石坂浩二

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いしざか こうじ
石坂 浩二
石坂 浩二
本名 武藤 兵吉
(むとう へいきち)
生年月日 1941年6月20日(75歳)
出生地 日本の旗 日本東京府東京市京橋区
(現:東京都中央区
身長 177 cm
血液型 O型
職業 俳優タレント司会者ナレーター
ジャンル テレビドラマ映画バラエティ番組
活動期間 1958年 -
活動内容 1958年:デビュー
1969年:『天と地と
1970年:『ありがとう
1974年:『暗闇仕留人
1975年:『元禄太平記
1976年:『犬神家の一族
1977年:『獄門島
1979年:『草燃える
1985年:『ビルマの竪琴
2001年:『水戸黄門
2003年:『白い巨塔
2006年:『犬神家の一族 (2006年版)
配偶者 浅丘ルリ子1971年 - 2000年
一般女性(2001年 - )
事務所 プロダクション尾木
公式サイト プロダクション尾木 公式サイト
主な作品
映画
石坂浩二の金田一耕助シリーズ
ビルマの竪琴』/『鹿鳴館
四十七人の刺客』/『日本沈没
沈まぬ太陽』/『図書館戦争
テレビドラマ
天と地と』 / 『ありがとう
暗闇仕留人』 / 『元禄太平記
草燃える』 / 『徳川家康
渡る世間は鬼ばかり』 / 『水戸黄門
元禄繚乱』/『白い巨塔
坂の上の雲』/『相棒
バラエティ番組
世界まるごとHOWマッチ
開運!なんでも鑑定団』 / 『世界ウルルン滞在記』/ 『ダウンタウンなう

石坂 浩二(いしざか こうじ、1941年(昭和16年)6月20日 - )は、日本俳優タレント司会者画家作家翻訳家作詞家ナレーターである。2015年10月からプロダクション尾木に所属。本名、武藤 兵吉(むとう へいきち)。愛称は兵ちゃん

東京府東京市京橋区(現:東京都中央区銀座)生まれの大田区田園調布育ち。小さき花の幼稚園[1]、田園調布小学校[2]慶應義塾普通部慶應義塾高等学校慶應義塾大学法学部法律学科卒業。

石坂ミュージカル・エンタープライズ社長。身長177センチメートル、体重65キログラム。趣味絵画で、二科展に入賞した経歴を持つ。

横浜市長平沼亮三は外祖父、元ポニーキャニオン常務取締役音楽プロデューサー渡辺有三は従弟に当たる。

来歴・人物[編集]

高校時代の1958年、ドラマ『お源のたましい』に通行人のエキストラでデビューし、1966年に大学を卒業してから翌年に、出演した『泥棒たちの舞踏会』で演出家浅利慶太のスカウトをきっかけに劇団四季へ入団[3]。劇団では演出部に所属し、浅利のサポートを務める。在籍中に台本・作詞を手がけた子供向けミュージカル王子とこじき』は退団後も上演され続け、2014年もなおファミリーミュージカルの演目の1つとしてリストアップされている[4]。ドラマ・映画出演と演出助手の両立は多忙を極め、1967年TBSドラマ『平四郎危機一発』の出演中に倒れ、胃潰瘍と診断されたことにより、劇団四季を退団[3]

芸名の由来は、親友の大空真弓が自分の好きな作家・石坂洋次郎と俳優・鶴田浩二からそれぞれ拝借して名づけたことによる。石坂本人によるとまだ本名で芝居をやっているときTBSのテレビプロデューサー石井ふく子に見いだされ、改名を勧められ“石”のつく芸名(石井ふく子の“石”を採ったとも言われている)を大空の父親が姓名判断をしていたこともあり「石坂浩二」に決まった。親交の深い大橋巨泉などから「兵ちゃん」(本名の兵吉から)と呼ばれている。

