石原プロモーション

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株式会社 石原プロモーション
Ishihara International Productions, Inc.
種類 株式会社
略称 石原プロ
本社所在地 日本の旗 日本
182-0024
東京都調布市布田4丁目20番地
調布シティビル3階
設立 1963年(昭和38年)1月16日
業種 サービス業
事業内容 芸能事務所番組制作会社
代表者 代表取締役会長 石原まき子
資本金 3000万円
従業員数 30人(所属タレントを除く)
主要子会社 石原音楽出版社
石原インターナショナル
アイ・ビー・エフ
石原ミュージック
石原裕次郎記念館
関係する人物 石原裕次郎
渡哲也
舘ひろし
神田正輝
外部リンク 石原プロモーション
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株式会社石原プロモーション(いしはらプロモーション) は、日本の芸能事務所制作プロダクションである。本社は東京都調布市に所在。

社名の由来は、設立者及び初代社長であった石原裕次郎の名字から付けられたもの。略称は「石原プロ」。

また、同社が制作していた「大都会 PARTIII」の『黒岩軍団』、「西部警察」シリーズの『大門軍団』にちなみ、所属タレントの集団は『石原軍団』(いしはらぐんだん)の愛称で広く親しまれている。

代表取締役会長は石原まき子[1]

概要[編集]

芸能事務所・制作プロダクションであるが、プロデュース中心になった他の制作会社と違い、撮影用機材・クルーを現在も自社で保有しており、自身を「映画製作の会社」と名乗っている。

同社設立者の石原裕次郎は、もともと水の江瀧子と「石原商事」を経営していたが、1963年1月16日に石原の個人事務所(プライベートオフィス)として設立され、浅丘ルリ子などの日活の俳優が所属した。

1963年から1973年にかけて、大手映画会社に出来ない作品を作るという理想のもとに「太平洋ひとりぼっち」、「黒部の太陽」、「栄光への5000キロ」など、石原主演映画を中心に多数の映画を製作した。1967年から1969年にかけては、黛ジュンの大活躍によって、一気に経営が潤った。しかし、「黒部の太陽」や「栄光への5000キロ」に代表される石原の主演映画の膨大な製作費に充てられ経営を圧迫、当時は映画産業の斜陽が深刻化していた頃で、「ある兵士の賭け」など興行的に失敗した作品が多く、それらの事由で会社存続が危ぶまれ8億円(当時)近い借金を背負ってしまった時期でもあった。

そんな苦しい状況に喘いでいた1972年、テレビへの過小評価から頑なに出演を拒否していた石原であったが、周囲の強い説得で嫌々ながらもテレビドラマ太陽にほえろ!」(東宝日本テレビ製作)に出演する事となる。放送開始された「太陽にほえろ!」は見事、高視聴率・高人気を獲得する事となり、そこでテレビが持つ影響力の大きさを身をもって体験したことがもとで、後に活動の軸足を映画からテレビに移していくこととなる。そして、会社の再建のため、また自分が愛してやまない映画をもう一度作りたいという理由で、自社でテレビドラマ大都会」「西部警察」シリーズを製作して人気を集め、10億円近くの借金を返済したのみならず30億円近くの資産を築き、再建に成功した。しかし本来の目的であった映画製作については石原の死去もあり、1993年の「欽ちゃんのシネマジャック」向け短編を最後に遠ざかっている。

会社存続が危ぶまれた当時、日活に所属しながらも石原を兄のように慕っていた渡哲也を皮切りに俳優が所属するようにもなり、彼らのマネジメントも手掛けるようになった。石原裕次郎亡き後は、副社長の渡が社長に昇任し、所属俳優の神田正輝舘ひろしも共に取締役に就任し(それぞれ登記上は本名名義)、専務は「コマサ」こと小林正彦が石原の亡き前から長年にわたり務めていた(詳しくは本人の項を参照)。

しかし、2011年3月28日の株主総会で、石原まき子会長以外の取締役5人が退任。代表取締役社長であった渡哲也、取締役であった神田正輝と舘ひろしは、一俳優として石原プロに所属することとなった。また、専務取締役であった小林正彦は、業界から引退することとなった[1]。なお、現在の所属タレントや社員は同年6月30日付で全員一旦退職した上で、翌7月1日付で一部社員が再雇用される形になる[2][3]

2015年6月22日チャンネル銀河株式会社と業務提携契約を締結。それに伴い、同社代表取締役会長の石原まき子がチャンネル銀河株式会社名誉会長に、また、チャンネル銀河株式会社代表取締役社長の関本好則が石原プロモーション会長特命コンテンツアドバイザーに就任した[4]

石原裕次郎が生前スポーツ界や政財界等各界と交流を深めていたこともあり、全国に協賛企業・団体が数多く存在している。特に代表的なものとして宝酒造があり、所属俳優がCMに出演しているほか、石原プロのイベントには宝酒造の樽酒(松竹梅)が毎回登場する。また、ドラマ『西部警察』PART-Ⅱの日本全国縦断ロケ第26話「-北都の叫び- カムバック・サーモン」では当時存在した宝酒造札幌工場でロケが行われ、当時の社長であった大宮隆が本人役として出演している。

