一門 (相撲)

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大相撲では、相撲部屋の系統ごとに一門(いちもん)という人脈的派閥が存在する。

解説[編集]

相撲は古来の伝統文化・芸能であり、疑似家族・疑似一族による成員から成り立つことが一般的である東洋の他の伝統文化・芸能と同様に、従事者(力士年寄行司呼び出し床山)と相撲部屋はいずれかの一門に属しているのが原則である。ただし、属することが必須というわけではなく、無所属でも許される。

かつて、一門は実体として存在していた。本場所では優勝決定戦等を除き一門系統別総当たり制であり、一門内の対戦を禁じていた。巡業も一門を単位として行われるのが一般的であった(歌舞伎の劇団制と同様)。一門を超えて力士が交流するということもなく、またできるだけ他の一門に情報を明かさないようにしていた(江戸期までの囲碁将棋と同様)。その性質上、昭和戦前まで一門は巡業組合という意味合いで「組合」と呼ばれていた[1]。当時は月給制が存在せず、力士や親方の経済基盤の多くは祝儀と巡業により成り立っていた。

1957年(昭和32年)、衆議院議員辻原弘市日本社会党)が文教委員会において、民法上の認可法人である財団法人大日本相撲協会(当時の名称)の目的がいわゆる君臣の関係を基とした武士道の精神の涵養であること、力士の(祝儀収入を除いた)収入の低さ、協会理事の利益相反行為(利権を持つ相撲茶屋を理事が実質経営)などの問題について質問を行った。これを機に大日本相撲協会は一連の改革を行う。改革の一環として財団法人日本相撲協会と改称し、巡業は日本相撲協会そのもので廻るようになり、一門を単位とする巡業はなくなった。

本場所は1965年(昭和40年)1月場所から部屋別総当たり制に改正された。しかし、力は衰えてはいるものの、公益財団法人に改組された現在でも日本相撲協会の人事、とりわけ理事の選出は一門の枠組みで決定されている。また一部の年寄株行司の名跡にも襲名制限がある。

協会からは毎年、各一門へ助成金が支給され、さらに一門の責任者が所属する各部屋に分配している。一門に所属していない部屋には当然助成金は支給されない。

役員以外の年寄衆で構成される年寄会には、各一門より会長もしくは副会長を選出している。

ある一門に所属していた親方が、別の一門に所属を変更して部屋を開いた場合は外様の扱いになる。現在は出羽海一門を破門された高砂一門の九重部屋が該当する。

一門の一覧[編集]

一門名 部屋数 総帥 現役の筆頭力士 備考
出羽海一門 11 11代出羽海(前2・小城ノ花 大関・豪栄道境川部屋 3系統の部屋の集合体。
二所ノ関一門 9 12代二所ノ関(大関・若嶋津 横綱・稀勢の里田子ノ浦部屋 戦後全ての世代で看板力士を輩出している。
時津風一門 8 16代時津風(前3・時津海 横綱・鶴竜井筒部屋 1945年、立浪一門より独立した双葉山により結成。4つの系譜の部屋による連合体。
高砂一門 5 7代高砂(大関・4代朝潮 関脇・隠岐の海八角部屋 明治初期に創設された高砂部屋を起源に持つ。後に九重部屋の加入により2系統になる。
伊勢ヶ濱一門 6 9代伊勢ヶ濱(横綱・旭富士 横綱・白鵬宮城野部屋 もとは4系統の部屋の集合体。現在は3系統が存在する。
(一門名未定) 5 一代貴乃花(横綱・貴乃花) 小結・阿武咲阿武松部屋
小結・貴景勝貴乃花部屋
2010年、二所ノ関一門より独立、「貴乃花グループ」として創設。
2014年に正式に「貴乃花一門」として「一門」に昇格。
2018年4月19日、「貴乃花一門」の看板を下ろす。
無所属 2 - - 湊部屋錣山部屋

