山口組外伝 九州進攻作戦

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山口組外伝 九州進攻作戦
監督 山下耕作
脚本 高田宏治
原作 飯干晃一
出演者 菅原文太
梅宮辰夫
伊吹吾郎
松方弘樹
渡瀬恒彦
渚まゆみ
音楽 八木正生
撮影 山岸長樹
編集 市田勇
製作会社 東映
配給 東映
公開 日本の旗 1974年4月27日
上映時間 106分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 4億500万円[1]
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山口組外伝 九州進攻作戦』(やまぐちぐみがいでん きゅうしゅうしんこうさくせん)は、1974年日本映画。主演:菅原文太、監督:山下耕作東映京都撮影所製作、東映配給。併映『喜劇特出しヒモ天国』(山城新伍主演、森崎東監督)。

概要[編集]

1973年の『仁義なき戦い』の大ヒット以降、東映は実録ヤクザ路線と銘打ち[2]各地の暴力団抗争をモデルとした映画を製作した[3]。特に同年『山口組三代目』が大ヒットし、山口組の全国進攻は実録路線の元ネタとしては最適であったため[4]、これを題材とする映画を次々製作したが、このうち山口組の急先鋒として西日本を暴れまわった伝説の男・夜桜銀次(本名:平岡国人)をモデルとしてその一生を描いたものが本作である[5]

あらすじ[編集]

全身に夜桜刺青をした実在のやくざ・夜桜銀次が関わった抗争事件、別府抗争明友会事件博多事件を軸に銀次の生涯を描く[6][7]。  

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

製作経緯[編集]

企画・脚本[編集]

原作は飯干晃一となっているが、飯干の原作本を映画化したのではなく、飯干が夜桜銀次を週刊誌に取り上げた記事をプロデューサーの日下部五朗が読み「夜桜銀次を主人公にしたら面白い」と映画化したもの[8]。当時はまだ夜桜銀次の名前は極道社会でもあまり知られていなかったという[8]。役名は微妙に書き換えられているが、内容はほぼ史実に基づく[5]

逸話[編集]

  • 日下部は、夜桜銀次が舎弟だった大分県別府市石井組山口組系)に挨拶にいった時、雪隠詰めにされた。「夜桜銀次みたいなチンピラをスター扱いしやがって書いた奴を連れて来い!」と怒鳴られ、日下部は二日後、東映本社からこのことを知らされた田岡一雄の"鶴の一声"で釈放されるまで、ホテルに軟禁された[8][9]
  • 脚本の高田宏治も取材で夜桜銀次を知っている人に何人か会ったが、銀次を褒める人は誰もいなかったという[7]賭場での行儀の悪いヤクネタ(暴れ者)で、理性なく向かってくるので、やくざたちでさえ当たらず障らずしていたのが真相で、チンピラの死が、九州と関西の大戦争の引き金を引いたことで、その名を大きくしたのだろうと述べている[7]

備考[編集]

  • たけし・さんまの有名人の集まる店』(1997年12月28日放送)でゲストに菅原文太が登場し、高校時代からの憧れであった司会の明石家さんまが「私ね、高校時分、夜桜銀次って言われてたんですよ。覚えてらっしゃいます、夜桜銀次?」と聞かれて苦笑いしながらも答える文太にさんまが「津川さんの最後のセリフ『なんでお前らこんな事やったんや!』『夜桜の銀次というエエ極道がおりおりましてな。』トンテントンテントンテントンテン(イントロ)ってコレよ、ね!」と話すと「忘れた。」と答える文太に「ありゃ」とさんまが答えている。

山口組の全国進攻を描いた作品[編集]

仁義なき戦いシリーズ」の第三部『仁義なき戦い 代理戦争』の作中、山口組(映画では明石組)の全国進攻を映像とテロップで駆け足で説明するシーンがあり[10]、「昭和37年5月九州博多事件」としてテロップで流れるものを映画化したのが本作[7][10]。このシーンで銃殺されるヤクザが夜桜銀次[10]。この他「昭和36年6月 義友会事件」とテロップで流れるのは明友会事件のことで、本作にも双竜会として登場し『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(1975年)や『実録外伝 大阪電撃作戦』(1976年)、『やくざ戦争 日本の首領』(1977年)もこの明友会事件をモデルとしている。また「昭和36年7月 石川組組長刺殺事件」は、奈良県大和郡山市で起きた喜多久一刺殺事件で、殺害した柳川組は、先の『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』『実録外伝 大阪電撃作戦』の両映画にもモデルとして登場する[10]。東映が山口組を題材にした映画が量産できたのは山口組・田岡一雄組長の息子・田岡満をスタッフに入れていたためで[11]、『山口組三代目』(1973年)を製作する際に、岡田茂東映社長(当時)が田岡一雄に「田岡満さんをプロデューサーにして映画を一緒に作らせてほしい」と申し出ていた[12]。田岡一雄は息子の田岡満の仕事は何でもOKだったため[13]、田岡一雄ではなく、田岡満がすべての脚本をチェックすることで、映画に取り上げられた組関係者に、協力はしても反対はするなと指示を出していたといわれる[13][14][15]

関連映画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)322頁
  2. ^ 「『仁義なき戦い』製作発表」、『キネマ旬報』1973年1月新年特別号、 177頁。キネマ旬報』1973年2月決算特別号、 39頁。
  3. ^ 東映実録路線中毒 ANARCHY & VIOLENCE/ラピュタ阿佐ケ谷
  4. ^ 高田宏治 『東映実録路線 最後の真実』 メディアックス2014年、71頁。ISBN 978-4-86201-487-0
  5. ^ a b 「実録やくざ映画大全」、『映画秘宝』、洋泉社、2013年5月、 120-121頁。
  6. ^ 山口組外伝 九州進攻作戦 - 福岡市フィルムアーカイヴ
  7. ^ a b c d 「作品紹介:高田宏治」『東映実録路線 最後の真実』、78-79頁
  8. ^ a b c 「日下部五朗インタビュー」『実録やくざ映画大全』、126-129頁
  9. ^ 「高田宏治エッセイ」『東映実録路線 最後の真実』、202-203頁
  10. ^ a b c d 「ヤクザが認めた任侠映画」、宝島社2003年ISBN 978-4796637435
  11. ^ 高橋賢 『無法地帯:東映実録やくざ映画』 太田出版2003年、170-179頁。ISBN 4872337549
  12. ^ 山平重樹 『任侠映画が青春だった』 徳間書店2004年、248-253頁。ISBN 419861797X
  13. ^ a b 「対談:日下部五朗vs高田宏治」『東映実録路線 最後の真実』、74-75頁
  14. ^ 『東映実録やくざ映画 無法地帯』、170-179、240頁
  15. ^ 『ヤクザが認めた任侠映画』、134-141頁

外部リンク[編集]