千葉市
| ちばし 千葉市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 千葉県 | ||||
| 団体コード | 12100-2 | ||||
| 法人番号 | 6000020121002 | ||||
| 面積 |
271.77km2 | ||||
| 総人口 |
977,247人 [編集] (推計人口、2018年10月1日) | ||||
| 人口密度 | 3,596人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 佐倉市、四街道市、習志野市、八千代市、八街市、東金市、大網白里市、市原市、茂原市 | ||||
| 市の木 | ケヤキ | ||||
| 市の花 | 大賀ハス | ||||
| 他のシンボル |
市の花木:キョウチクトウ 市の鳥:コアジサシ | ||||
| 千葉市役所 | |||||
| 市長 | 熊谷俊人 | ||||
| 所在地 |
〒260-8722 千葉県千葉市中央区千葉港1番1号 北緯35度36分26.2秒東経140度6分22.9秒 | ||||
| 外部リンク | 千葉市 | ||||
| 特記事項 | 市章は1921年5月8日告示 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
千葉市(ちばし)は日本の三大都市圏の一つである首都圏における千葉県西部の核である政令指定都市及び業務核都市。同県の県庁所在地。市内にはアジア地域有数の国際見本市(幕張メッセ)や国際港を有する。国家戦略特区、グローバルMICE都市[1]に指定されており、多種業務機能が集積した首都機能の一翼を担い、幕張新都心を中心に世界に開かれた国際情報都市、先端技術産業の集積地としての役割を担う。
目次
概要[編集]
大治元年(1126年)千葉常重が猪鼻台に居館を築いたことにより町が形成。明治6年(1873年)、県庁が千葉町に置かれたことにより、県内の政治・経済・文化の中心地、また交通の要衝として発展[2]。約100万規模を有する千葉県最大の都市へと成長した。日本で13番目に多くの人口を抱える市であり、市域には多くの国道や高速道路が集まり、また県内鉄道網の要となっている都市である。昼夜間人口比率は97.5%[3]と首都圏の中では高く、東京のベッドタウン的機能を持ちながらも、支店経済都市として東京だけに依存しない独自の経済圏を形成している。
- 千葉県伝統の政治・経済・文化の中心地(中央区)
- 桜並木が点在し、美しい河川景観をつくり、大規模な住宅団地が造成(花見川区)
- 縄文時代の大規模集落全域と周辺自然地形が残る街(若葉区)
- 区民ひとり当たり都市公園面積が市内でもっとも広い区(緑区)
など6つの行政区が設置されている。東京都特別区部への通勤率は20.0%(平成27年国勢調査)。
地理[編集]
千葉県のほぼ中西部に位置し、東京都心へおよそ40kmの地点にある。地形は、臨海部および各河川下流域に広がる平地と、周辺部の台地・谷津から構成される。郊外や臨海部を中心に大規模な住宅団地が多くある一方、若葉区、緑区には自然が多く残されており、森林や田畑の広がる豊かな農村地帯と住宅地が共存している。かつての海岸線は現在の国道14号・国道357号・国道16号をなぞる線にほぼ等しく、遠浅の海が広がっていたが、高度経済成長期以降の大規模な海面埋立により新たに広大な土地が誕生した。美浜区のほぼ全域及び中央区の一部がこれに該当する。現在の海岸線は中央区部分ではほぼ工業施設または港湾で占められている一方、美浜区部分には長大な人工海浜(いなげの浜、検見川の浜、幕張の浜)も造成されている。美浜区全域、中央区と花見川区の一部を除いて標高20m以上の下総台地に位置しており、緑区土気町等標高90m以上に位置する地域も存在する。なお最高地点は緑区板倉町の標高103.6m、最低地点は美浜区豊砂の標高0.7mである。
気候[編集]
面積も広いため地域によって気候は異なるが一般には、夏季はそれほど猛暑にはならず、冬季も若葉区や緑区など内陸部を除き、暖かくて温和な太平洋側気候である。年平均気温は15.7度である。
千葉特別地域気象観測所(旧千葉測候所)の観測によると、1月の平均気温は5.7℃、最低気温は1.9℃と高く、沿岸部は東京湾からの風や高い水温の影響で、冬日になることは少なく、過去最低気温(1966年4月 - )は-5.2℃(1967年2月13日)とかなり高い。一方、若葉区、緑区などの内陸部は風が弱く、放射冷却により連日の冬日となり、氷点下5度以下まで冷え込むことあるなど冷え込みが厳しく、中央区の港湾部に立地し、ヒートアイランドの影響も強い千葉特別地域気象観測所の観測気温とは大きく異なることがある。実際に、千葉特別地域気象観測所では2016年1月24日から25日にかけての寒波の時、南西諸島や伊豆諸島、小笠原諸島などの島嶼部を除いた全国の観測地(気象官署・アメダス)の中で唯一、冬日を観測したなかったほどにヒートアイランドの影響が強い。
8月の平均気温は26.7℃、最低気温は23.9℃であり、共に県内の気象観測地点の中では最も高く、熱帯夜日数も県内では最多である。これは、ヒートアイランドの影響に加え、海の側に立地する千葉特別地域気象観測所は東京湾から吹き付ける湿度の高い熱風の影響で夜になっても気温が下がりにくいからである。そのため、東京湾沿岸地域は日中は内陸部のような猛暑とはなりにくいものの、夜は非常に蒸し暑く過ごしにくい。一方、内陸部は逆に日中は沿岸部よりも気温が上がり暑くなるが、朝晩は下がり、熱帯夜日数も少なく、天気予報などで表示されないためあまり知られてないが、比較的過ごしやすい。過去最高気温は38.5℃(2015年8月7日)である。
冬季、南関東を南岸低気圧が通過する場合、千葉市付近は暖気と寒気の境界線となりやすく、県内の東葛・葛南地域や東京・横浜が大雪の場合でも雨や霙となり、それほどの積雪とはななりくい場合も多く、年間平均降雪量も8cmと東京(11cm)や横浜(13cm)に及ばない。しかし、寒気の引き込みが強い場合は、時に、東京や横浜以上の大雪となることもあり、特に標高が100m前後と高く、気温が低い緑区土気などで降雪量が多くなりやすく、毎年10センチ前後の積雪となるのも珍しくない。過去に関東平野部としては記録的な大雪を何度か観測しており、1951年2月14日から15日にかけての南岸低気圧の影響で内陸部の白井(現若葉区野呂町)で133cm、市街地に近い仁戸名(現中央区仁戸名町)で91cm、市街地の都(現中央区都町)で80cm[4]もの豪雪となったことがあるなど、低気圧の進路や寒冷渦の影響などによっては記録的な大雪となることがある。近年では、2014年2月8日から2月9日にかけて市内全域に猛烈な地吹雪が襲い、2月9日には積雪33cmを記録し、1966年の観測開始以来最大の大雪となった。特に内陸の若葉区や緑区土気などを中心に、積雪が40cm - 50cm前後にまで達した地点もあった。