無所属[編集]

なお、近年では、以下の部屋が無所属であった。

  • 高田川部屋 - 1998年理事選(後述)に際して高砂一門を離脱。2011年1月に二所ノ関一門へ移籍。
  • 貴乃花部屋間垣部屋大嶽部屋阿武松部屋 - 2010年理事選(後述)に際して二所ノ関一門を離脱。離脱直後から貴乃花グループとして活動していたが、2014年以降に助成金が支給されるようになり一門として認められた。
  • 立浪部屋 - 2012年理事選(後述)に際してに立浪一門(現・伊勢ヶ濱一門)を離脱し貴乃花グループに合流。

かつて存在した一門[編集]

かつて存在したが、現存しない一門としては、明治以後だけでも雷一門境川一門伊勢ノ海一門玉垣一門井筒一門友綱一門尾車一門などが存在した[2]。このうち昭和戦前まで存在した雷一門についての詳細は雷部屋#雷一門を参照のこと。

協会理事と一門[編集]

公益財団法人・日本相撲協会の理事は、定款(旧・寄附行為)により10名以上15名以内(うち年寄7名以上10名以内)と定められており、10名を内部(年寄、つまり元力士である親方)から選んでいる。かつて、日本相撲協会は外部有識者の理事登用を頑なに拒んでいたが、時津風部屋力士暴行死事件で15代時津風(元小結・双津竜)らが逮捕されたことを受け、2008年9月に文部科学省の指導により寄附行為を変更して外部理事2名を登用した。2014年(平成26年)4月からは3名に増員されている。

理事(副理事も同様)は一門の代表者としての色彩が強いとされ、理事を一門内部の私的利害調整で決定するという談合が長らく行われていた。1968年(昭和43年)に理事・監事の選挙制度が導入されて以降、各一門は決められた人数だけ理事を出すことができる権利を有し、1996年(平成8年)まで15期30年間にわたり理事選(監事も含む)における無投票当選が続いた。具体的には、1970年(昭和45年)以降は理事10名監事3名の枠を5つの一門(立浪と伊勢ヶ濱は厳密にいえば別の一門だが、連合として行動していた)に有権者の数に応じて割り振り、割り振られた枠に誰を立候補させるかを一門内部の談合により決定してきた。

理事選結果[編集]

