勢翔太

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勢 翔太 Sumo pictogram.svg
Ikioi 2012 Jan.JPG
基礎情報
四股名 勢 翔太
本名 東口 翔太
生年月日 (1986-10-11) 1986年10月11日(31歳)
出身 大阪府交野市
身長 194cm
体重 157kg
BMI 44.71
所属部屋 伊勢ノ海部屋
得意技 右四つ、寄り
成績
現在の番付 西前頭10枚目
最高位 西関脇
生涯戦歴 421勝385敗(75場所)
幕内戦歴 229勝251敗(32場所)
優勝 十両優勝1回
敢闘賞4回
データ
初土俵 2005年3月場所
入幕 2012年3月場所
趣味 ゴルフ、カラオケ
備考
金星4個(白鵬2個、鶴竜1個、稀勢の里1個)
2017年10月30日現在

勢 翔太(いきおい しょうた、1986年10月11日 - )は、大阪府交野市出身で伊勢ノ海部屋所属の現役大相撲力士。本名は東口 翔太(とぐち しょうた)。身長194cm、体重157kg。血液型はB型。 得意手は右四つ、寄り。最高位は西関脇(2016年5月場所)。好物は寿司、焼肉。特に寿司ネタの中でも貝類やイカ、ウニを好むという[1]

来歴[編集]

祖母や近所の住民などの大人に囲まれて東口は幼少期を過ごしたといい、特に年配の人から可愛がられていた。自身が小学1年生の頃に両親が交野市内で「すし家の繁」を開業し[2]、接客などを見て学んだという。両親曰くこの頃から大人びていたといい、接客や店の手伝いなどを見よう見まねで行っていた[2]

小学3年生の時に相撲未経験ながら地元のわんぱく相撲の大会に出場して優勝を果たしたことがきっかけで同学年で隣接の寝屋川市出身である澤井豪太郎(現:豪栄道)の父親に勧誘され、澤井と共に交野市内にある相撲の古市道場に在籍。当時の東口は同世代と比べて体が大きいことで澤井の父は東口を澤井の稽古相手につもりで勧誘したといい、両親も小児ぜんそくの持病があった東口を相撲で鍛えるつもりで相撲をやらせたという[2]。1日4時間の相撲の稽古を週4回行うことで途端に健康状態が良好化し、さらに放課後から稽古の時間がやって来るまでの1時間を野球などの外遊びに費やすほど元気になった。体を動かしっぱなしになったことで病院で「過労」と診断されたこともある[2]1996年わんぱく相撲全国大会の小学4年生の部では準優勝を果たした。小学5年生の頃に寿司屋の常連の紹介によって先代伊勢ノ海と出会った[2]。小学校時代と中学校時代は学校から帰って相撲道場に稽古に行く前に祖母がうどんを作ってくれ、東口はそれを必ず食べていた。「両親が商売をしていたので、小さいときはおじいちゃん、おばあちゃんに育ててもらった“おばあちゃん子”でした。帰る時間に毎日つくっておいてくれる。このうどんを食べてから、まわしとバスタオルを持って自転車で道場に行くんです。夏でも、熱いうどんが嫌じゃなかったなぁ」と後に2017年に行われた日刊スポーツの絵日記企画で当時を述懐している[3]

中学卒業後は相撲を離れてフリーター生活を送り、兵庫県尼崎市内で1年間1人暮らしをしたこともある。その中で社会性を身に付けたが結果としてやはり相撲をやりたいと考えるようになった。ところが実家を離れていた東口は自身の大相撲入りを期待していた祖母の死に目に会うことができなかった。そんなところ、先代伊勢ノ海が祖母の葬儀に出席してくれたと聞いて入門を志願。[2]18歳の時に伊勢ノ海部屋に入門、2005年3月場所で初土俵を踏み、翌5月場所から「勢」という四股名を名乗った[4][5]

2006年5月場所には早くも幕下に昇進して、その5月場所でも5勝2敗の好成績を挙げた。同年9月場所では初日から3連勝し、8日目に同じく3連勝の琴冠佑張り手を交えて勝利し4連勝で勝ち越しを決めたものの、取組後に琴冠佑から顔面を殴られ[6]、その後は3連敗と精彩を欠いた。2010年11月場所では自己最高位となる西幕下2枚目まで昇進したものの3勝4敗と負け越した。その後も幕下上位に在位し、東幕下3枚目の位置で迎えた2011年9月場所において5勝2敗の好成績を挙げ、翌11月場所に新十両へ昇進した[7]。漢字一文字の四股名を持つ力士としては、1997年11月場所新十両の以来、14年ぶりの関取となった[8]