| 千葉(1981 - 2010)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 9.8 (49.6) |
10.2 (50.4) |
13.2 (55.8) |
18.3 (64.9) |
22.3 (72.1) |
25.0 (77) |
28.6 (83.5) |
30.5 (86.9) |
26.9 (80.4) |
21.8 (71.2) |
16.9 (62.4) |
12.4 (54.3) |
19.66 (67.38) |
| 日平均気温 °C (°F) | 5.7 (42.3) |
6.1 (43) |
8.9 (48) |
14.0 (57.2) |
18.3 (64.9) |
21.3 (70.3) |
25.0 (77) |
26.7 (80.1) |
23.3 (73.9) |
18.0 (64.4) |
12.9 (55.2) |
8.3 (46.9) |
15.71 (60.27) |
| 平均最低気温 °C (°F) | 1.9 (35.4) |
2.3 (36.1) |
5.0 (41) |
10.1 (50.2) |
14.8 (58.6) |
18.4 (65.1) |
22.3 (72.1) |
23.9 (75) |
20.5 (68.9) |
14.9 (58.8) |
9.2 (48.6) |
4.4 (39.9) |
12.31 (54.14) |
| 降水量 mm (inch) | 59.6 (2.346) |
59.5 (2.343) |
110.0 (4.331) |
110.4 (4.346) |
112.5 (4.429) |
149.9 (5.902) |
122.5 (4.823) |
134.3 (5.287) |
200.4 (7.89) |
185.9 (7.319) |
91.5 (3.602) |
51.5 (2.028) |
1,388 (54.646) |
| 降雪量 cm (inch) | 3 (1.2) |
4 (1.6) |
1 (0.4) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
8 (3.2) |
| % 湿度 | 55 | 57 | 63 | 68 | 72 | 79 | 80 | 78 | 78 | 73 | 67 | 59 | 69.1 |
| 平均月間日照時間 | 185.1 | 162.3 | 160.3 | 174.1 | 172.3 | 125.2 | 153.0 | 190.0 | 127.7 | 135.6 | 142.0 | 176.1 | 1,903.7 |
| 出典: 気象庁 | |||||||||||||
主要な河川[編集]
歴史[編集]
古代[編集]
『日本後紀』大同元年正月癸巳(1月28日)(806年2月20日)条に、「千葉国造(ちはのくにのみやつこ)大私部直(おおきさいべのあたい、直はカバネ)善人」という人物が登場しており、大化の改新以前より千葉に国造が置かれていた可能性が高く、律令制成立後も下総国千葉郡と呼ばれる郡が成立した。更に『倭名類聚鈔』には千葉郡にあった7つの郷の1つに「千葉郷」と呼ばれる郷があったことが記されており、同郷は現在の稲毛区穴川・黒砂付近を指していたと考えられている。
千葉氏の本拠地[編集]
平安時代に千葉氏の祖、平常重が千葉郡千葉郷・池田郷一帯に千葉荘を開き、池田郷亥鼻に拠点を築いて千葉介を名乗る。以後子孫が室町時代まで下総国守護職として周辺を支配した。
しかし、享徳の乱に乗じた原胤房と馬加康胤によって千葉胤宣が討たれ、千葉氏宗家が滅びた後は、千葉妙見宮の小さな門前町となった。
徳川藩政時代[編集]
江戸時代には、現在の千葉市域の大半が佐倉藩の所領となった他、市域内に生実・曽我野の2小藩が置かれた。その他に幕府領(天領および旗本・与力知行所)となっている地域もあった。
戊辰戦争終結から第二次大戦終結まで[編集]
戊辰戦争後の明治4年7月14日(1871年8月29日)の廃藩置県では、現千葉市は印旛県の領内に入れられた。しかし、1873年(明治6年)には印旛県と木更津県が合併されて千葉県が設置され、旧両県の境で千葉氏の本拠地でもあった現千葉市(亥鼻地区)に県庁が設置され、これ以後は千葉県の県庁所在地として発展することとなる。
市制施行により千葉市が誕生したのは、1921年(大正10年)1月1日のことである。この時点での市域は、現在の中央区の北半分から稲毛区の南東部にわたり、これは1889年(明治22年)に設定された千葉町の町域をそのまま引き継いだものであった。その後、徐々に周辺の町村を編入するとともに、海面の埋め立てを進め、現在の広大な市域が成立した。戦前、現在の川崎町の埋立地に日立航空機製作所と日立製作所などの軍施設が集中する軍都として発展したが、1945年(昭和20年)6月10日と7月7日に連合国軍による大規模な空襲(千葉空襲・七夕空襲)に見舞われ、市域の7割が壊滅する甚大な被害を受けた。
第二次大戦後[編集]
戦後、宮内三朗市長(名誉市民第1号)の元で大規模な埋め立てと市町村合併が行われ、京葉工業地域の中心都市として再建された。現在の緑区のうち、旧土気町であった部分はかつては上総国山辺郡(今の山武郡)に属していた地域である。
2003年(平成15年)2月、隣接する四街道市の住民の発議によって法定合併協議会が設置され、千葉市への編入として行政区名を「四街道区」とする方針が決まったが[5]、四街道市議会内で編入への賛否が拮抗したことから賛成派・反対派双方による発議により編入の是非を問う住民投票が行われることになり[6]、2004年(平成16年)5月16日の投票で反対意見が賛成を上回り[7]、6月28日に千葉県に合併協議会の解散を届け出て編入は白紙となった[8]。
年表[編集]
- 天治元年(1124年) - 千葉常重が猪鼻の地に居館を築く。
- 享徳4年(1455年) - 原胤房に千葉城を急襲され、千田庄(現在の香取郡多古町)に逃れた千葉胤宣が(元号が変わって康正元年8月12日(1455年9月23日)、原胤房に加担した馬加康胤に討たれ千葉氏宗家が滅亡した。
- 明治4年7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により、木更津県、印旛県、新治県が設置される。
- 1873年(明治6年)6月15日 - 木更津県と印旛県が合併され、千葉県が設置される。県庁を両県の境となる千葉郡千葉町(現・千葉市中央区本千葉町)に設置。