出羽海 二所ノ関 時津風 高砂 立浪・
伊勢ヶ濱
貴乃花 無所属 備考
1 1968 8代出羽海(出羽ノ花[3]
9代春日野(栃錦
8代二所ノ関(佐賀ノ花
11代花籠(大ノ海
12代時津風(双葉山[4]
13代立田川(鏡里
4代高砂(前田山 5代立浪(羽黒山[4]
6代伊勢ヶ濱(照國
8代宮城野(吉葉山
(結成前) - 無投票[5]
2 1970 13代武蔵川(出羽ノ花)
9代春日野(栃錦)
8代二所ノ関(佐賀ノ花)
11代花籠(大ノ海)
14代時津風(豊山
13代立田川(鏡里)
4代高砂(前田山)[4] 6代立浪(羽黒山
6代伊勢ヶ濱(照国)
8代宮城野(吉葉山)
無投票
3 1972 13代武蔵川(出羽ノ花)
9代春日野(栃錦)
8代二所ノ関(佐賀ノ花)
11代花籠(大ノ海)
14代時津風(豊山)
13代立田川(鏡里)
5代高砂(朝潮 6代立浪(羽黒山)
6代伊勢ヶ濱(照国)
8代宮城野(吉葉山)
無投票
4 1974 9代出羽海(佐田の山
9代春日野(栃錦)
8代二所ノ関(佐賀ノ花)[4]
11代花籠(大ノ海)
14代時津風(豊山)
13代立田川(鏡里)
5代高砂(朝潮) 6代立浪(羽黒山)
6代伊勢ヶ濱(照国)
8代宮城野(吉葉山)
無投票
5 1976 9代出羽海(佐田の山
9代春日野(栃錦)
11代花籠(大ノ海)
10代二子山(若乃花
14代時津風(豊山)
13代立田川(鏡里)
5代高砂(朝潮) 6代立浪(羽黒山)
6代伊勢ヶ濱(照国)[4]
8代宮城野(吉葉山)[4]
無投票
6 1978 9代出羽海(佐田の山)
9代春日野(栃錦)
11代花籠(大ノ海)
10代二子山(若乃花)
14代時津風(豊山)
10代伊勢ノ海(柏戸
5代高砂(朝潮) 6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国
11代武隈(北の洋
無投票
7 1980 9代出羽海(佐田の山)
9代春日野(栃錦)
10代二子山(若乃花)
一代大鵬(大鵬
14代時津風(豊山)
10代伊勢ノ海(柏戸)
5代高砂(朝潮) 6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
11代武隈(北の洋)
無投票
8 1982 9代出羽海(佐田の山)
9代春日野(栃錦)
10代二子山(若乃花)
一代大鵬(大鵬)
14代時津風(豊山)
7代鏡山(柏戸
5代高砂(朝潮) 6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
16代春日山(大昇
無投票
9 1984 9代出羽海(佐田の山)
9代春日野(栃錦)
10代二子山(若乃花)
一代大鵬(大鵬)
14代時津風(豊山)
7代鏡山(柏戸)
5代高砂(朝潮) 6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
16代春日山(大昇)
無投票
10 1986 9代出羽海(佐田の山)
9代春日野(栃錦)
10代二子山(若乃花)
一代大鵬(大鵬)
14代時津風(豊山)
7代鏡山(柏戸)
5代高砂(朝潮)
12代九重(北の富士
6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
無投票
11 1988 9代出羽海(佐田の山)
9代中立(栃ノ海
10代二子山(若乃花)
一代大鵬(大鵬)
14代時津風(豊山)
7代鏡山(柏戸)
5代高砂(朝潮)[4]
12代九重(北の富士)
6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
無投票
12 1990 9代出羽海(佐田の山)
10代春日野(栃ノ海)
10代二子山(若乃花)
一代大鵬(大鵬)
14代時津風(豊山)
7代鏡山(柏戸)
6代高砂(富士錦
12代九重(北の富士)[6]
6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
無投票
13 1992 9代出羽海(佐田の山)