松竹映画『日も月も』、『風の慕情』で主演を果たす。また、NHK大河ドラマでは『天と地と』を皮切りに『元禄太平記』、『草燃える』と3作品で主演を務め、他にも多く助演している。1970年代前半にはTBSの人気タレント調査で3年連続1位になった。JNNデータバンク調べによる好感度タレントの支持率調査では、1972年7月に支持率42.6パーセントを記録し、これは同調査において1970年代の第1位の記録である[5]。映画では小品の主演か助演が続き、テレビほどのブームはつかみかねていたが、、1976年には、横溝正史原作・市川崑監督による映画『犬神家の一族』に金田一耕助役で主演し、同年の邦画配給収入2位(13億200万円)のヒットとなった。以降、石坂主演で横溝作品がシリーズ化され、金田一は石坂の当たり役となった。

以後は市川作品の常連となり、『おはん』、『ビルマの竪琴』『細雪』などに出演した。また、テレビドラマ『Yの悲劇』でドルリー・レーン、映画『危険な女たち』でエルキュール・ポアロに相当する役を演じ、舞台『十二人の怒れる男』の8号陪審員などとあわせ、推理ドラマでの探偵役を多く演じている。近作のリメイク版『日本沈没』では首相役に挑んだが、大学同期には小泉純一郎(元首相)がいる。権勢家の役は探偵役以上に配役されることが多く、柳沢吉保源頼朝水戸光圀間部詮房大久保利通城戸四郎小泉信三山本権兵衛など、様々な時代の権力者や経営者を演じ、天皇・征夷大将軍・首相のすべてを演じた経験がある。

ナレーションの仕事では新人時代の『ウルトラQ』や『ウルトラマン』(前半)と壮年期の『シルクロード』、『渡る世間は鬼ばかり』が代表的な作品である。

私生活では加賀まりことの同棲生活を経て1971年に女優浅丘ルリ子と結婚するも、ほどなくして別居するようになる。1982年に雑誌の企画で伊藤京子のヌード写真を撮り、以後、同居して石坂の世話をする女性が伊藤であると1990年代後半までマスコミでしばしば報道されることになる。2000年12月12月、女優である浅丘に実母の介護をさせるわけにはいかないとして離婚。離婚から間もない2001年1月に再婚を発表。その際、相手は伊藤と思われていたが、その相手が伊藤ではなく別の女性であったことでマスコミを驚かす。記者会見では、その女性とは石坂が主宰した劇団の元事務員を経た付き人で1988年頃から交際しておりずっと身の回りの世話をしてもらっていたことや、伊藤とは20年近く会っていないと説明し、長年石坂の愛人として報道されていたのは、実際には再婚相手の女性で、同年輩だった伊藤と間違えられて報じられていたことがこのときに判明した[6]大橋巨泉事務所から独立、フリーとなる。

1988年に「劇団急旋回」を結成。自らの脚本・演出によるオリジナル・ミュージカルを数多く上演したが、1996年に解散。

2001年4月から、時代劇水戸黄門』の4代目水戸光圀役に起用された[7]。オープニング演出を市川崑が担当し、史実に基づいたストーリー展開、つけ髭をしない・衣装をマイナーチェンジするなど、知的でスマートなインテリ黄門様を演じたが、2002年5月に石坂が直腸癌手術で入院したため、1年余りで降板となった。翌月には復帰したものの、その後はしばらく俳優活動を自粛している。2003年夏に昼ドラのゲスト出演(『貫太ですッ!』)で俳優活動を再開、『白い巨塔』、『新選組!』、『東京湾景』などのテレビドラマにレギュラー出演した。

俳優業のみならず、作家(三田文学会・会員)、司会者やクイズ番組の解答者など多方面で活躍。芸能界屈指の薀蓄を誇り、1980年代後半からの「クイズ王ブーム」の際には、毎回のようにゲスト出演していた。共演者には撮影直前までマイペースで薀蓄を語り続けることで知られる。『白い巨塔』の撮影時、あまりに薀蓄を語るため、共演の唐沢寿明を閉口させたという。

絵画では油彩画に精通し、二科展1974年から1985年まで連続入選[8]。一貫して裸婦を描いている。これはアマチュア画家で裸婦を描く者が少なかったからだという[9]。絵画に関する専門的な教育は受けていないが、東郷青児に師事し、手ほどきを受けている[10]。また、繊細で写実的な画風で「孤高の画家」とも呼ばれる画家、牧野邦夫の作品コレクターとしても知られている[11]2004年からは神奈川県青葉区内で自身がボランティアで講師を務める絵画教室「HEY ART CLUB」を主催している。

