中川部屋

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Kasugayama stable 2014 1.JPG
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中川部屋(なかがわべや)は、時津風一門相撲部屋。ここでは前身の春日山部屋(かすがやまべや、伊勢ヶ濱一門)についても記述する。

歴史[編集]

春日山部屋時代[編集]

14代・15代・16代春日山時代[編集]

もともと春日山は伊勢ノ海系の年寄名跡で、部屋は明治から大正にかけて隆盛していたものの、関東大震災で当時の親方が死亡し、それに伴って部屋も閉鎖されていた。1929年(昭和4年)1月に年寄・14代春日山(元関脇・藤ノ川)が伊勢ノ海部屋から分家独立する形で春日山部屋を再興したものの、1946年(昭和21年)11月には部屋を閉鎖して立浪部屋に弟子を預けた。その中に、後に幕内力士となる小坂川平鹿川大昇がいた。

その後、1955年5月に立浪部屋の部屋付き親方である15代春日山(元大関・名寄岩)が幕内・大昇らを連れて(小坂川は廃業し、平鹿川は立浪部屋に残った)、立浪部屋から分家独立する形で春日山部屋を再興した。15代春日山は直弟子から十両・白法山らを育てた。15代春日山は1971年1月に逝去したため、同年2月に春日山部屋の部屋付き親方である12代浦風(元幕内・大昇)が16代春日山を襲名して春日山部屋を継承した。16代春日山は幕内・春日富士らを育てた。1990年(平成2年)7月に16代春日山が定年退職を迎えたために春日山部屋は閉鎖され、春日富士を含む所属力士は安治川部屋へと移籍した。

16代春日山が育て上げた唯一の幕内力士である春日富士は、1996年9月場所限りで現役を引退して年寄・20代春日山を襲名して安治川部屋の部屋付き親方となった後、1997年7月に安治川部屋から分家独立して春日山部屋を再興し、自身が5歳から育った場所で現役中も居を構えていた神奈川県川崎市に部屋を設立した。神奈川県に開設された初の相撲部屋である。2002年7月場所において春日王が新十両へ昇進し、20代春日山が部屋を再興してから初となる関取が誕生した。2011年6月には所属力士不在となったために閉鎖された高島部屋から13代高島(元関脇・高望山)や行司など計4人を受け入れた。

20代春日山時代[編集]

2012年1月に20代春日山が日本相撲協会理事選挙で理事に選出される。20代春日山は部屋経営と理事職との両立は困難であるとして、同年2月に引退した同じ立浪一門の追手風部屋に所属する元幕内・濵錦に21代春日山を襲名させて師匠の座を譲り、自身は16代を襲名して春日山部屋の部屋付き親方となり、理事専任となった。

しかし、同年9月20日付の『週刊新潮』で、16代雷の不倫と不正経理疑惑のスキャンダルが報じられる。16代雷は責任を取る形で、9月20日付で日本相撲協会を退職した。この際、21代春日山は部屋施設を20代春日山から賃貸契約で借り受けて運営する形をとっていた。

名跡継承騒動[編集]

騒動の経緯

2013年10月4日、20代春日山が21代春日山に対して滞納分の賃貸料287万3548円の支払いと施設からの退去を請求する訴状を横浜地方裁判所川崎支部へ提出したことが明らかとなった[1]。20代春日山の主張では、2013年に入ってから部屋の賃貸料の滞納が続いており、20代春日山が賃貸料の支払いと施設からの退去を求めたものの21代春日山はそれに応じなかったためであるとしている[2]、翌4日には実際に20代春日山が21代春日山に対して滞納分の賃貸料287万3548円の支払いと施設からの退去を請求する訴状を横浜地方裁判所川崎支部へ提出したことが明らかとなった。

民事訴訟

これに対して、21代春日山は同年11月8日に会見を開き、2013年に入ってから部屋の賃貸料が倍増となったのを知らなかったと釈明した。それと共に、20代春日山と現時点で春日山の年寄名跡証書[3]を保管しているとされる20代春日山の知人の2人に対して年寄名跡証書の返還を求めて提訴する意向であることを表明し[4][5]、同年11月11日に21代春日山は実際に横浜地方裁判所川崎支部へ訴状を提出した。