新十両となった2011年11月場所では、初日から8連勝で早々と勝ち越し、9日目に千代嵐の髷を掴んで反則負けを喫した以外は13日目まで白星を重ね、14日目の時点で初の十両優勝を決めた。新十両での優勝は2008年11月場所の翔天狼以来のこととなった。東十両3枚目まで大きく番付を上げた翌2012年1月場所でも7日目から8連勝して10勝5敗の好成績を挙げ、翌3月場所において新入幕を果たした。漢字一文字の四股名を持つ力士としては、1990年9月場所に新入幕を果たした以来、22年ぶりの幕内力士となった。その3月場所では3日目の若の里戦に両者合わせて10本の懸賞がかかるなど御当地力士としての人気ぶりを示したが、黒星を喫して若の里に懸賞を勝ち取られる結果となった[9]。これも含めて初日から5連敗を喫するなどして5勝10敗と振るわず、翌5月場所に十両へ陥落した。翌7月場所に再入幕を果たしたものの、その7月場所でも7勝8敗と負け越して1場所で十両へ陥落した。翌9月場所では東十両筆頭の位置で11勝4敗の好成績を挙げて優勝決定戦まで進出したが、優勝決定戦では常幸龍に敗れて優勝は逃した。翌11月場所に3回目の入幕を果たし、9勝6敗の成績を挙げて幕内では自身初となる勝ち越しを決めた。

2013年11月場所は11勝4敗の好成績を挙げ、幕内で初の二桁勝利を挙げるとともに、初の三賞となる敢闘賞を受賞した。翌2014年1月場所は西前頭2枚目で6勝9敗と負け越したが、大関・琴奨菊戦で初勝利。2014年5月場所は2日目から自身初となる9連勝を記録し、11勝4敗の好成績を挙げ、2度目の敢闘賞を受賞した。翌7月場所は豪栄道と栃煌山が関脇を維持した上に安美錦と碧山が小結の地位を得た影響で新三役を逃したが東前頭筆頭に据えられて最高位を半枚更新する。西前頭5枚目の地位で迎えた9月場所は新鋭の逸ノ城を破る活躍(詳細は後述)を見せた上で、10勝5敗の好成績を残した[10]。翌11月場所は新三役(西小結)。大阪府からの新三役(小結)は、2008年11月場所の豪栄道以来戦後7人目。その11月場所では10日目に負け越しを確定させてしまったものの、11日目から4連勝するなど食い下がって場所を6勝9敗で終えた。

2015年1月場所は中日の遠藤戦を除いて白星を全く得られず1勝14敗と大不振であったものの、翌3月場所は8勝7敗の勝ち越しにあずかり、続く5月場所は11日目に勝ち越し10勝5敗の好成績。9月場所、11月場所で連続して二桁勝利、敢闘賞を受賞。

2016年1月場所はおよそ1年ぶりの三役である東小結として迎えたが、横綱、大関陣相手に1勝5敗と力の差を見せつけられ、結局5勝10敗でまたも一場所で平幕に落ちることが確定した。3月場所は東前頭4枚目で迎えたが、初日から7連勝と好調を維持。そこから3連敗で優勝争いからは脱落したもののそこから白星を重ね、千秋楽で勝利すれば自身5度目の敢闘賞を獲得できるとみられたが琴勇輝に敗れ、10勝5敗の成績で敢闘賞は獲得できなかった。しかし3月場所は関取、小結力士が全員負け越したため、続く5月場所では新関脇となった。5月場所は2日目に照の富士、5日目に鶴竜に勝つなど序盤は好調だったが、7日目から8連敗と失速し、4勝11敗で三役陥落が決まった。7月場所も調子が上がらず5勝10敗だったが、9日目に優勝争いの一角にいた白鵬を破って金星を獲得した。9月場所は7日目まで5勝2敗と出だしが良かったが中日から4連敗、そのまま千秋楽に黒星で7勝8敗。11月場所は弟弟子の錦木に部屋頭の座を譲ることとなった。

