夏の夜の夢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

夏の夜の夢』(なつのよのゆめ)、または『真夏の夜の夢』(まなつのよのゆめ、原題:A Midsummer Night's Dream)は、ウィリアム・シェイクスピア作の喜劇である。アテネ近郊の森に脚を踏み入れた貴族や職人、森に住む妖精たちが登場する。人間の男女は結婚に関する問題を抱えており、妖精の王と女王は養子を巡りけんかをしている。しかし、妖精の王の画策や妖精のひとりパックの活躍によって最終的には円満な結末を迎える。

幾度かオペラ化、映画化もされている。他にも後世に作られた同名の作品が複数ある。

プロット[編集]

アテネ公シーシアス(テセウス)とアマゾン国のヒポリタ(ヒッポリュテ)との結婚式が間近に迫っており、その御前から舞台は始まる。貴族の若者ハーミアとライサンダーは恋仲であるが、ハーミアの父イジーアスはディミートリアスという若者とハーミアを結婚させようとする。ハーミアは聞き入れないため、イジーアスは「父の言いつけに背く娘は死刑とする」という古い法律に則って、シーシアスに娘ハーミアを死刑にすることを願い出る。シーシアスは悩むものの、自らの結婚式までの4日を猶予としてハーミアへ与え、ディミートリアスと結婚するか死刑かを選ばせる。ライサンダーとハーミアは夜に抜け出して森で会うことにする。ハーミアはこのことを友人ヘレナに打ち明ける。ディミートリアスを愛しているヘレナは二人の後を追う。ハーミアを思うディミートリアスもまた森に行くと考えたからだ。

シーシアスとヒポリタの結婚式で芝居をするために、6人の職人が一人の家に集まっている。役割を決め、練習のために次の夜、森で集まることにする。かくして、10人の人間が、夏至の夜に妖精の集う森へ出かけていくことになる。

オーベロンとタイターニアの喧嘩:中央左がティターニア、中央右がオーベロン。タイターニアがかばうようにしているのがとりかえ子。周りには森の妖精が描かれている。

森では妖精王オーベロンと女王ティターニアが「とりかえ子」を巡って喧嘩をし、仲違いしていた。機嫌を損ねたオーベロンはパックを使って、ティターニアのまぶたに花の汁から作った媚薬をぬらせることにする。キューピッドの矢の魔法から生まれたこの媚薬は、目を覚まして最初に見たものに恋してしまう作用がある。パックが森で眠っていたライサンダーたちにもこの媚薬を塗ってしまうことで、ライサンダーとディミートリアスがヘレナを愛するようになり、4人の関係があべこべになってしまう。また、パックは森に来ていた職人のボトムの頭をロバに変えてしまう。目を覚ましたティターニアはこの奇妙な者に惚れてしまう。

とりかえ子の問題が解決するとオーベロンはティターニアが気の毒になり、ボトムの頭からロバの頭をとりさり、ティターニアにかかった魔法を解いて二人は和解する。また、ライサンダーにかかった魔法も解かれ、ハーミアとの関係も元通りになる。一方、ディミートリアスはヘレナに求愛し、ハーミアの父イジーアスに頼んで娘の死刑を取りやめるよう説得することにする。これで2組の男女、妖精の王と女王は円満な関係に落ち着き、6人の職人たちもシーシアスとヒポリタの結婚式で無事に劇を行うことになった。

物語の背景[編集]

ヨーロッパでは夏至の日やヴァルプルギスの夜に、妖精の力が強まり、祝祭が催されるという言い伝えがある。劇中でも小妖精のパックや妖精王オーベロンなどが登場する。特にトリックスター的な働きをするパックは人々に強い印象を与え、いたずら好きな小妖精のイメージとして根付いている。パック(Puck)はもとはプーカPuka)などとして知られていた妖精のことである。

『夏の夜の夢』の執筆時期と最初の上演がいつだったのか正確な日付は不明であるが、1594年から1596年の間であったと考えられている。1596年2月のトーマス・バークレイ卿とエリザベス・キャレイの結婚式で上演するために書かれたとする説もある。『夏の夜の夢』の構想の元となった作品は不明であるが、個々の登場人物や出来事は、ギリシャ神話古代ローマの詩人オウィディウスによる『変身物語』、アプレイウスの『黄金のロバ』といった古典的な文学から流用されている。

登場人物[編集]

貴族[編集]

  • ハーミア(Hermia):ライサンダーの恋人、イージアスの娘。
  • ライサンダー(Lysander):ハーミアの恋人。イージアスに嫌われている。
  • ディミートリアス(Demetrius):イージアスが決めたハーミアの許嫁。ハーミアに思いを寄せる。
  • ヘレナ(Helena):ハーミアの友人。ディミートリアスに思いを寄せる。
  • シーシアス(Theseus):アテネ(古名アテーナイ、英:アセンズ)の公爵。ギリシャ神話ではテセウスとして知られる。
  • ヒポリタ(Hippolyta):アマゾン国の女王。ギリシャ神話ではヒッポリュテとして知られる。
  • イジーアス(Egeus):ハーミアの父。

職人[編集]

  • ニック・ボトム(Nick Bottom):織工。ロバの頭をかぶせられる。
  • ピーター・クインス(Peter Quince):大工。
  • フラーンシス・フルート(Francis Flute):オルガンのふいご修理屋。
  • ロビン・スターヴリング(Robin Starveling):仕立て屋。
  • トム・スナウト(Tom Snout):鋳掛け屋。
  • スナッグ(Snug):指物師。

妖精[編集]