その後、20代春日山が21代春日山を提訴した民事訴訟では、2014年7月11日に横浜地裁川崎支部が21代春日山の給与や部屋維持費などの仮差し押さえを認める決定を下し[6]、その際には21代春日山側が20代春日山側の要求していた供託金を用意したために仮差し押さえ処分は取り消されたものの、2015年3月20日に横浜地裁川崎支部は再び21代春日山の給与などの仮差し押さえを認める決定を下した[7]。同年6月17日には横浜地裁川崎支部にて両者の和解が成立し、21代春日山側が同年9月末までに現在の部屋施設から退去し、未払いとされた2013年5月から2015年9月までの29ヶ月分の賃貸料1740万円を20代春日山側に支払うことで合意した[8]。この和解内容に基づき、春日山部屋一同が同年9月場所後に20代春日山が所有する部屋施設から退去することが決定し[9]、同年9月28日に実際に川崎市川崎区の大師河原から池上新町へと新たに部屋を移転した[10]

対して、21代春日山が20代春日山を提訴した民事訴訟では、2015年3月3日に横浜地裁川崎支部にて行われた訴訟の弁論準備において、20代春日山側は年寄名跡・春日山の資産価値を1億8000万円と試算した書面を裁判所へ提出した[11]。2016年8月2日に横浜地裁川崎支部は、年寄名跡・春日山の相当対価は20代春日山側が試算主張した1億8000万円を下回るものではなく、20代春日山側へ年寄名跡証書を正式に所有するための対価が支払われるまでは20代春日山側が年寄名跡証書を自ら保有する権利を有するとして、21代春日山に対して年寄名跡証書を所有するための対価として、現時点まで21代春日山が弁済したと判断した840万円を除いた金額である1億7160万円を20代春日山側へ支払うことを命ずる判決を下した[12]。8月4日に21代春日山は前述の判決を不服として控訴した[13]

春日山親方の師匠不適格処分による部屋の閉鎖

一方、10月12日に協会は、

  • 21代春日山が20代春日山から正式に年寄名跡証書を譲渡されていないこと。
  • 同年9月場所中において21代春日山は稽古場に来て指導した日が1日もなかったこと[14]

の2点をもって、力士指導の面において21代春日山が部屋の師匠には不適格であると判断、21代春日山に対して春日山部屋の師匠を辞任するように勧告した[15]。21代春日山はこの時点での回答を保留し、協会は1週間後の10月19日午前10時までに回答するように通告した[16]

師匠辞任勧告を受けて、10月17日には春日山部屋が立地する川崎市の福田紀彦市長や春日山部屋の後援会らが日本相撲協会に対して部屋の存続を要請する要望書を提出し[17]、翌18日には春日山部屋の所属力士である幕下・水口と幕下・萬華城(まんかじょう)が21代春日山への師匠辞任勧告の撤回を求めて川崎市内で会見を開き、同時に春日山部屋の所属力士23人中11人が辞任勧告撤回の嘆願書を日本相撲協会へ提出したことが明らかとなった[18]。しかし、当初の辞任勧告が撤回されることはなく、19日午前に21代春日山は師匠辞任勧告を受諾することを表明した。これに伴い、春日山部屋は閉鎖されることが決定し、同日付で21代春日山と春日山部屋の部屋付き親方である13代高島および力士23人・世話人1人・行司1人・呼出1人・床山2人は、部屋の次期師匠が新たに就任するまでの間の一時預かりという形で、同じ伊勢ヶ濱一門で21代春日山が現役時代に所属していた追手風部屋[19]へ移籍することが決定した。同時に21代春日山の年寄名跡証書の所有問題に関しては、日本相撲協会側は証書の未所有状況であることに変わりはないと認定したものの、裁判の決着まで結論を猶予する意向を示した[20]

ただし、21代春日山の師匠辞任が急遽決定したために、埼玉県草加市にある追手風部屋の部屋施設では受け入れ態勢が困難であるという理由から、暫定的な措置として、20代春日山が所有するかつての春日山部屋の部屋施設で所属力士を指導することが認められ、19日の内に春日山部屋一同が川崎市川崎区の池上新町から大師河原へと再び移転した[21]。追手風部屋からは、部屋付き親方である15代中川(元幕内・旭里)が川崎へ移住した上で師匠代行として力士を指導することとなった[22]