靖国神社奉納大相撲 土俵入りする勢関(2017年4月17日撮影)
靖国神社奉納大相撲 勢関の相手は御嶽海関(2017年4月17日撮影)

2017年1月場所は西前頭3枚目の地位で土俵に上がり、この場所は日馬富士と鶴竜の2横綱と琴奨菊に勝利するなど好調であり[11]、場所成績を8勝7敗として自身初の幕内上位での勝ち越しを手にした。場所後の1月27日、4月13日に行われる大相撲川崎巡業のPRで川崎市役所を訪れ、福田紀彦市長らと対談し「巡業ならではの距離の近さ。力士もリラックスしてますからね。一緒に写真を撮ったり、声をかけてもらいたい。ぜひ来て下さい」と呼びかけた。同時に「向こうも成長してますけど、こちらも成長してますからね」と3月場所から横綱となる稀勢の里から金星を獲得することに意欲を見せるかのようなコメントを残した[12]。3月場所は場所前に右腕を負傷、4日目に休場直前の白鵬から金星を挙げた。 立合いで白鵬に一歩押し込まれたのと引き換えに得意の右を差し、反撃の手掛かりをつかんだ。「出るしかない」とはやる気持ちを抑え、ぐっと腰を落とす。「慌てて出るとはたかれる。一瞬だけど低くなって押せた」とコメント。左のおっつけで横綱の差し手を封じながら足を踏み出すと、土俵際へ一直線。最後は右手を深く差し直すようにして前のめりになり、寄り倒した。いったん勝ち名乗りを受けたのに、審判が土俵の上に集まった。意外なタイミングで物言いがついたが、一方的に攻め続けた相撲。勢には「横綱(の体)がちょっと飛んでた」と自信があった。軍配通りの結果を告げるアナウンスが終わらないうち、金星をたたえる拍手と歓声が湧き起こる。地元大阪のファンにこの日一番の盛り上がりをもたらした立役者は、「横綱に勝てばどんな形でもうれしい」と破顔した[13]。だが、この相撲でさらに右腕を痛め、初日から得意の右小手投げが全く使えない苦しい相撲が続いた。結局白鵬からの金星以外は勝ち星を挙げられず、9日目に負け越しが確定。しかし1勝9敗の状態から終盤に調子を戻し、最終的には5勝10敗とした。7月場所は腰の痛みにより振るわず[14]、5日目にこの場所2勝しただけで休場した不調の稀勢の里から金星を奪う以外は良い所が無く、4勝11敗の大敗に終わった。稀勢の里から金星を挙げた際には支度部屋で「そうか、金星か。忘れてた。初めて勝てたのがうれしい。今まで思い切りがなかったので、何でも思い切りやってみようと思った」と語っている[15]。8月6日の夏巡業本庄場所の支度部屋では「夏巡業は腰のケアを優先し、体調管理に注意しています。体調を整えて巡業の稽古に励みたいです。秋場所は是非とも勝ち越して、お世話になった方々にごちそうをしたいと思っています」と思いを語った[14]。西の7枚目で迎えた7月場所は11日目までに6勝5敗とするもそこから4連敗で6勝9敗と負け越し。

人物[編集]

親子揃って「我が強い」「何でもじっくり考えて、納得が行かなければ動かない。その代わり、納得して決めればしぶとい」と評する性格をしており、基本的に相撲以外はそれほど器用でないという。前述のとおり幼少期の経験もあって人当たりは良い。タニマチの高須克弥は「ゴルフもうまくて歌もうまい。遊び人力士だけどね(笑い)」と気に入っている一方で「勢も頑張るけど、相手も頑張っちゃう。だから、懸賞金を出すと逆に負ける確率が高くなっちゃうんだよ(笑い)。敵に兵糧を与えるくらいなら、懸賞を出さないほうがマシってなるんだよね。タニマチのジレンマだね」と苦悩している様子も見せている[1][2][16]

いわゆる「エレベーター力士」の1人であり、幕内上位に昇進しては大負けを喫し下位に戻るパターンが続いている。2015年は年6場所で番付が38枚上下動したという記録を作り、これは2位に8枚差をつけ断トツだった[17]

合い口[編集]

