徳真鵬元久

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
本来の表記は「德真鵬元久」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
德真鵬元久 Sumo pictogram.svg
Tokushinho 2010 Sep.jpg
基礎情報
四股名 白塚→徳真鵬→德真鵬
本名 白塚 元久
愛称 しらっち
生年月日 (1984-05-13) 1984年5月13日(33歳)
出身 三重県松阪市
身長 193cm
体重 224kg
BMI 60.14
所属部屋 木瀬北の湖→木瀬
得意技 突き、押し、右四つ 、寄り倒し
成績
現在の番付 幕下17枚目
最高位 西十両6枚目
生涯戦歴 332勝318敗(63場所)
優勝 幕下優勝1回
データ
初土俵 2007年3月場所
備考
2017年9月24日現在

德真鵬 元久(とくしんほう もとひさ、1984年5月13日 - )は、三重県松阪市出身で木瀬部屋(閉鎖処分中は北の湖部屋)所属の現役大相撲力士。本名は白塚元久(しらつか もとひさ)、愛称はしらっち。身長193cm、体重224kg、血液型はA型。最高位は西十両6枚目(2013年9月場所)。

人物[編集]

Tokushinho 2010 May.JPG

幼少期には寛水流のフルコンタクト空手を習っており、中学校進学以前にすでに100kgに達する巨体をしていたそうである。松阪市立久保中学校、三重高等学校を経て朝日大学に進学。高校在学時は柔道部に所属していたが、相撲部の試合にも出場して国体の三重県代表に選ばれた。大学4年生時には第66回西日本選抜学生相撲大会で個人の部準優勝[1]全国学生相撲選手権大会個人の部ではベスト16[2]など活躍、大学卒業となる2007年3月場所新弟子検査を受験し合格、角界入りした。決して強豪とは言い切れない朝日大学の出身である白塚は「ここならのびのびやれる。」と確信して木瀬部屋を選んだという。朝日大学相撲部からの入門は出羽盛、碧天に続く3人目。[3]

前相撲で2連勝して新序一番出世を果たし、翌5月場所以降7場所連続で5勝2敗もしくは6勝1敗の好成績を収め、序ノ口は1場所、序二段三段目はそれぞれ2場所で突破、2008年7月場所では、全勝優勝すれば十両昇進も可能となる幕下西11枚目まで番付を上げた。しかし、その7月場所では3勝4敗ながらも入門以来初となる負け越しを経験、翌9月場所は幕下西17枚目に番付を下げたが5勝2敗とし、11月場所も連続で勝ち越し、2009年1月場所では自己最高位の幕下西5枚目まで番付を上げた。

迎えた2009年1月場所こそ自身入門後最悪の成績となる2勝5敗で、翌3月場所には幕下東17枚目まで番付を下げたものの、その3月場所で6勝1敗の好成績を収めた。5勝1敗で迎えた7番相撲で全勝の大翔山を破り、自身を含む8力士によるトーナメント形式の優勝決定戦に持ち込み、決定戦3連勝で各段通じ初の優勝を飾った。幕下西2枚目で迎えた2009年7月場所では5番取った時点で4勝1敗と勝ち越しを決め、その後連敗し4勝3敗で終えたものの、十両から降格する成績の力士が3名いることに加え出島引退により昇格枠が1つ空くことなどが幸いし、7月29日に開かれた番付編成会議で9月場所新十両となることが決定した。同年3月場所の時点で「近々必ず関取に上がれるはず」と確信して四股名を本名から「徳真鵬」に変更したといい、それが叶った形である。

新十両として西12枚目で迎えた2009年9月場所は12日目の時点で3勝9敗を喫し、その後千秋楽まで3連勝し最終的に6勝9敗とはしたものの、他力士の星および幕下からの昇格候補力士の数の関係で1場所で幕下へ陥落した。2010年3月場所で十両に復帰し、千秋楽に十両で初の勝ち越しを決めた。この間新十両時220キロ(協会発表は215キロ)あった体重を20キロ以上絞った。なお、現在はまた214キロまで増加している。

2012年1月場所に再十両を果たしてから9場所連続で7〜8勝を推移していたが、2013年7月場所に10勝5敗の好成績を上げる。同年11月場所は9日目にあっさり負け越しを確定させたが、10日目から不戦勝を含めて5連勝する意地の働きを見せた結果として負け越しを6勝9敗にとどめた。2015年1月場所は西十両12枚目の地位で5勝10敗の大敗を喫し、これによって十両中位から下位を推移して19場所連続で守り抜いた関取の地位を一旦手放すことになった。幕下に2場所再陥落後、2015年7月場所に十両西14枚目の地位で十両に復帰した。2016年1月場所から幕下に陥落し、2017年1月場所は西幕下23枚目まで番付を落としたが、そこから3場所連続勝ち越しで番付を東幕下6枚目まで回復している。