また、同日中に所属力士23人中12人が日本相撲協会へ引退届を提出した[23]ものの、翌20日に日本相撲協会は12人の引退届を即座には受理せず保留とし、事情を説明した上で改めて各人の意思を確認する意向を示した[24]。その後、同年10月27日までに日本相撲協会において危機管理部長を務める8代鏡山(元関脇・多賀竜)が前述の12人に対して電話で意思の確認を行ったところ、そのうち数人が引退を翻意する意向を示したことから、同年10月27日に日本相撲協会は改めて特例として12人の引退届の受理を同年11月場所後の番付編成会議まで見送ることを決定した[25][26]。これを受けて、同年11月場所における番付では引退届を提出した12人も追手風部屋の所属として記載されたものの、12人全員が本場所には出場せずに全休し、結局は誰も引退の撤回を表明することなく、同年11月場所終了後の同年11月30日に日本相撲協会は12人全員の引退を正式に発表した[27]。同年12月23日には川崎市内のホテルにて、同年11月30日付で引退した12人にそれとは別に引退の意向を表明した2人[28]を加えての所属力士14人の合同断髪式が行われた[29]

春日山親方退職

21代春日山の師匠辞任問題に関連して、2016年11月20日に日本相撲協会は同年12月26日に行われる年寄総会において全ての年寄と人材育成業務の委託契約を締結し直し、当日に年寄名跡証書の預かり証を提出しない年寄は日本相撲協会を退職させることを決定した[30]。21代春日山が20代春日山を提訴した民事訴訟の控訴審は同年11月1日から東京高等裁判所にて開始され[31]、以降も断続的に両者の和解に向けての協議が行われたものの、和解条件の金額などに差があることで同年12月26日までの和解成立に至らず、証書の預かり証を期限内に提出することが不可能となってしまった。日本相撲協会は当初は期限について猶予を与えない方針だったが、26日に次回の和解協議まで預かり証の提出を猶予することを決定し、21代春日山は同日までに提出できなかった場合は協会を自主的に退職する意向を表明した[32]。その後、2017年1月場所9日目となる2017年1月16日に、東京高裁において21代春日山と20代春日山との和解協議が行われたものの、そこでも両者の和解は成立せずに和解協議は決裂し、21代春日山は年寄名跡証書を正式に取得する見込みが立たなくなったことを理由として、同日付で日本相撲協会を退職した[33]。控訴審は両者の和解協議が決裂した後も継続し、同年2月20日に21代春日山は20代春日山に対して年寄名跡証書の引き渡しを求めず、20代春日山も21代春日山に対して年寄名跡証書の対価を要求しないとして、東京高裁にて双方が請求を取り下げる形で和解が成立したが[34]、その直後の3月9日に20代春日山は急逝した。

中川部屋時代[編集]

15代中川親方による部屋再興[編集]

2017年1月26日に日本相撲協会は春日山部屋から追手風部屋への一時預かりとして移籍して現役を続行していた力士9人および世話人1人・行司1人・呼出1人・床山2人を率いる形で、15代中川が追手風部屋から分家独立することを承認した。分家独立に際しては年寄名跡・春日山への名跡変更は行わず、部屋名はそのまま中川部屋となり、2016年12月に15代中川が伊勢ヶ濱一門から時津風一門へ移籍したことに伴い、中川部屋は時津風一門の所属となった[35]

15代中川が部屋の継承をした背景には20代春日山が一門の同期生という大切な仲間であったという事情があったという[36]

所在地[編集]

師匠[編集]

  • 14代:春日山 真弘(かすがやま まさひろ、関脇・藤ノ川新潟
  • 15代:春日山 静男(かすがやま しずお、大関・名寄岩北海道
  • 16代:春日山 貴佑(かすがやま たかひろ、前1・大昇長野
  • 20代:春日山 由晃(かすがやま よしあき、前1・春日富士宮城
  • 21代:春日山 嵩昌(かすがやま たかまさ、前11・濵錦熊本
  • 15代:中川憲治(なかがわ けんじ、前14・旭里、大阪

