貴乃花部屋
貴乃花部屋(たかのはなべや)は、かつて存在した日本相撲協会所属の相撲部屋。
歴史[編集]
1981年1月場所限りで現役を引退して、以降は二子山部屋の部屋付き親方となっていた年寄・12代藤島(元大関・貴ノ花)が、1982年2月に豊ノ海など数名の内弟子を連れて分家独立する形で藤島部屋を創設した[1]。
12代は実子である若花田(若乃花)・貴花田(貴乃花)兄弟や、安芸乃島・貴闘力・貴ノ浪などの関取を育て上げて一時代を築いた[1]。
1993年、12代藤島は実兄の10代二子山の停年退職を目前に控えた同年2月1日付で年寄名跡を交換し、12代藤島が11代二子山を襲名すると共に、二子山部屋と藤島部屋が合併した。これにより、二子山部屋は幕内力士10人を含む総勢50人もの大所帯となった。
この二子山部屋は、1962年(昭和37年)5月場所直前に現役を引退し、年寄・10代二子山を襲名した二所ノ関一門花籠部屋所属の第45代横綱・初代若乃花が、8人の内弟子(のちの小結二子岳武など)を連れて同年9月2日に創設したものである。10代は横綱2代若乃花、隆の里、大関初代貴ノ花、若嶋津をはじめとして多くの関取を育て上げ、自らが育った花籠部屋とともに阿佐ヶ谷勢と言われる一大勢力を築き上げ[2]、日本相撲協会の第7代理事長を務めて、1993年(平成5年)3月15日に停年(定年)退職した。
| 番付 | 東 | 西 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 四股名[4] | 旧所属[5] | 四股名[4] | 旧所属[5] | ||
| 大関 | 貴ノ花光司 | 藤島部屋 | (省略) | ||
| 関脇 | (省略) | 安芸乃島勝巳 | 藤島部屋 | ||
| 小結 | 若花田勝 | 藤島部屋 | 若翔洋俊一 | 二子山部屋 | |
| 前頭 | 1枚目 | 貴ノ浪貞博 | 藤島部屋 | (省略) | |
| 3枚目 | (省略) | 三杉里公似 | 二子山部屋 | ||
| 6枚目 | 隆三杉太一 | 二子山部屋 | 豊ノ海真二 | 藤島部屋 | |
| 7枚目 | 浪ノ花教天 | 二子山部屋 | (省略) | ||
| 12枚目 | 貴闘力忠茂 | 藤島部屋 | |||
1994年11月場所後には11代二子山の次男である貴ノ花が横綱へ昇進し、1998年5月場所後には11代二子山の長男である若乃花が横綱へ昇進したほか、大関・貴ノ浪や関脇・安芸乃島、関脇・貴闘力など数多くの関取を輩出し、1990年代中期から後期にかけて二子山部屋は全盛期を迎えた。
その後、2003年1月場所限りで引退して二子山部屋の部屋付き親方となっていた一代年寄・貴乃花親方(元横綱・貴乃花)が、2004年2月1日付で二子山部屋を継承し、同時に部屋の名称も貴乃花部屋へと変更された。
貴乃花部屋と改称してからは最初に迎え入れた弟子となる藤中が2004年3月場所にて初土俵を踏んだものの、藤中はわずか10ヶ月で引退しボクシングに転向した。同年5月場所中に貴ノ浪が引退して部屋から関取が不在となり、2000年代中期には入門者も現れずに所属力士が減少した。また、この時期には貴乃花部屋の部屋付き親方である17代藤島(元関脇・安芸乃島)と貴乃花親方が対立したことから、17代藤島が入門時の師匠である11代二子山に許可を受けて2004年5月27日に高田川部屋へ移籍(事実上の破門)するという内紛も起こった。
しかし、2008年3月に約4年ぶりの新弟子となる貴天秀が入門して以降は、徐々に所属力士が増加し、2018年9月場所時点で8人の力士が在籍している。2012年7月場所においてモンゴル出身の貴ノ岩が新十両へ昇進し、貴乃花親方が部屋を継承してから入門した力士としては初となる関取が誕生している。
2010年1月に行われた日本相撲協会理事選挙において、貴乃花親方が二所ノ関一門内の事前調整を拒否して独自に立候補を表明したために、貴乃花部屋はそれまで所属していた二所ノ関一門から離脱した。その後はどの一門にも属さずに、大嶽部屋など志を同じくする部屋と「貴乃花グループ」を形成し、2014年5月に同グループを「貴乃花一門」と改称している。
2016年4月8日には、貴乃花部屋の部屋付き親方である15代常盤山(元小結・隆三杉)が20代千賀ノ浦を襲名して千賀ノ浦部屋を継承し、貴乃花部屋から独立した。
2016年5月29日には所属力士の両国国技館への通勤時間軽減を理由として、旧・藤島部屋が創設された1982年2月から使用してきた部屋施設から移転する意向であることが明らかとなり[6]、同年7月5日に東京都中野区本町から東京都江東区東砂へと新たに部屋を移転し、同年7月27日に土俵開きを行った[7]。
外国人や学生相撲出身の力士が台頭する中で、貴乃花親方自身が経験してきた昔ながらの叩き上げ教育を軸に若手を育てている。そのため、長らく在籍力士の全てが中卒の日本人力士のみであるという特徴があったが、2008年11月場所においてモンゴル人力士の貴ノ岩が入門して以降、現在では中卒以外の力士も在籍している。また、部屋を継承した直後は、貴乃花親方は自身の自宅から部屋に通う形で弟子を指導してきたが、2005年8月からは部屋に住み込んで弟子と生活を共にするようになっている(ただしおかみである花田景子は同居していない)。