音楽ではクラシックを好み、特にベルリオーズが好きで、日本ベルリオーズ協会の会長を務めたことがある[要出典]

2011年(平成23年)4月1日、全国の交通安全協会で初めて公益社団法人となった神奈川県交通安全協会の会長に就任[12][13]。また、広島県呉市戦艦長門軍艦旗を寄贈した縁により、2015年(平成27年)5月9日呉市海事歴史科学館大和ミュージアムの名誉館長として委嘱を受ける[14]

エピソード[編集]

阪神タイガースファン


カレー作りが得意で、独特のスパイス調合で何種類もの味を作り、自らカンヅメにして共演者に振舞っている。

ほとんど知られていないが、毒舌である。『行列のできる法律相談所』にゲスト出演の際、「石坂さんってテレビではとても紳士的なんですけど、こう見えて結構毒吐くんですよ。それでスタッフが上手に消すんですよ」と司会の島田紳助に明かされたほどである。また『とんねるずのみなさんのおかげでした』でもとんねるずの二人に毒舌であると指摘されたが「いま憎まれ役を演じているから、役に入っているんです」と嘯いた。

石坂は画家としても知られ、自らの作品の展覧会を度々開催することもある[15]。また、1976年6月26日に開催された異種格闘技戦『アントニオ猪木対モハメド・アリ』戦の広告ポスターを描いたのは石坂である。その石坂の描いたポスターを見たモハメド・アリ自身が「俺はこんなに醜い男じゃないぜ」と苦笑したという[16]。その猪木対アリ戦で、アントニオ猪木が入場の際に着用したリングガウンも石坂のデザインで製作されたものである。

モデラーとしても有名で、自宅には模型が多数あり、「日本プラモデル工業協同組合」の特別顧問を務めている[17]。また、団塊の世代を対象としたプラモデル愛好団体「ろうがんず」を2009年2月23日に結成している[17]。ろうがんずは石坂らプラモデル愛好家7名により結成され、石坂も静岡ホビーショーへの出品や新会員の募集など会の活動に従事している[18][19][20][21]。さらに、出演する『なんでも鑑定団』に出品された戦艦長門軍艦旗[22] を自身で1000万円で購入し 、大和ミュージアムに寄贈したというエピソードも持つ[23][24][25]2006年4月より財団法人横浜観光コンベンション・ビューローの理事長に就任。これにより2006年6月1日横浜人形の家の館長の職を兼高かおるから引き継ぐ。2010年3月23日付けをもって勇退[26]

ゴジラ』のファンであり、ゴジラ誕生30周年記念として復活したゴジラ第16作目であり平成ゴジラシリーズの第1作でもある『ゴジラ』に出演を希望し、「ギャラなんかいらない、ワンカットでも出ることに意義があるんだ」と監督の橋本幸治に直談判して、「ゴジラを最初に目撃する原発職員」という端役でカメオ出演した。

1996年放送のテレビ時代劇『天晴れ夜十郎』では、髪を丸刈りにした。当時の『TVガイド』によるところでは、坊主のかつらを被って横を向くと変なしわができて撮影がたびたびカットされていたことに悩んでいた。思い切って実際に丸刈りにしたことで、撮影がたびたびカットされることはなくなり、誰よりも早く帰宅できることを喜んでいたが、行きつけの店などで面識ある人と顔合わせをしても石坂だとなかなかわかってもらえない場合が多かったという。かつらを被らない状態で別の番組に出演していたこともあれば、伊藤ハムのCMではかつらを被っていたこともある。その後、2008年の映画『私は貝になりたい』への出演の際にも軍人役として、2011年大河ドラマ江〜姫たちの戦国〜』では千利休役としての役作りのため、丸刈りにして役に臨んでいる。

2006年12月公開の映画で市川崑の最後の監督作品となった『犬神家の一族』リメイク版では、約27年ぶりに金田一耕助を演じ、役作りのために髪を長髪に伸ばした。

2007年7月公開の映画『劇場版ポケットモンスター ディアルガVSパルキアVSダークライ』ではダークライ役として声優に初挑戦した。アフレコでは、役と同じように力を込めて動いたせいで次の日には筋肉痛になったことを明かした[27]