取り口など[編集]

得意手は突き、押し、右四つ、寄り倒し。新関取を果たすまでは主に突き押しを使用していた。[4]取り分け体格を活かし、迷わず閂に持ち込んで崩して繰り出す寄り倒しは栃矢舗慶天海など多数の力士に重傷を負わせており十両の土俵における脅威になっている。ただ、外四つ相撲の特性上長身力士や速攻の突き押し相撲には弱い傾向にある。右ノド輪で攻め立てる相撲も得意としている。[5]

十両昇進後、成績が大崩れした場所はほぼない一方で大勝ちした場所も少なく、小幅の勝ち越しと負け越しを繰り返している現状である。

主な成績[編集]

2017年9月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:332勝318敗(63場所)
  • 十両成績:187勝218敗(27場所)

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:1回(2009年3月場所)

場所別成績[編集]

                                                                             

德真鵬 元久
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2007年
(平成19年)
x (前相撲) 西 序ノ口 #11
5–2 
西 序二段 #89
6–1 
西 序二段 #14
5–2 
東 三段目 #82
6–1 
2008年
(平成20年)
東 三段目 #25
6–1 
西 幕下 #46
6–1 
西 幕下 #19
5–2 
東 幕下 #11
3–4 
西 幕下 #17
5–2 
東 幕下 #8
4–3 
2009年
(平成21年)
西 幕下 #5
2–5 
東 幕下 #17
6–1 
東 幕下 #4
4–3 
西 幕下 #2
4–3 
西 十両 #12
6–9 
西 幕下 #2
5–2 
2010年
(平成22年)
東 幕下 #1
5–2 
西 十両 #11
8–7 
西 十両 #7
7–8 
西 十両 #8
7–8 
東 十両 #9
4–11 
西 幕下 #3
2–5 
2011年
(平成23年)
東 幕下 #9
3–4 
八百長問題
により中止
東 幕下 #17
4–3 
東 幕下 #8
4–3 
東 幕下 #2
4–3 
東 幕下 #1
4–3 
2012年
(平成24年)
西 十両 #12
8–7 
東 十両 #10
7–8 
東 十両 #11
7–8 
東 十両 #12
7–8 
西 十両 #12
7–8 
西 十両 #13
8–7 
2013年
(平成25年)
東 十両 #12
8–7 
西 十両 #9
7–8 
東 十両 #10
7–8 
西 十両 #10
10–5 
西 十両 #6
7–8 
東 十両 #7
6–9 
2014年
(平成26年)
東 十両 #9
8–7 
西 十両 #7
6–9 
西 十両 #9
8–7 
東 十両 #7
7–8 
東 十両 #8
6–9 
西 十両 #10
6–9 
2015年
(平成27年)
西 十両 #12
5–10 
東 幕下 #2
4–3 
西 幕下 #1
4–3 
西 十両 #14
9–6 
西 十両 #9
7–8 
西 十両 #10
4–11 
2016年
(平成28年)
西 幕下 #3
2–5 
西 幕下 #14
3–4 
西 幕下 #22
5–2 
東 幕下 #13
4–3 
東 幕下 #10
3–4 
西 幕下 #15
3–4 
2017年
(平成29年)
西 幕下 #23
4–3 
西 幕下 #17
5–2 
東 幕下 #10
5–2 
東 幕下 #6
2–5 
東 幕下 #17
3–4 
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 白塚 元久(しらつか もとひさ)2007年3月場所 - 2009年1月場所
  • 徳真鵬 元久(とくしんほう - )2009年3月場所 - 2010年11月場所
  • 德真鵬 元久(とくしんほう - )2011年1月場所 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 平成18年の試合記録・結果 財団法人 日本相撲連盟
  2. ^ 朝日大学体育会相撲部が創部以来初の全国学生相撲選手権大会ベスト8入り!! 朝日大学学友会
  3. ^ 木瀬部屋 白塚元久選手の入門決定 2007年2月8日 朝日大学 就職・課外活動支援課
  4. ^ 対照的な2人の新十両、双大竜と徳真鵬への期待 SportsGraphic NumberWeb 2009/09/21 08:00
  5. ^ 『相撲』2013年11月号58頁

外部リンク[編集]