いずれも2017年9月場所終了現在
  • 横綱・白鵬には2勝11敗。2016年7月場所で初勝利。直近は2017年3月場所で勝利。
  • 横綱・日馬富士には1勝12敗。2017年1月場所で不戦勝を得たが、自力勝利は無し。
  • 横綱・鶴竜には3勝8敗。鶴竜の横綱昇進後は3勝5敗。2016年1月場所での初勝利から3連勝していた。
  • 横綱・稀勢の里には1勝15敗。稀勢の里の大関時代は14戦全敗。稀勢の里の横綱昇進後は1勝1敗。2017年7月場所に小手投げで初勝利。
  • 大関・豪栄道には1勝15敗。豪栄道の大関昇進後は10敗。
  • 大関・照ノ富士には7勝3敗。照ノ富士の大関昇進後は5勝3敗と勝ち越している。2015年11月場所から2017年1月場所まで5連勝。
  • 大関・髙安には4勝8敗。髙安の大関昇進後は1敗。
  • 元大関・琴奨菊には5勝8敗。琴奨菊の大関在位中は4勝7敗。直近は2017年3月場所で勝利。
  • 元大関・雅山とは、雅山の大関陥落後に1度対戦し1勝。
  • 元大関・把瑠都とは、把瑠都の大関陥落後に2度対戦し2敗。
  • 元大関・琴欧洲とは、琴欧洲の大関陥落後に1度対戦し1勝。
  • 最高位が関脇以下の力士との幕内での対戦成績は以下の通りである。
力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
関脇
碧山 11 7 朝赤龍 3 0 安美錦 9 3 阿覧 3 0
逸ノ城 3 8 隠岐の海 4 2 魁聖 6 11 旭天鵬 5 3
琴勇輝 5 5 正代 3 5 宝富士 7 10 豪風 5 4
玉鷲 3 7 栃煌山 6 9 栃ノ心 3 6 豊ノ島 4 2
御嶽海 0 4 妙義龍 4 4 嘉風 6 7 若の里 2 1
小結
臥牙丸 9 1 常幸龍 1 1 松鳳山 7 2 千代鳳 3 5
千代大龍 4 6 時天空 3 2 豊真将 0 1
前頭
旭日松 1 0 阿夢露 3 0 荒鷲 2 1 石浦 2 1
宇良 1 0 遠藤 6 2 大砂嵐 5 0 3 0
北太樹 6 3 旭秀鵬 4 1 佐田の海 2 2 佐田の富士 4 1
翔天狼 3 0 青狼 1 0 蒼国来 1 4 大栄翔 1 1
大翔丸 1 2 大道 0 3 貴景勝 0 2 貴ノ岩 5 1
隆の山 0 2 玉飛鳥 1 0 千代翔馬 3 2 千代の国 4 2
千代丸 0 2 天鎧鵬 0 1 德勝龍 4 1 栃乃若 2 1
豊響 6 7 英乃海 2 0 富士東 2 4 寶智山 2 0
北勝富士 2 0 誉富士 2 1 舛乃山 2 2
※カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数。太字は2017年9月場所終了現在、現役力士

エピソード[編集]

