英乃海拓也

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英乃海 拓也 Sumo pictogram.svg
Hidenoumi 2015 May.JPG
基礎情報
四股名 岩﨑 → 英乃海
本名 岩﨑 拓也
愛称 タクヤ、イワちゃん[1]
生年月日 (1989-06-11) 1989年6月11日(29歳)
出身 東京都江戸川区
身長 185cm
体重 167kg
BMI 48.79
所属部屋 木瀬部屋
得意技 右四つ・寄り・押し
成績
現在の番付 西十両6枚目
最高位 西前頭12枚目
生涯戦歴 263勝237敗3休(42場所)
幕内戦歴 31勝59敗(6場所)
優勝 十両優勝1回
序二段優勝1回
序ノ口優勝1回
データ
初土俵 2012年5月場所
入幕 2015年7月場所
趣味 テレビ番組鑑賞
備考
2019年4月30日現在

英乃海 拓也(ひでのうみ たくや、1989年6月11日 - )は、東京都江戸川区出身で、木瀬部屋所属の現役大相撲力士。本名は岩崎 拓也(いわさき たくや)。身長185cm、体重167kg。血液型はA型。最高位は西前頭12枚目(2016年3月場所)。目標とする力士は常幸龍[2]追手風部屋翔猿は実弟である。

来歴[編集]

2人兄弟の長男として生まれた。江戸川区立上一色小学校1年次に相撲を始めた。10歳で台東区立小松竜道場に通い始め、小学生時代から道場で出る団体戦のレギュラーメンバーを務めた。中学校は葛飾区立大道中学校に進学し、中学校の相撲部でも1年次からレギュラーとして活躍している。道場も葛飾白鳥相撲教室に移籍。葛飾白鳥相撲教室と中学の1学年上には千代大龍が、7学年上には大道がいるが、中学相撲部でのレギュラー入りは千代大龍より英乃海のほうが先である。2004年4月の台東区春季相撲大会では、前月に中学を卒業し足立新田高校に進学していた千代大龍と決勝戦で対決して勝利し、優勝をしている。小学・中学と大活躍をした英乃海は、中学を卒業して埼玉栄高校に進学し、相撲部に入部。1年次から団体戦レギュラーメンバーとなり、インターハイ団体連覇を経験。2年次の秋からは1年間主将も務めた。2年次に高等学校相撲金沢大会で個人優勝をするなど、高校時代は団体・個人共に活躍した。高校卒業後は複数の相撲部屋からスカウトもあったが、日本大学に進学し、相撲部に入部。同級生には大喜鵬が、1学年上には常幸龍がいる。しかし、大学3年ごろから稽古に真面目に打ち込まなくなったため[2]、大学卒業までの4年間で主だったタイトルを獲得することはなかった。

大学卒業は大相撲の道へ進み、大学の先輩である木瀬親方(元幕内肥後ノ海)が師匠を務め、目標とする常幸龍も所属している木瀬部屋に入門、2012年5月場所で前相撲から初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌7月場所はいきなり序ノ口優勝を決め[3]序二段上位まで躍進した翌9月場所も7戦全勝の序二段優勝とし[4]、この時点で14連勝。翌11月場所は三段目に昇格したが、この場所で連勝は16でストップした。