  • パック(Puck):ロビン・グッドフェロー(Robin Goodfellow)とも呼ばれる、いたずら好きの妖精。オーベロンの命令で媚薬を塗ったりするが、早とちりや勘違いから行った行為は登場人物たちを混乱させることになる。トリックスターの典型例としてしばしば引き合いに出される。また一般的に考えられている小さな妖精のイメージはパックに由来すると言われる。
  • オーベロン(Oberon):オベロンとも。妖精の王。花の汁から媚薬を作ったり、パックを使い画策を練る。ティターニアの夫。
  • ティターニア(Titania):オーベロンの妻、妖精の女王。とりかえ子を手元に置こうとしてオーベロンと喧嘩をする。現代英国英語では /tɪˈtɑːniə/ が一般的。米国では /taɪˈteɪniə/ とも。エリザベス朝では、この米国発音に近かったらしい[1]。日本では「タイタ(ー)ニア」とも表記されるが、英語圏で /taɪˈtɑːniə/ と発音することは稀。
  • その他の妖精たち:豆の花(Peaseblossom)、蜘蛛の巣(Cobweb)、蛾の羽根(Moth)、芥子の種(Mustardseed)。頭がロバになってしまったボトムの世話などをする。

midsummer nightの時期と日本語訳題[編集]

英語の midsummer は、「盛夏」または「夏至」(6月21日頃)を意味し[2][3]、Midsummer Night は聖ヨハネ祭(Midsummer Day)が祝われる6月24日の前夜を指す[4][1]。ヨーロッパでは、キリスト教以前の冬至の祭りがクリスマスに吸収されたように、夏至の祭りも聖ヨハネ祭に移行した。この前夜(ワルプルギスの夜)には、妖精や魔女が地上に現れる、男女が森に入って恋を語るのが黙認される、無礼講の乱痴気騒ぎをする等、様々な俗信や風習があった[4][1]。劇の表題と内容はこれに一致する。

ところが、この芝居は6月23日に設定したものではなく、第4幕第1場に「きっと五月祭を祝うために早起きして……」[5]というシーシアスの台詞があるように、森での騒ぎは五月祭(5月1日, May Day)の前夜の4月30日であることがわかる。五月祭もまた自然の復活・再生を祝うもので、夏至祭の民間行事と多くの面で共通している。[4]

この表題と実際の劇中の設定時期の不一致は古くから論争を読んでおり、たとえばサミュエル・ジョンソンは、既に『シェイクスピア全集英語版』(1765年初版発行)において「シェイクスピアは、この劇が五月祭の前夜のことだとこんなにも注意深く我々に伝えているのに、彼がなぜ『A Midsummer Night's Dream』と題したのか、私には分からない!」と第4幕で注を付けている[6]

一つの説明として、midsummer が時節そのものを指すものではなく、真夏の熱に浮かされた狂乱・狂気を意味するという考えがある[4][1]。実際、シェイクスピア劇の中では、"This is very midsummer madness" (『十二夜』 第3幕 第4場)や "hot midsummer night" (『お気に召すまま』 第4幕 第1場)といった表現が見られる。

日本では坪内逍遥以来『真夏の夜の夢』という訳題が用いられてきたが、土居光知(1940年)は「四月末の夜は、我が国の春の夜の如く、(中略)夏至の夜と雖も英国の夜は暑からず寒からず、まことに快適である」というように、日本語の「真夏」を指すものに当たらないと考え、『夏の夜の夢』と訳した。福田恆存(1960年)も、「『Midsummer-day』は夏至で、クリスト教の聖ヨハネ祭日(注:前出)前後に当り、その前夜が『Midsummer-night』なのである。直訳すれば、「夏至前夜の夢」となる」とし[7]、これに続いた。以来、日本では『夏の夜の夢』の訳題で出版されることが多い(小田島雄志松岡和子など)。

一方、大場建治は「せめてこれを『真夏』として恋の狂熱を示唆しようとした逍遥の訳語の選択は、まことにぎりぎりのみごとな工夫だった」と逍遥訳を評価し、逆に土居訳を「背景の五月祭のイメージをそのまま律儀に信じ込んだ」ものであると批判している[4]。自身の訳(2010年)も「真夏」を採用している。

『真夏の夜の夢』の題名は古くから親しまれ定着してきたため、1999年公開のアメリカ映画の邦題に用いられた他、今日でもメンデルスゾーン作曲の序曲・劇音楽などでしばしばこの表記が用いられている。

この戯曲に基づく作品・翻案[編集]

音楽作品[編集]

バレエ[編集]

映画[編集]

他の多くのシェイクスピア作品と同じく、何度も映画化されている。主だったものを以下に記す。

テレビドラマ[編集]

宝塚歌劇[編集]

1992年月組公演にて『PUCK』の題名で上演。涼風真世主演、潤色・演出を小池修一郎担当。主題歌の「ミッドサマー・イヴ」を松任谷由実が提供。2014年に月組で再演。(龍真咲が主演)

それ以前にも戦前から『眞夏の夜の夢』のタイトルで何度か上演している。

近年の舞台上演[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b c d 河合祥一郎(訳)『新訳 夏の夜の夢』、角川文庫、2013年
  2. ^ The middle of summer; the period of the summer solstice, about June 21st. (Oxford English Dictionary, 2nd Edition (電子版), Version 4.0)
  3. ^ 新英和大辞典, 第6版, 研究社
  4. ^ a b c d e 大場建治(訳)『真夏の夜の夢』(研究社 シェイクスピア・コレクション 第2巻)、研究社、2010年
  5. ^ 原文: No doubt they rose up early to observe The rite of May ...
  6. ^ Johnson 1765, pp.153-4 脚注
  7. ^ 福田恆存(訳)『夏の夜の夢・あらし』pp.137-138、「夏の夜の夢 解題」、新潮文庫

関連項目[編集]

外部リンク[編集]