- 1875年(明治8年)5月7日 - 新治県が分割され、利根川以南が千葉県に編入される。現在の千葉県域が形成される。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、千葉町、寒川村、登戸村、千葉寺村、黒砂村が合併し、千葉郡千葉町が発足。
- 1921年(大正10年)1月1日 - 千葉町が市制を施行し千葉市となる。全国で66番目・県内初の市制施行。
- 1931年(昭和6年) - 千葉市歌を制定。
- 1937年(昭和12年)2月11日 - 千葉郡蘇我町、検見川町、都賀村、都村を編入。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 千葉郡千城村を編入。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 千葉郡犢橋村を編入。しかし、このとき犢橋村が村内の軍施設を千葉市に報告しなかったため、1979年(昭和54年)に信管付き不発弾が見つかり、騒ぎになる。
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年)2月1日 - 千葉郡生浜町、椎名村、誉田村を編入。
- 1959年(昭和34年)2月1日 - 印旛郡四街道町(現・四街道市)大日の飛地を編入。
- 1963年(昭和38年)4月1日 - 千葉郡泉町を編入。
- 1969年(昭和44年)7月15日 - 山武郡土気町を編入。
- 1985年(昭和60年)6月1日 - 佐倉市の一部(下志津原、上志津原、上志津、下志津の各一部)を編入。
- 1990年(平成2年)6月1日 - 四街道市と境界変更。
- 1992年(平成4年)
- 1994年(平成6年)10月1日 - 茂原市と境界変更。同日、市原市とも境界変更。
- 1995年(平成7年)
- 1996年(平成8年)5月28日 - モントルー市と姉妹都市提携に調印[14]。
- 1999年(平成11年)10月1日 - 佐倉市と境界変更。
- 2006年(平成18年)12月1日 - 一部を四街道市に編入(境界変更)。
- 2010年(平成22年)5月20日 - 地域の福祉、健康等の増進及び人材の育成に貢献することを目的とし、淑徳大学と相互連携協定を締結。
議会[編集]
市議会[編集]
- 定数:54名
- 任期:2015年(平成27年)5月1日〜2019年(平成31年)4月30日
- 議長:向後保雄(自由民主党千葉市会議員団)
- 副議長:白鳥誠(未来民主ちば)
会派[編集]
| 会派名 | 議員数 | 所属党派 | 議員名(◎は代表) |
|---|---|---|---|
| 自由民主党千葉市議会議員団 | 17 | 自由民主党 | ◎小松﨑文嘉、松坂吉則、中島賢治、岩井雅夫、石川弘、植草毅、秋葉忠雄、阿部智、川村博章、宇留間又衛門、小川智之、三須和夫、石井茂隆、森茂樹、茂手木直忠、米持克彦、石橋毅 |
| 未来民主ちば | 12 | 国民民主党7人、立憲民主党1人、無所属4人 | ◎段木和彦、山本直史、三井美和香、佐々木久昭、布施貴良、亀井琢磨、田畑直子、川合隆史、麻生紀雄、蛭田浩文、白鳥誠、三瓶輝枝 |
| 公明党千葉市議会議員団 | 8 | 公明党 | ◎近藤千鶴子、森山和博、酒井伸二、桜井秀夫、青山雅紀、伊藤康平、村尾伊佐夫、川岸俊洋 |
| 日本共産党千葉市議会議員団 | 7 | 日本共産党 | ◎福永洋、中村公江、盛田眞弓、吉田直義、椛澤洋平、佐々木友樹、野本信正 |
| 市民ネットワーク | 3 | 市民ネットワーク千葉県 | ◎松井佳代子、岩﨑明子、渡辺忍 |
| 無所属 | 1 | 無所属3名 | 橋本登、櫻井崇、向後保雄 |
※2015年5月22日現在[15]。
千葉県議会(千葉市選出)[編集]
- 定数:14名
- 任期:2015年(平成27年)5月15日〜2019年(平成31年)5月14日
| 選挙区 | 氏名 | 会派名 |
|---|---|---|
| 中央区 (3) | 本間進 | 自由民主党千葉県議会議員会 |
| 佐野彰 | 自由民主党千葉県議会議員会 | |
| 網中肇 | 立憲民主党千葉県議会議員会 | |
| 花見川区 (3) | 宍倉登 | 自由民主党千葉県議会議員会 |
| 田村耕作 | 公明党千葉県議会議員団 | |
| 寺尾賢 | 日本共産党千葉県議会議員団 | |
| 稲毛区 (2) | 阿部紘一 | 自由民主党千葉県議会議員会 |
| 天野行雄 | 千葉民主の会 | |
| 若葉区 (2) | 山中操 | 自由民主党千葉県議会議員会 |
| 田中信行 | 千葉民主の会 | |
| 緑区 (2) | 関政幸 | 自由民主党千葉県議会議員会 |
| 竹内圭司 | 千葉民主の会 | |
| 美浜区 (2) | 河野俊紀 | 立憲民主党千葉県議会議員会 |
| 臼井正一 | 自由民主党千葉県議会議員会 |
衆議院[編集]
- 任期 : 2017年(平成29年)10月22日 - 2021年(平成30年)10月21日(「第48回衆議院議員総選挙」参照)
| 選挙区 | 議員名 | 党派名 | 当選回数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 千葉県第1区(中央区、稲毛区、美浜区) | 門山宏哲 | 自由民主党 | 3 | 選挙区 |
| 田嶋要 | 無所属 | 6 | 比例復活 | |
| 千葉県第2区(花見川区など) | 小林鷹之 | 自由民主党 | 2 | 選挙区 |
| 千葉県第3区(緑区など) | 松野博一 | 自由民主党 | 7 | 選挙区 |
| 岡島一正 | 立憲民主党 | 3 | 比例復活 | |
| 千葉県第9区(若葉区など) | 秋本真利 | 自由民主党 | 3 | 選挙区 |
| 奥野総一郎 | 国民民主党 | 4 | 比例復活 |
行政[編集]
千葉市役所を中心として6つの区が設置されている。
行政区[編集]
以下の6区で構成されている。人口は2015年(平成27年)10月1日現在の推計人口。
| 区名 | 人口 | 面積 | イメージカラー |
|---|---|---|---|
| 中央区 | 204,640人 | 44.69km2 | エネルギッシュ・レッド |
| 花見川区 | 178,449人 | 34.19km2 | フラワーピンク |
| 稲毛区 | 158,890人 | 21.22km2 | ブライト・イエロー |
| 若葉区 | 150,950人 | 84.21km2 | フレッシュ・グリーン |
| 緑区 | 126,935人 | 66.25km2 | エバー・グリーン |
| 美浜区 | 148,579人 | 21.20km2 | マリンブルー |