名物の炊き出し[編集]

東日本大震災での炊き出しのため開設された石巻げんき食堂
(2011年4月19日、宮城県石巻市)

石原プロは撮影用の車やバイクなどのほかに、餅つき機や3000人分の炊飯ができる炊事器などを所有しており、石原プロ関係のイベントで炊き出しをするのが恒例となっている。小林正彦が自ら調理して所属俳優が料理を配るのも人気の一つであり、カレー、赤飯、豚汁、おはぎ、雑煮など種類も豊富である。現在は「炊き出しカレー」が市販されている。

1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)では、被災地の兵庫県芦屋市で渡の弟である渡瀬恒彦と共に焼きそばの炊き出しを行った。

2006年4月12日放映の『愛のエプロン3時間スペシャル』(テレビ朝日)では、渡をはじめとする所属俳優が料理を披露。2007年1月1日放映の『SMAP×SMAP』(関西テレビ・フジテレビ)の料理コーナー「BISTRO SMAP」に渡、舘、神田、徳重の4人が出演した際には、過去のイベントでの炊き出しの模様を記録したプロモーションビデオの存在が明らかになり、「THE 炊き出し PART4」なるビデオの一部が紹介された。その中で舘は「ただ、俳優のプロモーションビデオはひとつもない」とも明かしている。

2008年11月12日放送の『ナニコレ珍百景』(テレビ朝日)では、徳重聡が都内にある石原プロの倉庫を紹介した。この際、動態保存された多数の劇用パトカー等と共に炊き出しに使う鍋なども紹介されたが、珍百景としての登録はされなかった。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)では、トラック28台を連ねて被災地の宮城県石巻市を訪れ、渡、舘らが4月14日から20日までの一週間、カレーや焼きそば、おでんぜんざいなど豊富なメニューの炊き出しを行った[5]。 また、被災地と関係の無いファンが訪れた事もあり、道路渋滞が発生した事で苦情が出たとの報道が一部でされた[6]

2011年9月7日から6日間、東京・日本橋高島屋屋上で大東北展の目玉として「屋上げんき食堂」を特設、売上金全額は日本赤十字社を通じて被災地に寄付される[7]。またレトルト食品(炊き出しカレー、とん汁、おでん、ぜんざい)として一般販売もされる。

作品傾向[編集]

石原プロの作る作品は裕次郎、渡を主役として設定したものが多く、裕次郎の死後は舘を主役にした作品が量産された。社名が「プロモーション」となっている点から、代表者の名前に囚われない幅広い作品作りを目指した三船プロダクションなどの独立スタープロとは対照的なものであった。

黒部の太陽』『西部警察』に代表される、大規模なセットを組んだアクションを重視した作風が多く、撮影中に出演者やスタッフの怪我や事故もしばしば発生している。このことから、2000年代以降の作品では『CGを一切使用しない』というキャッチコピーがしばしば用いられている。

また、過去に製作された作品はいずれも二次利用の機会が少なく、断片的な形でのリリースとなった『西部警察』や、自社の版権が失効している『太平洋ひとりぼっち』『ゴキブリ刑事』などを除いてソフト化されていないものが大半を占めていた。その後、経営体系の大幅な刷新を経た2012年に創立50周年プロジェクトとしてテレビ作品の順次DVDリリースが決定(ただし一部の作品を除いて原則セレクション形式でのリリースとなる)、翌2013年には『黒部の太陽』をはじめとする劇場映画5作品がBlu-ray及びDVDでリリースされた。

地上波以外での再放送もDVDと同様の傾向が見られたが[8]2007年日テレプラスで『大都会』シリーズが放送されて以降は、衛星放送を中心に自社作品の再放送が活発化している。2015年には石原裕次郎生誕80周年企画「4K未来映像プロジェクト」[9][10]の一環として、チャンネル銀河との共同制作で紀行番組『西部警察 全国キャラバン!!ロケ聖地巡礼』(全10話)を製作[11]。石原プロモーションがCS向け番組を制作するのはこれが初めてである[12]

2016年1月からは動画配信事業にも参入、『大都会』『西部警察』シリーズの配信が開始されている[13]

幻の社歌[編集]

同社の社歌として「太陽と星たちの賛歌」(作詞:なかにし礼、作曲:羽田健太郎)が存在する。

元々は1978年に裕次郎がなかにしに作詞を依頼した曲で、同年5月に予定されていたパーティー(同社の設立記念パーティーとする説[14]と、同社と関係の深い宝酒造のパーティーとする説[15]がある)で披露される予定だったが、裕次郎が同時期に闘病生活に入ったためレコーディングや披露も行われず、また譜面も行方不明となったため「幻の社歌」となっていた。当時は同社のスタッフの間でも「社歌があるらしい」という都市伝説扱いだったという[14]