  • 実家が寿司店を経営していて、小さいころから常に有線放送演歌が流れている環境で育ったため、自身の趣味であるカラオケでも演歌を得意としている。2012年7月場所8日目(2012年7月15日)のNHK総合大相撲中継において放送された「関取訪問」のコーナーでは、リポーター役であるAKB48岩佐美咲の訪問を受けて、稽古風景の取材を受けた後に岩佐と一緒にカラオケ店へ行き、自身はそこで山本譲二の『花も嵐も』を熱唱した後、岩佐からAKB48の振り付けを教わってAKB48の『ヘビーローテーション』に合わせて一緒にその振り付けを披露した。また、携帯用音楽プレイヤーを2個持っていて、演歌用とそれ以外用とを分けて使用していることを明かした。
  • 反面洋楽には疎く、2013年11月場所5日目の取組を終えた際にはその日にポール・マッカートニーが観戦していた話題について「僕は日本語しか知らないので、演歌で行きます!」とコメントした。[18]
  • 相撲甚句の名手としても知られ、幕下時代より巡業で甚句を担当しており、「双葉山」などを持ち歌にしている。2013年6月22日には東京藝術大学において相撲甚句を披露。その際に史上初のオーケストラとの共演を果たした。
  • 先代師匠(元関脇・藤ノ川)に勧誘された際に「大好きな山本譲二さんと会わせてあげる」と約束され、入門して数年後に親方の計らいで会えることになり、コンサートの楽屋で握手してもらった時の写真はパソコンの待ち受け画面に設定されているという[19]。これに関係する話として、同部屋の先輩である土佐ノ海(現:年寄立川)は山本本人を通じて木梨憲武と知り合ったとされている。このように山本譲二は伊勢ノ海部屋と交遊関係にあると言える。
  • 苦手なものは注射。2011年12月に出羽海理事(当時、元関脇・鷲羽山)主催のインフルエンザ予防接種が行われた際には顔をひきつらせながら予防接種を受けた[20]
  • 2013年12月19日、両国国技館で日本相撲協会が史上初めて園児対象のイベントとして開催した「クリスマスお楽しみ会」で園児と触れ合い、“歌の先生”として「オリジナル相撲甚句」も披露した[21]
  • 2014年5月場所より第71代横綱に昇進した鶴竜の太刀持ちを同門の幕内力士として務めることになり、土俵入りの従者自体は同年3月28日に行われた明治神宮で奉納土俵入りで初めて経験。勢は「右手がプルプル。そんきょも不安定。本場所も巡業もやらせていただきます」と太刀持ちを務めた感想を述べていた[22]
  • 高須克弥西原理恵子をタニマチに持っている。そのため本場所では高須クリニック名義で懸賞金[23]を設定されており、西原のデザインした化粧廻し[24]を贈られている。勢の弟弟子の錦木徹也が十両に昇進した際も高須から西原のデザインした化粧廻しを贈られている[25]
  • 地元のMBSラジオで放送中の生ワイド番組『上泉雄一のええなぁ!』には、十両時代から折に触れてゲストで出演。その縁から、同番組では、「『ええなぁ!』公認関取」として勢を応援する姿勢を示している。
  • 2014年9月場所7日目、新入幕で東前頭10枚目・モンゴル出身の新鋭である逸ノ城に勝ったことでインタビュールームに呼ばれた。通常はインタビュールームに呼ばれるのは勝ち越しや上位撃破の時だが、「館内が盛り上がったので特別に」と行われた。この取組は59秒9の熱戦で、逸ノ城の連勝を6でストップさせ、「敢闘精神評価」の投票者数が史上初めて1日で200人を超えた。敢闘精神評価アンケートは師匠の先代伊勢ノ海が発案した[26]
  • 2015年3月場所9日目の千代鳳戦で髷掴みの反則負けを宣告され、これによって幕内で3度反則負けを記録する1位タイの不名誉記録となった(もう一人は阿覧欧虎[27]
  • 2016年11月場所3日目、幕内のと対戦したが、これは優勝制度が確立された1909年夏場所以降初めてのことである、漢字1文字の関取同士の対戦であった[28]
  • ゴルフの腕前は9ホールを30台で回るほどである[29]
  • カラオケ好きであることに関連して、2017年5月場所からはJOYSOUNDの懸賞金が設定された[30]。勢は5月場所初日の支度部屋で「カラオケは相撲を頑張るための息抜きです」とあくまでメインが相撲にあることを強調[31]

取り口[編集]

身長195cm、体重167kgという白鵬とほぼ同じ体格をしており、右差しと上手からの左前ミツという型が勢にとって理想の差し手である。秀ノ山(現:朝日山)はこの取り口に関して「正攻法の相撲であり幕内中位では十分通用する」と評価しながら「白鵬を真似て左足を引いて引いた足から立つが勢は足首が固いから同じように低く鋭く立つことはできず、前ミツが取れずに後退するしかなくなる」と指摘し、その上で「長身と手足の長さ、体のバネを活かして立ち合いから数発上突っ張りで体を起こしながら距離を詰めるべきだ。そうすれば四つ身の強さ、右からの下手投げが生きる」と解決策を提案している[32]

また、右小手投げも強く、2016年5月場所5日目の鶴竜戦と同年7月場所10日目の照ノ富士戦で右小手投げで勝負を決めている[33][34]。この強さの背景には本人の熱心な稽古態度がある[29]

2017年3月前の座談会で甲山(元幕内・大碇)は「ただ、皆さんが言うようにやっぱり左手の使い方ですよ。どうしても右下手からの攻め、すくい投げもそうですけど、右一辺倒なんで本人も意識はしているんでしょうけど、そこが課題ですね」と話している[35]