2013年1月場所で幕下に昇進して以降は幕下に定着し、同年11月場所では関取昇進の可能性がある幕下15枚目以内の地位まで番付を上げた。2014年に入ると体重が急増して相撲の圧力も増すようになると、東幕下9枚目の地位で迎えた7月場所と最高位を更新して西幕下2枚目とした9月場所をそれぞれ6勝1敗とし、場所後の番付編成会議で11月場所での新十両昇進が決定した。[5]関取昇進を確定させた折には「2年で(関取)に上がりたいと言っていたけど、そんなに甘くないと思っていた。大学時代はやることやらずにいたけど、今は一生懸命やってるので」と、プロ入り後の充実した稽古が実った様子を語り、[6]四股名も新十両昇進を機に本名から「英乃海(ひでのうみ)」に改める。この四股名は日本大学相撲部監督の田中英壽の名前から「英」、母親の名前から「乃」、師匠の現役時代の四股名から「海」をとったものである。当初は「木瀬ノ富士」という候補もあったという。[2]東京都からの新十両は、2012年9月場所の大喜鵬(2013年5月場所から出身地を福岡県飯塚市に変更)以来戦後46人目。この場所は3日目の魁戦で左足首を捻挫し、直後には自力で歩行することができないほどの重傷を負った。全治6週間と診断され、4日目から途中休場。後に中日から再出場し、結果として場所を7勝5敗3休で終えた(うち1敗は不戦敗)。[7][8][9]2015年1月場所は5日目まで1勝4敗と不調であったもののそれ以降は追い上げ、最終的には9勝6敗の勝ち越し。5月場所は東十両5枚目で11勝4敗の好成績を挙げて、7月場所で新入幕を果たした。[10]

入幕後は2場所続けて負け越して十両に陥落したが、陥落2場所目の2016年1月場所で十両優勝を果たし、続く3月場所で再入幕。同時に自己最高位も更新した。その3月場所と翌5月場所を連続して負け越しで終え、再び十両へ陥落。同年9月場所はショッキングピンクの締め込みをして話題になった。本人いわく「ホームテックさんの化粧まわしが黄色なんで、締め込みも黄色にしようかと思ったんですが、カレーパンマン(に似ている)といじられてますし、輝関にも似てしまう。この色なら、これからも選ぶ人はいないでしょう」。[11]3度目の入幕となった11月場所は14日目の琴勇輝戦で張り手を受けて失神し、右足親指を負傷した。呼出に体を支えられて車椅子で運ばれ、医務室に向かった後、福岡市内の病院へ救急車で搬送された[12]。この取組が元で「頭部、右足打撲などで30日間の安静が必要」と診断されて千秋楽を休場。場所成績も4勝11敗の大敗であった[13]この場所の幕内の休場はこの休場のみであったが、幕内の休場が千秋楽の1人だけであったのは1960年9月場所以来のことである。[14]。2017年4月9日の春巡業静岡場所では弟の岩崎に、岩崎がプロ入りして初めて胸を出した様子が伝えられた[15]。5月場所は東十両5枚の地位を与えられ、8勝7敗。7月場所はやや幸運で2枚半上昇の西十両2枚目。8月8日の夏巡業青山学院場所では弟の翔猿と共に握手会を行ってファンサービスに努めた[16]。2018年1月場所は序盤から黒星が先行したものの、中日から7連勝と調子を上げた。その間に十両の成績上位者が相次いで星を落とし、14日目終了時点で4敗で単独の首位に踊り出たが、千秋楽の貴源治戦に敗れて5敗に後退。その後の妙義龍との優勝決定戦にも敗れ、十両優勝を目前にしながら逃す結果となった。しかし先場所に続いてふた2場所連続での二桁勝利として、復調を印象づけた。翌3月場所は、8場所ぶりに幕内に戻った。しかし場所を通して振るわず、3勝12敗と大敗を喫して1場所で十両へ逆戻りとなった。2018年9月場所は、千秋楽の不戦勝によって4場所ぶりの勝ち越しを確定させた[17]

取り口[編集]

中アンコ体型を活かした右四つの相撲が特徴で、浅い上手を取れるかどうかに勝敗が比較的左右されやすい。多くの場合、前に出て勝つか寄り切られて負けるかの2つの1つであるが、偶に上手からの攻めで負けることもある。2019年5月場所9日目の大奄美戦ではもろ差ししからの攻めで3連敗中であった大奄美を下し右差し左上手だけの力士ではないところを見せたが、その日のNHK大相撲中継解説の21代音羽山曰く「狙ったのではなく偶々もろ差しになった」とのこと。

