幕下

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幕下(まくした)は、大相撲番付上の階級。

概要[編集]

6つある番付上の階級(幕内十両幕下三段目序二段序ノ口)の内、上から3番目の階級である。

呼称・由来

呼称の由来は、十両のなかった時代には幕内のすぐ下の階級であったため。番付では上から二段目に記載されるため、正式名称は「幕下二段目」。現在では十両創設以降の「十両」「幕下」と区別して十両創設以前の時代(江戸時代から明治初期)の幕下を「二段目」と呼ぶことがある。

特徴

関取(十両以上)を窺う地位であり、十両への昇進を目指す者と十両下位の力士との間で、最も競争の厳しい地位でもある。力士として一人前に扱われる関取と、力士養成員扱いの幕下以下とでは、その待遇に雲泥の差があるため、俗に「十両と幕下は天国と地獄」とまで言われる。そのため関取で長く活躍してきた力士は、幕下に陥落したのを潮に引退することも多い。

待遇

幕下の地位から博多帯(博多織の帯)と冬場のコートを着用でき、中でも将来有望と見込まれた力士は稽古に専念させるためちゃんこ番などの雑用を免除する部屋もある。

上位25枚目以内は本場所の場内で入場者に配布される当日の取組表の裏に印刷される星取表に掲載される。

上位15枚目以内は成績次第で十両昇進の可能性が見えて来ることから俗に幕下上位と呼ばれる。21世紀以降は昇進競争が激化し、幕下上位に在位する力士の多くが関取経験者という事態がしばしばみられる。

取組

本場所では通常15日間で7番の相撲を取る[注釈 1]。ただし、全段での休場力士の兼ね合いなどで、1人だけ(5敗以上の力士)八番相撲が組まれることもある。

5戦全勝力士の六番相撲は十一日目に、6戦全勝力士の七番相撲(全員敗れて全勝力士がいなくなる可能性がある場合は5勝1敗の力士も)は十三日目に固定されている。

十両土俵入りから幕下最後の取組までの5番は特に幕下上位五番(後述)と呼ばれる。

定員

定員は東西60人ずつの計120人である(1967年5月場所以降)。ただし幕下付出の力士はこれに含めない。

優勝

優勝賞金は50万円。

大相撲本場所の幕下以下の取組ではスイス式トーナメントを導入している関係上[注釈 2]、定員が120人の幕下では、6番相撲まで6連勝した力士2人残り、七番相撲の勝者が7戦全勝で幕下優勝となるケースが大半である。

一方、休場力士が続出したり、6連勝した力士2人が同部屋のため相星決戦が組めず両者共に星違いの力士に敗れたりして、全勝力士が不在になり、6勝1敗の力士複数名による優勝決定戦が行われるケースも稀に発生する。逆に、6連勝した力士2人が同部屋だったり、番付が著しく離れていたりしたため相星決戦が組めなかった際に、両者共に星違いの力士に勝利して、全勝同士の優勝決定戦が行われるケースも更に稀に発生する[注釈 3]

なお、平成後期以降では6連勝した力士2人の相星決戦の際には場内アナウンスで力士、行司、呼出しの紹介の後で「なお、この取り組みの勝者が今場所の幕下優勝です。」とアナウンスされる[注釈 4]

昇進・陥落要件

幕下に限らず、「番付は生き物」と俗称されるように、成績と翌場所の地位との関係は一定ではない。特に幕下では上位ほど、十両から陥落する力士数や十両以上の引退力士の有無によって大きく左右される。

1967年5月場所の幕内及び十両の定員改定に伴い導入された十両昇進に係る唯一の内規に、幕下15枚目以内[注釈 5]で7戦全勝した力士を優先的に十両昇進させるというものが存在する。この内規は、7戦全勝同士の優勝決定戦で優勝を逃した場合にも適用される。