懐が深いため引き技もよく決まり、2017年5月場所13日目に勢に叩き込みで敗れた宇良は「まあうまくいかなかったです。(上からはたかれて)あれはもう無理ですね。大きかったです。いや~大きく感じました。かなわないな」とコメントしている[36]

2017年のインタビューでは「とにかく僕はまわしを取らないと話にならない、得意の右をさせなくても、最近は右上手でも取れるようになったんです。立ち合いの当たりも重くなったんですかね、押されることが少なくなりました。ずっと筋トレは続けているので、その効果なのかもしれません」と自身の相撲ぶりを分析している。それと同時に「あとはちょっとした技術や経験。巧さというか、言い方は悪いですけど"ずるさ"というのかな。何気ないことでも、相手の嫌がるようなことをしたいですね。まともに当たって押す、引く、投げるだけではなく、もっといろんな工夫をしないと。例えば押すときでも、相手の嫌がる位置に手を置きながら押すとか」と自分の相撲に関する今後の抱負を述べている[37]

主な成績[編集]

2017年9月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:421勝385敗(75場所)
  • 幕内成績:229勝251敗(32場所)
  • 十両成績:41勝19敗(4場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞
    • 敢闘賞:4回(2013年11月場所、2014年5月場所、2015年9月場所、2015年11月場所)
  • 金星
    • 白鵬2個(2016年7月場所、2017年3月場所)
    • 鶴竜1個(2017年1月場所)
    • 稀勢の里1個(2017年7月場所)

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:1回 (2011年11月場所)

場所別成績[編集]

勢 翔太
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
x (前相撲) 西 序ノ口 #22
4–3 
東 序二段 #122
7–0 
西 三段目 #98
6–1 
東 三段目 #37
5–2 
2006年
(平成18年)
西 三段目 #9
3–4 
西 三段目 #21
5–2 
東 幕下 #56
5–2 
東 幕下 #35
3–4 
東 幕下 #46
4–3 
西 幕下 #37
4–3 
2007年
(平成19年)
東 幕下 #29
3–4 
東 幕下 #40
4–3 
東 幕下 #36
4–3 
西 幕下 #28
3–4 
東 幕下 #37
3–4 
東 幕下 #49
3–4 
2008年
(平成20年)
東 幕下 #57
5–2 
西 幕下 #35
3–4 
西 幕下 #44
3–4 
東 幕下 #54
4–3 
東 幕下 #43
3–4 
西 幕下 #53
5–2 
2009年
(平成21年)
西 幕下 #37
4–3 
西 幕下 #30
4–3 
西 幕下 #23
4–3 
東 幕下 #18
3–4 
東 幕下 #25
2–5 
東 幕下 #41
4–3 
2010年
(平成22年)
東 幕下 #35
5–2 
東 幕下 #25
3–4 
西 幕下 #30
5–2 
西 幕下 #22
4–3 
西 幕下 #14
6–1 
西 幕下 #2
3–4 
2011年
(平成23年)
東 幕下 #5
3–4 
八百長問題
により中止
西 幕下 #8
3–4 
西 幕下 #8
4–3 
東 幕下 #3
5–2 
東 十両 #14
優勝
12–3
2012年
(平成24年)
東 十両 #3
10–5 
西 前頭 #14
5–10 
東 十両 #2
8–7 
東 前頭 #16
7–8 
東 十両 #1
11–4 
東 前頭 #10
9–6 
2013年
(平成25年)
西 前頭 #5
8–7 
西 前頭 #3
4–11 
西 前頭 #9
9–6 
東 前頭 #5
9–6 
西 前頭 #1
5–10 
西 前頭 #6
11–4
2014年
(平成26年)
西 前頭 #2
6–9 
西 前頭 #4
7–8 
西 前頭 #5
11–4
東 前頭 #1
5–10 
西 前頭 #5
10–5 
西 小結
6–9 
2015年
(平成27年)
西 前頭 #2
1–14 
東 前頭 #13
8–7 
東 前頭 #10
10–5 
東 前頭 #3
2–13 
東 前頭 #12
11–4
東 前頭 #4
12–3
2016年
(平成28年)
東 小結
5–10 
東 前頭 #4
10–5 
西 関脇
4–11 
西 前頭 #4
5–10
西 前頭 #7
7–8 
西 前頭 #8
10–5 
2017年
(平成29年)
西 前頭 #3
8–7
西 前頭 #1
5–10
西 前頭 #6
9–6 
東 前頭 #3
4–11
西 前頭 #7
6–9 
西 前頭 #10
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 東口 翔太(とぐち しょうた)2005年3月場所
  • 勢 翔太(いきおい - )2005年5月場所 -