2000年(平成12年)には市制施行80周年を記念して、各区の「イメージカラー」と「シンボルマーク」が発表された。なお、シンボルマークの使用については各区の許可が必要である。
首長[編集]
ここでは、現職首長などについて解説した後、現在自治体の前身である千葉町の歴代首長と、現在自治体である千葉市の歴代首長について、順を追って解説する。
千葉市現職市長[編集]
- 副市長 - 鈴木達也:2014年(平成26年)7月1日選任。※任期満了日は2018年(平成30年)6月30日。
- 副市長 - 神谷俊一:2015年(平成27年)4月1日選任。※任期満了日は2019年(平成31年)3月31日。
千葉町歴代町長[編集]
千葉市歴代市長[編集]
首長の代数(歴代)の数え方は何種類もあるが、本節では a, b を添える形で書き分けながら解説する。表示欄では「代a」「代b」という名で2種類を記載した。a は就任のあるたびにカウントする方式に基づく代数であり、b は同一人物による連続就任をカウントしない方式に基づく代数である。千葉市は a の方式を採っているが(他の例:八王子市、弘前市[1]、浜松市[2])、b の方式を採る自治体も多く(例:京都市[3]、大垣市[4])、a と b の違いを認識しないまま単純に比較すると誤解が生まれる。なお、返り咲きがあろうとも同一人物を1カウントとする方式もあるが、これを千葉市に当てはめた場合、b から1代(加納金助)を引く。
| 代a | 代b | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1921年(大正10年)1月1日 | 1921年(大正10年)4月20日[* 1] | 千葉町が1月1日付で市制を施行し、前日に千葉町長を退任した神田清治が、市長臨時代理者に就任した。 | |||
| 1921年(大正10年)4月20日 | 1924年(大正14年)7月3日 | 初代市長に就任。在任1年を超えたところで発生した部下の汚職事件に絡んでの言動が政治への不信感につながり、引責辞任に追い込まれる。 | |||
| 1924年(大正14年)8月4日 | 1928年(昭和3年)8月13日 | 1期4年を満了。 | |||
| 1928年(昭和3年)8月14日 | 1932年(昭和7年)7月10日 | 1期4年を満了せず。 | |||
| 1932年(昭和7年)7月11日 | 1933年(昭和8年)8月8日 | 1期4年を満了せず。 | |||
| 1933年(昭和8年)8月9日 | 1934年(昭和9年)12月21日 | 1期4年を満了せず。 | |||
| 1934年(昭和9年)12月22日 | 1938年(昭和13年)12月某日 | 1期目4年を満了。 | |||
| 1938年(昭和13年)12月某日 | 1942年(昭和17年)12月某日 | 2期目4年を満了。 | |||
| 1942年(昭和17年)12月某日 | 1946年(昭和21年)4月某日 | 3期目4年を満了せず。 | |||
| 1946年(昭和21年)6月8日 | 1947年(昭和22年)4月某日 | ||||
| 1947年(昭和22年)4月某日 | 1950年(昭和25年)5月19日 | ||||
| 1950年(昭和25年)5月20日 | 1954年(昭和29年)5月17日 | 1期目4年を満了か。 | |||
| 1954年(昭和29年)5月18日 | 1958年(昭和33年)4月19日 | 2期目4年を満了か。 | |||
| 1958年(昭和33年)4月20日 | 1962年(昭和37年)4月21日 | 3期目4年を満了か。 | |||
| 1962年(昭和37年)4月22日 | 1966年(昭和41年)4月21日 | 4期目4年を満了か。 | |||
| 1966年(昭和41年)4月22日 | 1970年(昭和45年)5月16日 | 5期目4年を満了せず。 | |||
| 1970年(昭和45年)5月17日 | 1974年(昭和49年)4月22日 | 1期目4年を満了。 | |||
| 1974年(昭和49年)4月23日 | 1977年(昭和52年)7月9日 | 在任中に急病死。 | |||
| 1977年(昭和52年)7月10日 | 1981年(昭和56年)6月13日 | ||||
| 1981年(昭和56年)6月14日 | 1985年(昭和60年)6月15日? | ||||
| 1985年(昭和60年)6月16日 | 1989年(平成元年)6月17日? | ||||
| 1989年(平成元年)6月18日 | 1993年(平成5年)6月19日? | ||||
| 1993年(平成5年)6月20日 | 1997年(平成9年)6月15日? | ||||
| 1997年(平成9年)6月15日 | 2001年(平成13年)6月30日? | ||||
| 2001年(平成13年)7月1日 | 2005年(平成17年)6月30日 | 1期目4年を満了。 | |||
| 2005年(平成17年)7月1日 | 2009年(平成21年)5月1日 | 2期目4年の満了を目前にするなか、次期市長選への不出馬を表明していたが、在任中に収賄容疑で逮捕され、5月1日付で市長を辞職。 | |||
| 2009年(平成21年)5月1日 | 2009年(平成21年)6月14日[* 1] | 逮捕に伴う市長の辞職を受けて、藤代謙二副市長が職務代行を務める。 | |||
| 2009年(平成21年)6月14日 | 2013年(平成25年)6月13日 | 当時の最年少(31歳5か月)で当選。任期満了。 | |||
| 2013年(平成25年)6月14日 | 2017年(平成29年)6月13日 | 再選した際、歴代最多得票数を更新。任期満了。 | |||
| 2017年(平成29年)6月14日 | 3期目。任期満了日は2021年(平成33年)6月13日。 |
過去の千葉市長選挙[編集]
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
|---|---|---|---|---|
| 当 | 175,126 | 熊谷俊人 | 無所属 | 現 |
| 30,087 | 黒須康代 | 無所属 | 新 | |
| 27,639 | 今村敏昭 | 無所属 | 新 |
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
|---|---|---|---|---|
| 当 | 170,629 | 熊谷俊人 | 無所属 | 新 |
| 117,560 | 林孝二郎 | 無所属 | 新 | |
| 30,933 | ゆうき房江 | 共産党 | 新 |