2008年11月8日に慶應義塾大学日吉キャンパス陸上競技場にて行われた慶應義塾創立150年記念式典では、フジテレビアナウンサー遠藤玲子と共に司会を務めた[28]

2015年12月31日から2016年1月1日にかけて日本テレビ系列で放送されたバラエティ『絶対に笑ってはいけない名探偵24時』において9年ぶりに金田一耕助として出演している。

市川崑が亡くなった際には弔辞を読んだ。

石坂と共演の多かった山岡久乃が亡くなった際に、山岡が入居するはずだった老人ホームに、山岡の肖像画を石坂自身が描き贈ったという。

大橋巨泉、大空眞弓とは上記の通り親友である。また、ドラマなどで共演した児玉清とも長年の親交があった事が知られていた[29]。市川崑監督作品では中井貴一とよく共演しており、実際に中井とも親交がある。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

演劇[編集]

演出:浅利慶太[33])- アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフロシア語版英語版(アリョーシャ、リューシェチカ役)

テレビアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

ゲーム[編集]

朗読・ボイスドラマ[編集]

LP[編集]

  • 海(1968年11月10日)
  • 空(1969年3月10日)
  • 大地(1969年7月20日)
  • 駅─最後の四二一列車(1972年)
  • 四季の歌物語(1976年)
  • シルクロードを行く(1981年)

CD[編集]

ラジオ番組[編集]

動画[編集]

作詞作品[編集]

テレビ番組[編集]

CM[編集]

書籍[編集]

著書[編集]

共著[編集]

監修[編集]

翻案[編集]