参考文献[編集]

  • 『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(著者:塩澤実信、発行元:北辰堂出版、2015年)p235-236

所属マネージメント会社[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 公益財団法人日本相撲協会監修『ハッキヨイ!せきトリくん わくわく大相撲ガイド 寄り切り編』14pから15p
  2. ^ a b c d e f g 『相撲』2012年5月号86ページから87ページ
  3. ^ 8月16日 勢「食べてから稽古」 日刊スポーツ(2017年10月2日閲覧)
  4. ^ 。3月場所中のある日、読んでいた新聞から適当に一文字選んでそれを四股名にしたという
  5. ^ 明治時代中期の幕内力士だった、勢イ力八とは何ら関係がない。
  6. ^ 琴冠佑はこの事件により引退を表明した。
  7. ^ 。先代伊勢ノ海の停年直前場所後に新関取となったため、解釈によっては先代伊勢ノ海が育てた最後の子飼いの関取とも言える
  8. ^ 。それから2年2か月後の2013年11月場所に関取昇進を果たしたが勢に続いて漢字一文字の四股名を持つ関取となった
  9. ^ 『相撲』2012年4月号24頁
  10. ^ 支度部屋=大相撲秋場所千秋楽 時事ドットコム 2014/09/28-19:41
  11. ^ ただし日馬富士戦は不戦勝なので金星支給なし。この場所の日馬富士と鶴竜は途中休場で琴奨菊はこの場所限りで大関陥落と3人は不調であった。
  12. ^ 勢「こちらも成長」新横綱の稀勢の里から金星狙う 日刊スポーツ 2017年1月27日22時57分
  13. ^ 東京新聞 2017年3月16日 朝刊
  14. ^ a b 『大相撲中継』2017年9月16日号 p120-121
  15. ^ 『大相撲中継』2017年8月12日号 p35
  16. ^ 高須院長、タニマチのジレンマを告白「懸賞金出すと負ける」 NEWSポストセブン 2014.05.26 07:00
  17. ^ 勢「エレベーター力士賞」上がり下がり断トツ38枚 日刊スポーツ 2015年12月12日15時2分
  18. ^ 『相撲』2013年12月号28頁
  19. ^ 『相撲』2012年3月号72頁
  20. ^ 『相撲』2012年1月号138頁
  21. ^ 勢が歌、隠岐体操 初の園児対象イベント nikkansports.com 2013年12月13日9時20分
  22. ^ 鶴竜初土俵入り「間違えずやれました」 nikkansports.com 2014年3月29日8時53分
  23. ^ 高須院長ブログ2014年5月13日9時56分
  24. ^ 勢 毎日白星!「毎日かあさん」作者が化粧まわしデザイン Sponichi Annex 2011年11月15日 06:00
  25. ^ 『相撲』2015年6月号131ページ
  26. ^ 勢が止めた 逸ノ城の勢い nikkansports.com 2014年9月21日10時7分 紙面から
  27. ^ 『大相撲ジャーナル』2015年6月号31頁
  28. ^ 「勢」対「輝」“史上初”1文字対決 日刊スポーツ 2016年11月17日8時5分 紙面から
  29. ^ a b 北の富士勝昭、嵐山光三郎『大放談!大相撲打ちあけ話』(新講舎、2016年)P89
  30. ^ 勢が美声を披露「大好きな歌があるから頑張れる」 日刊スポーツ 2017年4月30日17時9分
  31. ^ 『大相撲中継』2017年6月18日号27ページ
  32. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年2月号22頁から23頁
  33. ^ 勢、耐えて鶴竜裏返し 強烈小手投げ 毎日新聞2016年5月12日 21時48分
  34. ^ 勢「思い切っていく」照ノ富士の巨体転がし歓声 日刊スポーツ 2016年7月19日20時26分
  35. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年4月号62ページ
  36. ^ 宇良「大きく感じた」勢にはたき込まれ連勝止まる 日刊スポーツ 2017年5月26日20時0分
  37. ^ Sports Graphiv Number PLUS April 2017(文藝春秋、2017年4月10日)p34

関連項目[編集]

外部リンク[編集]