10代春日野(栃ノ海)
一代大鵬(大鵬)
12代佐渡ヶ嶽(琴桜
14代時津風(豊山)
7代鏡山(柏戸)
6代高砂(富士錦)
18代陣幕(北の富士)
6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
無投票
14 1994 9代出羽海(佐田の山)
10代春日野(栃ノ海)
一代大鵬(大鵬)
12代佐渡ヶ嶽(琴桜)
14代時津風(豊山)
11代枝川(北葉山
6代高砂(富士錦)
18代陣幕(北の富士)
6代立浪(羽黒山)
7代伊勢ヶ濱(清国)
無投票
15 1996 12代境川(佐田の山)
一代北の湖(北の湖
12代佐渡ヶ嶽(琴桜)
11代二子山(貴ノ花
14代時津風(豊山)
11代枝川(北葉山)
6代高砂(富士錦)
18代陣幕(北の富士)
6代立浪(羽黒山)
10代木瀬(清の盛
無投票
16 1998 12代境川(佐田の山)
一代北の湖(北の湖)
12代佐渡ヶ嶽(琴桜)
11代二子山(貴ノ花)
18代間垣(若乃花
14代時津風(豊山) 6代高砂(富士錦) 2代大島(旭國
10代木瀬(清の盛)
8代高田川(前の山 詳細
17 2000 12代境川(佐田の山)
一代北の湖(北の湖)
12代佐渡ヶ嶽(琴桜)
11代二子山(貴ノ花)
18代間垣(若乃花)
14代時津風(豊山) 11代若松(朝潮 2代大島(旭國)
11代若藤(和晃
8代高田川(前の山) 詳細
18 2002 14代武蔵川(三重ノ海
一代北の湖(北の湖)
10代出羽海(鷲羽山
12代佐渡ヶ嶽(琴桜)
11代二子山(貴ノ花)
18代間垣(若乃花)
11代伊勢ノ海(藤ノ川 7代高砂(朝潮 2代大島(旭國)
11代若藤(和晃)
詳細
19 2004 14代武蔵川(三重ノ海)
一代北の湖(北の湖)
10代出羽海(鷲羽山)
17代押尾川(大麒麟
11代二子山(貴ノ花)[4]
18代間垣(若乃花)
11代伊勢ノ海(藤ノ川) 7代高砂(朝潮) 2代大島(旭國)
11代若藤(和晃)
無投票[7]
20 2006 14代武蔵川(三重ノ海)
一代北の湖(北の湖)
10代出羽海(鷲羽山)
11代秀ノ山(長谷川
17代放駒(魁傑
18代間垣(若乃花)
11代伊勢ノ海(藤ノ川) 7代高砂(朝潮) 2代大島(旭國)
10代友綱(魁輝
無投票
21 2008 14代武蔵川(三重ノ海)
一代北の湖(北の湖)
10代出羽海(鷲羽山)
17代放駒(魁傑)
18代間垣(若乃花)[8]
10代二所ノ関(金剛
11代伊勢ノ海(藤ノ川) 13代九重(千代の富士 立浪 0 無投票
2代大島(旭國)
10代友綱(魁輝)
22 2010 14代武蔵川(三重ノ海)
一代北の湖(北の湖)
10代出羽海(鷲羽山)
17代放駒(魁傑)
10代二所ノ関(金剛)
8代鏡山(多賀竜
9代陸奥(霧島
13代九重(千代の富士) 10代友綱(魁輝) 一代貴乃花(貴乃花 0 詳細
23 2012 一代北の湖(北の湖)
10代出羽海(鷲羽山)
19代千賀ノ浦(舛田山
8代尾車(琴風
16代楯山(玉ノ富士
8代鏡山(多賀竜) 13代九重(千代の富士)
8代八角(北勝海
16代雷(春日富士[8] 一代貴乃花(貴乃花) - 詳細
24 2014 一代北の湖(北の湖)[4]
19代千賀ノ浦(舛田山)
15代出来山(出羽の花
8代尾車(琴風)
12代二所ノ関(若嶋津
8代鏡山(多賀竜) 8代八角(北勝海) 伊勢ヶ濱 一代貴乃花(貴乃花) 詳細
9代伊勢ヶ濱(旭富士
10代友綱(魁輝)
25 2016 13代境川(両国
11代春日野(栃乃和歌
11代出羽海(小城ノ花
20代山響(巌雄
8代尾車(琴風)
12代二所ノ関(若嶋津)
8代鏡山(多賀竜) 8代八角(北勝海) 9代伊勢ヶ濱(旭富士)[8] 一代貴乃花(貴乃花)[9] 詳細
26 2018 13代境川(両国)
11代春日野(栃乃和歌)
11代出羽海(小城ノ花)
20代山響(巌雄)
8代尾車(琴風)
12代芝田山(大乃国
8代鏡山(多賀竜) 8代八角(北勝海) 13代高島(高望山 12代阿武松(益荒雄 詳細