画集[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ “【石坂浩二 終わりなき夢】(15)ミスターのために描き上げた絵”. スポーツ報知. (2016年4月30日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160430-OHT1T50026.html 2016年7月13日閲覧。 
  2. ^ “【石坂浩二 終わりなき夢】(1)授業さぼってラジオの仕事”. スポーツ報知. (2016年4月12日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160411-OHT1T50236.html 2016年7月13日閲覧。 
  3. ^ a b “【石坂浩二 終わりなき夢】(7)「劇団四季」での多忙な日々”. スポーツ報知. (2016年4月20日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160420-OHT1T50027.html 2016年4月20日閲覧。 
  4. ^ 作品紹介(ステージガイド) 王子とこじき”. 劇団四季. 2014年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月11日閲覧。
  5. ^ 『オリコン・ウィーク The Ichiban』2001年1月1・8日号(第23巻第1号、通巻1079号)オリコン(現:オリコン・エンタテインメント)、45頁。
  6. ^ 恩田揚子「浅丘ルリ子・石坂浩二の長すぎた『仮面生活』」『新潮45』2007年4月号、pp.74-75
  7. ^ 佐野浅夫の後任
  8. ^ 「たまプラーザ テラス」で、俳優・石坂浩二さんによる展覧会を開催!”. PR TIMES(株式会社東急モールズデベロップメント) (2013年2月22日). 2014年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月11日閲覧。
  9. ^ 開運!なんでも鑑定団』の「ご当地出張なんでも鑑定」に出演すると、出演記念として「石坂浩二カレンダー」がもらえる。
  10. ^ 石坂浩二作品集”. SCREEN ONLINE & STORE. 2014年6月11日閲覧。
  11. ^ 牧野邦夫展”. 弐代目・青い日記帳 (2013年4月13日). 2014年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月11日閲覧。
  12. ^ <ニュース>神奈川安協 新会長に俳優 石坂浩二氏”. モーターマガジン社スタッフ発@今日の編集後記 (2011年5月9日). 2014年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月10日閲覧。
  13. ^ 神奈川県交通安全協会の活動について”. 公益財団法人 神奈川県交通安全協会. 2013年2月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月11日閲覧。
  14. ^ “石坂浩二さんに名誉館長委嘱”. 中国新聞 (中国新聞社). (2015年5月10日). オリジナル2015年5月18日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20150518090729/http://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=153618&comment_sub_id=0&category_id=112 2015年9月16日閲覧。 
  15. ^ “「たまプラーザ テラス」で、俳優・石坂浩二さんによる展覧会を開催!” (日本語) (HTML) (プレスリリース), 株式会社 東急モールズデベロップメント, (2013年2月22日), http://www.tokyu-tmd.co.jp/press/tmd/backnumber/tmd_10sc130222.html 2016年7月10日閲覧。 
  16. ^ “アリ氏 石坂浩二が描いた告知ポスターに「こんなに醜くない!」と寸止めパンチ”. スポーツニッポン. (2016年6月5日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/06/05/kiji/K20160605012723530.html 2016年7月10日閲覧。 
  17. ^ a b 石坂浩二「『ろうがんず』結成」『文藝春秋』87巻8号、文藝春秋2009年7月1日、86頁。
  18. ^ “ホビーに首ったけ 石坂浩二さんがプラモ同好会「ろうがんず」結成 (1/4ページ)”. msn産経. (2009年5月17日). オリジナル2009年5月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090520011329/http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090517/sty0905172133000-n1.htm 2014年6月9日閲覧。 
  19. ^ “ホビーに首ったけ 石坂浩二さんがプラモ同好会「ろうがんず」結成 (2/4ページ)”. msn産経. (2009年5月17日). オリジナル2009年5月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090520012423/http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090517/sty0905172133000-n2.htm 2014年6月9日閲覧。 
  20. ^ “ホビーに首ったけ 石坂浩二さんがプラモ同好会「ろうがんず」結成 (3/4ページ)”. msn産経. (2009年5月17日). オリジナル2009年5月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090520011740/http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090517/sty0905172133000-n3.htm 2014年6月9日閲覧。 
  21. ^ “ホビーに首ったけ 石坂浩二さんがプラモ同好会「ろうがんず」結成 (4/4ページ)”. msn産経. (2009年5月17日). オリジナル2009年5月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090520012424/http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090517/sty0905172133000-n4.htm 2014年6月9日閲覧。 
  22. ^ 開運! なんでも鑑定団”. テレビ東京 (2005年9月27日). 2007年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月9日閲覧。
  23. ^ “石坂浩二氏が「大和ミュージアム」へ寄贈”. 呉インターネット写真ニュース. (2006年9月23日). オリジナル2006年11月9日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061109161049/http://www.kure-news.com/news/000114.html 2014年6月9日閲覧。 
  24. ^ 石坂浩二「『ろうがんず』結成」『文藝春秋』87巻8号、文藝春秋2009年7月1日、87頁。
  25. ^ 紳士・淑女の休息 第7回 人生ただ一度のスランプから救ってくれたプラモデル作りという趣味 – 石坂浩二”. World JC. 2014年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月10日閲覧。
  26. ^ (財)横浜観光コンベンション・ビューロー新理事長に新町光示(しんまちこうじ)氏が就任 (PDF)”. 財団法人横浜観光コンベンション・ビューロー (2010年3月30日). 2014年6月10日閲覧。
  27. ^ 映画トピックス╱「劇場版ポケットモンスター」最新作が大ヒットスタート!”. 東宝株式会社 (2007年7月14日). 2014年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月10日閲覧。
  28. ^ “日吉で創立150年記念式典 天皇、皇后両陛下もご臨席”. Jukushin.com(慶應塾生新聞会). (2008年11月30日). オリジナル2014年6月10日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140610060507/http://www.jukushin.com/archives/1904 2014年6月10日閲覧。 
  29. ^ 石坂浩二、故・児玉清さんの“存在”に「荷が重いなと思った」”. ORICON STYLE (2013年3月19日). 2014年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月11日閲覧。
  30. ^ 南郷亮治は探偵のドルリー・レーンに該当する役名。
  31. ^ “テレビ朝日、シニア世代向けに帯ドラマ枠を新設 第1弾は倉本聰氏オリジナル作品”. ORICON STYLE. (2016年6月30日). http://www.oricon.co.jp/news/2074293/full/ 2016年6月30日閲覧。 
  32. ^ 劇団四季60年の上演 作品”. 劇団四季. 2013年9月8日閲覧。:
  33. ^ 劇団四季 『カラマゾフの兄弟』 劇団四季、1971年 
  34. ^ トンデモネズミ大活躍”. 日本アニメーション. 2016年5月18日閲覧。

関連項目[編集]

  • 野間脩平(元フジテレビアナウンサー、慶大演劇研究会の後輩)

外部リンク[編集]