矢後太規

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
矢後 太規 Sumo pictogram.svg
Yago Takanori IMG 0803-2 20190518.jpg
基礎情報
四股名 矢後
本名 矢後 太規
愛称 ヤゴちゃん[1]
生年月日 (1994-07-08) 1994年7月8日(24歳)
出身 北海道河西郡芽室町
身長 187cm
体重 178kg
BMI 50.90
所属部屋 尾車部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 西前頭12枚目
最高位 西前頭10枚目
生涯戦歴 96勝75敗(13場所)
幕内戦歴 21勝24敗(3場所)
優勝 幕下優勝1回
データ
初土俵 2017年5月場所
入幕 2019年1月場所
趣味 スポーツ観戦
備考
2019年5月26日現在

矢後 太規(やご たかのり、1994年7月8日 - )は、北海道河西郡芽室町出身で尾車部屋所属の現役大相撲力士。本名同じ。身長187cm、体重178kg、血液型はA型。最高位は西前頭10枚目(2019年3月場所)。取り口は左四つ、寄り[2]。取り口を参考にしている力士、目標とする力士は横綱でもあった稀勢の里[2]

来歴[編集]

3人きょうだいの真ん中であり、兄と妹がいる。矢後本人によれば、矢後姓のルーツは富山県にあるという[1]。約3,000グラムで生まれたが、1歳で10kgを超えた。父は「あっという間に背負うのが大変になった」という[2]。幼稚園の頃から水泳を始めて、芽室町立芽室西小学校4年次までは柔道も並行して習っていた。相撲は地元の相撲指導者の誘いで小学校5年から地元の十勝相撲道場で習い[3]、同郷の元横綱・大乃国の名を冠する大会にも出場した。芽室が日本一の収穫量を誇るスイートコーンなどを食べて毎日3リットルの牛乳を飲み、小学校を卒業するころは身長180cm、体重120kgを超える体格になった。「地元のおいしいものを何でも食べ、牛乳を飲んで育った。次はいい報告をする時に戻りたい」と矢後は初土俵を控える時期に郷土愛を口にしていた[2]。芽室町立芽室西中学校在学中に左膝前十字靭帯断裂と半月板損傷、右膝前十字靭帯損傷の大怪我を負った[4]埼玉栄高校入学時点では膝の怪我のため四股も踏めず、黙々とちゃんこ番をこなす毎日を送った。相撲部の山田道紀監督は「文句も言わず、諦めることもなく、懸命にリハビリを続けていました。真面目な性格の生徒でした」と振り返った。高校時代のタイトルは3年間の努力が実っての岐阜国体の団体優勝[5]。高校卒業後は中央大学法学部法律学科へ進学し、相撲部主将を務めた4年次は全国学生相撲選手権大会でベスト8入りをしてから[6]、学生として最後の大会となった全日本相撲選手権大会で個人優勝し、アマチュア横綱のタイトルを獲得した。中央大学からは1990年の栗本剛(のち十両・武哲山)以来26年ぶり、北海道出身者としては52年ぶりのことであり、これにより大相撲の幕下15枚目格付出の資格を得た[7][8]

