予算委員会

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参議院予算委員会の審議(2007年10月15日国会議事堂にて)

予算委員会(よさんいいんかい)は、日本衆議院参議院における常任委員会の一つ。

概要[編集]

予算委員会の所管事項は端的に「予算」とだけ定められている(衆議院規則92条・参議院規則74条)。内閣が提出する予算案の審議を行うことが基本的な役割であるが、予算というものは一年間の国政の在り方を決めるものであるため、予算委員会では国政のあらゆる重要事項についての審議が行われる(その際には、議題は「予算の執行状況に関する件」とされる)。そのため、他の委員会に比べテレビ中継が行われる機会が多く、委員会の中で最も注目度が高い。

予算委員会は、本会議国家基本政策委員会党首討論)と並んで国会審議の花形として広く認識されており、予算案・重要な法案などを審議するために全ての閣僚が出席する場合は、その同時間帯には他の全ての委員会は開会されない。

予算委員会の所管事項は予算であるが、予算案の作成と予算の執行は内閣の責任の下で行われるため(日本国憲法第73条)、予算の内容に限らず、広くその執行主体である内閣の政策方針や行政各部の対応さらには閣僚の資質の問題などが問われることになる。実際、予算委員会の審議を通じてこれらの事項について問題点が浮き彫りになることも多い。その反面、予算の内容とは直接的には関係がない議題が広汎に取り扱われることになると、予算内容そのものの審議時間が少なくなるため、より予算内容についての審議を充実させるべきではないかという議論もある。

こうした予算委員会の重要性に鑑み、委員長は概ね閣僚級のポストと見なされており、閣僚経験者を充てることが多い。

予算審議の流れ[編集]

衆議院には予算先議権が認められている。予算は、まず、通常国会の召集日に内閣から衆議院に提出され、予算委員会に付託される。本会議において、総理施政方針演説の際、財務大臣は財政演説を行い、その演説の中で予算の説明を行う。委員会では、財務大臣が趣旨説明を行い、財務副大臣が補足説明を行う。

そして、おおむね2日にわたり全閣僚が出席し、NHKの中継の下で基本的質疑が行われる。この際、野党の大物議員が質問に立ち、国会における一つの花形となっている。その後、委員による一般質疑が2週間程度行われ、時の政治課題に対する集中審議として総理出席のもと質疑が行われ、この時はNHKの中継が入る。

閣僚の席は財務大臣が総理の隣に座ることを固定されているが鳩山由紀夫内閣野田改造内閣では副総理がおり、副総理が財務大臣でなかったため財務大臣は副総理の隣の席に座ることとなる(内閣総理大臣→副総理たる国務大臣→財務大臣 となる)。

時には、スキャンダル等が明らかになったことにより、それについて参考人招致や証人喚問が行われることもある。

国会法の規定により、予算の議決には公聴会を開催することが義務づけられているが、公聴会を行うと採決が行えるため、日程の決定に当たって与野党の攻防が展開される。公聴会自体は、1日半に渡り、各党が推薦する経済学者労働組合の代表、その他時の政治課題を反映した公述人が公述を行い、委員の質疑を受ける形で行われる。

予算審議も終盤になると、各省庁ごとに予算審議を行うため分科会での審議が行われる。通例、8つの分科会が設けられ、約1日半にわたって行われる。

そして、最後に全閣僚出席のもとで締めくくり質疑が行われた上で、各党各会派の代表者が予算の賛否について意見を述べる討論を経て採決に付され、予算委員会での審議は終わる。衆院予算委での審議は、おおむね12~15日の審議日数で、のべ60~70時間となることが通例である。

本会議においても、討論を行った後、記名投票で採決が行われ、予算が衆議院を通過する。3月2日まで衆議院を通過すると、憲法の規定により、参議院で議決が行われなくても年度内に自然成立することになり、ここでも審議日程の決定について与野党の攻防が行われる。

参議院においても、衆議院とほぼ同じような手続で審議が行われるが、趣旨説明は、衆議院通過前に予備審査として行われることが通例であり、参議院では分科会を設けず、各委員会に委嘱するという形で、各省庁別の予算の審議を行う。なお、参議院で衆議院と異なった議決をした場合、衆議院は両院協議会を求めなければならないが、協議が成立しないときは、衆議院の議決が国会の議決とされることとなっている。そのため、参議院で予算が否決されたことは数例存在するが、いずれの場合も協議が成立せず、予算は原案通り可決となっていることが通例である。なお、予算が4月4日まで成立しないと、各省庁の歳出に影響が生じることとなっているため、審議が終わらない場合は暫定予算が組まれることもある。有名な例としては1953年バカヤロー解散があり、次年度の予算が成立しないまま3月14日に衆議院が解散され、結局7月31日まで成立しなかったことから、4~5月分の暫定予算が組まれ、さらに暫定予算補正を組んで7月末まで暫定予算を延長した。

衆議院予算委員会[編集]

衆議院予算委員会の員数は50人である(衆議院規則92条)。委員長1名、理事4名が選出または指名される。

参議院予算委員会[編集]

参議院予算委員会の員数は45人である(参議院規則74条)。委員長1名、理事9名が選出または指名される。

事件[編集]

※肩書きはすべて当時。

「バカヤロー」事件
1953年(昭和28年)、衆議院予算委員会にて、右派社会党議員の西村栄一の発言に怒りを感じた首相の吉田茂が「バカヤロー」と発言し、この後の衆議院本会議にて衆議院は解散された。
宮本顕治は「人殺し」事件
1987年(昭和62年)、衆議院予算委員長の浜田幸一が、日本共産党議員の正森成二が予算委員会の閉会中審査について尋ねたのに対して、「我が党は旧来より、終戦直後より、殺人者である宮本顕治君を国政の中に参加せしめるような状況をつくり出したときから、日本共産党に対しては最大の懸念を持ち、最大の闘争理念を持ってまいりました。」「昭和8年12月24日、宮本顕治ほか数名により、当時の財政部長小畑達夫を股間に……」「針金で絞め、リンチで殺した。このことだけは的確に申し上げておきますからね。いいですね。」「私が言っているのは、ミヤザワケンジ君が人を殺したと言っただけじゃないですか。」等と発言[1]し、問題となった(参照:日本共産党査問リンチ事件)。浜田はこの事件で委員長を辞任した。

※その他、1990年代前半頃までTVやラジオの放送内容や世相について一言とりあげられる機会もしばしばあり、マスコミ業界では委員の発言に一喜一憂することも多かった。

注記・参考資料[編集]

  1. ^ 第112回国会 予算委員会 第7号議事録

関連項目[編集]

外部リンク[編集]