力士[編集]

幕内[編集]

前頭[編集]

  • 大昇充宏(前1・長野)14代・15代弟子、一時立浪部屋所属
  • 春日富士晃大(前1・宮城)16代弟子、安治川部屋へ移籍
  • 春日王克昌(前3・韓国)20代春日山弟子

十両[編集]

旧・中川部屋[編集]

大正時代に雷部屋の部屋付き親方である7代中川(元幕内・鬼鹿毛)が分家独立して中川部屋を創設した。7代中川は幕内・綾鬼らを育てたものの、1931年(昭和6年)1月に7代中川が死去したために、力士たちは同じ雷一門に所属する武蔵川部屋に引き取られた。この中に、後に幕内力士となった三熊山がいた。

その後、中川の年寄名跡は立浪一門へ移り、1937年5月に立浪部屋の部屋付き親方である8代中川(元幕内・吉野山)が立浪部屋から分家独立して中川部屋を創設したものの、同部屋は1947年6月に閉鎖された。1960年5月には立浪部屋の部屋付き親方である9代中川(元幕内・清恵波)が中川部屋を再興したものの、同部屋は1973年3月に閉鎖された。

脚注[編集]

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  1. ^ 賃料滞納問題で春日山親方を先代親方が提訴スポーツ報知 2013年10月5日記事
  2. ^ 先代が春日山親方提訴へ「賃料払え」間借りの部屋代、未払い続くスポーツ報知 2013年10月4日記事
  3. ^ この会見に先立つ2013年5月に、21代春日山は日本相撲協会に対して年寄名跡証書の紛失届を提出して年寄名跡証書の再発行を申請したものの、それに対して20代春日山が年寄名跡・春日山の年寄名跡証書の所有を表明したことにより、同年7月に当時の日本相撲協会理事長である北の湖(元横綱・北の湖)が21代春日山に対する年寄名跡証書の再発行を取り消すという事態となっていた。
    春日山親方側、和解を提案…年寄名跡証書引き渡し訴訟第1回控訴審 スポーツ報知 2016年11月1日記事
  4. ^ 年寄名跡証書の返還訴訟 春日山親方「苦渋の選択」スポーツニッポン 2013年11月9日記事
  5. ^ 先代「家賃払え」に春日山親方が逆提訴、名跡証書返せスポーツ報知 2013年11月9日記事
  6. ^ 春日山親方の給与など仮差し押さえ 家賃滞納問題で横浜地裁が決定スポーツ報知 2014年7月12日記事
  7. ^ 春日山親方の給料、仮差し押さえ…部屋の賃料滞納スポーツ報知 2015年3月20日記事
  8. ^ 部屋明け渡し訴訟:春日山親方と先代和解成立毎日新聞 2015年6月17日記事
  9. ^ 春日山部屋 川崎で残った読売新聞 2015年9月22日記事
  10. ^ 春日山部屋が川崎市内で引っ越し日刊スポーツ 2015年9月28日記事
  11. ^ 先代春日山親方側が書面提出 名跡の価値は「1億8千万円」スポーツニッポン 2015年3月4日記事
  12. ^ 春日山親方に名跡訴訟で1億7千万円支払い命じるスポーツニッポン 2016年8月2日記事
  13. ^ 春日山親方が控訴=大相撲の名跡証書裁判時事通信 2016年8月4日記事
  14. ^ 協会による春日山部屋の所属力士への聞き取り調査による。21代春日山も協会理事会の席上にてそれを認めた。
  15. ^ 春日山親方に師匠辞任を勧告=力士は追手風部屋へ-相撲協会 時事通信 2016年10月12日記事
  16. ^ 春日山親方に辞任勧告 名跡証書なく不適格 毎日新聞 2016年10月12日記事
  17. ^ 「春日山部屋存続を」 川崎の有志ら嘆願書 神奈川新聞 2016年10月18日記事
  18. ^ 春日山部屋所属の力士 親方の辞任勧告撤回訴え「師匠として適任」 スポーツニッポン 2016年10月19日記事
