com 2013年2月22日17時55分
  14. ^ 旭日松、新化粧まわしはケーキの絵柄 デイリースポーツ
  15. ^ 『相撲』2016年9月号67ページ
  16. ^ 新十両・貴源治に教育的一発!旭日松「なめんなよ」 Sponichi Annex 2017年5月15日 16:00
  17. ^ 左肘内側側副靱帯損傷のため10日目から途中休場、13日目から再出場

外部リンク[編集]