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資金源強奪

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資金源強奪
監督 深作欣二
脚本 高田宏治
出演者 北大路欣也
川谷拓三
室田日出男
梅宮辰夫
太地喜和子
山城新伍
松方弘樹(友情出演)
音楽 津島利章
撮影 赤塚滋
編集 市田勇
製作会社 東映京都撮影所
配給 東映
公開 日本の旗 1975年6月21日
上映時間 92分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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資金源強奪』(しきんげんごうだつ)は、北大路欣也主演・深作欣二監督・東映製作で1975年6月21日に公開された日本映画[1][2][3][4]。『オーシャンと十一人の仲間』や『突破口!』などと同様、登場人物は全員悪党というクライムムービー[3]

概要

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阪神電車尼崎駅前でロケが行われた

1965年の『徳川家康』以来、10年ぶりの北大路欣也主演映画で[5][6][7]、大金を奪い合う悪党たちの様子をコミカルに描く[8][9]。北大路は暴力映画の巨匠・深作欣二とタッグを組み[1]、本作で初めてアクションに挑んだ[1]

文献により北大路の相棒を演じた川谷拓三室田日出男が主役と書かれたものもあり[10]、北大路も「僕と拓三さんと室田さんが主役で...簡単に言ってしまえば拓三さんの出世作だと思いますよ。素晴らしい映画です」と話している[11]

北大路と腐れ縁を持つ停職中の刑事梅宮辰夫[7]。東映出身ながら、退社後、文学座で大女優の道を歩んでいた太地喜和子が12年ぶりの東映映画出演で[7]、北大路の情婦を演じ[7]、北大路との濃厚な濡れ場を見せる[12]。また松方弘樹山城新伍カメオ出演を買って出た[7]

ストーリー

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幹部を夢見て鉄砲玉となり、敵対する暴力団の組長を射殺し、8年間の刑務所生活を送ったやくざ・清元武司。獄中でひそかに、所属する羽田組から大金を強奪する計画を練っていた清元は出所後、刑務所仲間の別所鉄也・小出熊吉とともに雄琴温泉で組が開いていた賭場を襲撃し、まんまと3億5千万円を手に入れた。羽田組は停職中の悪徳刑事・能代文明を雇って犯人を追跡させようとする[2][3][4]

スタッフ

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キャスト

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クライマックスで能代が展望台上から狙撃を行う通天閣。羽田組は通天閣の横にあるという設定。

製作

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企画

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企画、及びタイトル命名は、岡田茂東映社長[13]。当時岡田が漢字の題名を先に考え、出来たタイトルで映画を作れと現場に指示していた[13]。『強盗放火殺人囚』『北陸代理戦争』等も同じで[13]、本作は五文字の漢字で岡田がタイトルを作り、高田宏治に脚本を発注した[13]。高田は『博奕打ち 総長賭博』の取材で、ヤクザの花会等で奪われても警察に届けられない何億もの現金が動くのを見たことがあり、ヤクザの資金源を襲うというのは面白いとホンを執筆した[13]

1975年の正月映画として「山口組シリーズ」三部作の最終作として大ヒットが予想された『山口組三代目 激突篇』が、諸事情あって製作中止に追い込まれ[14]、代わりに公開した『日本任侠道 激突篇』が、正月作品としては「何年来ないような惨憺たる成績」に終わったことから[15]、岡田社長が「ここらで本流のアクションで大攻勢をかける」と宣言し[15]、この年、東映の看板スターによる実録映画&アクション映画が量産された[15]

監督&キャスティング

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当時の深作欣ニは実録路線で名声を高めていた時期で[16]、『県警対組織暴力』と本作は、『仁義なき戦い』からどう逃れるかがテーマだったとも評される[16]