  19. ^ 2016年12月22日に追手風部屋が伊勢ヶ濱一門から時津風一門へ移籍したことが明らかとなり、それに伴い、追手風部屋の師匠である11代追手風(元幕内・大翔山)と追手風部屋の部屋付き親方である15代中川は時津風一門へ移籍したものの、年寄名跡所有問題で20代春日山と係争中である21代春日山はそのまま伊勢ヶ濱一門に留まった。なお、21代春日山と共に追手風部屋へ移籍した13代高島は、それに先立つ同年12月13日に伊勢ヶ濱一門に所属する宮城野部屋へと移籍している。
    高島親方が宮城野部屋付きに 毎日新聞 2016年12月13日記事
    追手風親方、遠藤ら所属力士と時津風一門へ移籍…春日山親方は移らず スポーツ報知 2016年12月23日記事
  20. ^ 春日山親方が師匠辞任勧告を受諾 毎日新聞 2016年10月19日記事
  21. ^ 師匠辞職の春日山部屋、力士が荷物運び出し 日刊スポーツ 2016年10月19日記事
  22. ^ 力士、旧春日山部屋で預かり=追手風親方に暫定措置 時事通信 2016年10月19日記事
  23. ^ 引退届を提出した12人中11人は21代春日山への辞任勧告撤回を求めて嘆願書を日本相撲協会へ提出した力士であり、その多くは21代春日山の師匠辞任後に追手風部屋の師匠である11代追手風が川崎市内にて春日山部屋の所属力士に対して行った状況説明の場には出席せず、2016年10月19日に川崎市内のホテルに集合し、21代春日山も同席して自身たちの合同断髪式の開催についての相談を行っていた。
    春日山部屋12人引退届、集団断髪式計画 スポーツ報知 2016年10月21日記事
  24. ^ 春日山部屋の12力士が引退届提出 毎日新聞 2016年10月20日記事
  25. ^ 春日山部屋問題、引退決意の力士12人のうち数人が翻意… スポーツ報知 2016年10月27日記事
  26. ^ 春日山部屋の複数力士が現役続行希望 引退届の受理を保留中 スポーツニッポン 2016年10月28日記事
  27. ^ 大相撲 閉鎖の元春日山部屋 力士12人が引退 NHK NEWS WEB 2016年11月30日記事
  28. ^ 2016年11月場所においてはこの2人も本場所には出場せずに全休していたが、正式な引退は2017年1月場所後の2017年1月25日付とされた。
  29. ^ 旧春日山部屋所属14力士が合同断髪式 スポーツ報知 2016年12月23日記事
  30. ^ 相撲協会、全親方と契約結び直しへ 春日山部屋問題受け 日本経済新聞 2016年11月20日記事
  31. ^ 年寄名跡訴訟の控訴審開始…春日山親方側は和解を提案 スポーツニッポン 2016年11月1日記事
  32. ^ 春日山親方、和解不成立なら自主退職へ…年寄名跡証書問題 スポーツ報知 2016年12月26日記事
  33. ^ 春日山親方が退職、年寄名跡証書を期限に提出できず 日刊スポーツ 2017年1月16日記事
  34. ^ 元春日山親方先代と和解…年寄名跡証書裁判 スポーツ報知 2017年2月21日記事
  35. ^ 中川親方が旧春日山部屋を継承、名称「中川部屋」に 日刊スポーツ 2017年1月26日記事
  36. ^ 『大相撲中継』2018年2月17日号 p.108-109. 毎日新聞出版. (2018年2月1日). 

関連項目[編集]

  • 川崎フロンターレ 川崎市を本拠地とするJリーグクラブ。春日山部屋時代から力士がチーム名入りの浴衣を着用したり、試合時のイベントに力士が参加するなどといった協力関係を行っている。
  • 川崎純情小町☆ 川崎市を拠点に活動するアイドルグループで、2015年8月に発表されたシングル曲『裸々乱!』のPVに当時春日山部屋の所属力士たちが出演している。

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度32分13.7秒 東経139度44分24秒 / 北緯35.537139度 東経139.74000度 / 35.537139; 139.74000