裕次郎の死後の2013年8月に、同社の社史編纂のため裕次郎の自宅資料室を整理していたところ譜面が発見されたことから、舘ひろしのボーカルと船山基紀によるアレンジで初めてレコーディングが行われ、2014年3月にその存在が公表され、石原プロモーションのサイトで期間限定で公開されている[16]

所属俳優[編集]

一般に「石原軍団」(いしはらぐんだん)の愛称で親しまれている。

かつて所属していた俳優・歌手[編集]

かつて所属していたスタッフ[編集]

会社概要[編集]

役員[編集]

  • 代表取締役会長:石原まき子(裕次郎未亡人
  • 常務執行役員:仲川幸夫
  • 執行役員:佐藤泰博
  • 執行役員:小嶋克己
  • 執行役員:阿部洵二郎
  • 執行役員:小林聖
  • 総務部長:齋藤厚子
  • 芸能部長:山崎智広

元役員[編集]

  • 元代表取締役社長(初代)兼会長:石原裕次郎
  • 元代表取締役社長(2代目):渡瀬道彦(渡哲也)
  • 元代表取締役専務:小林正彦
  • 元代表取締役常務:金宇満司
  • 元常務取締役:仲川幸夫
  • 元取締役:舘廣(舘ひろし)、神田正輝、福原昇
  • 水の江滝子
  • 浅丘ルリ子
  • 石原慎太郎
  • 中井景(元専務)

社歌[編集]

作品[編集]

映画[編集]

同時上映は石原プロ2代目社長・渡哲也のデビュー作「あばれ騎士道」。
黒部ダムを建設する男たちの試練を描いた映画。
※1969年に日本テレビ系列でテレビドラマ化された。石原はこのテレビドラマ版にも出演している。
日産・ブルーバードのラリーカーで、サファリラリーで活躍する日本人ドライバーをテーマにした日産自動車とのタイアップ映画。

テレビドラマ[編集]

ドキュメント・バラエティ[編集]

CM[編集]

関連企業[編集]

公式サイト内では、系列会社として扱っている。

  • 石原音楽出版社
  • 石原インターナショナル
  • アイ・ピー・エフ
  • 石原ミュージック
  • 石原裕次郎記念館

また、系列会社ではないが、石原プロが設立に関わっている会社もある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 渡社長辞任“大政奉還”石原プロ新体制に サンケイスポーツ 2011年5月12日閲覧
  2. ^ 石原プロ“大政奉還”渡社長退任 まき子夫人に経営を全面委任 - 中日スポーツ・2011年5月12日
  3. ^ 渡哲也「健康と年齢」理由に石原プロ社長勇退 スポニチアネックス・2011年5月12日
  4. ^ 石原プロモーション代表取締役会長・石原まき子氏、チャンネル銀河の名誉会長に就任”. チャンネル銀河「銀河ニュース」 (2015年6月22日). 2015年6月24日閲覧。
  5. ^ 石原軍団、石巻で“男の炊き出し”…風呂なし寝袋1週間”. スポーツ報知 (2011年4月15日). 2011年4月19日閲覧。
  6. ^ 「石原軍団」の炊き出しで渋滞発生 石巻で聞いた賛否両論 ニッケンタイムズ 2011年04月18日
  7. ^ 渡ら「げんき食堂」、被災地支援も続けます日刊スポーツ新聞社 2011年9月7日
  8. ^ 例外的に『西部警察』シリーズは90年代後半からファミリー劇場で頻繁に再放送が行われていた。
  9. ^ 石原裕次郎生誕80周年企画『4K未来映像プロジェクト』キックオフ”. PR TIMES (2015年7月31日). 2016年1月3日閲覧。
  10. ^ 4K未来映像プロジェクト”. チャンネル銀河. 2016年1月3日閲覧。
  11. ^ “「西部警察」ロケ地巡礼番組を制作へ 「渡さん出演してくれたら」”. スポニチアネックス. (2015年7月31日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/07/31/kiji/K20150731010845460.html 2016年1月3日閲覧。 
  12. ^ ドラマロケ地 全国10カ所を4K映像で紹介『西部警察 全国キャラバン!!ロケ聖地巡礼』9月1日よりJ:COMオンデマンドで4K版を独占配信”. ジュピターテレコム (2015年8月31日). 2016年1月3日閲覧。
  13. ^ 「西部警察」、「大都会」石原プロが'16年元旦からデジタル配信進出。Hulu他”. AV Watch (2015年12月16日). 2016年6月5日閲覧。
  14. ^ a b 石原プロの“幻の社歌” 36年ぶり発見 裕次郎さん命日に無料配信へ スポーツニッポン 2014年3月19日閲覧
  15. ^ 石原プロ“幻の社歌”発見!舘ボーカルで36年ぶり復活へ - サンケイスポーツ・2014年3月19日
  16. ^ 石原プロモーション幻の社歌期間限定配信中 石原プロモーション

関連項目[編集]

外部リンク[編集]