アマチュア横綱のタイトルを獲得し、大学生として全ての大会を終えた後は大相撲入りの道を選び、2017年2月7日に尾車部屋へ入門することを発表した。3部屋以上から勧誘を受けた中でこの部屋を選んだ背景には、尾車親方の論理的な指導方法のほかに、自身と同じ中央大学出身の豪風が所属しているという事情もあり、豪風は記者会見の場にも同席していた[9]。初土俵については、直後の3月場所については古傷のある両膝の状態を考慮して見送り[10]、その次の5月場所を選んだ。初土俵同期生には水戸龍友風らがいる。幕下付出となった初土俵の場所では三役経験者からの白星もあり[11]、5勝2敗と勝ち越した。東幕下11枚目に番付を上げた2場所目は、初日から7個の白星を土つかずで並べて自身初の各段優勝となる幕下優勝を果たし[12]、場所後の番付編成会議で、9月場所での新十両昇進が決定した。所要2場所は最速記録であり、12人目の達成者となった[13]。7番相撲を勝って幕下優勝を果たした際には「昨夜は意識してあまり眠れなかったのですが、優勝できてうれしいです」とコメント。そして「二場所で十両に上がれるとは思っていなかったです。もっと稽古をして十五日間相撲を取れる体を作っていきたいと思います」とさらなる奮起を誓った。尾車も「膝を痛めているので、下半身をさらに強化してほしい。体は大きいし、横綱稀勢の里のような相撲を目指しているというから、立ち合いから前に出るスピード相撲を身につけてほしい」と期待をかけた[14]。十両昇進後も本名で取る意向を示しており、関取経験者は冠字「風」を四股名に付ける尾車部屋の中では異例である。尾車親方は「いろいろと(しこ名は)考えていたけど、まだ2場所。(成虫の)トンボになって、羽が出てきて飛び出してから(改名したい)」と、現況をトンボの幼虫「ヤゴ」になぞらえ、成長を信じての先送りを説明した[15]。中学卒業後、親元を離れた矢後を思いやって「親孝行のため、もうしばらくヤゴで」と豪風が尾車にお願いしたという理由もある[16]

新十両となった9月場所は初日から3連敗をするなど苦戦して、14日目に入門後初めてとなる負け越しが決定した。西十両13枚目という番付から千秋楽も負けて9敗となると十両残留が厳しくなる状況だったが、千秋楽は勝って7勝8敗に留めた。9月29日、相撲教習所の課程が3期中1期残っている中、繰り上げで卒業した。現行制度では3期の履修は必須であり、繰り上げ卒業は現行制度に移行してからは初のケースとなった。教習所所長の山響(元幕内・巌雄)は「関取に上がれば協会の仕事、イコール巡業、が優先。(学生出身で)相撲経験もあり、授業態度もよかった」と総合的な判断での決定だと説明している[17]。矢後は卒業に際して「早起きがきつかったんですが、いろいろ勉強になりました」とコメントした[18]。場所後の10月5日に行われた秋巡業八千代場所では申し合いを16番行った[19]。十両最下位の地位である西十両14枚目となった11月場所は、千秋楽に負け越しが決定した。2場所で幕下へ逆戻りとなったが、尾車は場所中「(初土俵から)4場所目。まだ焦らなくてもいい段階ですよ。じっくりと稽古を積んで下半身の基礎をつくればいい」と“自然体のススメ”を説いた[20]。東幕下筆頭に下がった2018年1月場所は5勝2敗と勝ち越し、1場所で十両へ復帰することになった[21]。3月場所は序盤戦で得意の右上手が取れず苦戦[22]して初日から4連敗、5日目から徐々に盛り返したものの14日目に負け越しが決定。千秋楽は勝ってこの場所を7勝8敗とした。続く5月場所は逆の星取り状況となり、初日から7連勝を記録して9日目には早くも関取として初めての勝ち越しが決定、ところが10日目から5連敗で、最終的に9勝6敗の成績だった。自身最高位となる西十両8枚目で迎えた7月場所は、十両で唯一初日から3連勝とするなど先場所に続き出だし好調だったが、中盤に負けが込んで優勝争いから脱落。しかし終盤5日間を5連勝として自身初めての二桁となる10勝5敗の好成績を残した。

取り口[編集]

左を差してから体格を生かして寄るのが矢後の相撲。しかし、2019年1月場所では右四つ力士に十分の体勢を許しがちであった[23]。また、2019年3月場所前の相撲誌の記事では花田虎上から顎が上がる癖と腰高を指摘されている[24]。2019年5月場所9日目の石浦戦などは相手をよく見て突いたのにもかかわらず、腰高を突かれる形で潜られて負けている。

主な成績[編集]

2019年5月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:96勝75敗(13場所)
  • 幕内成績:21勝24敗(3場所)
  • 十両成績:58勝47敗(7場所)

