ビント・アンム婚

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ビント・アンム婚بنت عم[bint 'amm]、ビント・アンムこん)は、イスラーム世界で広く行われる父方平行いとこ同士の結婚

概要[編集]

アラブなどの中東地域では伝統的にいとこ同士の結婚が尊重されており、特にビント・アンム(父方おじの娘)との結婚が好ましいと強調される場面が多いが、実際はいとこ一般がよそ者との婚姻よりは好ましいと考えられている[1]。こうしたいとこ婚はアラビアの遊牧民社会だけではなく、エジプトイラクイランシリアでも広く行われている文化であり、それも極めて古代からのことである[2]パシュトゥーンバルーチュでもいとこ婚の頻度が高く、内婚的傾向が強い[3]。ビント・アンム婚の割合はクルディスタンの部族地域の43%からレバノンの2%までの差異があり、リチャード・アントーンの推計によれば全婚姻数のおよそ10-15%である[4]。エジプトの場合は20%近く、スーダンの場合は80%である[5]

効果[編集]

ビント・アンム婚を選好する理由は、相続財産を男系単位内部で保持するというものや、配偶者間の地位が同等であることを保証するというものがある[6]。 イスラム社会では婚約にあたる夫の方から妻の方へ婚資(マハル)を支払う習慣があるが、近親同士の結婚の場合は赤の他人同士の結婚の場合の半額程度で済むため、金銭の負担が軽減される[7]。ビント・アンム婚の多いサウジアラビアでは婚姻によって妻の姓が変わる事例が少なくなっている[8]モロッコの格言には、ビント・アンム婚を支持するものとして「父の兄弟の娘と結婚した男は、自分で飼っている羊で祭りを祝う者のようだ」というものがあり、これは家族内に富や威信が満ちているという意味である[9]

歴史[編集]

いとこ婚はシャリーアでは許可されており、クルアーン部族連合章には預言者ムハンマドがいとこと結婚することを認める記述がある[10]。 イスラーム黎明期においてはいとこ婚やそれに類する血縁婚を実行した指導者が多く、預言者ムハンマドは従妹のザイナブ・ビント・ジャフシュと結婚している[11]。また、第2代正統カリフウマル・イブン・ハッターブも従妹のアティーカ・ビント・ザイドと結婚しており[12]、第4代正統カリフでシーア派初代イマームアリー・イブン・アビー・ターリブは従兄の預言者ムハンマドの娘であるファーティマと結婚し、ハサンフサインをもうけた[13]

現代においては、イラク共和国の元大統領であるサッダーム・フセインが従妹のサージダ・ハイラッラーと結婚している他[14]サラフィー主義者にも見られ、ウサーマ・ビン・ラーディンは従妹のナジワ・ガネムと結婚し、11人の子供を作っている[15]

出典[編集]

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  1. ^ 田中真砂子(編),奥山恭子(編),大口勇次郎(編)『縁組と女性―家と家のはざまで』(早稲田大学出版部、1994年)34ページ ISBN 978-4-657-94110-7
  2. ^ 中野美代子(編)『本多勝一を解説する』(晩聲社、1992年)278ページ ISBN 978-4-891-88228-0
  3. ^ 須藤健一(編) 杉島 敬志 『性の民族誌』(人文書院、1993年)87ページ ISBN 978-4409530146
  4. ^ Dale F.Eickelman(著)大塚和夫(訳)『中東―人類学的考察』(岩波書店、1988年)150ページ ISBN 978-4-000-01355-0
  5. ^ 田中真砂子(編),奥山恭子(編),大口勇次郎(編)『縁組と女性―家と家のはざまで』(早稲田大学出版部、1994年)35ページ ISBN 978-4-657-94110-7
  6. ^ Dale F.Eickelman(著)大塚和夫(訳)『中東―人類学的考察』(岩波書店、1988年)150ページ ISBN 978-4-000-01355-0
  7. ^ 中野美代子(編)『本多勝一を解説する』(晩聲社、1992年)278-279ページ ISBN 978-4-891-88228-0
  8. ^ 島村修治『外国人の姓名』(帝国地方行政学会、1971年)125ページ
  9. ^ Dale F.Eickelman(著)大塚和夫(訳)『中東―人類学的考察』(岩波書店、1988年)149ページ ISBN 978-4-000-01355-0
  10. ^ 『コーラン 中』(井筒俊彦(訳)、岩波書店、1958年)356ページ ISBN 978-4-003-38132-8
  11. ^ アーイシャ・アブドッラハマーン(著)徳増輝子(訳)『預言者の妻たち』(日本ムスリム協会、1977年)167ページ
  12. ^ Islam and the Modern Age 11 (1980年)322ページ
  13. ^ 佐藤次高(監修)『新イスラム事典』(平凡社、2002年)79ページ ISBN 978-4-582-12633-4
  14. ^ Judith Miller(著)Laurie Mylroie(著)舛添要一(訳)『サダム・フセイン』(飛鳥新社、1990年)27ページ ISBN 978-4-870-31084-1
  15. ^ Lawrence Wright(著)平賀秀明(訳)『倒壊する巨塔 上』(白水社、2009年)371ページ ISBN 978-4-560-08019-1

関連項目[編集]