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 年齢 | 党派 | 市長歴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 96,600 | 鶴岡啓一 | 65歳 | 無所属(自推薦・公支持) | 現 |
| 84,933 | 奥野総一郎 | 40歳 | 無所属(民推薦) | 新 | |
| 47,426 | 島田行信 | 64歳 | 無所属 | 新 | |
| 34,729 | 結城房江 | 61歳 | 無所属(共推薦) | 新 |
地域[編集]
人口[編集]
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、1.05%増の971,882人であり、増減率は県下54市町村中12位、60行政区域中15位。
| 千葉市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 千葉市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 千葉市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
千葉市(に相当する地域)の人口の推移![]() ► | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
市街地[編集]
千葉市の市街地は千葉駅から京成千葉中央駅、本千葉駅周辺、幕張新都心近辺に位置するが、#商業の節で前述の通り、市街地は東部の千葉駅・県庁近辺と、西部の幕張新都心に大きく二分されている。
千葉駅から千葉中央駅周辺には千葉都市モノレールや企業のオフィスビル、銀行、百貨店、家電量販店などが林立する。また市街地中心部に位置する中央公園は市民の憩いの場として様々なイベントが行われている。JR千葉駅の駅ビルにはペリエが入居する。千葉中央駅の駅ビルにはミーオが、奥の東口には京成ホテルミラマーレが入居する。
県庁周辺には、かつての下総国守護所があった亥鼻城跡を囲むように、千葉県警察本部、千葉市消防局、千葉地方検察庁・千葉区検察庁、千葉地方裁判所・千葉家庭裁判所など行政機関が集中する。一方、市街地は地場資本の奈良屋(後に専門店ビル・セントラルプラザ)・田畑(後の千葉パルコ)・扇屋(後にジャスコ傘下入り)といった百貨店が並び、ダイエーや丸井、十字屋、緑屋が進出するなど活況を呈していたが、現在では空洞化が深刻化しダイエー千葉店、セントラルプラザなどが次々に閉店し、その跡地はマンションや駐車場が造られ、また、市街地から少し逸れた中央区栄町地区は、かつては県下一の賑わいを誇っていたが、千葉空襲で焼け野原となったあと、風俗店、キャバレー、小料理屋などが集中する歓楽街と化し、国鉄千葉駅が現在の位置に移転した後は商業拠点としては完全に衰退している。現在の栄町には韓国系商店や風俗店(ソープランド・店舗型ヘルス・ホテルヘルス・風俗案内所・デリヘル)が目立つ地域もあり、日本有数のソープ街・コリアンタウンとなっているが、市は地元商店会と共に栄町の再生に取り組み始めている。
千葉駅・県庁周辺
幕張新都心地区には、多くの企業が入居する超高層ビルや中高層マンション。イベントや国際会議などが開かれる幕張メッセや、千葉ロッテマリーンズのホーム球場ZOZOマリンスタジアム。ベイエリアには、人工海浜やヨットハーバーなどが整備されている。
幕張新都心
インフラ整備の状況[編集]
産業[編集]
工業[編集]
臨海部(中央区川崎町、新浜町、蘇我町、美浜区新港を中心とした地域)は千葉港を中心とした京葉工業地域の一角をなし、中央区部分にはJFEスチール東日本製鉄所(旧川崎製鉄千葉製鉄所)、東京電力千葉火力発電所などが所在し、美浜区新港には食品や金属加工関連の事業所が多い。また、北部地域(花見川区千種町、稲毛区六方町を中心とした地域)では、鉄鋼加工や機械工業が盛んである。
商業[編集]
第二次大戦前には旧省線千葉駅(のちの旧国鉄千葉駅 (初代))、旧京成千葉駅、県庁を結ぶ現・栄町通りがメインストリートとなっていた。しかし、戦災(千葉空襲)を経て第二次大戦後の都市整備に伴い、両千葉駅が移転したことで新駅周辺に商業集積が移動。特に国鉄千葉駅(二代目。現JR千葉駅)前にはそごう千葉店、ニューナラヤ(現・千葉三越跡)といった大型小売店が店舗を構えたことから、千葉県最大・関東有数の商業拠点として栄えてきた。
バブル景気の時期には、幕張新都心や、蘇我地区などの臨海部に商業施設が建設され、郊外での大型ショッピングセンターなどが相次いで建設された。これ以来、地域が幕張(美浜区)を中心とした西半分と、亥鼻城近辺(中央区)を中心とする東半分に大きく二分されている。
概して、幕張新都心は大企業や多国籍企業が多く立地し、中心市街地(JR・千葉都市モノレール千葉駅、JR東千葉駅、JR本千葉駅、亥鼻城近辺)は古くからの地元商店街的な色彩が目立つ。
また、一部の企業が支店や支社を千葉市に置いて千葉県と茨城県を管轄下に置いているケースも見られ、広義の東関東の拠点都市としての機能がある。
農業[編集]
東京首都圏の近郊農業地。若葉区や緑区、花見川区北部には広大な農地が広がる。落花生やニンジンなどの畑作が中心だが、ブドウや梨などの果樹栽培もある。酪農も盛んで、飼養頭数、産出額は県下2位である[19]。また落花生の生産量、作付け面積共に、隣接する八街市についで全国2位である[20]。
企業[編集]
千葉市に本社・本店を置く企業[編集]
- 情報・通信
- 製造業、卸売・建設業
- 小売
- イオン(美浜区、東一)
- イオンリテール(美浜区、東一)
- イオンモール(美浜区、東一)
- オートウェーブ(稲毛区、JQ)
- ケーヨー(美浜区、東一)
- スタートトゥデイ(美浜区、東一)
- ミニストップ(美浜区、東一)
- トップマート(中央区、仁戸名町)
- サービス
- 博全社(美浜区)
- 秀穂(緑区)
- 千葉ロッテマリーンズ(美浜区)
- ジェフユナイテッド(中央区)
- 食品
- 金融機関
- 交通・運輸
姉妹・友好都市[編集]
姉妹都市[編集]
アスンシオン市(パラグアイ共和国・首都)
ノースバンクーバー市(カナダブリティッシュコロンビア州)
ヒューストン市(アメリカ合衆国テキサス州)
ケソン市(フィリピン共和国)
モントルー市(スイス連邦)
友好都市[編集]
教育[編集]
学校教育[編集]
大学[編集]
※ 千葉市内に本部を置く大学は太字で表示
国公立
- 千葉大学
- 西千葉キャンパス(稲毛区)
- 亥鼻キャンパス(中央区)
- 千葉県立保健医療大学(美浜区)
- 東京大学
- 生産技術研究所千葉実験所(稲毛区)
- 検見川セミナーハウス・総合運動場(花見川区)
私立
- 淑徳大学
- 千葉キャンパス(中央区)
- 千葉第2キャンパス(中央区)
- 敬愛大学
- 稲毛キャンパス(稲毛区)