  • 幕下15枚目格付出に内規が適用するかは定かではなかったが、2006年5月場所に幕下15枚目格付出で全勝優勝した若圭翔(当時「下田」)は、十両陥落者が少なかったため、「幕下15枚目格付出は幕下15枚目以内ではない」との理由付けで十両昇進はならなかった。現行内規に該当した力士で十両昇進を果たせなかった唯一の例である。
  • 全勝以外で十両昇進を確実とする成績としては、東筆頭での勝ち越しがある(小結以上が関わる成績を除いては1点でも勝ち越せば番付が半枚以上は上がるため)。対して西筆頭の場合は勝ち越しても優先的に昇進できるわけではなく、他の勝ち越し力士の成績と比較されることになるため、勝ち越しても昇進が見送りとなる事例もある[注釈 6]
  • 1枠に対して東筆頭の勝ち越しと15枚目以内の全勝が競合した例はなく、両者の優先順位や計算上十両に残留できる成績の力士を陥落させて2枠開けるか否かなどは不明である。なお、2012年1月場所では幕下西11枚目で吐合が6戦全勝としていたが、同成績で並んでいたのが同部屋の佐久間山(幕下東15枚目)のみだったため全勝同士の直接対決を組むことができず、吐合は5勝1敗の力士ではなく幕下東筆頭で3勝3敗としていた里山との対戦が組まれ、十両昇進を確実とする成績の力士が3人同時に現れることのない取組編成となった。
  • この他に幕下5枚目以内で6勝または幕下2枚目以内で5勝を挙げた場合、十両に昇進する可能性が高くなるが、この場合でも昇進できなかった例は存在する[注釈 7]
  • 幕下15枚目以内での全勝と幕下東筆頭以外の力士は十両から陥落する人数に大きく左右されるため、「何枚目で何勝したので確実に昇進する」とは一概に言えない部分がある。また、1場所15番相撲を取る関取は「勝ち越し1点につき1枚昇進する(負け越しの場合も同様、横綱および大関は除く)」という目安で計算できるため(以下「計算上」「相当」はこの目安を基にする)、幕内十両間の入れ替えは計算上の番付の優劣である程度決められる部分があるが、1場所7番の幕下力士にはこのような目安はないため、十両幕下間の入れ替えは計算上の番付の優劣では決めることができず、以下のようにな目安で決められることになる。
    • 十両の負け越し力士は計算上、幕下陥落相当の成績の力士がそのまま陥落する。ただし、幕下上位での勝ち越し力士に対して幕下陥落相当の成績の力士が少なすぎる場合、計算上十両最下位となる力士が幕下に陥落することはある。また、幕下陥落相当の成績の力士に対して幕下上位での勝ち越しが少なすぎる場合、「あと1勝していれば計算上十両に残留できる力士」が陥落を免れる場合もある。
    • 幕下から十両への昇進は十両から陥落する人数に合わせて優先順位の高い順番に決定する。この優先順位が高いことを俗に「強い成績」と表現されることがしばしばある。なお、この優先順位と番付の昇降は別物であるため、ある二者を比較して一方のみが昇進する場合、双方とも昇進あるいは双方とも昇進見送りになった場合には番付が下位になる方が昇進する場合もある。
    • 幕下15枚目以内での全勝と幕下東筆頭以外の力士については幕下5枚目以内での勝ち越しが優先される傾向にあるが、幕下5枚目での4勝3敗と幕下6枚目での6勝1敗のように近い番付で成績に開きがある場合にはこの例に当てはまらないこともある。
十両から陥落する成績の力士と幕下から昇進してもおかしくない成績の力士の数に開きがあった場合の例
  • 2008年11月場所、計算上十両から幕下に陥落する成績の力士が2人だった。安壮富士が幕下東筆頭で6勝1敗と勝ち越し、琴国が幕下東10枚目で7戦全勝とともに十両昇進が確定的となる成績だったため、幕下西筆頭で5勝2敗だった福岡が昇進できなかった。
  • 2010年7月場所、計算上十両から幕下に陥落する成績の力士が2人(ともに仮にあと3勝していても陥落する成績だった)、大相撲野球賭博問題による全休で幕下に陥落することが決まっていた力士が4人と、同問題で大関・琴光喜が解雇処分になったことによる穴埋めの1枠の計7人が十両に昇進する状況になった。幕下5枚目以内での勝ち越し5人と幕下東12枚目で7戦全勝の十文字の全員を昇進させても1枠余ってしまい、幕下西11枚目で6勝1敗の琉鵬が十両に昇進した。
  • 2011年7月場所、計算上十両から幕下に陥落する成績の力士が5人、場所中に引退した大関・魁皇の穴埋めの1枠そして大相撲八百長問題の影響で減らされていた関取の定員を元に戻すための4枠の計10枠を埋めなければならない状況であった。幕下西5枚目で7戦全勝の直江(場所後に皇風に改名)を含む幕下5枚目以内での勝ち越し力士6人を全員昇進させても4枠余ってしまうため、十両東13枚目で6勝9敗の飛天龍が十両に残留し、幕下西6枚目で5勝2敗の里山、幕下西9枚目で5勝2敗の北勝国、幕下西11枚目で6勝1敗の飛翔富士が昇進した[注釈 8]
  • 2017年9月場所、計算上十両から幕下に陥落する成績の力士が2人だった。貴源治が幕下東筆頭で4勝3敗と勝ち越しを決めていたため、幕下西筆頭で4勝3敗の北太樹、幕下東2枚目で5勝2敗の翔猿、幕下東3枚目で6勝1敗の舛の勝のうち1人が昇進する状況となり、番付編成会議の結果、舛の勝(場所後に隆の勝に改名)が昇進した。この際、計算上十両最下位となる成績だった矢後を陥落させて北太樹か翔猿を昇進させる措置は取られなかった。また北太樹、翔猿ともに翌場所は番付が半枚ずつ上昇しており、結果的に翔猿の5勝目は翌場所の番付に影響しなかった。
  • 2018年1月場所、幕下5枚目以内の勝ち越し力士5人、幕下15枚目以内の全勝力士なしに対して計算上幕下に陥落する成績の力士が7人いた(全員が仮にあと2勝していても計算上幕下に陥落する成績だった)。このため、幕下東6枚目で4勝3敗の炎鵬と幕下東7枚目で5勝2敗の貴公俊が十両に昇進した。なお、幕下東17枚目で7戦全勝だった若隆景は昇進しなかった。
成績と番付による昇進の比較基準が一定ではない例