エピソード[編集]

  • 序ノ口と序二段での優勝決定戦は、共に同期同部屋の濱口(現・志摩ノ海)と対戦したが、同じ部屋の2人が2場所続けて優勝決定戦に出場するのは、優勝決定戦制度が誕生して以降で初めてのことであった[18]
  • 2012年11月場所で初土俵からの連勝記録が16でストップしたが、この16勝目の相手は大砂嵐で、連勝ストップとなる初黒星の相手は貴月芳だった。2場所連続で優勝決定戦を戦った濱口も同様に連勝記録が伸びていたが、濱口の連勝記録14の最後の相手と連勝ストップの相手も、それぞれ大砂嵐と貴月芳で、2人は同じ組み合わせで連勝記録が終わったことになる。
  • 2014年9月場所9日目の5番相撲で関取昇進を確定させた際には、師匠の木瀬が45歳の誕生日(9月23日)を迎える前日であることに触れて「くさいけど、いい親孝行、恩返しをしたい気持ちがあった」とコメントしていた。[6]
  • 2016年7月場所の送迎のワゴン車には自身と顔が似ていると評判のカレーパンマンの大きなステッカーが貼られていた。大島からは「いつ選挙に立候補したんだ」と冷やかされた。[1]
  • Twitterを利用している。
  • 2015年8月10日の大相撲夏巡業五泉場所の朝稽古では、腰痛により申し合いを途中でやめて土俵から引き上げたとき、稽古場に残っている稀勢の里にあいさつし忘れた。そのため稀勢の里は土俵下で数分間、英乃海を時折小突きながら鬼の形相で説教した。この日稀勢の里は、ぶつかり稽古でも指名して15分間胸を出していた[19]
  • 2015年11月場所2日目に北磻磨戦で髷掴みを指摘され、故意であるか否かという協議を経ることなく髷を掴んだこと自体を理由に反則負けとなった。これにより英乃海は、2014年10月に改定された新しい公認勝負規則で厳しく取ることになった髷つかみによる反則を取られるという、十両の取組においては初の記録を残した力士となった[20]
  • 2018年7月場所初日にAbemaTVの大相撲中継で、「実の弟に十両の翔猿と序二段の海猿がいる」と紹介された。翔猿は正真正銘自身の実弟であるが、海猿(宮城野部屋)は弟ではなく、AbemaTVが誤って報じたものである。誤った情報が報じられた背景には、翔猿が海猿のことを同年の春巡業中に冗談で弟だと紹介していたことがあり、その冗談をAbemaTVが正しい情報だと誤認したようである。[21][22]指摘を受け英乃海の紹介テロップから海猿のくだりは削除されたが、翔猿の取組時には同内容のテロップが表示され続けた。

主な成績[編集]

2019年3月場所終了現在

  • 通算成績:263勝236敗3休(42場所)
  • 幕内成績:31勝59敗(6場所)
  • 各段優勝:十両優勝1回(2016年1月場所)、序二段優勝1回(2012年9月場所)、序ノ口優勝1回(2012年7月場所)

場所別成績[編集]