- 千葉経済大学(稲毛区)
- 東京情報大学(若葉区)
- 植草学園大学(若葉区)
- 神田外語大学(美浜区)
- 放送大学
- 本部・千葉学習センター(美浜区)
- 東京歯科大学
- 千葉校舎(美浜区)
- 帝京平成大学
- 幕張キャンパス(美浜区)
短期大学[編集]
私立
- 千葉明徳短期大学(中央区)
- 千葉経済大学短期大学部(稲毛区)
- 日本基督教短期大学(稲毛区)
- 植草学園短期大学(若葉区)
専修学校[編集]
私立32校の専修学校がある。千葉県専修学校一覧#千葉市参照。
高等学校[編集]
県立
市立
- 稲毛区
- 美浜区
私立
|
小学校・中学校[編集]
千葉市の小学校・中学校の数は、以下の表の通り(千葉市教育委員会事務局、学校教育部学事課より)。
| 設置者 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 千葉市立 | 113校(1分校) | 56校 |
| 国立 | 1校 | 1校 |
| 千葉県立 | - | 1校 |
| 私立 | 1校 | 3校 |
学校名のリストおよび各学校の記事については、各区記事および千葉県小学校一覧#千葉市・千葉県中学校一覧#千葉市を参照。
特別支援学校[編集]
国立
- 千葉大学教育学部附属特別支援学校(稲毛区)
県立
- 千葉県立千葉特別支援学校(花見川区)
- 千葉県立桜が丘特別支援学校(若葉区)
- 千葉県立仁戸名特別支援学校(中央区)
- 千葉県立袖ケ浦特別支援学校(緑区)
- 千葉県立千葉聾学校(緑区)
市立
- 千葉市立養護学校(若葉区)
- 千葉市立養護学校真砂分校(美浜区)
- 千葉市立第二養護学校(稲毛区)
- 千葉市立高等特別支援学校(美浜区)
各種学校[編集]
- 千葉朝鮮初中級学校(花見川区)
千葉市のナンバースクール[編集]
中学校 1947年(昭和22年)から、以下の中学校はナンバースクールであった。 1952年(昭和27年)の新宿中学校・蘇我中学校の開校により、ナンバースクールは廃止された。
※ 四中の椿森中学校は、校舎が定まらず翌1948年(昭和23年)に開校した。
現在では、千葉市にナンバースクールがあったことを知っている人は少なくなったが、緑町中学校の校章が数字の「五」を象っていることや、中学校の名簿の順番が加曽利中学校から始まることなどに名残が残っている。
高等学校 1950年(昭和25年)から1961年(昭和36年)まで、以下の高等学校はナンバースクールであった。
千葉市周辺では、今でも千葉高等学校のことを「いちこう」(一高)と呼ぶ人がいる。
千葉二高時代には、若干ではあるが男子がいて、現在でも千葉女子高等学校出身の老齢の紳士がいるらしい。
学校教育以外の教育訓練施設[編集]
- 千葉県生涯大学校(中央区)(市民大学)
- アジア経済研究所開発スクール(美浜区)
- 関東職業能力開発大学校附属千葉職業能力開発短期大学校(中央区)(職業能力開発促進法に基づく職業能力開発短期大学校)
文化施設[編集]
博物館[編集]
科学館[編集]
美術館[編集]
動物公園・植物園[編集]
文化ホール[編集]
コンベンションセンター[編集]
市民活動センター[編集]
スポーツ施設・公園[編集]
千葉市の施設[編集]
- 青葉の森公園野球場
- 青葉の森公園陸上競技場
- 千葉公園野球場
- 千葉競輪場
- フクダ電子アリーナ
- 稲毛海浜公園
- 稲毛海浜公園球技場
- 稲毛海浜公園プール
- 稲毛ヨットハーバー
- いなげの浜
- アクアリンクちば
- 花見川サイクリングコース
- 泉自然公園・平和公園サイクリングコース
- 中田スポーツセンター球技場
- 千葉ポートパーク
- 千葉ポートアリーナ
- 千葉市昭和の森公園
- 高原千葉村(群馬県利根郡みなかみ町)
千葉県の施設[編集]
- 千葉県総合スポーツセンター
- 千葉県総合スポーツセンター陸上競技場
- 千葉県総合スポーツセンター第2陸上競技場
- 千葉県野球場
- 千葉県総合スポーツセンターサッカー・ラグビー場
その他[編集]
- 千葉マリンスタジアム - 2016年(平成28年)より命名権売却によりZOZOマリンスタジアムへと名称変更。
- 東京大学検見川総合運動場
国際機関[編集]
医療機関[編集]
- 千葉大学医学部附属病院
- 千葉市立海浜病院
- 千葉市立青葉病院
- 国立病院機構千葉東病院
- 国立病院機構千葉医療センター
- 千葉県がんセンター
- 千葉県救急医療センター
- 千葉県こども病院
- 千葉県精神科医療センター
- 千葉県千葉リハビリテーションセンター
交通[編集]
道路[編集]
高速道路とICなど[編集]
- 東関東自動車道
- 館山自動車道
- 首都圏中央連絡自動車道(圏央道)
- 緑区を400m程通過している。
- 京葉道路
- 武石IC、宮野木JCT、穴川IC(穴川中IC、穴川東IC)、貝塚IC、千葉東JCT、松ヶ丘IC、蘇我IC
- 千葉東金道路
有料道路[編集]
- 千葉外房有料道路
- 鎌取IC(千葉方面起・終点)→平山IC→誉田PA(千葉方面のみ)→高田IC→誉田IC(両方向に出・入口)→大木戸IC→大野PA(茂原方面のみ)→板倉IC
国道[編集]
中央区中央・本町の広小路交差点は国道14号の終点と国道51号の起点を兼ねており、戦前から千葉市における国道の結節点であった。
県道[編集]
主要地方道
一般県道
千葉市に残る道路元標位置[編集]
- 大正八年十一月十四日千葉県告示第二百九十五号/大正九年一月九日千葉県告示第一号
| 旧町村名 | 番地先 | 目標物 | 状態 |
|---|---|---|---|
| 千葉町 | 寒川字北長洲989番ノ1地先 | 羽衣公園 | 現存 |
| 蘇我町 | 今井字神明前262番地先 | なし | 不明 |
| 生実浜野村 | 浜野字東町1130番地先 | 浜野交差点 | 現存 |
| 検見川町 | 検見川字東上宿38番地先 | なし | 不明 |
| 幕張町 | 馬加字南寺口806番地先 | なし | 不明 |
| 椎名村 | 富岡字平台259番地先 | なし | 不明 |
| 誉田村 | 野田字上宿291番地先 | 野田十字路→緑土木事務所へ移設 | 現存 |
| 白井村 | 野呂字北ノ谷218番地先 | 白井小学校はす池 | 現存 |
| 更科村 | 上泉字下表耕地111番地先 | 消防団器具置場 | 現存 |
| 千城村 | 大宮字宮ノ谷688番地先 | 大宮神社 | 現存 |
| 都村 | 加曽利字田向696番地先 | なし | 不明 |
| 都賀村 | 作草部字屋舗748番地先 | なし | 不明 |
| 犢橋村 | 長沼字屋敷24番地先 | なし | 不明 |
| 土気本郷町 | 土気字馬場1727番地先 | なし | 不明 |
鉄道と駅[編集]