以下は1年以内の期間で同じように番付下位の好成績力士との比較になり、異なる結果になった例である。

  • 2018年9月場所、計算上幕下に陥落する成績の力士が3人だった。幕下東5枚目の極芯道が7戦全勝で十両昇進を確定的としていたほか、幕下西筆頭で6勝1敗の豊ノ島を上回ることができる力士がいなかったため、残りの1枠は4勝3敗の力士で最上位だった大成道(幕下東2枚目で4勝3敗)と5勝2敗の力士で最上位だった友風(幕下西4枚目で5勝2敗)のどちらかが昇進する状況となり、番付編成会議の結果、友風が十両に昇進した。
  • 2019年7月場所、計算上幕下に陥落する成績の力士が3人、場所中に引退した十両安美錦の穴埋めの1枠の計4枠空くことになった。幕下東筆頭で5勝2敗と勝ち越していた青狼は昇進が確実となり、15枚目以内で7戦全勝の力士はいなかった。幕下西筆頭で4勝3敗のと幕下東3枚目で4勝3敗の玉木を上回ることができる成績の力士が5枚目以内にいなかったため、残りの1枠は幕下西4枚目で4勝3敗の魁勝と幕下西5枚目で5勝2敗の若元春のどちらかが昇進する状況となり、番付編成会議の結果、魁勝が十両に昇進した。

幕下上位五番以降[編集]

十両土俵入りは十両力士の支度の都合上、幕下の取組を5番残したタイミングで行われる。この5番は特に幕下上位五番と呼ばれる。

  • 十両土俵入り直後の取組では、対戦する力士の四股名に続いて「幕下上位の取組であります」とアナウンスされる。
  • 土俵下の控えに十両力士と同じ座布団が用意される。
  • 十両格行司が取組を裁く。
  • かつては、幕下上位五番に限り、館内の電光掲示板でも勝敗を表示していた(十両以上の定員増加等に伴い、1991年1月場所以降は行われていない)。
  • NHK大相撲中継では、幕内取組の合間を縫って、十両結果とともに発表される(決まり手はアナウンサーによる口頭発表のみで表示はされない)。
  • 仕切りの最中の力士紹介は、十両土俵入りまでは力士名・番付・出身地・所属部屋・勝敗数を横文字で紹介されるが、幕下上位五番からは縦文字(力士名は幕下力士のみ明朝体)で紹介される。

出場している関取が奇数になると、幕下力士が日替わりで十両の取組に登場する[注釈 9]休場引退力士が多いときには、複数人が十両の土俵に上がる。また、終盤には十両下位で不振の力士と幕下上位で十両昇進の可能性を残している力士の取組が組まれることが多い(大相撲中継では「入れ替え戦のような要素を持った取組」と言われる)。いずれの場合も、十両力士と対戦する幕下力士は大銀杏を結って土俵に上がる。「入れ替え戦」はあくまでも俗称であり、結果が直接的に番付編成に反映されるものではないとされてきたが、前述の2019年7月場所のケースでは7番相撲における十両力士との対戦結果が考慮されたとも言われている[1]

記録[編集]