1998年理事選[編集]

しかし、日本相撲協会7代目理事長である12代境川(元横綱・佐田の山)が打ち出した年寄株制度改革に反発する守旧派は、12代境川体制への反発を選挙を通じて行うという戦術を使った。12代境川が理事長を辞職した1998年とその後の2000年・2002年の理事改選において選挙が行われた。具体的には、上記の割り振りの枠を超えて立候補し、選挙しなければならない状態とするというものである。このとき守旧派急先鋒として一門の調整と関係なく独自に立候補したのは、年寄名跡改革小委員会委員長の18代間垣(元横綱・若乃花:二所ノ関一門)と同副委員長の8代高田川(元大関・前の山:高砂一門)であった。この事件により、高砂一門の現職理事である18代陣幕(元横綱・北の富士)が高砂一門の理事候補から外されたことを不服として日本相撲協会を廃業し、この混乱の責任を取る形で8代高田川は高砂一門を破門された。この過程で高砂一門の長である6代高砂(元小結・富士錦)が12代境川に対し、破門後も協会の高田川部屋に対する対応は変わらないという許可を取り付けたとされており、8代高田川もこの破門については折目筋目を通した上でのものとしている。1998年の選挙では現職の枝川(元北葉山:時津風一門)が落選した。

2000年理事選[編集]

伊勢ノ海(元藤ノ川・時津風一門)が落選。この年は監事選挙もおこなわれ、現職の武蔵川(元三重ノ海・出羽海一門)、常盤山(元若秩父・二所ノ関一門)、新人の八角(元北勝海・高砂一門)が当選、現職だった武隈(元黒姫山・立浪伊勢ヶ濱連合)が落選となった。

2002年理事選[編集]

湊(元豊山・時津風一門)が落選。

無投票当選[編集]

2002年(平成14年)に元横綱・一代北の湖が9代目理事長に就任し、以降、12代境川改革のほとんどを元に戻すと共に、2004年から2008年まで再度談合が行われ、理事枠が各一門に割り当てられた。

2010年理事選[編集]

2010年(平成22年)1月の理事選ではこの勢力図が大きく様変わりした。3名枠を持つ二所ノ関一門では、事前投票で現職理事の10代二所ノ関(元関脇・金剛)と17代放駒(元大関・魁傑)に加え、13代鳴戸(元横綱・隆の里)を擁立することで調整を図ろうとした。しかし、元横綱・一代貴乃花が二所ノ関一門の意向に反して理事選への立候補を強行し、自ら二所ノ関一門から脱退する形となった。その後、13代鳴戸が理事への立候補を取り下げたものの、1名ずつ枠を持っていた時津風一門と高砂一門が協力して3名の理事を出す意向を固めたために立候補者が11名となり、8年ぶりに理事選挙が行われた。

二所ノ関一門は貴乃花を支持する4部屋6名の年寄を事実上の破門扱いとし、その他の一門でも事前に投票に関する意思統一を繰り返し図ったものの、開票の結果、3名の選挙人がいずれかの一門の意向に反して貴乃花を支持したことで[10]貴乃花は当選を果たし、その影響を受けて立浪一門の2代大島(元大関・旭國)が落選した。

2012年理事選[編集]

2012年1月の理事選では、初めて立候補者による立会演説会を投票開始前に行った。しかし、談合の体質は変わらず、引き続き協力関係にある時津風一門から高砂一門へ1名分の枠が譲られる形となったことを除いて、前回と同様に貴乃花グループを排除する方向で事前に談合が行われた。立浪一門では20代春日山(元幕内・春日富士)のみを擁立する方向で調整が行われていたが、現職理事である10代友綱(元関脇・魁輝)と9代伊勢ヶ濱(元横綱・旭富士)も立候補を届け出たため、立候補者数が史上最多の12名となったものの、9代伊勢ヶ濱は投票直前に立候補辞退を申し出た(立候補取り下げは認められなかったが、立会演説会にも参加せず得票数は0であった)ため、実質11名の立候補者による理事選挙となった。開票の結果、貴乃花が自グループの票に加えて、時津風一門から3票・立浪一門から1票を得て再び当選を果たし、9代伊勢ヶ濱の辞退を得てもなお立浪一門の票を固められなかった10代友綱は落選した。