中心駅[編集]
東日本旅客鉄道(JR東日本)
- ■■ 総武緩行線
- 稲毛駅 - 千葉駅
- 蘇我駅 - 浜野駅
-
- 千葉 - 蘇我間は外房線に直通運転
- ■■ 千葉線
- ■■ 1号線
バス[編集]
路線バス[編集]
市域のほとんどで広義の京成グループの会社の手による路線バスが運行されている。また、公営交通(市営バス)の運行実績はない。
乗車方法は一部の均一路線を除き、基本的に後乗り前降り後払い方式。運賃は整理券を用いた区間制を採っている。
市内に於いて、バス共通回数券は現在発行されていない。ただし、東洋バス・千葉シーサイドバス・九十九里鉄道を除く各社では非接触型ICカードであるPASMO・Suicaが利用できる。
- 以上は、京成グループの事業者である。
スポーツ[編集]
スポーツチーム[編集]
- 野球
- プロ野球
- 千葉ロッテマリーンズ(パシフィック・リーグ二軍はさいたま市)1992年(平成4年) -
- 社会人野球
- JFE東日本硬式野球部(千葉市)
- JR千葉硬式野球部(千葉市)
- サッカー
- Jリーグ
- ジェフユナイテッド市原・千葉 2003年(平成15年) - ※ 2010年(平成22年)〜はJ2
- なでしこリーグ
- バスケ
- 千葉ホークス(車椅子バスケット、日本選手権3連覇)
- バレー
- 千葉ゼルバ(Vリーグ準加盟)
- 陸上競技
- 富士通陸上競技部(千葉市美浜区)
- プロレス
- KAIENTAI DOJO(千葉市中央区、Blue Field)
- ボクシング
- 本多ボクシングジム(千葉市中央区)
- 稲毛ボクシングジム(千葉市稲毛区)
障害者スポーツ[編集]
車いすバスケットボール日本選手権を3連覇した強豪の千葉ホークスの本拠地であり、また世界的に有名な競技用車椅子メーカーのオーエックスエンジニアリングが千葉市内に本社に持つ。熊谷俊人市長は「車椅子スポーツのメッカを目指す」と発言するなど障害者スポーツに力を入れている。2015年10月には、リオデジャネイロ・パラリンピック出場を競い合う「2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ」が千葉市中央区の千葉ポートアリーナで開催される予定である[27]。
名所旧跡・観光地・祭事[編集]
概要[編集]
東京湾を望む幕張地区(美浜区)に、全国的に有名なイベントや会議などが開催される複合的コンベンション施設の幕張メッセや、千葉ロッテマリーンズの本拠地千葉マリンスタジアムなどがある。近年では、「花の都・ちば」を都市イメージとして確立すべく事業を展開している。
名所・旧跡[編集]
- 加曾利貝塚
- 亥鼻城跡
- 千葉寺(板東札所第二十九番札所)
- 千葉神社
- 稲毛浅間神社
- 昆陽神社
- 大日寺(千葉氏歴代墓碑)
- 宗胤寺
- 子安神社
- 重俊院
- 生実陣屋
- 旧制千葉医科大学付属病院(現千葉大学医学部本館)
- 千葉刑務所
- 旧千葉県庁舎(1911年(明治44年)竣工のルネッサンス様式)
- 検見川送信所
その他の観光スポット[編集]
祭事[編集]
- 千葉市花火大会
- 千葉の親子三代夏祭り
- 稲毛浅間神社例大祭
- ベイサイドジャズ千葉
文化財[編集]
- 市内の国指定文化財一覧
| 番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 史跡 | 加曽利貝塚 | 若葉区桜木町141他 | 千葉市 | 昭和46年3月22日 | 縄文時代中期から後期。 日本最大級の馬蹄形貝塚。 |
| 2 | 〃 | 月ノ木貝塚 | 中央区仁戸名町289-1他 | 千葉市・他 | 昭和53年3月16日 平成14年3月19日 |
繩文時代中期から後期。馬蹄形貝塚。 |
| 3 | 〃 | 荒屋敷貝塚 | 若葉区貝塚町726-1他 | 千葉市・他 | 昭和54年3月13日 | 縄文時代中期前半。馬蹄形貝塚。 |
| 4 | 〃 | 犢橋貝塚 | 花見川区さつきが丘1-18 | 千葉市 | 昭和56年12月9日 | - |
- 市内の登録有形文化財一覧
| 番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 登録年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 建造物 | 千葉市民ギャラリー・いなげ (旧神谷伝兵衛稲毛別荘) |
稲毛区稲毛1-8-35 | 千葉市 | 平成9年5月7日 | 大正7年竣工。鉄筋コンクリート2階建。 |
| 2 | 〃 | 千葉トヨペット本社(旧勧業銀行本店) | 美浜区稲毛海岸4-5-1 | 千葉トヨペット株式会社 | 平成9年7月15日 | 明治32年6月竣工。昭和40年に現在地に移築。木造2階建。 |
| 3 | 〃 | 千葉県水道局千葉高架水槽 | 千葉市中央区矢作町670 (誉田給水場千葉分場内) |
千葉県水道局 | 平成19年7月31日 | 昭和12年2月竣工。正12角形の配水塔。高さ30m、5階建。 土木学会選奨土木遺産。 |
- 市内の千葉県指定文化財は千葉県指定文化財一覧を参照のこと。
千葉市を舞台とする作品[編集]
映画[編集]
- 『指導物語』
- 『ゴジラvsメカゴジラ』
- 『ゴジラ2000 ミレニアム』
- 『雨の翼』
- 『縮図』
TVドラマ[編集]
- 『やっぱり猫が好き』
- 『民衆の敵』(篠原涼子主演、フジ月9、2017.10〜12)
架空の「あおば市」が舞台だが、市域の規模と都市、農村部、海が揃っている千葉市がモデルとなり、海浜幕張駅前や千葉市役所、千葉中央公園など、市内各所でロケが行われた。
小説・ライトノベル[編集]
- 主人公である『高坂京介』が千葉市に住んでいる。アニメ版では千葉駅周辺の景観をモデルとした風景も登場する。
漫画・アニメ[編集]
- 『うちの大家族』(重野なおき)
- 『幕張』(木多康昭)
- 『幕張サボテンキャンパス』(みずしな孝之)
- 『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(谷川ニコ)
- 『弱虫ペダル』
- 『あっちこっち』
- 『ひぐらしのなく頃に』(興宮の舞台として緑区土気周辺が使われている)
出身有名人・ゆかりのある人物[編集]
千葉市出身の人物一覧を参照。
その他[編集]
市外局番[編集]
もともとの市外局番は「0472」[* 2]だったが、政令指定都市昇格4週間後の1992年(平成4年)4月29日から「043」に変更され、市内局番は200番台になった。新規加入は300番台が割り当てられる(市外局番「0434」であった佐倉市、四街道市、八街市なども同日に「043」になり、市内局番は400番台になった)[* 3]。 ただし、花見川区の八千代市に接している一部の地域(柏井町・柏井・横戸町・横戸台など)は買い物等の生活基盤が八千代市であること等を理由に住民の希望で市外局番が「047」(変更前は0474-8nで単位料金区域も八千代市扱い)となっており、同じ千葉市内でありながら「043」地域から「047」地域に電話をする際(逆も)には市外局番からかけなければならない。