いずれも、2019年7月場所終了時点の記録である。

  • 在位場所数
順位 幕下在位 四股名 最高位 新幕下 最終在位
1位 120場所 栃天晃正嵩 東十両4 1985年9月場所 2010年7月場所
2位 114場所 牧本英輔 東前頭12 1961年1月場所 1982年11月場所
3位 102場所 琴冠佑源正 東十両6 1986年9月場所 2006年9月場所
4位 95場所 大雷童太郎 東十両2 2000年1月場所 2019年1月場所
5位 94場所 輝面龍政樹 東幕下4 1991年9月場所 2010年1月場所
  • 優勝回数 - 3回
神幸勝紀天ノ山静雄出羽の洲聖和歌乃山洋大輝煌正人若孜浩気の6人が達成。いずれも3回目の幕下優勝の前に1場所以上の関取在位を経験し、神幸・和歌乃山・若孜は3回すべて全勝、天ノ山・大輝煌は1回目が1敗、出羽の洲は1・3回目が1敗。
優勝を伴わないケースも含めると、若晃三昌若吉葉重幸修羅王政勝立洸熊五郎も7戦全勝を3度達成している(いずれも決定戦敗北が1度あり)。
  • 連続優勝回数 - 2回

1967年5月場所で十両昇進に関わる内規が導入されて以降、2場所連続で幕下で優勝した力士は以下の8名である。いずれも、幕下16枚目(21枚目)以下で7戦全勝で優勝した翌場所に幕下15枚目(20枚目)以内でも7戦全勝で優勝して十両に昇進した。

四股名 1場所目 番付 2場所目 番付
輪島博 1970年1月 60枚目格 1970年3月 東8枚目
長浜広光 1970年5月 西42枚目 1970年7月 東3枚目
垂沢和春 1973年9月 西30枚目 1973年11月 東2枚目
山崎直樹 1990年1月 東24枚目 1990年3月 東4枚目
尾曽武人 1993年1月 60枚目格 1993年3月 東8枚目
竹内雅人 1998年7月 60枚目格 1998年9月 西6枚目
松谷裕也 2011年1月 西51枚目 2011年技量審査 西4枚目
栃ノ心剛 2014年3月 西55枚目 2014年5月 西6枚目

上記8名のうち、連続優勝以前に関取在位を経験した力士は松谷(同時点の最高位は東十両8枚目)及び栃ノ心(同時点の最高位は西小結)の2名。

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 初日から12日までは2日ごとに1番組まれ、最後の3日間の間に7番目が組まれる。
  2. ^ 同部屋・力士間の親族関係など、厳密な規定を無視すると、スイス式トーナメントでは出場力士128名中1名が必然的に7連勝となる。
  3. ^ 平成以降、このような経緯で幕下力士2名が全勝同士で優勝決定戦を戦ったケースは6例あるが、前者のように同部屋の幕下力士2名が7戦全勝で優勝決定戦を戦ったケースは、2015年11月場所の宇良の1例のみである(寄り倒しで芝の勝ち)。
  4. ^ 幕下以外でも条件を満たせば同様のアナウンスがされるが、序ノ口は人数の都合上、同部屋の場合を除くと6戦全勝が1人に絞られていることが多いため滅多にない。序二段は通常は6戦全勝が少なくとも3人おり、3人目の力士と三段目の全勝力士との対戦の結果を待たないと決定戦の有無が確定しないため、通常のケースでは勝った方が優勝とはならない。三段目は通常は6戦全勝が3人おり、最初に登場する力士が序二段の全勝力士に敗れた場合のみ条件を満たすため、幕下のようにほぼ毎場所このような状況になるわけではない。幕内・十両は当該力士同士が既に対戦している場合などもあり、優勝を争っている力士の相星決戦になるとは限らない。以上のことから当該アナウンスは幕下優勝のかかった一番で聞く機会が最も多くなる
  5. ^ 導入当初は「幕下20枚目以内」、1977年3月場所より現行。
  6. ^ 極端な例では、福岡2008年11月場所で西幕下筆頭で5勝2敗と勝ち越したが昇進は見送られた。
  7. ^ この成績で見送られた例として2008年11月場所の福岡(西筆頭で5勝2敗)、2017年9月場所の翔猿(東2枚目で5勝2敗)がある。
  8. ^ 大相撲八百長問題の際は、技量審査場所における多数の関取在位者の引退により、同場所に幕下上位で負け越した垣添(西幕下筆頭で3勝4敗)及び荒鷲(東幕下3枚目で3勝4敗)も昇進の対象となった。
  9. ^ 江戸時代には十両の地位が存在しなかったことから、幕下に位置していても、幕内力士との対戦が組まれていた。
  10. ^ 北勝力のみ当該場所を引退を前提として休場し、場所中に引退届を提出。

出典[編集]

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関連項目[編集]