なお、この2012年理事選では、7代立浪(元小結・旭豊)が一門の意向に反して貴乃花に投票したことを表明し、同年5月に立浪一門を離脱して後に貴乃花グループへ合流した。それに伴い、立浪一門は「春日山・伊勢ヶ濱連合」と改称した後、同年9月に春日山部屋の先代の師匠で現役理事の16代(元幕内・春日富士)が日本相撲協会を退職したことに伴い、一門名を「伊勢ヶ濱一門」へと再び改称した。16代雷の後任理事には、2013年1月に伊勢ヶ濱一門の9代伊勢ヶ濱が無投票で選出されて就任した。

2014年理事選[編集]

2014年1月に行われた理事候補選[11]は、日本相撲協会が公益財団法人へ移行してから初の理事候補選挙となり、定数10名に対して11名が立候補を表明した。前回の理事選で3名が立候補した伊勢ヶ濱一門が9代伊勢ヶ濱と10代友綱の2名を擁立した以外は、特に前回の選挙と人数の枠組みは変わらなかったものの、前回と同じく立候補者2名を擁した高砂一門において、協会事業部長を務める現職理事の13代九重(元横綱・千代の富士)が一門内外の票を固めることができずに5票で落選し、元理事である伊勢ヶ濱一門の10代友綱が7票を獲得して当選した。理事長に次ぐ地位となる現役の事業部長が理事選挙で落選するのは旧法人時代を含めて初めてのこととなった。

2016年理事選[編集]

2016年1月に行われた理事候補選は定数10名に対して11名が立候補し、4回連続の選挙となった。前回選挙で当選した3名全員が死亡または停年退職を控えた不出馬となったため理事が総入れ替えとなった出羽海一門からは初めて4人が擁立され、他の一門は前回の当選者数と同数を擁立した。この結果、伊勢ヶ濱一門から初当選を目指して新規に立候補した13代高島(元関脇・高望山)が落選し、最大派閥の出羽海一門が理事の人数を4人に増やす結果となった。

また、副理事候補選挙も行われ、12代芝田山(元横綱・大乃国、二所ノ関一門)、14代玉ノ井(元大関・栃東、出羽海一門)、18代藤島(元大関・武双山、出羽海一門)が当選。14代井筒(元関脇・逆鉾、時津風一門)が落選した。

2018年理事選[編集]

2017年10月25日に日馬富士公平貴ノ岩義司を暴行、負傷させる事件が発生し、九州場所後の11月29日に日馬富士が責任を取って引退した[12]。この事件に関して、日馬富士の師匠である9代伊勢ケ濱は監督責任を取る形で、12月20日に理事を辞任した。一方、貴ノ岩の師匠である貴乃花は、事件の報告や調査などを巡って協会執行部と対立し、2018年1月4日、評議委員会決議において理事を解任された[13]。一方で、貴乃花一門外で特に貴乃花に近いとされていた錣山部屋(20代錣山、元関脇・寺尾および部屋付きの19代立田川、元小結・豊真将)と湊部屋(23代、元前頭・湊富士)が12月18日付で時津風一門から離脱し、無所属となった[14]

来る2月の理事候補選については、貴乃花一門は直前に理事を解任された貴乃花に代わり、12代阿武松(元関脇・益荒雄)を擁立する考えで、他一門の候補9人と合わせて無投票となる可能性もあったが、貴乃花は無投票を避けて選挙を行うべく、自身も立候補をする考えを示す。一門会では反対されたが、結果、一門の8人と無所属の3人のうち、自身を除く10人が阿武松に投票、自身は自薦の1票の他は一門外の年寄の投票に委ねることとなった[15]

2月1日、理事候補選の立候補届出の受付が行われ、年寄11人が届け出た[16]。また、同時に改選される副理事候補も前回落選した井筒(時津風一門)と新規立候補の錣山(無所属・貴乃花一門と共闘)の兄弟、現職の藤島(出羽海一門)、新規立候補の15代花籠(元関脇・太寿山、二所ノ関一門)と計4名が立候補、選挙となった。