1975年2月の『仁義の墓場』公開中に、岡田東映社長が「1975年の東映大作に渡哲也を続々出演させて、渡を東映のエースにする」とブチ上げ[17][18][19][20]、6月公開『スーパー・アクション/強奪』というタイトルで渡の主演作として発表した[17][21]。しかし渡が前年に続き長期療養を余儀なくされたため[19][20][22]、本作も渡の代わりに北大路欣也の主演、菅原文太共演に変更された[23]。この年4月5日公開の『大脱獄』も菅原は予定になかった渡の代役を務め[24][25][26][27]、同じ月に岡田社長が「今年の後半は松方、北大路中心のローテーションを組む」と発言したことが[28]、菅原には面白くなく[23]、菅原が公開予定の一ヶ月前の5月になって「オレは出ないよ、夏まで静養したい」と本作出演を拒否した[23]。菅原はポリープがあり、4月25日から5月9日まで虎の門病院に入院し[23]、退院後は自宅療養中で[23]、5月16日夜にプロデューサーが菅原の自宅を訪ね説得したが「最初から企画に参加してないので、共演とはいえ、作品に責任が持てない」[23]「渡哲也と同じだ」などと出演を拒否[23]。一時製作の目途が立たない状況になった[23]。菅原が演じる予定だったのは北大路と対決する刑事役だったと見られ[7]、代役は梅宮辰夫になった。結局、菅原は長期静養を表明し[29]、『県警対組織暴力』の後1975年4月20日から、7月21日の『トラック野郎・御意見無用クランクインまで丸三ヶ月の間、仕事を休んだ[30][29][31][32][33]。菅原が出演予定があったのは、本作『資金源強奪』と『新幹線大爆破』『暴力金脈』の三本であった[32]

数々の怪演で人気が急上昇していた川谷拓三室田日出男が準主役に抜擢された[34]。ひたすら悲惨な目に遭うのはお約束ながら、最後まで大金に喰らいつくバイタリティーを見せる[34]。同じピラニア軍団では"前科イッパン"山城新伍をサポートする成瀬正や、後半急に登場してあっけなく殺される岩尾正隆、終始グラサン越しにガンを飛ばす松本泰郎も出演している[34]

女優で脱ぐのは太地喜和子渡辺やよい芹明香の3人だが、能代刑事(梅宮辰夫)の若い妻を演じる渡辺やよいが豊満な美乳で驚かせる。園田冴子を演じる沢野火子こと、小泉洋子は脱がないが、いい味を出している[3]

脚本

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色々なエピソードが次々積み重なり[3][21]、二転三転四転五転していく展開は日本映画では珍しく冴えている[3][16][21]。脚本は高田宏治のオリジナルで[16]、深作欣二が亡くなる2年前に、クエンティン・タランティーノが深作に企画を持って来たが、ホンがつまらなくて、深作が本作のリメイクを提案したと高田は話している[21]、ただ詰め込み過ぎて、辻褄が合わない部分もある。杉谷勝次(今井健二)が、清元武司(北大路欣也)から金を横取りしようとする。清元(北大路)が車・ハコスカトランクに3億円を積んだままなのも変だが、清元が車から離れ、廃船に逃げ込んだため、杉谷は清元を深追いしないで、ハコスカを奪って逃げればいいのに追って清元に海に落とされ殺される。銃声に驚いた近所の住民がたくさん集まったため、トランクを開けたままで現金を積んでいることがバレる恐れがあり、ハコスカを置いて立ち去る描写があるのに、次の尼崎駅前の件でしっかりハコスカが出る。

撮影

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阪神電車尼崎駅前とラブホ街でじっくり撮影が行われている。尼崎駅前の撮影はドンパチの撮影許可が降りたのか、通行人はエキストラとは思えないたくさんの数でゲリラ撮影なのかは分からない。

羽田組は通天閣のほぼ真下にある設定で、能代(梅宮)が通天閣展望台上から狙撃を行うが、この角度だと標的が窓際にいないと当たらない。羽田組内部はセット。

ロケ地

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熊本県杖立温泉滋賀県大津市雄琴温泉琵琶湖びわこ競艇場兵庫県尼崎市阪神電車尼崎駅大阪市浪速区新世界通天閣

トラブル

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監督は深作欣二だが、オープニングドクレジットでは平仮名の「ふかさくきんじ」表記になっている[9][16]。これは東映本社との対立によるもので[30]、犯罪を扱う内容が反社会的とみなされるのを恐れ、劇中の数ヵ所に刑法の条文を挿入させられたことへの反発とも、殺人的スケジュールや低予算に対する抗議だった[30][35]とも言われている。

脚本の高田宏治は、自分としては面白く書けた脚本で、試写で深作に「面白い」と褒めたのだが、深作は試写後に企画部長に「僕のクレジットを平仮名にしてくれ」と言ったと証言している[13]。高田は深作の本心は未だナゾだが、『仁義の墓場』みたいな名作を撮ってジャーナリストからもチヤホヤされていた時期だったから、ちょっと(本作に対する)思い入れが違ったのではないか」などと話している[13]

作品の評価

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公開当時の映画誌に「銀行強盗、現金輸送車襲撃、列車強盗映画はこれまでにも数々製作されているが、法律や警察の盲点ともいうべき暴力団の資金源を強奪するドラマはこの作品がはじめて。もっとも外国では『オーシャンと十一人の仲間』とか『地下室のメロディー』とか傑作があるが、結局、金は手に入らないという寸法...」などと記述されている[7]