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:1回(2017年7月場所)

場所別成績[編集]

 
矢後 太規
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2017年
(平成29年)
x x 幕下付出15枚目
5–2 
東幕下11枚目
優勝
7–0
西十両13枚目
7–8 
西十両14枚目
7–8 
2018年
(平成30年)
東幕下筆頭
5–2 
東十両11枚目
7–8 
東十両12枚目
9–6 
西十両8枚目
10–5 
西十両2枚目
8–7 
東十両筆頭
10–5 
2019年
(平成31年
/令和元年)
東前頭13枚目
9–6 
西前頭10枚目
6–9 
西前頭12枚目
6–9 
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 矢後 太規(やご たかのり) 2017年5月場所 -

脚注[編集]

  1. ^ a b 日刊スポーツ 2017年7月27日
  2. ^ a b c d 日刊スポーツ 2017年5月13日
  3. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年6月号(夏場所総決算号) 106頁
  4. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年8月号(名古屋場所総決算号) 68頁
  5. ^ 史上最速タイ2場所で十両昇進の矢後、相撲人生は真面目にコツコツ 2017年9月10日10時0分 スポーツ報知
  6. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年1月号(初場所展望号) 137頁
  7. ^ “中大勢26年ぶり!矢後が初のアマ横綱 プロ入り前向き「じっくり考えます」”. スポーツ報知. (2016年12月4日). http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20161204-OHT1T50202.html 2017年7月19日閲覧。 
  8. ^ “矢後太規「一気に」史上初のデビュー場所全勝V誓う”. 日刊スポーツ. (2017年5月13日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1822615.html 2017年7月19日閲覧。 
  9. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年3月号(春場所展望号) 71頁
  10. ^ “アマ横綱の矢後、春のデビュー見送り…尾車親方「万全にすればいい」”. SANSPO.COM. (2017年2月24日). http://www.sanspo.com/sports/news/20170224/sum17022423160001-n1.html 2017年7月19日閲覧。 
  11. ^ “昨年アマ横綱の矢後が付け出しデビューで勝ち越し”. 日刊スポーツ. (2017年5月23日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1828295.html 2017年7月19日閲覧。 
  12. ^ “アマ横綱矢後が幕下優勝「ホッとした」関取射止め涙”. 日刊スポーツ. (2017年7月21日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1859374.html 2017年7月23日閲覧。 
  13. ^ “矢後、大成道が新十両昇進 秋場所の番付編成会議”. 産経ニュース. (2017年7月26日). http://www.sankei.com/sports/news/170726/spo1707260019-n1.html 2017年7月26日閲覧。 
  14. ^ 『大相撲中継』2017年8月12日号 p23
  15. ^ 矢後 新十両に昇進 しこ名変わらず 尾車部屋で異例の本名関取に 親方「羽が出てきて飛び出してから」 Sponichi Annex 2017年7月26日 16:00
  16. ^ 毎日新聞2017年9月5日 東京朝刊
  17. ^ 矢後、相撲教習所を“繰り上げ”卒業 十両昇進で巡業優先 2017年9月29日7時0分 スポーツ報知
  18. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p102-103
  19. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p2
  20. ^ 矢後、負ければ陥落危機 千秋楽で勝ち越す「やるしかない」 2017年11月26日7時50分 スポーツ報知(報知新聞社、2017年11月26日閲覧)
  21. ^ “貴乃花部屋から初の双子関取誕生、貴公俊が新十両”. 日刊スポーツ. (2018年1月31日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201801310000276.html 2018年1月31日閲覧。 
  22. ^ 矢後連敗「相撲になっていない、全然ダメです」 2018年3月12日15時52分 スポーツ報知(報知新聞社、2018年4月4日閲覧)
  23. ^ 矢後、また足踏み=大相撲初場所 JIJI.COM 2019年01月23日19時56分(時事通信社、2019年3月10日閲覧)
  24. ^ 大相撲ジャーナル』2019年3月号 p.23.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]