翌2日に投開票が行われ、貴乃花を除く10名が当選。貴乃花は2票しか獲得できず、連続4期務めた理事から落選した。また、副理事も錣山以外が当選し、貴乃花一門からは阿武松が理事に当選したのみに留まった[17]

当落 候補者名 年齢 一門 新旧別 得票数
13代高島(関脇・高望山大造 60 伊勢ヶ濱 12票
8代鏡山(関脇・多賀竜昇司 59 時津風 11票
13代境川(小結・両国梶之助 55 出羽海 11票
8代八角(横綱・北勝海信芳 54 高砂 11票
8代尾車(大関・琴風豪規 60 二所ノ関 10票
12代芝田山(横綱・大乃国康 55 二所ノ関 10票
11代春日野(関脇・栃乃和歌清隆 55 出羽海 9票
11代出羽海(前2・小城乃花昭和 50 出羽海 9票
12代阿武松(関脇・益荒雄広生 56 貴乃花 8票
20代山響(前1・巌雄謙治 47 出羽海 8票
  一代貴乃花(横綱・貴乃花光司 45 貴乃花 2票

脚注[編集]

  1. ^ 『相撲』2012年3月号94頁
  2. ^ 明治以後一門変遷図
  3. ^ 任期中に武蔵川に名跡変更。
  4. ^ a b c d e f g h i 任期中に死去。
  5. ^ 監事選挙は行われ高砂一門の若松(鯱の里)が落選。当選は出羽海一門から秀の山(笠置山)、時津風一門から伊勢ノ海(柏戸秀剛)、立浪・伊勢ヶ濱連合から白玉(大八洲)。
  6. ^ 任期中に陣幕に名跡変更
  7. ^ 監事選挙は行われ、友綱(魁輝)が落選。
  8. ^ a b c 任期中に辞任。
  9. ^ 任期中に解任。
  10. ^ このうち1名については、立浪一門の5代安治川(元幕内・光法宮城野部屋所属、安美錦(立浪一門・伊勢ヶ濱部屋所属)からの借株)がマスコミに対して事実を公表し、その責任を取って日本相撲協会を退職する意向を表明したものの、一門からの慰留を受けて後に撤回している。また、2010年4月20日には、立浪一門が貴乃花への投票者として7代立浪(元小結・旭豊)を特定し、7代立浪は事実を否定するものの、後に立浪一門を脱退し貴乃花グループ(現・貴乃花一門)へ移籍した。『週刊新潮』2010年5月27日号では二所ノ関一門の大関・琴光喜が貴乃花に投票したと報じられている。
  11. ^ 公益財団法人以降後は評議員会によって全ての理事が選任されるため、その候補を選ぶ形に変更された。
  12. ^ 横綱・日馬富士が引退 暴行問題で引責 午後会見 毎日新聞 2017年11月29日10時8分配信
  13. ^ 貴乃花親方理事解任…提出した意見書も読み上げられ判断 - スポーツ報知 2018年1月5日
  14. ^ 錣山親方ら3親方、時津風一門を離脱…理事選は無所属で投票 - スポーツ報知 2017年12月22日
  15. ^ “貴親方、落選覚悟で出馬 一門の全11票…阿武松親方に10、自身に1を提案”. デイリースポーツ. (2018年1月31日). https://www.daily.co.jp/general/2018/01/31/0010943781.shtml 2018年2月1日閲覧。 
  16. ^ “貴乃花親方ら11人立候補=相撲協会理事候補選、5期連続投票”. 時事通信. (2018年2月1日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2018020100393&g=spo 2018年2月1日閲覧。 
  17. ^ 貴乃花親方は落選=10人の理事候補決まる-相撲協会 - 時事ドットコム 2018年2月2日