北大路欣也は「評価低いねえ。お客が入らなかったから」などと述べている[11]

高護は「高田宏治+深作欣二作品では、『北陸代理戦争』と並ぶ傑作」と[16]、山中貴志は「『資金源強奪』は深作欣二・高田宏治コンビの最もライトな部分が表出した傑作。重すぎても軽すぎても凡作に成りかねない絶妙なバランスでぎりぎり成立した希有な作品…北大路欣也独特のリズムとセリフ廻しによって全体のテンポが効いている」などと[36]、谷井洋子は「題名は地味だが、ハリウッド映画リメイクされても不思議じゃない作品」[3]などと評価している。

白石和彌は「東映さんも実録物も割と早い段階でネタがなくなって、その世界観を利用して作った『資金源強奪』とか『暴走パニック 大激突』とか、より劇画化した映画がけっこう好きです」などと述べている[37]

WOWOWは「傑作の誉れ高い『仁義の墓場』『県警対組織暴力』に比べるとソフト化が遅れてしまったからか、知名度は低いものの、どうして中身の方は一歩も引けを取らない、抜群の面白さ」などと評している[4]

同時上映

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青い性

実録・ベトナム戦争残虐史

  • 構成:井出昭 / 製作:ゼネラルワーク

映像ソフト

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  • 一般家庭にビデオが普及する前の1981年頃、東映芸能ビデオからVHSが5万8000円で発売されていた[38]
  • その後、長らくビデオソフトが再発売されておらず[4]、視聴困難な状態が続いていたが、ファンのリクエストに応え[9]2008年12月5日東映ビデオからDVDが発売された[9]
  • 地上波を含み、テレビでは何度かオンエアされている。