 
英乃海 拓也
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2012年
(平成24年)
x x (前相撲) 東序ノ口17枚目
優勝
7–0
東序二段11枚目
優勝
7–0
西三段目18枚目
6–1 
2013年
(平成25年)
東幕下36枚目
4–3 
西幕下28枚目
3–4 
西幕下39枚目
5–2 
東幕下26枚目
4–3 
西幕下20枚目
4–3 
西幕下15枚目
4–3 
2014年
(平成26年)
西幕下12枚目
4–3 
西幕下8枚目
4–3 
東幕下5枚目
3–4 
東幕下9枚目
6–1 
西幕下2枚目
6–1 
東十両11枚目
7–5–3[23] 
2015年
(平成27年)
西十両11枚目
9–6 
東十両7枚目
8–7 
東十両5枚目
11–4 
東前頭13枚目
6–9 
西前頭15枚目
6–9 
東十両3枚目
8–7 
2016年
(平成28年)
西十両2枚目
優勝
11–4
西前頭12枚目
7–8 
西前頭13枚目
5–10 
東十両2枚目
7–8 
東十両4枚目
9–6 
東前頭13枚目
4–11[24] 
2017年
(平成29年)
西十両筆頭
7–8 
東十両3枚目
6–9 
東十両5枚目
8–7 
西十両2枚目
5–10 
東十両7枚目
6–9 
東十両10枚目
10–5 
2018年
(平成30年)
西十両3枚目
10–5 
西前頭16枚目
3–12 
西十両4枚目
7–8 
西十両5枚目
7–8 
東十両6枚目
8–7 
西十両4枚目
6–9 
2019年
(平成31年
/令和元年)
西十両8枚目
6–9 
東十両10枚目
9–6 
西十両6枚目
 
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 岩﨑 拓也(いわさき たくや) 2012年5月場所 - 2014年9月場所
  • 英乃海 拓也(ひでのうみ たくや)2014年11月場所 -

脚注[編集]

  1. ^ a b 『相撲』2016年9月号66ページ
  2. ^ a b c ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年11月号(九州場所展望号) 34頁
  3. ^ 千代の国が十両初優勝 序ノ口Vは日大出身の岩崎 スポニチアネックス 2012年11月9日閲覧
  4. ^ 常幸龍が十両優勝、序二段は岩崎/秋場所 SANSPO.COM 2012年11月9日閲覧
  5. ^ 出羽疾風が新十両 出羽海部屋4年ぶり 日刊スポーツ 2014年10月1日(2014年10月1日閲覧)
  6. ^ a b 岩崎、新十両昇進濃厚で親方に「恩返し」 nikkansports.com 2014年9月22日19時51分
  7. ^ 大相撲九州場所:嘉風、大砂嵐、英乃海が休場 毎日新聞 2014年11月30日(日)
  8. ^ 英乃海が左足首負傷…4日目から休場濃厚 nikkansports.com 2014年11月11日16時29分
  9. ^ 負傷休場の幕内嘉風、再出場へ 新十両英乃海も 中日新聞 2014年11月15日 17時27分
  10. ^ 新大関照ノ富士は西に 名古屋場所は10場所ぶり4大関、宝富士が新小結 SANSPO.COM 2015年6月29日(2015年6月29日閲覧)
  11. ^ 英乃海が締め込み新調「どうせなら」ド派手ピンクに 日刊スポーツ 2016年9月11日16時25分
  12. ^ 英乃海、琴勇輝戦で右足親指負傷 福岡市内の病院へ搬送/九州場所 SANSPO.COM 2016.11.27 05:01
  13. ^ 英乃海が千秋楽休場 毎日新聞2016年11月27日 22時56分
  14. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年2月号24ページ
  15. ^ 『大相撲中継』2017年5月27日号38頁
  16. ^ 『大相撲中継』2017年9月16日号 p15
  17. ^ 『相撲』2018年10月号 p.64
  18. ^ NHK大相撲中継 2012年9月23日放送
  19. ^ 稀勢の里まるで風紀委員長 挨拶怠った英乃海に雷 日刊スポーツ 2015年8月11日9時0分 紙面から
  20. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年1月号76頁
  21. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2018年8月号(名古屋場所総決算号)
  22. ^ “英乃海、翔猿、海猿…えっ3兄弟!?”. 日刊スポーツ. (2018年7月19日). https://www.nikkansports.com/battle/column/sumo/news/201807180000334.html 2018年7月26日閲覧。 
  23. ^ 左足関節捻挫により4日目より途中休場。中目から再出場。
  24. ^ 頭部打撲、脳震盪、右足打撲により千秋楽を休場(不戦敗)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]