事実婚

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事実婚(じじつこん)とは、婚姻事実関係一般を意味する概念[1]。「事実婚」の概念は多義的に用いられ、婚姻の成立方式としての「事実婚」は「無式婚」ともいい要式婚(形式婚)と対置される概念であるが[2][3]、通常、日本では「事実婚」は法律婚(届出婚)に対する概念として用いられている[4][5]

したがって、事実婚は広義には「内縁」の同義語類義語としても用いられるが[6][7]、講学上において「事実婚」という概念を用いる場合には、特に当事者間の主体的・意図的な選択によって婚姻届を出さないまま共同生活を営む場合を指すとし、届出を出すことができないような社会的要因がある場合をも含む「内縁」とは異なる概念として区別されて用いられることが多い[8][9]。この点を強調して「選択的事実婚[10]あるいは「自発的内縁[11]などと呼ばれることもある。

また、先述のように「事実婚」の概念は多義的であることから、法的概念として「事実婚」の語を用いることを避け、法律婚に対する事実婚については「自由結合(union libre)」という概念を用いる論者もいる[12]

以下、この項目では当事者間の主体的・意図的な選択によって婚姻届を出さないまま同居し共同生活を営む場合の事実婚について述べる。

概念[編集]

婚姻要件としての事実婚[編集]

事実婚とは社会慣習上において婚姻とみられる事実関係をいい、婚姻成立方式の分類上においては、事実婚は無式婚とも呼ばれ婚姻に一定の儀式を要求する要式婚(形式婚)に対する概念とされる[13](婚姻要件としての事実婚)[14]

社会慣習上において婚姻とみられる事実関係があれば法律上の婚姻として認める法制を事実婚主義というが、婚姻の成立には社会による承認としての公示(儀式等)が要求されることが一般的であり、純粋な事実婚主義は1926年のソビエト・ロシア法など極めて稀に存在するにすぎないとされる[15]

届出婚に対する事実婚[編集]

婚姻成立方式の分類における事実婚の概念は上のようなものであるが、日本の民法上では習俗的な婚姻儀式とは切り離された届出婚主義がとられている関係上、法律婚と婚姻事実との有機的結合が存在しないために、「事実婚」の概念は習俗的儀式婚をも含む届出婚(法律婚)に対する概念として用いられているとされる[16][17]

事実婚の概念が内縁と区別して用いられる場合、一般に内縁関係においては当事者間に婚姻意思がありながらも届出を出すことができないような社会的事情がある場合を含んでいたのに対し[18]、内縁とは区別して事実婚という概念を用いる場合には特に当事者間の主体的な意思に基づく選択によって婚姻届を出さないまま共同生活を営む場合を指して用いられる[19](法律婚に対する事実婚)[20]

夫婦別姓の実践や家意識への抵抗などから[21]事実婚を選択する夫婦も存在し、そういった事実婚を選択した夫婦の中には選択的夫婦別姓制度の早期導入を望む声もみられる[22]

事実婚の法的扱い[編集]

届出を出すことのできないやむを得ない事情がある内縁の場合とは異なり、当事者間の主体的・意図的な選択によって婚姻届を出さない事実婚の法的保護のあり方、特に準婚的保護を認めるべきか否かについては学説の間に争いがある[23]

典型的には以下のようなライフスタイル論と婚姻保護論の対立が挙げられる[24][25]

ライフスタイル論
日本国憲法第13条幸福追求権)を根拠として、個人が婚姻という形態をとるか事実婚という形態をとるか選択するのは自由であり、国はこの自由を保障すべきであるとの考えから、経済上の不利益や道徳的な問題が残るとするならばこのような生活形態の選択は事実上不可能になるとし、通常の内縁と同様に生活保障を図っていく必要があるとみる学説[26]。このような見解に対しては、当事者双方が法的拘束力にとらわれない関係を選択しようとしている場合に、同居という事実をもって内縁保護の対象として法的拘束力が及ぶことになってしまい、当事者の本来の意図に反することになり問題であるとみる考え方もある[27]。また、この論理を徹底していくと婚姻の法的保護に届出を要件とすべきでない(事実婚主義をとるべき)ということに帰着するのではないかとの疑問を生ずるとする見解もある[28]
婚姻保護論
婚姻の法制度上の効果を望んでいない当事者に婚姻類似の効果を認めるべきでないとする学説。婚姻による法的効果を望むか否かは当事者間の自由な意思の下に選択すればよく、当事者がその意思で婚姻を望まず選択しなかった場合に婚姻制度上の定型的な保護を享受しえないのは当然であるとみる学説。

関連文献[編集]