脚注

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  1. ^ a b c 資金源強奪”. 日本映画製作者連盟. 2024年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月12日閲覧。
  2. ^ a b 資金源強奪”. 東映チャンネル. 東映衛星放送. 2025年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月12日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g Hotwax3 2005, pp. 28–29, 特集 深作欣ニ rare groove 1975-1977 作品紹介 資金源強奪 文・谷井洋子
  4. ^ a b c d 資金源強奪”. WOWOW. 2025年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月12日閲覧。
  5. ^ 河原畑寧「洋画ファンのための邦画マンスリー 6月21日⇒7月20日 〈スタースポット〉 北大路欣也」『ロードショー』1975年8月号、集英社、227頁。 
  6. ^ 「東映『新幹線大爆破』で恐怖映画ブームに一翼を」『週刊映画ニュース』全国映画館新聞社、1975年5月24日、1面。
  7. ^ a b c d e f g 「雑談えいが情報 新作映画ニュース ハードアクションに新境地開く 北大路欣也の男っぽさが大爆発!! 『資金源強奪』」『映画情報』1975年8月号、国際情報社、ページ表記なし。 
  8. ^ 佐藤忠男山根貞男「アクション映画の転回 文・西脇英夫」『日本映画1976 1975年公開日本映画全集』芳賀書店〈シネアルバム(46)〉、1978年、62頁。ISBN 4-8261-0067-1 
  9. ^ a b c d 「DVDリリース情報『資金源強奪』 暴力団の巣《賭場》へ豪快アタック! 北大路欣也、完全犯罪へ全力投球 文・金澤誠」『東映キネマ旬報 2008年冬号 vol.9』2008年11月20日、東映ビデオ、13頁。 
  10. ^ 「映画ガイド名敵役の川谷、室田主役に抜擢!」『週刊平凡』1975年6月19日号、平凡出版、196頁。 
  11. ^ a b #浪漫アルバム、「北大路欣也インタビュー」、186頁。
  12. ^ 「邦画 太地喜和子お得意のラブシーンが見もの『資金源強奪』」『スタア』1975年8月号、平凡出版、100頁。 
  13. ^ a b c d e f g KAWADE夢ムック 春日太一責任編集 深作欣二 現場を生きた、仁義なき映画人生(河出書房新社、2021年 ISBN 978-4-309-98033-1)「第2章 「仁義なき戦い」の時代 連続インタビュー深作欣二の現場(10) 高田宏治(脚本家) 作さんに「ちょっと冒険してみるけどええか?」って言うたのよ」pp.113-114
  14. ^ 「映画・トピック・ジャーナル 東映『山口組』シリーズに終止符」『キネマ旬報』1975年1月特別号、キネマ旬報社、196-197頁。 
  15. ^ a b c 河原畑寧「洋画ファンのための邦画マンスリー 4月21日⇒5月20日」『ロードショー』1975年6月号、集英社、230頁。 
  16. ^ a b c d e f Hotwax3 2005, pp. 14–16, 特集 深作欣ニ rare groove 1975-1977 深作欣ニの作品 part.3 文・高護
  17. ^ a b 「邦画新作情報」『キネマ旬報』1975年4月春の特別号、キネマ旬報社、201-202頁。 
  18. ^ 「随想 東映スター渡哲也が誕生するまで」『キネマ旬報』1975年2月下旬号、キネマ旬報社、48-49頁。 
  19. ^ a b “松方因縁のリリーフ 再び渡の代役…頼れる男『県警対組織暴力』”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 13. (1975年3月13日) 
  20. ^ a b 「なになにッ! "良心の東映"悲壮な決意 病欠渡のポスターはがし」『サンケイスポーツ産業経済新聞社、1975年3月20日、15面。
  21. ^ a b c d Hotwax3 2005, p. 53, 特集 深作欣ニ rare groove 1975-1977 仁義の墓場・やくざの墓場/脚本家・高田宏治インタビュー
  22. ^ 石原まき子『石原裕次郎・渡哲也 石原プロモーション50年史 1963-2013』石原プロモーション、2014年、153-155頁。 「渡哲也インタビュー 高平哲郎」『渡哲也 さすらいの詩』芳賀書店〈シネアルバム(67)〉、1978年、153-168頁。ISBN 4-8261-0067-1 「アングル76' 幻の映画を追って」『キネマ旬報』1976年正月特別号、キネマ旬報社、166-167頁。 
  23. ^ a b c d e f g h 「なになにッ!『資金源強奪』空中分解文太、監督、東映三すくみ」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、1975年5月17日、11面。
  24. ^ 「大脱獄 健さん、五木"幻の競演" チョイ役じゃ… 五木出演また流れる 文太とガップリ 健親分変身」『サンケイスポーツ』1975年2月27日、産業経済新聞社、11面。
  25. ^ 「高倉健、久しぶりの映画 菅原文太と『大脱獄』」『読売新聞夕刊』1975年4月2日、読売新聞社、7面。
  26. ^ 「渡、突如出演を辞退 東映首脳大あわて カゼこじらせ 『県警対組織暴力』」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、1975年3月11日、11面。
  27. ^ 「特報 幼い愛児が目を手術 渡哲也重なる悲運に俊子夫人が不眠不休必死の献身」『週刊平凡』1975年4月6日号、平凡出版、46-47頁。 
  28. ^ 「13年ぶりの競演 松方、北大路ガップリ四つ」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、1975年4月24日、15面。
  29. ^ a b 「不死身の文太、オーバーホール きょう入院"いい骨休みさ"」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、1975年6月4日、13面。
  30. ^ a b c 「もう仁義はきらないぜ 東映実録トリオ、会社に造反」『週刊朝日』1975年6月27日号、朝日新聞社、36-37頁。 
  31. ^ 「~アンタ!あの娘の何なのさ~ 爆発人気"ダウン・タウン" 文太もシビレタ お忍び拝聴の東映重役さんもOK」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、1975年6月11日、11面。
  32. ^ a b 「三度失敗、四度目にやっと運ちゃん文太に免許証」『サンケイスポーツ』産業経済新聞社、1975年7月12日、11面。
  33. ^ 松田政男「深作欣二の世界」『シナリオ』1975年8月号、日本シナリオ作家協会、128頁。 
  34. ^ a b c Hotwax3 2005, pp. 42–45, 特集 深作欣ニ rare groove 1975-1977 ピラニア軍団 in 深作ムービー 1975-1977 文・延山政弘
  35. ^ 本作の後番組として公開されたのは、オールスターキャストのパニック超大作『新幹線大爆破』であった。
  36. ^ Hotwax3 2005, p. 17, 特集 深作欣ニ rare groove を彩る俳優たちの作品 文・山中貴志
  37. ^ 荒井晴彦森達也白石和彌井上淳一『映画評論家への逆襲』小学館小学館新書 399〉、2021年、25–26頁。ISBN 9784098253999 
  38. ^ 「ビデオコレクション1982」1981年、東京ニュース通信社、「週刊TVガイド」臨時増刊12月2日号

参考文献

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北大路欣也へのインタビューの中で、本作品についても言及されている。

外部リンク

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