キャラクター[編集]
「花の都・ちば」のシンボルキャラクターとして、ちはなちゃんが使用されている。パンフレットや看板などによく印画されているため、街中でも見る事ができる。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ “グローバルMICE都市 | MICEの誘致・開催の推進 | 国際観光 | 政策について | 観光庁”. www.mlit.go.jp. 2018年12月21日閲覧。
- ^ 千葉市. “千葉市のあゆみ・年表” (日本語). 千葉市. 2018年12月21日閲覧。
- ^ 千葉市:主要統計指標 Archived 2015年10月29日, at the Wayback Machine.
- ^ 『千葉県の気候・気象(千葉県の自然誌本編3)』103、670頁、千葉県気象月報・区内気象月表原簿(昭和26年2月)
- ^ “新区は「四街道区」 千葉・四街道合併協議会 合併の是非、来年5月以降に”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 13. (2003年11月20日)
- ^ “住民投票5月16日 四街道 千葉市との合併是非“決着” 即日開票”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 14. (2004年3月6日)
- ^ “四街道市民、合併に反対 千葉市編入の是非問う住民投票 協議会は解散へ”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (2004年5月17日)
- ^ “四街道市との合併協解散へ 県に届け出”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (2004年6月29日)
- ^ “政令指定市千葉が誕生”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 夕刊 15. (1992年4月1日)
- ^ “制服 堅苦しい「官」から脱却”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 17. (1992年4月2日)
- ^ “首都圏東部に新中核都市 政令市・千葉が“始動” 市民生活向上推進へ”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 1, 12, 19. (1992年4月2日)
- ^ “華やかに開幕ゲーム 本処地マリンで 県民ファン生の迫力たんのう”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 1, 10-12, 19. (1992年4月5日)
- ^ a b “千葉の文化創造の拠点 市美術館がオープン 中央区役所との複合施設”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1995年11月2日)
- ^ a b “欧州に初の友好懸け橋 モントルー市と姉妹提携 両市長が協定書に調印 千葉市”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1996年5月29日)
- ^ 千葉市:千葉市議会:議員名簿:会派別議員名簿
- ^ a b c d 選挙ドットコム
- ^ 山本宏行「千葉市選挙管理委員会告示第17号」『千葉市選挙管理委員会告示第17号』千葉市役所、2009年6月15日。
- ^ “09回顧ちば 上 “激震”、無風選挙が一転 鶴岡市長の逮捕 県都に最年少市長”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 14. (2009年12月26日)
- ^ “千葉市農業の概要”. 千葉市 (2009年7月7日). 2009年10月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年9月14日閲覧。
- ^ “ちば旬鮮図鑑 ちばの落花生”. 千葉県. 2014年10月25日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年9月14日閲覧。
- ^ a b “新たな姉妹友好都市提携へ スイス・モントルー市 中国・呉江市”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1995年6月30日)
- ^ a b “千葉市の新しい姉妹都市に最適なのは…モントルー(スイス)と呉江(中国)懇談会答申”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1996年2月1日)
- ^ “歴史、風土、自然の今昔ひと目で 千葉県立中央博物館 きょう開館”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 5-7. (1989年2月7日)
- ^ “青空広がり行楽地に歓声 GW初日 航空博物館オープン”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 12. (1989年4月30日)
- ^ “「きぼーる」全館オープン 家族連れでにぎわう”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 14. (2007年10月21日)
- ^ “写実絵画の名品165点展示 緑区のホキ美術館来月3日オープン 斬新な回廊型ギャラリー”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 14. (2010年10月17日)
- ^ “「開催は非常に光栄」 千葉市で来年10月国際大会 車椅子バスケ 調印式、知事ら出席”. 千葉日報 (千葉日報社). (2014年11月21日) 2016年9月14日閲覧。
- ^ 山村順次「千葉県における郷土景観の選定とその観光的活用」、『城西国際大学紀要』第18巻第6号、城西国際大学、2010年3月、 81-123頁、 NAID 40017405287。
関連項目[編集]
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