  • 渡辺淳一『事実婚―新しい愛の形』集英社、2011年、ISBN 4087206197
  • 上野千鶴子『近代家族の成立と終焉』岩波書店、1994年3月、ISBN 4000027425
  • 太田武男、溜池良夫(編)『事実婚の比較法的研究』有斐閣、1986年5月、ISBN 464103625X
  • 大橋照枝『未婚化の社会学』日本放送協会、1993年6月、ISBN 4140016663
  • 婚差会(編)『非婚の親と婚外子 差別なき明日に向かって』青木書店、2004年5月、ISBN 4250204111
  • 榊原富士子『女性と戸籍:夫婦別姓時代に向けて』明石書店、1992年、ISBN 4750304743
  • 杉浦郁子『パートナーシップ・生活と制度 結婚、事実婚、同性婚(プロブレムQ&A)』緑風出版、2007年1月、ISBN 4846107019
  • なくそう戸籍と婚外子差別交流会(編)『なくそう 婚外子・女性への差別 「家」「嫁」「性別役割」をこえて』明石書店、2004年2月、ISBN 4750318566
  • 西川栄明、西川晴子(共著)『結婚の新しいかたち フレキシブル結婚の時代』(『宝島社新書』)、宝島社、2001年2月、ISBN 4796621008
  • 二宮周平『事実婚の現代的課題』日本評論社、1990年3月、ISBN 4535578575
  • 二宮周平『事実婚を考える もう一つの選択』日本評論社、1991年5月、ISBN 4535579423
  • 二宮周平『事実婚』(『叢書民法総合判例研究』)、一粒社、2002年2月、ISBN 4752702991
  • 善積京子『非婚を生きたい 婚外子の差別を問う』青木書店、1992年2月、ISBN 4250920062
  • 善積京子『〈近代家族〉を超える 非法律婚カップルの声』青木書店、1997年6月、ISBN 4250970248
  • 武石文子『事実婚歴20年の〈結婚・離婚カウンセラー行政書士〉が語る「事実婚」のホントのことがわかる本』すばる舎、2012年4月 電子書籍
  • 民法改正を考える会『よくわかる民法改正―選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて』朝陽会、2010年2月、ISBN 4903059327
  • 日本弁護士連合会編『今こそ変えよう!家族法―婚外子差別・選択的夫婦別姓を考える』日本加除出版、2011年

脚注[編集]

  1. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、183頁
  2. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、183頁
  3. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、241頁
  4. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、183頁
  5. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、241頁
  6. ^ 新村出編 『広辞苑 第6版』 岩波書店、1223頁
  7. ^ 内田貴著 『民法Ⅳ 補訂版 親族・相続』 東京大学出版会、2004年3月、141頁
  8. ^ 二宮周平著 『家族法 第2版』 新世社〈新法学ライブラリ9〉、1999年4月、109頁
  9. ^ 内田貴著 『民法Ⅳ 補訂版 親族・相続』 東京大学出版会、2004年3月、144頁
  10. ^ 小野幸二著 『演習ノート 親族法・相続法 全訂版』 法学書院、2002年4月、89頁
  11. ^ 利谷信義著 『現代家族法学』 法律文化社〈NJ叢書〉、1999年7月
  12. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、228頁
  13. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、182-183頁
  14. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、241頁
  15. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、183頁
  16. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、183頁
  17. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、241頁
  18. ^ 青山道夫・有地亨編著 『新版 注釈民法〈21〉親族 1』 有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、1989年12月、260頁
  19. ^ 二宮周平著 『家族法 第2版』 新世社〈新法学ライブラリ9〉、1999年4月、109頁
  20. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、241頁
  21. ^ 二宮周平著 『家族法 第2版』 新世社〈新法学ライブラリ9〉、1999年4月、109頁
  22. ^ 民法改正を考える会『よくわかる民法改正―選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて』朝陽会、2010年
  23. ^ 二宮周平著 『家族法 第2版』 新世社〈新法学ライブラリ9〉、1999年4月、109-110頁
  24. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、238-240頁
  25. ^ 松岡久和・中田邦博編著 『学習コンメンタール民法〈2〉親族・相続』 日本評論社、2009年9月、16頁
  26. ^ 二宮周平著 『家族法 第2版』 新世社〈新法学ライブラリ9〉、1999年4月、110頁
  27. ^ 前田陽一・本山敦・浦野由紀子著 『民法Ⅵ 親族・相続』 有斐閣〈LEGAL QUEST〉、2010年10月、106頁
  28. ^ 大村敦志著 『家族法 第2版補訂版』 有斐閣〈有斐閣法律学叢書〉、2004年10月、240頁

関連項目[編集]