2018年9月25日、貴乃花親方は日本相撲協会に引退届と部屋の所属力士、床山、世話人の全員を他の部屋の所属とする所属変更願を提出した[8]。同日の貴乃花親方記者会見で千賀ノ浦親方を後継者に指名していたという発言があったこと[9]、また提出されていた書類に不備があったため翌26日に千賀ノ浦親方が貴乃花部屋に出向いて貴乃花親方に面会。8人全員の受け入れ要請を受けた千賀ノ浦親方はこれを了承し、あらためて協会に提出する書類が作成された[10]。
これを受けて相撲協会は10月1日にこの問題を審議するための臨時理事会を開催し、年寄貴乃花の日本相撲協会退職及び貴乃花部屋に所属していた力士・呼出・世話人について千賀ノ浦部屋に移籍することを承認した[11]。これにより貴乃花部屋が消滅することとなり、10月2日に所属力士と裏方が千賀ノ浦部屋に移籍した[12]。
かつての所在地[編集]
師匠[編集]
- 二子山部屋時代
- 10代:二子山勝治(ふたごやま かつじ、第45代横綱・初代若乃花、青森)
- 11代:二子山満(ふたごやま みつる、大関・貴ノ花、青森)
- 貴乃花部屋時代
- 一代:貴乃花光司(たかのはな こうじ、第65代横綱・貴乃花、東京)
力士[編集]
太字は貴乃花部屋消滅時(2018年10月1日)に現役の力士。最高位は貴乃花部屋所属中のものを記載した。貴乃花部屋消滅後については千賀ノ浦部屋を参照。
横綱・大関[編集]
- 横綱
- 若乃花幹士 (2代)(56代・青森)10代二子山弟子
- 隆の里俊英(59代・青森)10代二子山弟子
- 貴乃花光司(65代・東京)11代二子山弟子 ※藤島部屋時代に入門
- 若乃花勝(花田虎上)66代・東京)11代二子山弟子 ※藤島部屋時代に入門
- 大関
幕内[編集]
- 関脇
- 小結
- 二子岳武(青森)10代二子山弟子 ※花籠部屋から移籍
- 若獅子茂憲(青森)10代二子山弟子
- 隆三杉太一(神奈川)10代・11代二子山弟子
- 三杉里公似(滋賀)10代・11代二子山弟子
- 浪乃花教天(青森)10代・11代二子山弟子
- 貴景勝光信(兵庫)貴乃花弟子
- 前頭
- 飛騨乃花成栄(前1・岐阜)10代二子山弟子
- 豊ノ海真二(前1・福岡)10代・11代二子山弟子 ※藤島部屋独立に同行
- 貴ノ岩義司(前2・モンゴル)貴乃花弟子
- 大旺吉伸(前4・富山)10代二子山弟子
- 魁罡功(二子竜功)(前5・青森)10代二子山弟子 ※花籠部屋から移籍
- 大觥吉男(前8・青森)10代二子山弟子
十両[編集]
- 貴源治賢(十2・栃木)貴乃花弟子
- 修羅王政勝(十4・東京)10代二子山弟子
- 北ノ花吉保(十4・青森)10代二子山弟子
- 五剣山博之(十6・香川)11代二子山・貴乃花弟子 ※藤島部屋時代に入門
- 若双龍秀造(十8・秋田)10代二子山弟子
- 貴ノ山英二(十11・北海道)10代二子山弟子
- 貴公俊剛(十14・栃木)貴乃花弟子
脚注[編集]
- ^ a b ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p40
- ^ 杉並区立郷土博物館編「大相撲杉並場所展 : 阿佐ケ谷勢その活躍と栄光の歴史」1991.11
- ^ 関係分のみを表記。
- ^ a b 当時のものであり、後に改名した力士もいる。
- ^ a b 1993年1月場所までの所属。
- ^ 貴乃花部屋が中野から江東区へ移転 通勤時間減らす 日刊スポーツ 2016年5月30日
- ^ 新貴乃花部屋が土俵開き、景子夫人ら大わらわ 日刊スポーツ 2016年7月27日
- ^ “大相撲:貴乃花親方が相撲協会に引退届を提出 - 毎日新聞” (日本語). 毎日新聞 2018年9月26日閲覧。
- ^ “貴親方 父重ね?死も覚悟「私が命を絶ったり…」事前に千賀ノ浦親方を後継指名/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online 2018年9月26日閲覧。
- ^ 株式会社スポーツニッポン新聞社マルチメディア事業本部. “千賀ノ浦親方「8人全員を預かる」 貴親方と提出書類を作成、提出へ - スポニチ Sponichi Annex スポーツ” (日本語). スポニチ Sponichi Annex 2018年9月26日閲覧。
- ^ “貴乃花親方の退職決定 臨時理事会、力士らの移籍承認で貴乃花部屋は消滅”. Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. (2018年10月1日) 2018年10月1日閲覧。
- ^ “貴乃花部屋、千賀ノ浦部屋に引っ越し 涙ぐむ力士も:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル 2018年10月22日閲覧。
外部リンク[編集]
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座標: 北緯35度40分36.28秒 東経139度50分20.3秒 / 北緯35.6767444度 東経139.838972度